第282話 補助魔法使い達、砦に向かう

 「随分と殺風景な場所になってきましたね」


 鼬族の街を出てから五日目。

 目的地の近くまでやってきましたが、随分と寂しい場所にやってきました。

 今は寒い時期なので、木々の緑がないのは当たり前なのですが、そもそも木々は見当たらず、地面も乾いた大地が広がっています。


 「まるで、ここで大規模な戦闘があったみたいな感じがしますね」


 アルティカ共和国とルード帝国の国境をみればわかりますが、北に魔の森があるものの、国境の中は此処と同じように草木は生えていませんでした。

 それは昔から戦争が行われていた代償らしいですね。

 

 「実際に昔はここで魔族との戦争を繰り広げていたという話も聞いた事ありますし、案外それが原因かもしれませんね」

 「そうだったのですね……」


 僕たちが向かう砦はその頃に作られたもので、魔族の侵略により奪われてからずっと放置された場所のようです。

 

 「嬢ちゃん。話をするのはいいが、警戒は怠るなよ」

 「ここまで来たら、私達の動向は常に監視されていると思った方がいいわね」

 「はい。気をつけます」


 シアさんのお父さんの手紙にはこの場所の事も書いてあり、この場所についてから約一日で目的地の砦に辿り着くと書いてありました。

 相手が影狼族であれ、魔族であれ、既に僕たちの事を気付かれている可能性は高いですね。


 「でも、僕たちが着いたら何をすればいいのでしょうか?」

 「戦う」

 「まぁ、そうなるとは思いますけど、問題は操られた影狼族の人が襲ってきた場合、その人たちをどうするのかです」


 どうするかなんて考えている暇があるかはわかりません。

 操られた状態で僕たちを襲うくらいですし、本気で僕たちを殺しにくると思います。

 ですが、それは操られているだけで本心ではない筈です。

 その人たちを襲われたからという理由で殺すのは……。


 「ユアンが悩む必要はない」

 「でも……中にはシアさんの知り合いもいるかもしれませんよ?」

 

 シアさんは旅立つまで影狼族の村で暮らしていました。

 当然そこで育った訳ですので、友達だったり近所の人だったりと知り合いは沢山居る筈です。

 知り合いじゃなくても、友達のお父さんやお母さんだったりする可能性だったりして、後でそれを知るのも辛いと思います。


 「平気。覚悟は決めてきた。私は護るために戦うと決めた」

 

 それは、自分を護るためであり、まだ操られていない影狼族の人であったり、これからの影狼族の生き方であったり。

 先を見据えた戦いをすると決めているみたいです。


 「わかりました。きっと、辛い戦いになるかもしれませんが、一緒に頑張りましょう。僕達があの日交わした約束を果たす時が来たのですからね」

 「ユアン……」


 シアさんが覚えているのかちょっと不安でしたが、この様子ですと覚えていてくれたみたいです。

 シアさんが影狼族の血の事で初めて僕の前で悩んでいた時の事です。

 約束したのです。

 影狼族の血が重荷になるのならば、一緒に背負いますと。

 今でも、あの時の言葉は嘘ではありません。

 むしろ、あの時よりもずっとシアさんの力になりたいと思っています。

 それが、僕もシアさんも幸せになる為の方法だと思うからです。


 「止まれ。何か、来るぞ」


 先頭を歩くユージンさんが立ち止まり、剣を抜きました。

 油断していた訳ではありませんが、僕たちもユージンさんの言葉で進めていた足を止め、警戒態勢をとります。


 「平気。あれは、おかーさんの影狼」

 「イリアルさんも影狼を使えたのですね」

 「うん。この前の時に真似された」

 「シアさんがイリアルさんに操られた時にですね」


 気づかない理由はすぐにわかりました。

 影狼と言っても、魔物の影狼ではなく、魔法の影狼だったからです。

 探知魔法を使っているのに気づかないのも無理はありませんね。

 魔法は探知魔法には反応しませんからね。

 決して、油断していた訳ではないですよ?


 「という事は、僕たちに何かを伝えに来たという事でしょうか?」

 「多分そうだと思う」

 

 なら安心ですね。

 敵ではないと思い、安心して走ってくる影狼を見守っていると、それが油断だったのでしょうか、影狼はユージンさん達を通り越し、回り込むように僕とシアさんの元へと走ってくると、突然僕に飛び掛かってきました!


 「わっ! ちょっと、何をするのですか!」

 「じゃれてる」

 「じゃれてるって……もぉ!」


 防御魔法を張ってあるお陰で何ともありませんが、飛び掛かってきた影狼は僕を押し倒しベロベロと僕の顔を舐め始めたのです。


 「ずるい」

 「ずるいじゃないですよ! 重いので早くどかしてください!」

 「わかった……ユアンが嫌がってる、どけ」


 シアさんが影狼を蹴り飛ばし、影狼が地面をゴロゴロと転がっていきます。

 影狼は魔法で作られているのに、転がるって不思議ですね。

 その状況を眺めていると、イリアルさんの影狼がゆっくりと立ちあがりました。


 「シアちゃん、ひどいよ」

 「酷くない。悪いことしたのはおかーさん」

 「だって、久しぶりにユアンちゃんに会ったんだもん。テンションあがちゃってね」

 

 なんで僕なのでしょうか。

 そこは娘のシアさんに飛び掛かればいいと思いますよ。


 「そりゃ、主様の娘だもん」

 「そういう事ですか。ですが、びっくりしますので今度からはやめてくださいね」

 「うん。考えとくよ」


 全く宛にならない返事ですね。


 「それよりも、何しに来たのですか?」

 「報告。状況も知らずに近づくのは危険よ」


 危険という事は、やはり影狼族の人が集まっているのは間違いないという事ですかね?

 やはり戦闘になるのは避けられないみたいです。

 立ち止まって話すのは時間の無駄という事でイリアルさんが僕たちと並行して歩きながら説明をしてくれる事になりました


 「影狼族の数は約三十人ほどね。全員が操られた状態になっているわ」

 「意外と少ないのですね」

 「村に残っていた影狼族は少ないし、そもそも大きな部族でもないから」


 全体で見ても百人程度の数しか影狼族は存在しないみたいようですね。

 まぁ、それも仕方ないですよね。

 昔は知りませんが、今の世ですとシアさんみたく世界を知り、影狼族の村に帰りたいと思う人は少ないみたいですので。

 ですが、その三分の一が集まっているとなると、やっぱり少ないと思っても多いですね。


 「けど、その影狼族の奴らって操られているんだろう? なら大したことないんじゃないか? 今のリンシアの嬢ちゃんと戦ったらどうなるかわからないが、操られた嬢ちゃんなら余裕で勝てる自信がある」


 確かに。逆に操られているのならば、戦闘能力は落ちる事はわかっていますし、上手くやれば僕の防御魔法で閉じ込める事も出来そうですね。


 「シアちゃんやルリちゃんみたく、ちゃんと意志がある人ならね」

 「意志がある人ですか?」


 どういう意味かわからず、僕は聞き返してしまいました。

 

 「もしかして、虚人うつろびと?」

 「そうよ」


 シアさんの言葉にイリアルさんが頷きました。影狼の姿で器用に。

 っと、そんな所に気を取られている場合ではありませんね。


 「なんですか、虚人うつろびとって?」

 「ユアンには前に話したと思う。影狼族に流れる血は穢れているって」

 「聞きましたけど……シアさんは汚くないですよ! 僕の血がきっと浄化してますからね!」

 「うん。ありがとう。だけど、それは事実。虚人はその過程で生まれた人」

 「影狼族は濃い血を残すためならば手段は問わない。例え、兄妹であろうと親子であろうとね」


 その結果で生まれた子が虚人うつろびとであり、いつもボーっとしていて、何を考えているのかわからない人達が居るみたいで、その人が操られているみたいなのです。


 「つまりは、意志のない人が操られているという事ですか?」

 「そういう事。だから、血の契約の影響も受けやすく、意志がないから行動の制限もされない」


 つまりは本来の力をほぼ発揮できるという事になるみたいです。

 しかも、影狼族は影狼族である事を証明するように戦闘能力は高いみたいです。

 長に認められ、村に戻った実力者同士の子供ですからね。


 「となると、決して油断が出来る相手ではないな」

 「操られているという事は死に対する恐怖がないと考えた方がいいわね」

 「それは、厄介ですよね」


 トレンティアでの戦いでも実感しましたが、死を恐れない相手は厄介です。

 人は無意識に傷つくことを恐れ、防衛本能が働きます。

 だから、危険だったら逃げますし、攻撃されそうになったら防いだり避けたりします。

 ですが、死を恐れないということはそれがないのです。

 死ぬまで戦ってきますし、剣を刺した所で怯まずに攻撃を仕掛けてきます。

 もっと言ってしまえば、操られているので命を代償にした作戦だって考えられます。


 「そうなると、アンリ様は戻られた方がいいですかね?」

 「私がか?」

 「はい。目的地は後少しですし、ここから先は僕たちだけで行けますし、何よりも危険ですからね」


 アンリ様に何かあったらアリア様に何と言っていいかわかりません。


 「私は最後まで見届ける。それが母上からの指示でもあるからな」

 「でも……」

 「ユアン殿、これは他人事ではないのですよ。魔族が裏で糸を引いている事は私も知っている。それを確かめなければならないのだ。これでも戦闘の心得はある。足手纏いにはならない」


 別に足手纏いだとは思いません。

 ただ、危険が伴うのでそれが心配なだけです。

 ですが、アンリ様の目をみると、引き下がるつもりもないみたいですね。


 「わかりました。話が逸れてすみません。イリアルさんから他に伝えたい事はありますか?」

 「うん。今の話に繋がるけど、この先の砦には……あっ、ごめん!」


 影狼の足がぴたりと止まりました。

 

 「あれ、イリアルさん?」


 イリアルさんが謝ると同時にイリアルさんの反応も消えました。

 その代わりに、雑音のような音ですが、会話が影狼から流れ始めました。


 『イリアル、ここで何をしている』

 『お父さん……今後の事を考えておりました』

 「じじい……」

 

 イリアルさんはお父さんと言い、シアさんはじじいと言いました。

 という事は、この声の主は影狼族の長?


 『お前が心配するようなことは一つもない。それよりもカミネロはどうした? それに、お前が連れてくる予定のイルミナ達はどうなったのだ?』

 『旦那の消息は不明。娘たちを操るのは失敗ー……ぐっ!」


 イリアルさんが苦しそうな声をあげると同時に、鈍い音が聞こえました。


 『失敗だと? オメガ様の前で儂を恥かかせるつもりか?』

 『そのようなつもりは……』

 『御託はいい。三日以内にカミネロを連れて戻り、イルミナ達も連れてこい』


 ぶつんっ。

 そこで会話が途切れ、影狼の姿も消えました。


 「シアさん、今のが……」

 「影狼族の長」


 それで会話の途中で出てきたカミネロさんという人がシアさんのお父さんのようです。


 「それで、オメガって誰ですか?」

 「多分。じじいの主」

 「という事は、魔族の人の可能性が高いですよね」

 「うん」


 となると、僕たちが向かう先には影狼族の人だけではなく、魔族もいる可能性が高くなってきましたね。


 「シアさんは魔族の人にあった事がありますか?」

 「ない。けど、私が魔族」

 「そうですけど……他の魔族の人がどんな特徴なのかなーって」


 僕は魔族の人にあった事はありませんからね。

 人族に角が生えていたり、翼が生えてたりするとは聞いた事がありますけどね。


 「ともあれ、敵の状況は少しだけでもわかったのは有難いな」

 「そうですね。けど、時間があまりありませんよね」

 「三日以内って言っていたわね」

 「はい。それまでにどうにかしないといけませんね」


 砦までは今日一日歩けばたどり着ける距離ですが、猶予があるかと聞かれると猶予はあっても余裕はありませんね。

 もしかしたら、砦まで行く間に妨害があり、相手の行動も早まる可能性もあります。


 「急ぎましょう」

 「あぁ。だが、進むペースは変えない。だから、焦らずに進むぞ。急いだところで辿り着くのは夕方だろう。消耗した体で挑むのは危険だ

 「わかりました」


 そうですよね。

 焦った所で体力を消耗するだけですよね。

 改めてユージンさん達が一緒で良かったと思います。

 もしかしたら、僕とシアさんだけだったら急いで向かっていた可能性があります。

 焦る気持ちを抑え、僕達は再び歩みを進めます。

 明日、影狼族の事を終わらせるために。

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