第292話 弓月の刻、虎族の使者と対談する
「お待たせして申し訳ない」
「いえ、ユアン殿がお相手してくださり、有意義な時間を過ごす事が出来ました」
「それは何よりで。ユアン、ありがとう」
「はい、これくらいでしたら大丈夫ですにゃ」
スノーさんがニーニャさんの正面に座り、僕は横から二人の対談を眺めるように席を移動しました。
そして、キアラちゃんはスノーさんの後ろに、シアさんは僕の後ろに立っている感じですね。
「では、今回の訪問の事で早速伺いたい事があるのですが、よろしいですか?」
「はい」
「ニーナ殿が届けてくださった手紙にはトーマ様よりナナシキと共同で開拓を進めたいとの事ですが、こちらについて詳しくお話を聞かせて頂けますか?」
「わかりました。現在、虎族の都、ビャクレンでは領地の開拓を進めております」
難しい話はわかりませんが、要約すると。
トーマ様の都からナナシキの街へと道を作り、交友を深めたいとの事でした。
「なるほど、確かにナナシキとビャクレンを行き来するにはナナシキの北にある山を大きく迂回しなければいけませんからね」
ナナシキの北にある山を越え、その先に流れる大きな川から向こうは虎族の領地になります。
「その辺りの開拓が進めば、ほぼ一直線でナナシキとビャクレンを結ぶことができる為、行き来が楽になるだろうというのがトーマ様の考えであります」
その為の開拓、という事ですね。
仮に開通できれば、馬車で三日かかるところを、一日半ほどに短縮できるようになるみたいです。
まぁ、トーマ様はそれを半日かからずに来ますけどね。改めて獣化を使いこなすと凄いという事がわかります。
「なるほど。前向きに検討したい所ではありますね。ただ、私の一存では決める事はできないので、今は保留とさせて頂くがよろしいかな?」
「はい。慎重に考えて頂ければと思います」
「申し訳ない。それで、トーマ様の意図を聞かせて頂けますか? どうして、ナナシキとの交友を望まれるのかを」
そうですね。
急にこんな話が出るくらいですし、きっと意図があるに決まっています。
それを聞かなければ、検討もできませんね。
仮にですよ?
もし、トーマ様が僕たちの街を攻める事を考えた時、距離が近いと直ぐに兵が送られてしまいます。
逆に考えれば僕たちも同じことができるのですが、他国との距離が近いとそういった問題も考えられる訳です。
「簡単にいえば、貿易のルートを確立したいといった所です」
「貿易のルートですか」
「はい。ビャクレンの領地は海から遠く、中々魚介類の仕入れが難しいのです」
それでも仕入れる事は可能のようですが、その分手間がかかってしまうので、その短縮をしたいのが目的のようです。
その他にも、アルティカ共和国では唯一の
ですが、本当にそれが理由なのでしょうか?
僕にはどうしても他の理由がある気がしてならないのですよね。
「理由はそれだけですか?」
どうやら他にも理由がありそうと思ったのは僕だけではないようですね。
というよりも、理由は聞かなくてもわかりますけどね。
トーマ様の今までの行動と言動から考えれば。
「大変言いにくいのですが……我らが王、トーマ様がナナシキを楽に行き来をする為でもあります」
ですよね。
やっぱりそうだと思いました!
トーマ様はいつも帰り際に「もっと近ければな……」と愚痴を洩らして帰っていきますからね。
「やはりそうでしたか。何と言うか……大変ですね」
「それは否定できませんね」
「となると、この件はトーマ様の独断であられると考えてよろしいのかな?」
「いえ、これはむしろ家臣一同の案であります」
「意外ですね」
「そうでもないですよ。先に申した通り、貿易のルートを確立したいのも事実ですが、何よりも単独でふらっと居なくなってしまうトーマ様の事を考えると、そちらの方が安全ですので」
止めても聞かない、むしろ止める術がないのなら、安全かつ直ぐにナナシキに繋がる道を作った方が気苦労しなくて済むと家臣たちの間で話が決まったみたいですね。
「何か、すみませんにゃ……」
これも僕が原因だったりしますよね?
僕がトーマ様に
「いえ、こればかりはトーマ様の性癖というか……趣味というか……何よりもトーマ様を止める術を持たない私どもの責任でありますので……」
すごく歯切れが悪いですね。
まぁ、それだけ困っているという事でしょうね。
「話はわかりました。この件ですが、私達は前向きに検討させて頂こうと思います」
「ありがとうございます」
「ただし、ナナシキだけの問題で済まない件ですので、アリア様に相談する時間を頂きたいのですが、よろしいかな?」
「それだけでも、助かります」
まぁ、利益を考えると色んな街と繋がりがあるのは大きいですよね。
そのぶんリスクも高くはなりますが、虎族とは友誼を結んでいると聞きますし、利益の方が大きいといえる筈です。
「では、細かい内容はアリア様に話を通すとして……」
別の話題に話が移ろうとした時、ちょうど良く、アリア様が応接室へと入ってきました。
「なんじゃ? 儂に話か?」
アリア様を見た瞬間、ニーニャさんは大きく目を見開き、固まりました。
「ん? 客人がおったのか、すまぬな?」
アリア様は一応謝っていますが、悪びれた様子は一切ありませんね。
というよりも、知っていて入ってきたと言った感じでしょうしね。
「アリア様、来られる時は一言事前に頂けると助かります」
「うむ。今後から気をつけよう。それで、私に話じゃったな?」
よいしょと、アリア様が僕の隣に腰をかけました。
「アリア様、お客様が委縮してしまってますよ」
「そうか? 客人よ、楽にしていいぞ」
「は、はい……申し遅れましたが、虎王トーマより使者として派遣された、ニーナと申します」
「うむ。覚えたぞ? それで、話とは?」
ニーナと名乗った事から、ニーニャではなくニーナが本当の名前みたいですね。
「えっと、その……」
アリア様の登場により、ニーナさんが明らかに狼狽えています。
オーグもアリア様の登場に狼狽えていましたが、それとは違う狼狽え方ですね。
オーグはやばいといった感じでしたが、ニーナさんはどうしていいかわからない、頭が真っ白って感じなのです。
「む? どうしたのじゃ?」
「どうしたではありませんよ。アリア様がいきなり登場したからびっくりしてるのですよ」
「そうかそうか! なら、話はスノーから聞くとして、暫く席を外し楽にしていいぞ?」
「そんな無礼な事は……」
「良い良い。ユアン、使者の者を案内してやれ」
僕がですか?
まぁ、連れてきたのは僕ですし、一人で外で歩くよりはいいですよね。
「わかりました。アリア様もそう言っていますし、少し外の空気を吸いに行きましょう」
「はい、では、お言葉に甘えまして……」
という訳で、ニーナさんを連れ、一度外に出てきたのですが……。
「にゃー! びっくりしたにゃっ!」
「わっ! いたいれふよ!」
外に出るなり、僕の頬を摘み、びよーんと伸ばしてきました。
「馴れ馴れしい。ユアンに触れるな」
「にゃにを?」
シアさんが急いで間に入ってくれますが、二人の間には火花が散っています。
「まぁまぁ、シアさん僕は大丈夫なので、許してあげてください」
「むー……わかった。だけど、次はない」
「ふんにゃっ! この場にゃから引き下がるけど、外だったら容赦しにゃいからにゃっ!」
僕が再び間に入った事により、どうにか争いは避けれましたが、大変な事になりましたね。
「ユアン、ごめんにゃ?」
「大丈夫ですよ」
ですが、悪い人ではないようで、直ぐに僕に謝ってくれましたね。
悪い事は悪いとわかる人で良かったです。
ただ、短絡的な行動はやめてもらいたいですけどね。
「んにゃ~。やっぱり外は落ち着くにゃ」
「そうですね」
「ユアン、にゃん語を忘れてるにゃ?」
「あ、すみませんにゃ」
さっきの一件から落ち着きを取り戻したのに、また気を悪くしてしまったら、纏まりかけた話が僕のせいで台無しになってしまうかもしれませんし、気をつけないとですね。
「それにしても、いきなり狐王が現われると思わなかったにゃぁ~」
「そうですね。毎回、いきなり現れるのでびっくりしますにゃ」
この間は僕たちがいきなりお邪魔して迷惑をかけてしまいましたけどね。
それでも、アリア様に驚かされた回数に比べれば可愛いものですけどね。
「だけど、その割にはユアンは驚いてにゃかったな? 狐王とは仲がいいのかにゃ?」
「仲がいいのかはわかりませんが、一応アリア様の姪ですので、よくしてもらってますにゃ」
ぴたりとニーナさんの足が止まりました。
「どうしたのですかにゃ?」
「い、いえ……私の聞き間違いでなければ、アリア様の姪と聞こえた気がしたので……」
「気のせいじゃない。ユアンはアリアの姪。だから、王族の血筋」
それを聞いたニーナさんは足だけでなく、完全に固まってしまいました。
口をあんぐりとあけた状態で。
「ニーニャ様、どうしたのですかにゃ?」
心配に思い、僕がニーナさんの顔を覗き込むと、ニーナさんはハッと我に返ったように目を見開き、一歩下がり、地面に両膝をつき、頭を地面に擦りつけました。
「すみません、本当にすみません! 調子に乗り過ぎましたー!」
「えっ、えぇ!? ニーニャ様、頭をあげてくださいにゃっ!」
「ひっ! すみません、本当に申し訳ございません!!!」
い、いきなりどうしたのでしょうか?
「どうしたの? 大きな声が聞こえたけどっ!」
ニーナさんの声が中にまで届いたのか、慌てた様子でスノーさんとキアラちゃんが領主の館から出てきました。
「えっと、ユアンさん! ニーナ様に何をしたの!?」
「え……何って……僕は何も?」
してませんよね?
ただ、ニーナさんの言われた通り、にゃん語で話しただけで……。
「ほほぉ……面白い事になってるな。これはどういう状況じゃ?」
僕がキアラちゃんに怒られそうになっている中、アリア様も領主の館から出てきて、今の状況を見て、楽しそうにしています。
「えっと、これは……僕がニーニャ様ににゃん語で話したらこうなってしまったのです」
アリア様にも同じことを聞かれたので、状況を説明すると、ニーナさんの体がびくっと震えました。
「というか、にゃん語って何?」
「にゃん語はですね、猫族の貴族に使わなければいけないマナーですよ」
「それで、さっきからユアンさんはにゃーにゃー言っていたんだね」
そういう事です。
ふざけているように見えたかもしれませんが、僕は至って真面目にニーナさんの相手をしていまいたからね!
「そうなると、私達もにゃん語で話さないといけないのかな?」
「いえ、それは大丈夫ですよ。貴族同士では使わなくていいみたいですからね。僕のように立場が低い人はにゃん語で話せばいいみたいです」
ニーナさんがそう説明してくれたので、間違いありませんよね?
「ほほぅ……? という事は、ニーナとやらよりも、ユアンの方が身分は下という事か、となると、同じ血を持つ私も、にゃん語で話さなければならなぬにゃ?」
「ひぃぃ! 決してそのような事はございません!」
「まぁ、気にするにゃ? 私もお主の要望通り、にゃん語とやらで話してやるからにゃ?」
「ご、ごめんなさいーーーー。何でもしますから、命だけは!」
あ、あれ?
アリア様達が登場した事により、余計に事態が重くなってしまいましたよ。
「アリア、その辺にしとく」
「なぜにゃ?」
「相手はトーマからの使者。客人」
「そうじゃにゃ。じゃけど、その客人の要望に応えるだけにゃ?」
むむむ……!
アリア様のあの目は、ニーナさんで遊ぶつもりでいる目をしていますよ?
誰かが止めないと、ずっとあのまま遊んでしまいそうなので、僕が止めなければいけませんね。
「アリア様、本当にその辺にしてください。僕とシアさんの結婚式に招待してあげませんよ! それと、二度とおばちゃんと呼んであげませんからねっ!」
「む、むぅ……わかった」
もぉ、疲れます! でも、どうにかアリア様を止める事ができましたね。
「ニーニャ様、もう大丈夫ですので、顔をあげてくださいにゃ?」
ニーナさんが本当に可哀そうに思えてきたので、慰めるつもりで肩をポンと軽く叩き、立ち上がって貰おうとしたのですが。
「あっ、ユアンさん!」
「今、その言葉で話したら……」
「ふぇ?」
何故かキアラちゃんとスノーさんが慌て始めました。
「ご、ごめんなさいーーーー」
余計にニーナさんが泣き出してしまいました!
「ユアン、鬼畜」
「助けるふりをして止めを刺すとは、中々やるのぉ!」
え、えぇ!
僕にはそんなつもりは全然ありませんよ!
その後、時間をかけてニーナさんをフォローしどうにか泣き止んで頂きました。
そして、今日の所は休んでいただくために、僕とシアさんが宿屋まで案内をする事になりました。
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