第288話 天狐様再び

 「ユアンちゃん、何処に行くの?」

 「ついてくればわかりますよ」


 今日は、イリアルさんを僕の家に招待し、シアさんと僕と三人でとある場所に向かう事にしました。

 まぁ、勝手にいつも忍び込んで朝食だけではなく、夕食も食べて帰っていくので招待というのも変ですけどね。


 「はい、着きました!」

 「えっと、ここは……?」


 僕たちが来たのは龍人族の街にあるダンジョンの最深部でした。

 龍人族の街にはイリアルさんは行った事はありますが、流石にここは来たことがなかったみたいですね。


 「龍人族の街にあるダンジョンですよ」

 「そうなんだ……。それで、私が連れてこられた理由って……」

 「約束ですよ」

 「約束?」

 「待っていればわかります」


 これは賭けみたいなものですけどね。

 僕が来たからといって、必ず現れるとは思いませんからね。

 だけど、お母さん達ならきっと……。


 「あら、懐かしいお客さんを連れてきたわね?」

 「おーおー。元気にしてたか?」


 姿を現してくれました!

 僕に気付き、いらっしゃいと声をかけた後に、直ぐにイリアルさんにも気づいたらしく、にっこりと笑いました。


 「あ……、な、なんで……」

 「言ったじゃないですか、お母さん達に会えますよって」

 「ほ、本当にお会いできるとは……」


 思っていなかったようで、僕の冗談か何かだと思っていたみたいですね。

 それでも、ついてきてくれたのは、一縷の望みにかけてくれたのかもしれませんね。


 「大丈夫ですか?」

 「うん、大丈夫、です…………ユーリ様、アンジュ様、お久しぶりです」

 「ほんっとに久しぶりだな。元気にしてたか?」

 「はい。お陰様で」

 

 映像ではありますが、イリアルさんがお母さん達の前に片膝をつき、頭を下げて挨拶をしています。


 「私達の前に現れたという事は、もういいの?」

 「はい、色んな方の手を借り、終わらせることができました」

 「そっか、それは良かったな」


 お母さん達もイリアルさんのやろうとしていた事を知っていたみたいですね。

 まぁ、前にお母さん達にこの場所の事を教えて貰ったと言っていましたし、知っているのは当然といえば当然ですね。


 「それにしても、変わらないわね」

 「それは、アンジュ様達も同じです。あの日の姿のままお変わりないようで」

 「違うわよ。相変わらず堅苦しいと言っているの」

 「そうだな。もっと気楽に生きろと言ったのに、全く変わってないな」

 「そんな、お二人の前でそんな姿を見せる訳には……」


 どうやら、イリアルさんの本性というのは、こっちが本性のようですね。

 最初に出会った時の抜けた感じは演技だったのかもしれません。

 だけど、あのイリアルさんは人懐っこく感じ、馴染みやすい雰囲気があるので、最初は頭の緩い人かと思いましたが、今ではそっちの方がいいと思います。

 なので。


 「僕はあっちのイリアルさんの方がいいと思いますよ」

 「ゆ、ユアンちゃん!」


 元々お母さん達と契約し、仲が良かったみたいなので、またそういう関係になって欲しいと思います。

 だけど、せっかくの助け舟なのに、イリアルさんは慌てた様子で僕の名前を呼びました。


 「ふふっ、面白い話が聞けそうね」

 「ユアン、あっちのイリアルって何だ?」

 「それはですねー……」


 僕がイリアルさんと初めてであった時から起きた事をお母さんに教えてあげました。


 「あっはっは! 娘にぐるぐる巻きに拘束されて、背中を踏みつけられただって?」

 「はい。その状態で移動しようとするので、芋虫みたいで面白かったですよ」


 本当はうねうねと動き、気持ち悪かったのですが、流石にそう言うと悪い気がしたので、面白いと訂正をさせて頂きました。


 「ほ、他にはないの?」


 アンジュお母さんが笑いを堪え、僕に別のエピソードを聞いてきます。


 「おかーさん。ユアンと戦って負けた時、いじけてた」

 「シアちゃん! あれは、あの場ではユアンちゃんに負けたふりをしなければいけないからで……」

 「あの状態で勝てた?」

 「あの状態じゃ無理だけど……」

 「うん。だからいじけてた。あれは演技じゃなくて本気」


 それを聞いて、二人はまた笑っています。


 「本当に、あの時と変わっていないのね」

 「相変わらず、極端な性格だなぁ」

 「そんな事、ないです……」


 顔を真っ赤に染めながら、消え入りそうな声でイリアルさんが俯きながら反論しますが、全く説得力がないですね。


 「あの……ユアンの、おかーさん」

 「何かしら?」

 「昔のおかーさん、どんな人だった、のですか?」

 「知りたいの?」

 「知りたい。おかーさんの昔の事、知らない。教えてくれなかったから、知りたいです」

 

 親の事を知りたいと思うのは当然ですよね。


 「それなら、僕もお母さん達の事を知りたいです!」


 お母さん達の事はある種の言い伝えとして聞きましたが、どれも本当の事だという事実はありません。


 「そうね……どれも退屈な話よ?」

 「そうだなー。それでもいいのなら、聞くか?」

 「うん」

 「お願いします」

 「私の話は……」

 

 どうやら、話してくれるみたいですね!

 ですが、イリアルさんは昔の話をされるのは嫌みたいで、二人の顔色を窺うようにちらちらと見ています。


 「娘たちが聞きたいって言っているからいいだろう?」

 「私達の懐かしい昔話でもあるのだし、華を咲かせましょう」

 「わかりました……あくまでお二人のご活躍を主でお願いします」

 「考えとくわ」

 「それじゃ、俺とアンジュの出会いから話しておくか」


 お母さん達が出会った経緯から色々とお話をしてくれました。


 「あれは、俺が一人で生き始めたばかりの頃だった」







 「寝ちゃったわね」

 「あぁ。長い話になったからな」


 私の足を枕に、ユアンが可愛らしい寝息をたて眠っている。

 ユアンのおかーさん達が色々と話をしてくれて、興奮したように聞き入っていたのが嘘みたいに今は静か。


 「起こし、ますか?」

 「いいのよ。そのまま寝かせてあげて」

 「娘の寝顔を見れる日が来るとは思っていなかったからな」


 眠るユアンの顔を眺める二人は嬉しそうにしている。

 

 「あの、アンジュ様、ユーリ様」


 幸せな表情をしている二人に申し訳ないけど、二人と会話できる機会がどれだけあるのかわからない。

 だから、今のうちに話しておきたい事があった。


 「何かしら?」

 「私、影狼族の長になりました」

 「そっか、頑張ったんだな」

 「そうでも、ないです。頑張れたのはユアンと、色んな人の助けがあった、からです」


 私一人で全てを解決したとはいえない。

 

 「それでもよ。イリアルがずっと成し遂げたかったことを、貴女は成し遂げた。それは事実」

 「けど、おかーさんがいなかったら……」

 「逆に、リンシアが居なかったら、イリアルも成し遂げられなかったと思うぜ? な?」

 「うん、娘たちが居なかったら、無理だったと、思う」


 私が、丁寧な言葉で話すのが苦手なように、おかーさんは砕けた話し方をするのにてこずっている。

 今の私を見ているようで、変。

 だけど、今はそれを気にしている暇はない。


 「それで、影狼族の長になった訳だけど、それを私達に報告をしたいのかしら?」

 「違い、ます。私が言いたい事は……」

 

 手に汗が滲む。

 どうやら緊張しているみたい。

 だって、一度……断られているから。


 「私は……」

 「その前に、一ついいかしら?」

 「はい……」


 ユアンをお嫁にください。

 もう一度、そう伝えるつもりだったのに、遮られてしまった。


 「そんな顔をしないの」

 「気を、つけます」

 「それと、その喋りにくそうな話し方、やめていいぞ?」

 「いいの?」

 「いいわよ。だって、義理の娘になるのでしょ? シアは」

 「え……」


 義理の娘?

 それって、私の事?


 「あら、もしかしてそのつもりはなかった?」

 「それなら、今の話はなしだな」

 「ち、違う! そのつもりだった。ただ、いきなりでびっくりしただけ……だけど、私でいいの?」

 「私は条件を出したわ。自分の事を理解しなさいって」

 「うん」

 「影狼族の長となったのなら、わかるな?」

 「わかる。私は、一人じゃない」

 

 それに、護らなければいけないのはユアン一人じゃない。

 私は影狼族を背負う事を決めた。

 ユアンは大事。一番、何よりも大事。

 だけど、影狼族も大事。

 だから、影狼族も護らなければいけない。

 それが、私達の幸せに繋がる。

 

 「ふふっ、ユアンを幸せにしてあげてね?」

 「俺達にはしてやれなかったからな。頼んだぜ?」

 「うん。必ず幸せにする。それで、私も幸せになる」


 ユアンだけが幸せになってもユアンは喜ばない。

 私も幸せにならなくては意味がない。

 その為には、ナナシキもスノーもキアラも、ユアンが大事にするものも幸せにならないとダメ。


 「けど、一つ問題があるわ?」

 「なに?」

 「イリアルがどう思っているかだな」

 「わ、私ですか?」


 私を含め、お義母さん達の視線がおかーさんに集まる。


 「私もいいと思う。あ、あんじゅとゆーり、の子供と私の子供が一緒になってくれれば、嬉しいかな」

 「聞いた? あんじゅだって」

 「あぁ、ゆーりだってさ」

 「そ、それは主様達がそう呼べと……」


 おかーさんはおかーさんで大変そう。

 だけど、おかーさんからも認めて貰えた。

 きっと、お父さんもユアンとなら認めてくれる筈。


 「だけど、残念ね」

 「何が?」

 「俺たち、結婚式にはいけないだろうからな」

 

 残念と言われ、少しドキッとしたけど、理由がそれで安心した。


 「その時は、必ず花嫁衣装のユアンと一緒にくる」

 「約束よ?」

 「楽しみにしてるぜ?」

 「うん。任せる!」


 二人が楽しみにしている。

 私も凄く楽しみ。

 だって、ユアンの花嫁衣装は絶対に可愛いから。


 「うぅ……私はシアちゃんの花嫁衣装が見たかった」

 「それもいい案ね」

 「シアの花嫁衣装も見せてくれよ」


 私の花嫁衣装?

 きっと似合わないと思う。


 「わかりました」


 けど、私のおかーさん達が見たいと言っているのなら、着てみたいと思う。

 

 「さて、そろそろ時間ね」

 「もう?」

 「あぁ、そろそろ腹が減ったしな!」

 「確かに」


 時間はわからないけど、私もお腹が空いた。


 「えっと、ユーリ、アンジュ……今日はありがとう……」

 「いいのよ。久しぶりに会えて、私も嬉しかった」

 「俺もだ」

 「うん……」


 おかーさんが淋しそうにしている。

 わかる。

 私もユアンと離れたら、すごく淋しい。

 それをおかーさんはずっと我慢していたのだから。


 「そんな顔をしないで? 転移魔法で此処にくれば、また会えるでしょ?」

 「また、会ってくれるの?」

 「当然だ。俺達は親戚になるんだぜ?」

 

 確かにそうだった。

 私とユアンが結婚すれば、おかーさん達は親戚になる。


 「そうだね。また、遊びにくるよ」

 「待ってるわ。次はシノとルリルナちゃんも連れて来てね?」

 「あいつらも結婚するんだろ?」

 「うん。今度、挨拶にこさせるわね」


 そういえば、あの二人も結婚するみたいな事言っていた。

 挨拶は大事。ルリにちゃんと言っておかないと。


 「シア、ルリルナちゃんには内緒ね?」

 「どうして?」

 「驚いた顔がみたいからだな!」

 「わかった」


 慌てふためくルリの姿が想像できる。

 それだけで面白い。

 

 「けど、二人はこの場所まで来れるの?」


 この場所にはシノは入れないと言っていた。


 「管理者が許可を出せば平気よ」

 「そう。なら安心」


 今の管理者はサンドラ。ついでにラディ。

 ラディには権限はないだろうけど、サンドラなら協力してくれると思う。


 「それじゃ、またね」

 「またな!」


 二人の姿が消えた。


 「おかーさん、私達も……おかーさん?」

 「え、あぁ……そうね」


 おかーさん呼ぶも返事がなかったから心配になってみると、おかーさんは泣いていた。


 「大丈夫?」

 「うん、平気。これは、嬉し涙だから」

 「そう。おかーさんも幸せになる」

 「ふふっ、今でも十分幸せよ」

 「そう。だけど、もっと幸せになれる」

 「そうね……孫の顔をみれたら、もっと幸せになれるかな?」

 「がんばる」


 私達にはまだ早いけど、いつかはユアンとの子供をおかーさんに抱っこさせてあげたいと思う。

 

 「それじゃ、帰りましょうか」

 「うん……ユアン、起きて?」

 「んー……? シアさん?」

 「おはよう」

 「おはよー、ございます……んー」


 寝ぼけているのか、ユアンが目を瞑って、私に催促してくる。


 「ちゅっ」


 おはようのキスを交わすと、ユアンが伸びをした。


 「あれ……ここは何処ですか?」

 「ダンジョンの奥」

 「あ……僕、寝ちゃったのですね……」

 「うん、ぐっすり寝てたわよ?」

 「ふぇ? あ、あれ……イリアルさんも居たのですね……って事はですよ、もしかして、今の……」

 「ばっちり見ちゃった」


 ユアンの顔がみるみるうちに赤くなっていく。


 「気にする必要はない。私達は夫婦になる。ユアンのおかーさん達に許可も貰った」

 「えっ! いつの間にですか!?」

 「さっき」

 「僕が寝ている間にですか?」

 「うん」


 ユアンがしょんぼりとした。

 耳と尻尾もで垂らしているから、結構なショックを受けているみたい。


 「嫌、だった?」

 「ち、違いますよ! ただ、僕もおかーさん達にシアさんの事をちゃんと報告したかっただけです。この先、結婚するなら、僕の口からも伝えたかったですからね」


 落ち込んでいたのはそんな理由だった。


 「わっ! シアさん?」

 「嬉しい。また、報告しにこよ?」

 「はい!」


 嬉しくて思わず抱きしめてしまったユアンが元気に頷いてくれた。

 一方的な思いが気づけばユアンも私に思いを伝えてくれるようになった。

 

 「それじゃ、帰りましょうか」

 「うん」

 「やっぱり私は、自分で帰れるからもう少しこの場所にいるね」

 「わかりました」

 

 おかーさんは残ると言ったので、おかーさんを残し私達は屋敷に戻る。

 きっと、あのお義母さん達と再会できた幸せな時間を一人で噛み締めたいのだと思う。


 「気づけば夜ですね」

 「うん、話、結構長かったから」

 「うー……最後まで聞けませんでした」

 「今度、私が教えてあげる」

 「約束ですよ?」

 「約束」


 約束する。

 私が、ユアンの、仲間の、影狼族の、ナナシキの幸せを護ってみせる。


 「えっと、シアさん?」

 「ユアン、もっと幸せになろ?」


 私もおかーさんみたく、幸せな時間を大切にしたい。

 今日の夜は長くなりそう。

 ユアン、いっぱい寝たから朝まで大丈夫だよね?

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