第286話 補助魔法使い、街に戻る

 ポタポタと地を血で濡らしながら、歩く人影が一つ。


 「儂が生きていれば、影狼族の再建は図れる。そして、必ずオメガ様を……」

 「それは無理だ」

 「誰だ!」

 「さぁな。それを知った所で、終わりだ」

 

 イリアルより腹部に受けた傷は致命傷ではなかった。

 しかし、その傷は影狼族の長の注意力、判断力を鈍らせるのには十分だった。

 この傷は意図的に、死なない為に、殺さないために、わざと生かされた事に気付く事に。

 全てはこの時の為。

 影狼族の長がゆっくりと倒れる。

 誰の目から見ても、死を迎えたとわかる。

 

 「すまない」

 「気にするな。逆に、これっぽっちの事しかしてやれなくてすまない」

 「十分だ。これで、影狼族は解放される」

 「あぁ、ついに呪縛から解放されたんだな。友人として祝福しよう」

 「ありがとう。友よ」

 「おめでとう。友よ」


 ユアン達の知らない場所で、影狼族の長は最後を迎えていた。

 影狼族の手ではなく、外部の者によって。

 

 「さて、俺は戻る。これからギルドマスターとして色々とやらなければならない」

 「あぁ。後ほど伺おう」

 「待ってる。お前の娘さんたちによろしくな」

 

 短い別れを済まし。

 二人は長の死体を残し消える。

 悪しき影狼族の歴史は幕を閉じた。

 森に残された死体と共に、いずれ風化されていくだろう。





 「少しずつ、暖かくなってきた気がしますね」

 「そうだなー。もうすぐ実りの季節だなー」


 いまだに吹き抜ける風は身を切るような冷たさだったりしますが、その中で差し込む光は暖かく、ようやく寒い時期が終わりを迎えようとしている気がします。


 「すみません。長い間、お手伝いから離れてしまって」

 「気にするなー。お陰で街も賑やかになってきたからなー」


 砦から戻り、早一週間が経ちました。


 「それにしてもびっくりしましたね。まさか、シアさんが影狼族の長になるなんて」


 砦から戻るのはすごく大変でした。

 生き残った影狼族の人は転移魔法で街へと送り返しましたが、僕たちは鼬族の街を経由しないと帰れませんでしたからね。

 国境を越えないで帰ったらどうやって帰ったのだとなってしまいますし。


 「ユアン」

 「あ、シアさん!」


 シアさんが影狼族の人を連れ、チヨリさんのお店へと立ち寄りました。


 「どうですか、調子の方は?」

 「大変。仕事、なかなか覚えない」

 「仕方ないですよ」

 「うん。だけど、諦めずに頑張る」

 

 シアさんの後ろに立っているのは、あの砦で生き残った影狼族の人達でした。

 

 「皆さんも頑張ってくださいね」

 「アリガトウ」


 シアさんが熱心に言葉やこの街の規則などを教えてくれているので、話せなかった虚人うつろびとだった人も一言二言なら話せるようになりました。


 「もっとユアンに感謝する。ユアンのお陰で生き残れた」

 「アリガトウ、ユアンサマ」

 

 声を揃えて、僕に頭を下げる影狼族の人達は、シアさんの指導の元、街の警邏隊として働く事になりました。

 まぁ、あの場にいた半数以上の影狼族の人達が命を落としたので、数は多くはありませんけどね。

 それでも、生き残ったのには意味があると思いますので、頑張って貰いたいと思います。

 

 「それじゃ、行く。また後で」

 「はい、頑張ってくださいね」


 シアさんが僕の頭を撫でて、再び街の警邏へと戻っていきました。


 「これもアンリ様のお陰ですね」

 「そうだなー。最初はびっくりしたけどなー」


 影狼族の人達がこの街に住めるようになったのはアンリ様とスノーさんのお陰でもあります。

 アンリ様が影狼族の移住をアリア様に提案し、アリア様がそれを認め、晴れて影狼族はフォクシアの一員となったのです。

 そこにスノーさんがナナシキで移住食を提供するといって、ナナシキで住む事が決まった感じですね。

 当然、影狼族の村は潰れる事になりますが、イリアルさんの話では、あの村に残っている人は居ないとの事ですし、村には年中雪が降る場所なので、廃村になるだろうとの事です。

 アンリ様がついてきてくれたお陰でスムーズに手続きも済んだので、付いてくると言った時はどうしようかと思いましたが、終わってみればついて来てくれて凄く助かりました。


 「けど、これから更に増えるのですよね」

 「そういう話だったなー」


 現在、ナナシキには影狼族の人が三十人ほど住んでいます。

 そこに、近々シアさんのお父さんが保護した影狼族の人達も合流する事が決まりました。

 

 「おーい、ユアン様ー」


 これからもっと街が賑やかになっていく事を想像していると、商業区の方から影狼族の子供が走ってきました。


 「はい、どうしましたか?」

 「えっと、ギルドマスターが呼んでます。一緒に来てください!」

 「わかりました。チヨリさん、度々すみません」

 「構わないぞー。何事も後処理は大変だからなー」

 「ありがとうございます。では、案内をよろしくお願いします」

 「うん!……じゃなくて、はい!」


 元気でいいですね。

 

 「お仕事の方はどうですか?」

 「はい、ギルド職員の方が丁寧に仕事を教えてくれるので、頑張れます」

 「それは良かったです」


 影狼族の子供達の一部は今後を見据え、冒険者ギルドでお手伝いをして貰っています。

 この子もそのうちの一人ですね。


 「けど、冒険者にはならなくて良かったのですか?」

 「僕にはまだ早いって……長が許してくれなかった」

 

 長と聞いて、一瞬だけシアさんのお爺さんが思い浮かびましたが、今の長はお爺さんではなくてシアさんでしたね。

 ちゃんと子供の未来の事も考えているみたいで、偉いですよね。


 「こんにちは」

 「いらっしゃいませ。ギルドマスターがお待ちです」

 「わかりました」

 「では、奥にご案内しますが、その前に……その子はどうでしたか? 粗相等があれば、報告をお願いします」

 「ありませんでしたよ。頑張ってくれていると思います」

 「そうですか。お疲れ様」

 「えへへっ~」


 ミノリさんが男の子の頭を撫でています。

 まだお手伝いを始めてからあまり日は経っていませんが、ギルドのお姉さん達にも受け入れられているようで良かったです。


 「何か困った事がありましたら、僕なりシアさんに伝えてくださいね」

 「はい。では、奥にご案内させて頂きます」


 ミノリさんに案内され、僕はこの街に赴任してきたギルドマスターと会う事になりました。

 

 「ギルドマスター、ユアン殿をお連れ致しました」

 「わかった。入ってくれ」


 ミノリさんが執務室をノックし、ギルドマスターから許可が降りたので僕は中へと入ります。


 「お久しぶりです、ナノウさん。相変わらず、紙の山に囲まれているのですね」

 「誰かさん達のお陰でな。まぁ、かけてくれ。ユアンに伝えておきたい事がある」


 ナノウさんに促され、僕はソファーに移動すると、ナノウさんも執務の手をとめ、僕の対面へと座りました。


 「改めてお礼を言わせて頂きます、この度はありがとうございました」

 「構わない。俺は友人の為に動いただけだ。そして、その事で話がある」

 「その事で?」

 「あぁ。ユアンには伝えておく、影狼族の長は死んだ、だから後の事は気にしなくていい」

 「え?」


 突然の報告に僕は驚きました。


 「それは、本当ですか?」

 「本当だ。この俺が手を下しだから間違いない」

 「ナノウさんがですか? どうして、ナノウさんがお爺さんを……」


 ナノウさんがわざわざこんな嘘をつくとは思いませんけど、ナノウさんが手を下す意味がわかりませんでした。


 「それは、俺達から説明させて貰う」

 「わっ!」


 ナノウさんの後ろからにゅっと音もなく人が現われ、僕は驚きました。


 「初めまして、リンシアの父。カミネロだ」

 「シアさんのお父さん……ですか?」


 現れた人物は驚くことにシアさんのお父さん……らしいです。

 ですが、どうみても……。


 「女性ですよね?」

 「男です」

 「そ、そうですか……」


 見るからに女性なのに、速攻で否定されてしまいました。

 確かに、短髪で男の人が着るような服を着ていますけど、見るからに膨らむところはちゃんと膨らんでいるので、女性かと思いましたが、どうやら男性みたいです?


 「特殊な事情があるから、その辺は気にしないでやってくれ」

 「わかりました」


 まぁ、その辺りは僕が詳しく聞くことではありませんので、置いておきましょう。


 「それじゃ、私も話に混ぜて貰おうかな」


 シアさんのお父さん?がナノウさんの隣に座ると、今度はイリアルさんが執務室に備えてあるタンスから勢いよく出てきました。


 「わかりました」

 「え、そこは驚くところじゃないの?」

 「いや、イリアルさんが居るのはわかっていましたからね」

 「残念……」


 しょんぼりと耳を垂らしながら、イリアルさんは僕の隣に座ります。


 「それで、どういう事か聞かせて貰っても良いですか? お爺さんが死んだ事について」

 「それについてだが……」


 お爺さんが砦から消えた後の事をカミネロさんやイリアルさんが話してくれます。


 「という事は、最初からイリアルさんはお爺さんを殺す気はなかった、という事ですか?」

 「うん。流石に、そこまでは出来なかったというのが正解ね」

 「それで、逃げる事を読んで、カミネロさんとナノウさんが待ち伏せしていたって事ですね」

 「そういう事だ」


 イリアルさんがお爺さんを刺し、そのままシアさんと戦ったのは、シアさんにイリアルさんを殺させる為ではなく、お爺さんが逃げる時間と目を逸らさせるためにやっていたみたいですね。


 「でも、どうしてナノウさんが手を下したのですか?」

 「断ち切るためだ」

 「断ち切る?」

 「歴史というものは繰り返される。だから私達の手ではなく、外部の人の手で終わらせたかったの。それが断罪だから」


 罪を断ち切る。

 という意味があったのですね。

 考え方は色々とありますが、イリアルさん達は身内の罪を自分たちで解決しても、それは公にはならず、いつの日か繰り返される時がくるかもしれないと思ったみたいです。

 だからこそ、ナノウさんに頼み、公とまでは行きませんが、影狼族の罪と呼ばれる部分を隠さないようにしたみたいです。


 「ですが、実際に影狼族はまだ何もしていませんよね?」

 「表面上はね。だけど、影狼族の歴史を遡れば積み重ねた罪はあるのよ。どちらにしても、これからの影狼族の未来の為には必要だったと私達は思うわ」


 難しい話なので僕にはいま一つ理解できませんが、本人たちが必要だったと思うのなら否定は出来ませんね。


 「ですが、どうしてそれを僕に話すのですか? シアさんではなくて」

 「私達よりも、ユアンちゃんがシアちゃんの一番近くにいるからよ」

 「シアは新たな長となり、一族を纏めようとしている。余分な事を考える暇はないだろう」


 そして、落ち着いた時に僕が裏で起きていた真実教えてあげてといいます。

 

 「わかりました。これから、二人はどうするのですか?」

 「そうね……私達の目的が成された今、正直何をするかは考えられないかな」

 

 影狼族の未来を変える事が二人の生きる目標であり、それが達成された今、何をしていいのかわからないようです。


 「そうですか。なら、二人にはこの街の発展に協力して貰いましょうか」

 「この街の発展に?」

 「はい、まだまだこの街は人手が足りませんからね。やる事は沢山ありますよ」


 警邏の人は沢山いても困りませんし、カミネロさんはわかりませんが、イリアルさんは強いですし冒険者として活動して貰うのもいいかもしれません。


 「だけど、私達は……」

 「悪しき影狼族の生き残りとでも言うつもりですか? そう思うのなら、陰ながらシアさん達を見守り、影狼族が新たに住む場所として支えてあげてください」


 シアさんも、他の影狼族の人もその方が安心できると思いますからね。


 「でも……」

 「それに、この街にいれば、いつでも……とは言えませんが、僕のお母さん達に会えますよ?」 

 「え? いま、なんて?」

 

 俯いていた顔をイリアルさんがようやくあげてくれました。


 「僕のお母さん達に会えると言ったのですよ。正確には、触れる事はできませんが、姿をみて会話する事くらいはできます……あ、ナノウさん、今の事は……」

 「わかっている。他言はしない。ギルドマスターの名において約束しよう」


 良かったです。

 イリアルさん達にこの街に留まってもらう為に勢いで言ってしまいましたが、内緒にしてくれると約束をしてくれました。


 「カミネロ……」

 「イリアルの好きにするといい」

 「いいの?」

 「あぁ……シアが新たな未来を歩み始めているのを支えるのが親の役目だ。陰ながら支えよう」

 「うん」


 二人はとりあえずですが、この街に住む事になりました。

 落ち着いた時にどうするのかはわかりませんが、大変な生き方をしてきた筈ですし、落ち着くまでに時間がかかると思いますので、少しでも楽しいと思える時間を過ごして貰えるといいですよね。


 「話はそれだけですか?」

 「いや、もう一つ……あの魔族に関してだ」


 そうですよね。

 オメガさんの事はなかった事に出来ませんよね。


 「いま、どんな状態なのですか?」

 「あまり良くないと言えるだろうな」

 「そうですか……」


 イルミナさんやガロさんなどの協力もあり、オメガさんは監禁状態にあります。

 僕たちはあれ以来、忙しくて会っていませんが、どうやら塞ぎこんでしまっているみたいです。


 「どうだ、一度会ってみるか?」

 「はい。色々聞きたい事がありますからね」


 魔力至上主義という集団が何をしようとしているのかを聞きださなければいけませんからね。

 簡単には聞きだせるとは思いませんが、少しでも魔族の事を聞ければ対策が出来るかもしれません。

 後日、僕たちは、弓月の刻はオメガさんを監禁している場所へと向かい、オメガさんから話を聞きだす事になりました。

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