第290話 招待状

 「招待状……ですか?」

 「うん! シノ様とアカネさんの結婚式にご招待なんだよ!」


 数日前、ルリちゃんにそう言われ、受け取ってしまった手紙には僕とシアさんの名前が書かれていました。


 「どうみてもおかしいですよね?」

 「うん」


 その手紙には僕の名前以外に、出席と欠席を表す言葉が書かれていて、既に出席に〇がついているのです。

 当然ながら、僕もシアさんもその文字に〇をつけた覚えはありません。


 「最初からついていましたよね」

 「間違いない」


 つまりは強制参加、という事になるのでしょうか?


 「別にこんな事をしなくても、参加しますのに」

 「シノだから仕方ない。多分、ユアンがもしかしたら来ないって心配してる」

 「何でですか?」

 「ユアンがシノに冷たいから?」


 別にそんなことはないと思いますよ?

 僕とシノさんはちょうどいい距離感だと思います。

 むしろ、これ以上近づいたら僕が苦労するに決まってますからね。


 「どうする?」

 「どうすると聞かれても……参加するしかないですよね?」

 

 仮に僕が行かないと言っても、あの手この手を使って僕が来るように仕向ける気がします。

 それだったら、最初から出席する事を伝えた方が被害は少なく済むと思います。

 そもそも、欠席するつもりもないですしね。

 シノさんにもアカネさんにもお世話になっていますし、二人が幸せの一歩を踏み出そうとしているのです。

 応援はしてあげたいですからね。


 「それに、結婚式がどういうものか知れますからね!」

 

 僕だって、いつかは結婚式というものをやってみたいと思っています。

 相手はもちろん決まっていますよ。


 「けど、困りましたね」

 「何が?」

 「流石に、結婚式となるとちゃんとした衣装を揃えないとダメですよね?」

 「うん。大事な式にその格好はダメ。シノはいいって言うと思う。だけど、恥ずかしい思いをするのはユアン」

 

 そうですよね。

 きっと、みんなドレスを着たりして、お洒落してくると思います。

 そんな中で、ローブを着た僕がいたら目立ちますよね。


 「シアさんは、ドレスとか持っているのですか?」

 「ない。一応、おかーさんのお下がりはあるけど、私はドレスは遠慮する」

 「え? 何でですか?」

「何かあった時に動きにくいから」


 シアさんらしい理由でしたね。

 当日は警備の人がいると思いますが、シアさんが警備隊の隊長でもあるので、有事の際は動ける格好をするつもりみたいですね。


 「それじゃ、何を着るのですか?」

 「タキシードみたいなの?」

 「みたいなの、ですか?」

 

 タキシードって男の人が着る服ですよね?

 ちょっと、想像してみます……うん、うん!


 「いいかもしれませんね! きっとかっこいいですし、可愛いと思います!」

 

 黒色はシアさんに似合いますし、ピシッとした服もスタイルのいいシアさんは着こなせそうです!

 

 「ありがとう。イル姉に相談してみる」

 「はい!」


 楽しみですね!

 シノさんとアカネさんの結婚式のお陰で、普段見られないようなシアさんが見られるかもしれません!

 も、もちろん二人の事を祝福しますよ?

 ただ、思いがけぬ副産物がついてきて、嬉しくなちゃっただけです!


 「ユアンはどうする?」

 「あ、そういえば僕の服も考えないといけませんでしたね……シアさんがタキシードなら僕もタキシードでいいですかね?」


 んー……でも、僕の身長と体型ですと、ちょっと裕福なお嬢ちゃんに見えてしまいそうですね。


 「可愛いと思う。だけど、ダメ」

 「どうしてですか?」

 「ユアンはドレス。これは譲れない」

 「え……ドレスですか?」

 「うん。私がエスコートしたい」


 僕がドレス?

 こんな、ちんちくりんな僕が……?

 あ、でも……シアさんがエスコートしてくれるなら……。


 「ユアン、いいよね?」

 「あ、はい? 大丈夫だと思いますよ」

 「うん!」


 あ、あれ?

 思わず返事をしてしまいましたが、何の話でしたっけ?

 

 「ユアンのドレス楽しみ」

 「あ……ちょっと、今のは……」


 間違いと訂正する前に、シアさんが僕をギューッと抱きしめ、尻尾をブンブン振っています。

 うー……そんなに楽しみにしているのに、断る訳にはいかなくなってしまいました。


 「けど、僕はドレス持っていませんよ?」

 「平気。宛がある」

 「宛てですか? また、イリアルさんですか?」


 イリアルさんは魔法道具マジックアイテム店以外にも宿屋や洋服屋も経営してますし、シアさんと一緒に見繕ってくれそうですね。


 「違う。けど、安心する。ユアンの為ならちゃんとしてくれる」

 「僕になら、ですか?」


 むむむ……?

 思い当たる節はないと思いましたが、意外とありますね。

 そう考えると、僕って本当に恵まれていますよね。

 

 「いく」

 「え?」

 「早く、いこ?」

 「え、ちょっとシアさん!?」


 思い立ったらすぐ行動とシアさんが僕の手を引き、部屋から連れ出されます。

 そして、転移魔法陣が設置されている地下へとぐいぐいと……でも、僕が痛くならないように優しく手を引いて行きます。

 強引なのに優しいせいで、僕はただシアさんについて行くしか出来ませんでした。


 「着いた。あっち……」

 「あっちって……シアさん、もう遅い時間ですし、怒られますよ?」

 「平気。いつも、いつでも来いって言ってる」

 

 確かに、そう言っていますが、流石に真夜中に侵入するのは違うと思います。

 一応、そう言ってみるもシアさんは聞く耳を持たず……というよりも、聞いていても関係なしと、どんどん進んでしまいます。

 そして……。


 「来た」

 「……お主ら、ちっとは時間を考えぬか?」

 シアさんが軽く部屋をノックし、返事が帰って来る前に中に入ると、呆れた様子で、僕たちをアリア様が出迎えてくれました。


 「もしかして、まだ起きていたのですか?」

 「寝てたわい。じゃが、ユアンの魔力を感じて起きてきたのじゃ」

 「なんか、すみません」

 「良い良い、可愛い姪の為じゃからな。それで、こんな夜にどうした?」


 寝てた所を起こしてしまったのに、怒られずにすみました。

 普通なら、首が物理的に飛んでもおかしくない行為なのに、許してもらえて良かったです。

 僕たちにアリア様はそんな事をしないと思いますけどね。

 

 「アリア」

 「アリア様、じゃ」

 「うん。ごめん」

 「ごめんなさい、じゃ」

 「気をつける」

 「気をつけー……。まぁ、いい……なんじゃ、影狼?」

 「影狼じゃない。リンシア……だけど、アリアならシアでいい」

 「…………シア、こんな時間に何の用じゃ?」


 流石シアさん!

 ぶれませんね!

 寝起きとはいえ、アリア様を折れさせましたよ!


 「お願いがある」

 「内容によるな」

 「うん。シノから手紙届いた?」

 「ん? あぁ、結婚式の手紙なら届いたぞ? 勝手に出席に〇をつけられてな」


 ちゃんとアリア様にも僕たちと同じように手紙が届いたみたいですね。同じ内容で〇までつけて。


 「私達も出席する」

 「じゃろうな」

 「だけど、少し困った事がある」

 「言ってみい」

 「ユアンの服がない」

 「ほぉ……詳しく聞こうか?」

 「詳しく話す必要はない。ユアンのドレス、見繕ってほしい」

 

 た、単刀直入すぎです!

 いくら何でも、そんなお願いは……。


 「いいぞ。シアの服はどうする? そっちも用意するか?」


 そうですよね。

 アリア様はそういう人です。

 おまけにシアさんの服まで作るとまで言ってきました!


 「私は平気。自前で用意する」

 「そう言うな。シアの格好がわからなければ、ユアンと合わせられぬであろう?」

 「むぅ……確かに」

 「別々に作るよりも、一つの場所で作った方が細かく調整ができる。そっちの方が一体感はでるぞ?」

 「なら、頼む」


 シアさんは自分で用意するつもりでしたが、今度はアリア様の説得にあっさりと折れました。

 アリア様も負けてられないって所ですかね……って違います!


 「えっと、本当に大丈夫なのですか? 僕の予算で足りますかね?」


 ドレスとなれば、高くなるのは当然です!

 タンザの街でそういった服が売られているのを目にして憧れて覗いてみようと思いましたけど、値段をみて、見なかったことにしたくらい高価な物ですからね。

 それに加え、シアさんのタキシードまで揃えたら……。


 「私が出すから気にするな」

 「き、気にしますよ!」

 「良い良い。その代わり、着せ替え人形になって貰うからな?」

 「ふぇ? それって……」


 嫌な予感しかしませんよ?

 だって、アリア様が扇子を開き、顔を隠してくっくっくって笑っているのです。

 嫌な予感が現実になる気がしてなりませんよ!


 「ふふっ、すっかり目が覚めてしまったわい。ユアン達は今日の所は大人しく帰れ。私はこれからやる事がある」

 「わかった」

 「あ、あの……?」

 「安心せい。すぐに使いの者を出す。それまで大人しく待ってるのじゃ」


 安心できないから声をかけたのに、遮られてしまいました。


 「楽しみ」


 アリア様にお礼と夜遅くに訪ねてしまった事をお詫びし、再び部屋に戻ってくるとシアさんがにこにことしながらそう呟きました。

 前よりも、表情が少しだけ豊かになりましたね……と、そうじゃありません!


 「楽しみ、じゃないですよ! もぉー!」


 シアさんが暴走するせいで、大変な事になってしまいました!

 

 「ごめん。いや、だった……?」

 「あ、いやではないです、よ?」


 うきうきが一転し、今度は耳と尻尾がシュンと下がっちゃいました。


 「けど、ユアン。怒った……」

 「怒ってませんよ! その、僕だって、嬉しいです」

 「本当?」

 「それは本当です」


 うぅ……ずるいです!

 喜んでいたシアさんが急に悲しんだら、怒るに怒れないじゃないですか!

 

 「よかった」

 「よかった……です」


 ドレスを用意してくれるのは純粋に嬉しいです。

 ですが、それ以上にシュンとなってしまったシアさんが元に戻ってよかったです。

 

 「ユアン、甘くなった」

 

 安心したようにふぅーっと息を吐くと、シアさんがにやっと笑いました。


 「あ! はめましたね! ずるいです!」

 「気のせい」

 「気のせいじゃないですよ!」


 むー!

 さっきのは演技だといまのやりとりではっきりとわかりました!


 「ふーんですっ!」

 「ごめん」

 「頭を撫でても無駄ですよ!」


 優しく頭を撫でてくれますけど、僕は騙されたのですからね。

 そんな簡単に許してあげません!


 「なら、仲直りのちゅーする?」

 「む……それはします」


 仲直りのちゅーなら仕方ないですね。


 「えへへっ」

 「ユアンも拗ねたふりしてた」

 「バレましたか?」

 「うん。わかる。ユアンの事だから」

 

 まだまだシアさんには敵いませんね。


 「けど、シアさん変わりましたね」

 「そう?」

 「はい、影狼族の件が終わってから、明るくなりました」

 「自分ではわからない」

 「僕だから、わかるのですよ」


 仕返しです!

 シアさんを推し倒すように、ベッドにダイブし、二人でお布団に倒れこみます。


 「私、変?」

 「変じゃないですよ。今のシアさんは前以上に素敵ですからね」

 「本当?」

 「本当ですよ」


 それは、僕にしかわからない違いかもしれません。

 いえ、僕の前でしか見せてくれないシアさんの姿がありますからね。


 「だから、今のままのシアさんでいいんです」

 「うん」

 「その方がもっともーっと大好きですからね!」

 「私も。大好き」


 あ、ドレスの話が、気づけば違う話になってしまいました。

 でも、今はそれよりもこの二人の時間を大切にしたいので、今だけは忘れましょう。


 「ユアン」

 「はい?」

 「私、ユアンに押し倒されちゃった」

 「あ……」

 「積極的なユアンも、好き、だよ?」


 あ、あれれ?

 期待した目でシアさんが僕の事を……。

 こうなったシアさんを止めるのは難しいですよね。

 仕方ありません……僕の責任でもありますしね?

 たまには、僕が……。

 僕は静かにシアさんの服を…….

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