第283話 補助魔法使い達、砦に侵入する

 「んー……?」

 

 とても嫌な感覚と共に僕は目覚めました。


 「ごめん。起こした?」

 「いえ、ちょっと嫌な感覚が……」

 「ごめん……」


 シアさんが僕の頭を撫でる手を止めました。


 「ち、違いますよ! シアさんの手が嫌な訳ではないです!」


 明日に備え、僕たちは目的地である砦から離れた場所で野営をし、明日に備える事になりました。

 当然、僕たちの動きは悟られている筈ですので、順番に見張りをたてて野営をしています。

 

 「ホント?」

 「本当ですよ。シアさんに撫でて貰えるとそれだけで安心できますからね」

 「嬉しい」

 

 シアさんが再び僕の頭を撫でてくれますので、僕も再びシアさんの足を枕にさせてもらい横になります。


 「というか、シアさんも気付いていますよね?」

 「うん。見られてる」

 「はい。場所はわかりませんけどね」


 僕たちを観察するようにねっとりとした視線があるのを感じます。

 シアさんはきっとその視線を感じ、僕が心配しないように、安心させるように頭を撫でてくれたのですね。


 「シアさんありがとうございます」

 「うん。だけど、お礼を言うのは私の方。ユアンには無茶させてる」

 「そんな事ないですよ。僕たちは仲間であり、恋人ですからね。それに、やっぱり楽しいですから」


 影狼族の問題でシアさんが大変な思いをしているのは知っています。

 ですが、僕たちの本業は冒険者です。

 野営もそうですし、こうやって知らない土地を移動したりするのは、ワクワクします。


 「わかる。私も何だかんだで楽しい」

 「良かったです。ちょっと、心配でしたからね」

 「平気。同族と戦う覚悟は出来てる。何よりも私達の未来の為。迷う事はない」

 「はい、頑張りましょうね。っと、目が覚めてきちゃいましたし、そろそろ交代しますか?」


 空は曇っていて月の位置がわかりにくいですが、陽が落ちて夕食を済ませた後、早々に休んだので睡眠はバッチリです!


 「平気。私は寝なくても問題ない。ユアンがちゃんと休むべき」

 「いいのですか? 今なら僕の足を枕にしてもいいですよ?」

 「ん……平気……」


 ぴくんとシアさんの耳が動きました。

 それに、尻尾も右から左へとふわりと移動しましたね。

 これは、我慢している証拠だと僕にはわかります。


 「本当にいいのですか? 今なら頭を撫で撫でしてあげますよ」

 「交代する」

 「わかりました、場所を交代しましょう」


 やっぱりでした!

 シアさんは僕の提案にあっさりと掌を返しましたね。

 

 「はい、どうぞ」

 「うん」


 場所を入れ替わり、シアさんが僕の太ももに頭を乗せます。


 「毛布も掛けておきましょうね」


 防御魔法を展開すると同時に、寒さを和らげる魔法を付与していますが、体に布団が掛かっていると安心できますからね。


 「幸せ」

 「良かったです」

 「もっと撫でて?」

 

 僕も幸せです。

 こうやってシアさんが甘えてきてくれますからね!

 誰が見ているのかはわかりませんが、シアさんは誰にも渡しませんからね。

 僕とシアさんの仲を裂けると思ったら大間違いです。

 明日、それを教えてあげますから待っていてくださいね。





 「嫌な視線だ」

 「それだけ砦に近づいたという事ですね」


 翌朝、僕たちは支度を整え、砦近くまでやってきました。


 「それに嫌な場所にあるわね」

 「ここの森は死の匂いがこびりついている」


 目指す砦は森の中にあり、エルさんの言う事が何となくわかります。

 死臭はないのですが、アンデットが出没したあのダンジョンの雰囲気にちょっと似ている気がするのです。


 「探知魔法で魔物の反応がないのが逆に不気味ですけどね」

 「魔の森みたい」


 決して深い森ではないのですが、ちょっとした森でも魔物は住んでいます。

 僕が孤児院に居た頃のような村の近くにある森とかは別ですが、街から離れた森であれば冒険者も好んで近づきませんし、討伐依頼も出ない為、魔物は自然と繁殖するはずなのに、この森には魔物はおろか、生物すら反応がありません。

 ただし、他には反応があります。


 「この先に、人の反応があります」

 「という事は、そこが目的地か」


 暫く進むと、探知魔法の情報通り人の姿がありました。

 そして、目的地であると思われる砦もそこにあり、どうやら僕が捉えた人の反応は砦を守っている人みたいですね。


 「やっぱり影狼族を使っているみたいですね」

 

 一目みてわかる特徴。

 シアさんと同じ、黒に灰色が混ざった髪に耳と尻尾が生えた人達が直立不動で砦の周りを固め、まっすぐに僕たちの方を向いています。


 「気づかれているのですかね?」

 「だろうな」

 「ですが、なんで動かないのですか?」

 「誘い込む為だろうな」

 「それか、向こうからは攻撃を仕掛けるつもりはないって事じゃない?」


 どちらにしても、気づかれている事には間違いないようですね。


 「どうしますか?」

 

 ここに来て、一つだけ困った問題がありました。


 「暫くは様子見、だろうな」

 「そうね。勝手に動く訳にもいかないだろうしね」


 そうなのですよね。

 僕たちの目的はこの場所ではありますが、明確な目的がないのです。

 影狼族を倒す事が目的なのか、長を倒す事が目的なのか、それとも裏で糸をひく魔族を倒すのが目的なのかが決まっていないのです。


 「目的ならある」

 「シアさん?」

 

 暫くは様子をみると言った傍から、シアさんが一人で砦に歩き始めました。


 「私は長を倒す。それが、みんなの為」

 「なら、僕も一緒に」

 「平気。見てるといい」


 僕だけでなく、ユージンさん達もシアさんに続こうとしましたが、シアさんはそれを手で制しました。

 一人で十分だと言わんばかりにです。


 「じじい。来てやった。出てこい」


 決して大きな声ではありませんが、シアさんの声が響き渡ります。

 ですが、シアさんの声に反応はありません。

 その代わりに、影狼族の人達がゆっくりとそれぞれの武器を構え始めました。


 「私と戦うつもり?」

 

 シアさんの問いに、影狼族の人達は答えずただ武器を構えたままシアさんをジッと見ています。


 「無駄。お前たちに私は倒せない」


 一歩一歩、自分の進む道を確かめるようにシアさんが砦に向かって足を進めます。

 

 「………………」


 シアさんが足を進む度に、影狼族の人達の四肢に力が籠められるのがわかります。

 そして、シアさんがあと一歩踏み出せば一斉にシアさんに襲い掛かるという事も。

 その事をシアさん自身が一番理解していると思うのですが、躊躇いもなくその一歩を踏み出し。


 「血の契約」


 シアさんが呟くと同時に、魔力が風となり、周囲に吹き荒れました。

 それと、同時に影狼族の人達が次々に崩れ落ちていったのです。


 「何が、起きたんだ?」


 その様子を眺めていたユージンさん達は何が起きたのか理解できなかったみたいです。

 ですが、僕にはわかります。


 「シアさんが、影狼族の人達にかけられた血の契約を上書きしたのですよ」

 「リンシアの嬢ちゃんがか?」

 「だけど、あれって契約の上位に居る人には逆らえないって……」

 「影狼族を操っていたのが長、あるいは魔族であれば奪う事は出来ない筈」


 血には強さがあるとイリアルさんは言っていました。

 普通の影狼族は、長に、長は魔族に逆らえないように、言う事を聞くように契約魔法が施されています。


 「それをシアさんが覆したのですよ。長よりも血の契約が上であることを証明したのです。そうですよね、シアさん?」


 影狼族が動かなくなったので、僕たちも砦へと近づきました。

 そして、今の事の真実をシアさんに尋ねます。


 「うん。私の中にはユアンの魔力が流れている。例え、魔族が上位であっても負ける気がしない」

 「確信があったって事か?」

 「ない。だけど、ユアンが私を取り戻してくれた時点で確信がなくても、出来る自信があった」

 「それって博打よね?」

 「うん。だけど、答えがわかっているのなら、博打は必ず勝てる。そういうもの」


 シアさんらしい大胆な攻めですね。


 「だけど、効果は十分にありそうですね」


 その証拠に、砦の中にある反応が慌ただしくなりました。

 当然ですよね、砦の入り口の守りが簡単に突破され、尚且つ血の契約が意味を成さないと知ったのですから。

 今頃、シアさんのおじいさんは大慌てしていると思います。


 「しかし、油断はできないな」

 「わかっていますよ。相手は影狼族だけではないですからね」


 砦に近づいてわかりましたが、嫌な魔力が砦の中から漏れ出しているのです。


 「それに、影狼族もまだ残っている筈だ。リンシアの嬢ちゃんがさっきのを使う回数は限られているだろうしな」

 「うん。疲れる」

 「数だけじゃないわね? リンシアちゃんがあそこまで接近したという事は、効果の範囲もあると見たわ」

 「正解」


 あれだけでシアさんが使った血の契約の魔法を見破るのは凄いですね。

 僕ですか?

 もちろん気付いていましたからね?


 「という訳だ。ここから先は俺達も戦う事になる。一応だが、影狼族が襲ってきた場合は?」

 「手加減はいらない。むしろ、楽にしてあげて欲しい」

 「同族なのに、いいのか?」

 「構わない。血の契約に触れた今ならわかる。あの人達は、操り人形として生まれた存在。私だったら嫌。その状態で生きるのは苦痛」

 「わかった。みんな、聞いていたな?」

 

 ユージンさんの言葉にみんなが頷きます。


 「ユアン」

 「わかっていますよ。後で、ちゃんと弔ってあげます」

 「ありがとう。辛い思いをさせる。ごめん」

 「謝る必要はありませんよ……ちょっとしゃがんでください」


 だって、一番辛いのはシアさんの筈ですからね。

 だから、僕もお手伝いです。

 補助魔法ではない、物理的な方法で。

 

 「ユアン?」


 シアさんが不思議そうに僕を見てきますが、僕はそれを気にせずに、シアさんの額へと唇を軽くあてます。


 「えへへっ、元気がでるおまじないです」

 「うん。元気出た。だけど、するなら口がいい」

 「それは、後で頑張った御褒美という事で」

 「わかった。頑張る!」


 空元気なのはわかります。

 だけど、気持ち的にはきっと……少しだけでも元気になってくれればいいですね。


 「では、ユアン殿達のイチャイチャも終わりましたし進みましょう」

 「別にイチャイチャしてる訳ではないですよ!」

 「はいはい。散々見せつけられた私達の身にもなって欲しいわ」

 「私もそろそろ、恋人作ろうかな」

 「そんなもんは面倒なだけだ! 食って動いて寝る! それが一番だっ!」

 「ホントにな。ったくこんなに締まらない始まりになるとは思わなかったな」


 あ、あれ?

 士気をあげるつもりだったのですが、失敗ですか?


 「そんな事はない。私は最高の状態」

 「嬢ちゃん達はな? まぁ、いくぞ。アンリは常に中央にいてくれ」

 「危なくなったらいつでも頼ってくれ」

 「危なくなったらなっ!」


 アンリ様を中心に僕たちは隊列を組み、砦へと侵入を開始します。

 イリアルさんから連絡がない以上、勝手に行動していいのか不安ですが、侵入してしまったので仕方ないですね。

 ともあれ、砦の攻略開始です!

 今日中に終わらせますよ。

 今後の幸せの為にも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る