第291話 弓月の刻、虎族の使者を迎える

 「トーマ様の所から使者が来る、ですか?」

 「うん。だから、ユアンにはお出迎えを頼みたい」


 いつものように、チヨリさんのお店で働いていると、スノーさんから急いで領主の館に来てほしいと珍しく伝言があり、用件を聞きに行くといきなりそんな事を言われました。


 「えっと、どうして僕なのですか?」

 「ユアンって、トーマ様と仲が良いでしょ? トーマ様が来るわけではないけど、ユアンがこの街だと一番最適かなって」

 「まぁ……それくらいなら構わないですけど」


 別に虎族の王様であるトーマ様とは仲が良い訳ではないですけどね。

 一人で獣化してナナシキに訪れ、マナポーションを大量に摂取し、意図的に魔力酔いを引き起こし、それを僕に搾取ドレインで治させ、またマナポーションを買って帰るという良くわからない行動に付き合っているくらいです。

 まぁ、そのお陰でチヨリさんのお店も儲かりますし、いいのですけどね。

 

 「それで、その使者はいつ訪れるのですか?」

 「早ければ明日辺りかな?」

 「急すぎる」

 「そうだけど、私達も知ったのはさっき何だよね」

 

 先ほどスノーさん宛に手紙が届いたようで、その内容を見て僕たちを呼んだみたいです。


 「ユアンさん、お願いしますね」

 「はい、わかりましたけど……相手は貴族なのですよね?」

 「そうみたいだね」

 「そうですかー……」


 気になる点はそこですよね。

 

 「もし、ですよ? その人がオーグみたいな人だったらどうすればいいですか?」


 影狼族の問題を抱えている時に、突然ナナシキを訪れた貴族がいました。

 すっごく無礼で、高圧的で裏ではリアビラという街と繋がり悪さをしようとしていた人です。


 「流石に悪さをするような人ではないとは思うけど……」

 「その時は、魔鼠をユアンさんにつけますので、連絡をしてくれれば私達がどうにかするよ」

 「そういう事なら」

 

 と、まぁ、どうにかなるだろうとスノーさん達のお願いを了承しました。

 そして、次の日。

 予定通り、お仕事をしているとデインさんの部下から伝言で、街の入り口にお出迎え予定の使者が訪れたという報告を頂きました。


 「シアさん、行きましょう」

 「うん」


 僕だけでは不安ですので、護衛としてシアさんにも同伴してもらい、街の入り口に行くと、ちょうど使者の人が街に入った所に出くわしました。


 「お待たせ致しました。トーマ様からの使者のお方で間違いはございませんか?」

 「そうにゃ!」


 どうやら、この人がトーマ様から送られてきた使者で間違いないようですね。


 「わかりました。では、早速ご案内させて頂きますね」

 「頼むにゃ!」

 「はい。それと、申し遅れましたが、ぼ……私は、ユアンと申します。隣に居るのはこの街の警備隊長のリンシアです。街に滞在中にお困りの事がございましたら、お気軽にお申し付けください」

 「わかったにゃ! 私はニーニャにゃ!」

 

 ニーナではなく、ニーニャさんでしょうか?

 それにしても独特な話し方ですね。

 ニーニャさんは猫族の人のようで、すらりとした細い尻尾が特徴的で濃いグレー色の髪に緑色の目をした綺麗な女性でした。


 「もしかして、ここまで一人で来られたのですか?」

 「そうにゃ? 何か変なのかにゃ?」

 「そうではありませんが、女性一人で来られるのは少々危険が伴うと思いまして」

 「猫族は強いから平気にゃ!」

 「それなら安心ですね」

 

 その証明になるかはわかりませんが、腰には細身の剣を帯剣していました。

 レイピアという剣ですかね?

 突き刺して運用する事を主として作られた剣だったと思います。


 「この街はいい所だにゃ」

 「ありがとうございます」

 「けど、ユアンは少し頂けないにゃ?」

 「えっと、何か至らない点がございましたか?」


 怒った様子はありませんが、どうやら僕の行動がお気に召さなかったみたいです。


 「これでも私は貴族にゃ? 配慮が足りないにゃ!」

 「こ、これは失礼致しました……」


 そういえば、ニーニャさんは貴族でしたね。

 けど、僕なりに丁寧に接したつもりでしたが、何が駄目だったのでしょうか?

 やっぱり、案内をするために馬車などを用意した方が良かったのでしょうか?

 ですが、街の入り口から領主の館までは距離も大してありませんし、馬車を用意するほどでもないような気がしますし、難しいですね。

 ですが、僕の配慮は違った場所のようで、ニーニャさんが僕の至らなかった所を教えてくれました。


 「覚えておくといいにゃ? 猫族の貴族には、にゃん語を使わなければいけないのにゃ」

 「にゃん語、ですか?」


 初めて聞きました。


 「そうにゃ。ユアンもそれで喋るにゃ」

 「わかりました」

 「違うにゃ、わかりましたにゃ、にゃ?」

 「はい、わかりましたにゃ」


 何か恥ずかしい気がしますが、僕がにゃをつけて話すとニーニャさんは満足そうに頷きました。

 どうやら、話し方が間違っていたみたいですね。

 それ以外は問題なさそうで良かったです。

 それにしても、色んな国や地域によって風習があるとは聞いていましたけど、知らないと色々と大変ですね。

 スノーさんもそういう勉強もしているのでしょうか?


 「にゃんか、色んな種族がいるにゃ?」

 「そうですねにゃ、ナナシキには色んな繋がりがありますのでにゃ」

 

 狐族の人が多いですが、警邏で巡回しているのは影狼族で魔族ですし、これから向かう先にいる領主であるスノーさんは人族、それを補佐するキアラちゃんはエルフ族です。

 影狼族が魔族というのは伏せますけどね。

 後はお家には龍人族のサンドラちゃんがいて、キアラちゃんの配下のラディくん達は魔物ですので、ホントに色んな種族がいると言えますね。

 

 「私はみんな仲良く暮らしているのはいいと思うにゃ!」

 「気に入って貰えて、何よりですにゃ」


 慣れないにゃん語を使いつつ、ニーニャさんと街をみながら領主の館の前まで進むと、館の前ではスノーさんとキアラちゃんが待っていました。


 「ようこそナナシキの街に」

 「お待ちしておりました」


 スノーさんにニーニャさんを紹介すると、スノーさんからお礼を言われ、直ぐにニーニャさんに握手を求めました。


 「わざわざ、お出迎えありがとうございます。虎王トーマ様より使者として派遣されたニーナです。少しの間ですが、お世話になります」


 あ、あれ?

 さっきと様子が全然違いますよ?


 「どうしたのですか? ユアン殿?」

 「い、いえ……何でもないですにゃ……」


 あぁ!

 そういえば、にゃん語については補足がありましたね。

 他国の貴族が相手の時は、にゃん語は使わないと言っていたのを思い出しました。

 スノーさんは領地を授かっていますので、ニーニャさんはにゃん語をやめたという事かもしれません。


 「では、立ち話をさせる訳にはいきませんので、中へとご案内します」

 

 キアラちゃんが先導するようにニーニャさんを館の中へと案内をし始めました。


 「では、僕はこれで……」

 「ん? ユアンも中に来るんだよ?」


 僕の役目はこれで終わりと、帰ろうとすると、何故かスノーさんに止められました。


 「え、どうしてですか?」

 「いや、ユアンには他にやって貰いたい事があるからね」


 え、聞いてませんよ?

 僕はただニーニャさんを案内するように頼まれただけで……。


 「まぁまぁ。大分打ち解けていたみたいだしさ、頼むよ」

 「まぁ、スノーさんがそう言うのなら従いますけど」


 断る理由は幾らでもありますが、スノーさんのお願いならば仕方ないですね。


 「ユアン、頑張る」

 「え、シアさんは来ないのですか?」

 「うん。私はまだ仕事がある」

 「いや、シアも来てよ」

 「やだ」

 「お菓子あげるからさ」

 「スノーじゃないから、そんなものでは釣られない」

 「それだと、私がお菓子に釣られてるみたいじゃん」

 「事実。その証拠に、お腹周り悲惨」

 「そんな事ないし!」


 僕もスノーさんのお腹周りが悲惨な事になっているとは思いませんけどね。

 ただ、最近は少し運動不足かなとは思います。

 それだけ領主の仕事を頑張っている証拠でもありますが、何だか動きの一つ一つにキレがなくなったような気もしますからね。


 「とりあえず、シアも一緒に来てよ」

 「んー……わかった」


 スノーさんのお願いを結局は受け入れ、シアさんも一緒について行く事になりました。

 けど、僕たちがついて行く意味って何でしょうね?


 「直ぐに領主が来られますので、そちらでお待ちください」

 

 応接室に案内され、ニーニャさん、僕、シアさんが残され、キアラちゃんも準備の為か席を外してしまいました。

 正直、気マズい気がします。


 「どうしたにゃ?」

 「いえ、どうもしませんにゃ」


 スノーさんがいなくなると再びにゃん語で話始めるニーニャさん。


 「えっと、ニーニャ様は本当はどっちが本当の名前なのですか?」

 「ニーニャはニーナにゃ! どっちもホントの名前にゃ?」

 「そうなのですにゃ」

 「違うにゃ? そこはそうにゃのですね、が正解にゃ」

 「そうにゃのですね」


 にゃん語って難しく、スノーさん達が戻るまでニーニャさんからひたすらにゃん語について教えられました。

 お願いですから、スノーさん達早く、戻って来てくださいと思いながらです。

 そして、その願いが通じたのかスノーさん達が資料のようなものを携え、二人で戻ってきてくれました!

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