第285話 補助魔法使い達、決着をつける

 「シアさん?」


 様子がおかしいです。

 もしかして……。


 「うふふっ、どう? 再び従者を奪われる気分は?」


 そんな事が……。

 

 「…………」


 シアさんがゆっくりと立ちあがり、剣を抜き、ゆっくりと影狼族の人達の元へと歩いて行きます。


 「まさか、リンシアの嬢ちゃんが……」

 「ユアンちゃんとの繋がりは完全の筈じゃないの!?」

 「もしかして、あのオメガっていう女の魔力はユアンちゃんよりも上って事?」

 「おいおいっ! マジかよっ!」


 ユージンさん達にも動揺が走っています。

 

 「当然なのよね。魔族に魔力で勝てるわけないのよね?」


 僕が魔力で負けて、シアさんを再び奪われた?

 

 「くくくっ、驚いたか小娘! これがオメガ様の力だ! 少し魔力が高いからっていい気になりよって! そうだ、儂からもプレゼントをしてやろう! 儂らに歯向かった事を後悔するがいい!」


 シアさんお爺さんが両手をかざすと、影狼族の人達が苦しむように身を屈めました。

 

 「なにが起きているんだ?」

 「影狼族の人達に角が……」


 背中、あるいは頭から次々に角が生え、肌の色が茶色へと次々に変化していきます。

 あれは、変異種の?


 「ねぇ、私……そんな指示を出した覚えはないのだけど?」

 「しかし……」

 「勝手な事はやめて」

 「申し訳、ございません」


 ですが、お爺さんのした事はオメガさんは気に食わないようで、楽しそうだった顔が一変してきつくなりました。


 「まぁ、やってしまった事は仕方ないわ。その代わり、貴方が責任を持ちなさい」

 「はっ! 必ずやオメガ様の期待に応えてみせます!」

 「いい? 無駄に命を散らす事は許さないから? あの子達は、私のもの、だからね?」

 「はっ!」


 あの様子からすると、オメガさんは影狼族の命を犠牲にしてまで戦わせるつもりはなさそうですね。

 ですが、影狼族を操り、何か悪い事をしようとしているのは確かです。


 「何をしている、リンシア! 早くこっちにこぬか!」

「ふふっ、もしかして貴方は大したことないのかしら? 身内もまともに操れないなんて」

 「そ、そんな事は……くっ、早く動けっ!」


 お爺さんから濃い魔力がシアさんへと流れていきます。


 「シアさん……」


 シアさんの足取りが少しだけ早くなりました。

 仕方ないですね。

 

 「嬢ちゃん、どうするんだ?」

 「このままじゃリンシアちゃんが……」


 ユージンさん達がシアさんを心配そうに見ていますが、僕だって心配ですよ。

 だって……。


 「シアさんが一人で頑張ろうとしているのですからね!」


 ですが、シアさん一人で背負わせないと僕は決めました。

 魔族に僕の魔力が劣っている?

 そんな訳がありません!

 だって、シアさんは僕との繋がりを信じてくれました!

 僕だって、信じています!

 僕の魔力は魔族には負けないって!


 「シアさん! 一緒に、戦いましょう! 付与魔法エンチャウント【斬】! 身体能力強化ブースト!」

 「嬢ちゃん!?」

 「そんな事をしたら!」


 当然、シアさんが強化されますよ。

 だけど、全く問題ありません。


 「これが、私の役目!」


 俯きながら歩いていたシアさんが顔をあげ、その瞬間にシアさんの体が消えました。


 「なにっ!?」


 驚いた声が響きました。

 当然、僕たちではなく、相手の方からです。


 「楽になれっ!」


 シアさんが舞います。

 まるで鳥が空を自由に飛び回るように、変異種となった影狼族の人達の間を自由自在に移動しています。

 だけど、わかりますよ。

 軽やかに動き、次々と影狼族が打ち取られていくのに、シアさんから伝わってくる想いが辛く、苦しく、でも逃げずに歯を食いしばって前を向こうとしているという事に。

 だから。


 「私も背負ってあげる。約束だから……闇の拘束」


 倒すのはシア。

 だけど、一人じゃない。

 私が居る。

 私が手伝う事で、シアが背負うものが少しでも軽くなればいい。

 今から、命を落とす人達は私の責任でもある。


 「ユアン」

 「いいの。私達は、最後まで一緒でしょ?」

 「うん!」


 シアから伝わってくる想いがすっと軽くなった。

 それと同時にシアの動きも鋭くなる。

 

 「な、なにが起きて……」


 次々に倒れていく影狼族の人達を見て、お爺さんが狼狽えています。


 「い、イリアル! 今すぐ、リンシアを止めろ!」


 ようやく、自分たちが不利な立場になりつつあることに気付いたのか、お爺さんはイリアルを呼びつけました。

 それに頷く事もなく、イリアルさんがゆっくりと歩き始めました。

 そして、剣をゆっくりと引き抜き。

 

 「がっ! な、なにを……」


 お爺さんのお腹をその剣で貫きました。


 「娘が頑張っているのだもの。私がやらないでどうするのよ」

 「ば、ばかが……こんな事をしても」

 「まだ気づかない? もう、お父さんの力は私達には遠く及ばないのよ。お父さんの時代は終わったの、これからは……シアちゃん達の時代」


 貫いた剣をすっと引き抜くとお爺さんの体が地面に倒れました。

 それと同じくして、影狼族の人達も誰一人として動く人はいなくなりました。

 シアさんが操られた影狼族を、イリアルさんが影狼族の長を倒して、終わったのです。


 「おかーさん」

 「ごめんね。辛い事をさせて」

 「平気。影狼族の未来の為」

 「そうね。だから……」

 「くっ!?」


 イリアルさんの姿が消えたと思ったら、気づいたらシアさんと鍔ぜり合いになってました。

 戦いは終わった筈なのに、どうして?

 僕でさえ疑問に思うのに、シアさんが平然としていられるはずもなく、シアさんが声を張り上げてイリアルさんの事を呼びました。


 「おかーさんっ」

 「ごめんね? シアちゃん、影狼族の為に、消えて頂戴。貴方がいると、私が影狼族を操れないの」

 「な、なんで……っ!」


 シアさんが力任せにイリアルを押し返すとその力を利用し、イリアルさんは後ろへと飛び、音もなく着地をしました。


 「ふふっ、何て面白いのかしら。親子同士で命を奪い合うなんて最高じゃない!」


 影狼族の人達が次々と打ち取られる中でもずっと黙っていたオメガさんが妖艶な笑みを浮かべ、喜んでいます。


 「何が楽しいのですか?」

 「何が? 全てがよ。今まで培ったもの全てが壊れていく、こんな最高な事はないわよ!」


 生まれてから一緒に過ごした時間。積み上げてきた絆。血の繋がった関係。

 それが崩れていくのが楽しいと言います。


 「ですが、どうしてそんなに悲しそうなのですか?」

 「絶望を越えた先にこそ幸福があるからよ」

 「そんなものはありませんよ」

 「あるわ。貴女がそれを知らないだけで、この世界には絶望がありふれている」


 確かに、そうかもしれません。

 僕がこうして生きている時も、みんなと笑い合っている時でも、僕の知らない所で誰かが嘆き悲しみ辛い思いをして、残酷な死を迎えているのです。

 

 「ですが、それの何処が面白いのか僕には理解できません!」

 「理解は不要。理解しなくても、いずれ訪れるわ」

 「させませんよ! 魔族の思い通りに何てさせません!」

 「ふふっ、なら貴方達が止めてみせる? 目の前の親子の戦いも止められないのに?」

 

 僕の目の前では、シアさんとイリアルさんが戦っています。


 「あー、なんか急に興が覚めたわ。貴女がつまらない話をするから」

 「逃げるのですか?」

 「逃げる? 冗談を言わないでその気になれば、一瞬で貴女たちなんか……」

 「倒せるとでも言うのですか? それは、無理ですよ! だって、僕の方がオメガさんよりも魔力が上だからね」


 闇の拘束。

 無数の手がオメガへと絡みつく。


 「馬鹿の一つ覚えね。一度見せた技が通用する訳が……あれぇ?」

 「馬鹿はそっちよ。目の前で同じ魔法を見せるわけがないじゃない」


 ただの闇の拘束だったら防がれる気がしたから工夫を加えるのは当たり前。


 「くっ……搾取ドレインを混ぜてくるとはね」

 「へぇ、搾取ドレインを知っているのね?」

 「当り前よ、使えるのは貴女だけじゃないんだからっ!」


 ん。

 私からオメガへと魔力が流れる。

 

 「失敗だったわね? 貴女の魔力を全て奪って……あれぇ?」

 「どうしたの? 早く奪ってみたら?」

 

 正直、腹が立つのよね。

 こういう奴って。

 自分が不幸の中心にいるみたいな考えの奴。

 まぁ、私もそう思った事があるから気持ちがわからなくはない。

 だけど、いつまでもそのままって訳にはいかない。

 間違っているのなら、誰かが正してやればいい。


 「ほら、奪い返さないと魔力がなくなるわよ? 魔力には自信があるんでしょ?」

 「くぅぅ……」


 頑張ってる頑張ってる。

 だけど、全然だめね。

 魔力が高いだけで、何もわかっていない。

 血の契約の内容が単純だったのは単にオメガの腕が未熟だったって事ね。


 「なんか、嬢ちゃんの方が悪者に見えてくるな」

 「えぇ……普段の優しいユアンちゃんとは思えない」

 「怖い」

 「あぁ、女って怖いな」

 「好き勝手言うのはいいけど、ちょっとは手伝ってくれない? シアとイリアルを止めるなり、オメガを拘束するなりね?」

 「そ、そうだな」


 私がユージン達を見ると、ユージン達は急いでオメガを抑え込みにかかった。


 「ユージンは触らないで!」

 「なんでだよっ!」

 「どさくさに紛れて変な所触るから」

 「触らねぇよ!」

 「あぁ、もう! 魔力があまりないあんたが触ったら危ないからよ!」

 「あぁ、確かにそうだな……」


 頼りになるのかならないのか、わからないわね。

 まぁ、オメガの魔力はほとんど抜いたし、もう大丈夫でしょう。

 後はこの親子ね……。


 「シアちゃん、防戦一方じゃ、勝てないよ」

 「で、でも……私はおかーさんとは」

 「戦いたくないって? 笑わせないで、そんな事じゃ影狼族をー……きゃうんっ!?」


 オメガが拘束されたにも関わらず、二人は戦闘をやめようとしない。

 イリアルにとってはオメガはどうでもいいのかもしれないけど、このままじゃ埒があかない。

 なので、シアと離れた距離を詰めようとしたから、闇の拘束で足首を掴むと、イリアルが無様に倒れた。

 

 「もぉ! いい加減にしてください!」

 「きゅぅぅ……ユアンちゃん、踏まないで!」


 倒れこんだイリアルさんの背中を僕が思い切り踏みつけると、イリアルさんが情けない声を出しました。


 「ユアン?」

 「シアさん、大丈夫ですか?」

 「うん。私は平気。おかーさんが手加減してたから」

 「してないもん」

 「イリアルさんは黙っててください!」

 「きゅぅぅ……」


 僕が背中に体重をかけるとイリアルさんが耳と尻尾をだらんと垂らし、剣を手放しました。

 ようやく諦めたみたいですね。


 「おかーさん……何がしたかったの?」

 「シアさんに殺させようとしたのですよ」

 「どうして?」

 「シアさんに影狼族を任せるためにですよ」

 「私に?」

 「はい、またあの時と同じことをしようとしたのです」


 シアさんが操られた時、イリアルさんは自分の身を犠牲にして、僕たちに色々と伝えようとしました。

 今回も、自分の死をもって影狼族の新たな未来を開こうとしたのです。


 「どうして、ユアンがわかる?」

 「イルミナさんにお願いされたからですよ」


 シアさんには内密にイルミナさんから情報というか忠告とお願いをされていました。

 恐らく、イリアルさんが自分の死をもって悪しき影狼族の歴史に幕を閉じようとするだろうから、それを止めて欲しいと。


 「どうして、こうも上手くいかないかな」

 「それは、イリアルさんがイリアルさんだからですよ。本当は無理しているのに、それを何ともないように見せる。そういう所がシアさんにそっくりですからね」


頑張ってるのに、空回りするとことかが、特に似ています。


 「そんな事ない」

 「そんな事ないし」


 やっぱり親子なのですよね。

 いえ、これが影狼族の本当の姿なのだと思います。

 影狼族は決して戦闘民族ではなく、仲間想いの優しい種族なのです。


 「だから、イリアルさんから影狼族の未来は始まっているのですよ。決して、イリアルさんで終わりではないのです」


 イリアルさんがここで死んではいけません。

 もちろん、救えなかった同胞の命があり、辛い部分はあると思います。

 ですが、それはシアさんが背負うと決心しました。

 だから、イリアルさんは頑張った分、もっと楽に生きるべきです。


 「全く、シアちゃんはとんでもない主を見つけてきたわね」

 「うん。最高の主で最高の恋人」

 「そうね。私も……もっとユーリ様とアンジュ様と繋がりがあればなー……」

 「今からでも遅くないですよ?」

 「ダメだよ。きっと私の事なんて、忘れているだろうし。もう、会えない場所にいるのだから……」


 イリアルさんは龍人族の街のことを知っていましたが、どうやらお母さん達の事は知らないみたいですね。


 「大丈夫ですよ。僕がいますからね」

 「え、ユアンちゃんが私の主になってくれるの?」

 「なりませんよ。だけど、後で頑張った御褒美をあげます」


 散々驚かされた仕返しを後でさせて貰いますよ。

 それよりも今は……。


 「影狼族の未来の為に、やらなければならない事があります」

 

 いつまでも、死者を放っておくわけにはいきませんからね。

 これからの事はこれから考えればいいのです。


 「うん……!?」

 「シアさんどうしたのー……あれ?」


 影狼族の遺体を集め、僕の聖炎セイントフレイム……聖魔法で亡骸を供養してあげようとしたのですが、遺体が一つ足りない事に気付きました。


 「じじぃの死体が、ない?」

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