第9章 ネタバレになるため準備中

第289話 閑話 ジーアの一日

 私の朝は、主様達を起こすところから始まる。


 「スノーさん、そろそろ起床の時間ですが、起きていらっしゃいますか?」


 扉を二度ノックし、中の反応を伺うと慌てた様子でバタバタと物音がし……。


 「やばい、寝坊した!?」


 と、勢いよく扉が開き、スノーさんが転げそうになりながら、廊下へと出てきました。


 「大丈夫ですよ。出勤の時間まではまだ余裕がありますので」

 「あ……あぁ、そうなんだ……」


 ホッとした様子でスノーさんが胸を撫でおろしました。


 「ですが、その格好はダメです。しっかりと、着替え、身支度を整えてください」

 「あ、うん。ちょっと、着替えてくるよ」


 スノーさんはかなり慌てていたみたいで、髪の毛はボサボサになっていますし、何よりも下着に近い格好で屋敷を歩かれては困ります。

 それにしても、スノーさんは朝に弱いようで、毎朝ではありませんが、頻繁にこういった日があります。


 「スノーさん起きてたかな?」

 「いえ、寝ていたと思います」

 「やっぱり……、いつもありがとうございます」

 

 その一方で、キアラさんは朝には強いらしく、私達と同じ時間くらいに起き、魔鼠の世話をしたり、北の森に散歩しに出かけたりしっかりしています。

 時々、私が起すまで起きてこない日もありますが……理由はわかりますが、私の口からはとても……。


 「ジーアさん、どうしたの?」

 「あ、いえ……。もう少ししましたらスノーさんもこちらに来られると思いますので、お姉ちゃんに朝食を用意して貰いますね」

 「うん。いつも、ありがとうございます」


 朝食の件をお姉ちゃんに伝えると、次に私は別の仕事が待っています。


 「失礼致します」


 スノーさん達の部屋にある、隣の部屋の扉をノックし、反応を待ちますが、今日も反応がありませんでした。


 「寝ている……みたいですね」


 部屋の中で物音がしないので、完全に寝入っているみたいです。


 「仕方、ないですよね?」


 ユアンさん達から、起きてこない時は部屋に入って起こす事を許されているので、私は静かに部屋の扉を開け、中に入ります。


 「やっぱり、寝入ってますね」


 大きなベッドで、ユアンさんとリンシアさんが抱き合うように眠っていました。

 とても気持ちよさそうに、すーすーと子供のように寝息をたてて眠るユアンさんを見ると、何故だか心がホッとし、一日頑張ろうと思えるので不思議です。


 「きっと、私に妹がいたら、こんな感じかな?」


 ユアンさんは黒天狐様と白天狐様の娘であり、とても凄い人なのだけど、それでも時々抜けていたりして、見ていた心配になる時があります。

 私が面倒を見なければ、と危うさがあるのです。

 もしかしたら、それが私にそんな気持ちにさせる要因かもしれませんね。


 「ん……」


 私が近づいたからか、ユアンさんの隣で眠るリンシアさんが身じろぎしました。

 ですが、起きるまでは至らなかったようで、ユアンさんに覆いかぶさるように眠る位置を移動し、再び寝息をたて始めました。


 「ユアンさんが妹なら、リンシアさんは姉って感じかな?」


 リンシアさんはユアンさんの事が大好きで大好きでたまらない。

 雰囲気だけでなく、行動でも示す一途な人です。

 ですが、一見不愛想に見えるだけで、私達にお土産や差し入れなどを一番くれるのは実はリンシアさんだったりしたりもします。

 それに、私達が働きすぎていないかなども気にしてくれていて、休む時は休むと声をかけてくれたりもします。

 お仕事を手伝ってくれるとかはないですけど、それでも嬉しいものは嬉しいですよね。


 「ユアンさん、リンシアさん。朝ですよ」


 いつまでも寝かせてあげたい気持ちがありますが、お二人もお仕事があるのでそうも言っていられない為、私は二人を起こすために声をかけました。


 「ん……おはよ」

 「はい、おはようございます」


 私が声をかけると、リンシアさんは直ぐに目を開けてくれました。


 「ユアン、朝。起きる……」

 「んー……?」


 シアさんがユアンさんを揺らし、名前を呼ぶと、ユアンさんも目を覚ましました。

 このタイミングですね。

 私はユアンさん達に背を向けます。もちろん、自然を装って、何かしら作業をしているように見せかけるのが大事です。

 これで、二人はおはようの挨拶を済ませる事ができるかな?


 「朝食が間もなく完成しますので、身支度が整いましたらリビングへと足をお運び下さい」


 タイミングを見計らい、再び振り向く。

 すると、ユアンさんが慌てた様子で、リンシアさんから少しだけ距離をとりました。

 

 「どうか、しましたか?」

 「あ、いえ! 準備ができたら直ぐに行きますね」

 

 本人は上手く誤魔化せたと思っているようですが、しっかり気付いています。

 ユアンさんは慌てた事で目が覚めたのか、ベッドから降り身支度を整える為に、恒例の運動を始めました。


 「伸びー!」


 万歳をするように両手両足を目一杯伸ばし、耳をピコピコ交互に動かし、尻尾をフリフリして可愛らしい体操をしています。

 

 「獣人ですので、朝の伸びーはやっぱり大事ですよね」

 「ふふっ、そうですね」

 「うん。大事」


 リンシアさんは実は魔族という報告をされ、驚きましたが、私達にも耳と尻尾がありますけど、そのような体操はしたことがありませんけどね。

 でも、それを否定してしまうとユアンさんがこの体操をやめてしまいそうなので、否定はしません。

 これも朝の楽しみですから。


 「では、行ってくるよ」

 「何かあったら魔鼠を使って連絡してくださいね」

 「は~い。頑張ってね~」

 「行ってらっしゃいませ」


 スノーさんとキアラさんがお仕事に向かい、それから暫くするとユアンさんとリンシアさんがお仕事に向かい、それのお見送りをする。


 「さ~て、今日は客室だね?」

 「そうだね。魔鼠さんはいつも通りでお願いします」

 「「「ヂュッ!」」」


 魔鼠さんと一緒に私達は今日はお客様が泊まられるお部屋の清掃をする事にしました。

 日ごろから綺麗にしておくことで、急な訪問があった時にも対応できるようにしておくためです。


 「ヂュッ!」

 「はいはい、ちょっと動かすよ」

 「ヂュッ!」

 「わかりました。終わったら、また教えてください」


 一緒にお仕事をする間柄なので、魔鼠さんの言葉はわかりませんが、身振り手振りや鳴き方で大まかに何を伝えたいのかがわかるようになりました。

 最初は屋敷の中に入り込んでいて驚きましたが、今ではいいパートナーになりつつあります。


 「ありがとう」

 「ヂュッ!」


 窓など、拭き掃除が必要な場所は主に私達が担当するので、私が窓を拭いていると、ちょうどいいタイミングで魔鼠さんがフキンの交換に来てくれました。

 ここまでくると、阿吽の呼吸にも感じてきますね。


 「よし、私は夕食の下ごしらえをしてくるよ」

 「私はお風呂場の清掃をしてくるね」


 昼食をはさみ、午後になるとお姉ちゃんとは別行動になる事が多いです。

 夕食の仕上げは主に私がやりますが、お姉ちゃんは下ごしらえなど手間のかかる作業をいつもやってくれます。

 

 「それにしても、三食も暖かいご飯が食べれて、暖かい布団で眠れて、幸せな生活だよね……」


 私達の村に居た頃では考えられない生活を送れています。

 最初は役に立てるかどうか不安で、失敗も沢山してしまったけど、今では村で過ごすお父さんに少し申し訳なくなるくらい幸せな時間を過ごしている実感があります。


 「もし、ユアンさん達ともっと早く出会っていれば、あの子も……」


 ふと、昔仲が良かった友達の事を思い出しました。


 「いけない。お仕事に集中しなくちゃ……」


 だけど、未だに不安に思う事も沢山あります。過去の事を思い出す事もあります。

 ユアンさん達の経験からすると、ほんの些細な事ですが、思い出すという事はやっぱり心に余裕ができたからだと思います。

 それに、たらればを考えた所で過去を変える事は出来ないです。

 頭の片隅に思い出してしまった事を拭うためにも、いつも以上に掃除に気をつかってやっていると、お姉ちゃんがお風呂場にやってきました。


 「そろそろ、ユアンちゃん達が帰るころだから、お湯を張って、ご飯の準備をしようか」

 「あ、もうそんな時間なんだ。直ぐに片付けちゃうね」

 「いいよ、私が片付けしておくから、ジーアは夕食をよろしく~」

 「うん。ありがとう」


 気づけば日は傾き、沈みかけていました。

 お姉ちゃんに言われなかったら、気づかずにあのまま掃除していたかもしれない。

 続きは明日かな。

 それよりも……。


 「ユアンさん達が明日も頑張れるように、私も頑張らなくちゃ」


 こんな感じで、私達の一日は過ぎていく。

 夕食が終わり、片付けも終われば後は自由時間。

 ユアンさん達とお話するもよし、疲れていたら早めに寝るのも良し。

 本当に恵まれた生活だと思う。

 

 「ずっと、こんな時間が続けばいいのに」

 「そうだね~」


 隣のベッドで眠るお姉ちゃんが欠伸をしながら私の呟きに同意をしてくれた。


 「お姉ちゃん」

 「何だい?」

 「たまには一緒のベッドで寝ない?」

 「いいよ~。ほら、おいで」


 だけど、本当に恵まれているのはお姉ちゃんが居るからだと思う。

 私一人だったら……。


 「え、お姉ちゃん?」

 「甘えん坊さんには甘やかしちゃうよ~?」


 お姉ちゃんが私の手を握ってくれる。


 「甘えたいのはお姉ちゃんなのに?」

 「あれ、バレた?」

 「ふふっ、わかるよ。だって、妹だもん」

 「そりゃそうか。それじゃ、このまま寝かせてもらうよ」

 「うん。おやすみ、お姉ちゃん」

 「おやすみ、ジーア」


 一日が終わりを告げる。

 一日一日が楽しくて、充実している。

 こんな日がずっと続けばと思うのは贅沢かもしれない。

 だけど、一日でも長くこんな日が……。

 私は明日も一日、充実した日を送れる事を願い眠りにつきました。

 お姉ちゃんの手をぎゅっと握りかえしながら。

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