第277話 補助魔法使い、嵌められる

 『そういえば、ユアンは何処じゃ? 私はユアンに会いに来たのじゃが』

 『ユアンなら別室で待機しておられます』


 え、僕ですか?


 「な、なんでこのタイミングで僕の名前が出るのですか?」

 「打ち合わせ通りだからね」

 「僕、聞いてませんよ!」

 「言っていないからね」

 「前もってわかっているのなら、ちゃんと教えてくださいよ!」

 「君が演技が出来るのなら教えたけど、出来るのかい?」

 「それは……」


 出来る訳ないです!


 「そうだよね。ほら、アリアが呼んでるよ」

 「ユアン頑張る」

 

 そんなー……。ですが、呼ばれたのなら行かない訳にはいきませんね。

 

 「えっと、お呼びですか?」


 緊張しながら、下の階に降りて、僕は応接室へと入りました。

 

 「おいっ! 忌み子! 女王陛下の前で失礼だろうが! その汚らしい髪を今すぐしまえ!」


 僕とオーグが目が合った瞬間でした。

 いきなりオーグがそんな事を叫んだのです。

 どうやらオーグはアルティカ共和国でも黒い髪の獣人は忌み子であると信じているみたいですね。

 ルード帝国でもその風潮を取り払おうとしてくれているのに、本当に何も知らないようです。

 しかし、改めて言われると傷つきますよね。

 これを言われると腹立たしい気持ちよりも、悲しい気持ちが大きくなります。

 こればかりは慣れませんよね。


 「うぐっ!?」


 オーグのうめき声が聞こえたので伏せていた顔をあげると、アリア様がオーグの首を掴み宙に吊り上げいる状態が目に入りました。


 「小僧。私の姪に向かって舐めた口を利くなよ」

 「がはっ!」


 背中からオーグが床に叩きつけられ、転がり苦しみ、ヒューヒューと息を吐き、怯えた顔でアリア様を見ています。


 「ユアン、すまぬな。ここまで馬鹿だとは思わんかった」

 「いえ、演出ですよね? 大丈夫ですよ」

 

 アリア様が僕にそっと耳打ちをして謝ってくれました。

 一応はこうなる事を見越したうえでの作戦のようでしたが、流石にあの場であんな罵声を飛ばすのはアリア様の想定の上をいっていたみたいですね。

 そして、アリア様はそっと僕から離れ、再びオーグの目の前へと立ち、オーグを見降ろしました。


 「お主、謝罪の言葉もないのか?」

 「えっ?」


 オーグの目がアリア様を捉えていますが、焦点があっていないように、目が泳いでいます。


 「私の姪に罵声を吐いたのじゃ、それに対する謝罪はないのかと聞いておる」

 「め、姪でございますか? はて、何の事か……」


 もしかしたら、一瞬の出来事でしたので記憶が軽く飛んでいるのかもしれませんね。


 「仕方ない。ユアン、自己紹介を」

 「ふぇ!?」

 

 自己紹介ですか!?

 

 「えっと……」


 自己紹介と言っても、何を言っていいのかさっぱりです!

 Bランク冒険者のユアン……弓月の刻、リーダーユアン……この場ではどっちも違いますよね?

 何て自己紹介すればいいのか迷います!

 となると、やっぱりアリア様の姪であることを強調した方が……。


 『ユアン。シノが搾取ドレインを使えって』

 『わかりました!』


 迷っていると、何とシアさんから念話が届き、アドバイスが来ました!

 けど、何で搾取ドレインなのでしょうか? しかも、気づかない程度にゆっくりと使えと言っています。

 でも、きっと意味がある筈ですよね。

 だから、アドバイス通りオーグへと搾取ドレインを使う。

 オーグの体がぶるりと震え、カタカタと震えだした。

 そういう事ね。

 私を見て、本当は搾取ドレインの効果で体に不調をきたしているのに、恐怖で震えていると錯覚させる訳か。


 「申し遅れました、私はユアン」

 『数々の聞くに堪えない暴言』

 「数々の聞くに堪えない暴言」


 それで、告げる内容まで用意してくれるのね。準備がいいわね。

 念話に沿って、私はオーグへと淡々と自己紹介を進める。

 私がアリアの姪である事、フォクシアでは黒い髪を持つ狐人が正当な王族の証であること。

 オーグとその部下がアランに対して暴言を吐いた事も全ての罪を伝える。


 『次期女王として、お前に裁きを下す』

 「次期女王として、お前に裁きを下す」


 ふぇ!?

 あれ、僕いま飛んでもなことを言いませんでしたか?


 「どうしたユアンよ?」

 「え、あ、あの……」

 「次期女王として、裁きを下すのじゃろう?」


 アリア様がにやりと笑いました!

 そして、微かにですが、言質はとったからなと小さな声を優秀な耳で捉えました。


 「少し待ってくれるかい?」

 「オルスティア様!」


 僕が動揺していると、その間に今度はシノさんが扉を開け、入ってきました。

 珍しく、狐耳と尻尾を隠し、人間の格好で入ってきたのです。

 そして、縋るように這った状態でシノさんの足元にオーグは移動しました。


 「助けに来てくださったのですね!」

 「いや? そもそも、君は誰だい?」

 「私です! オルスティア様の派閥に所属する、オーグでございます」


 と言いますが、シノさんは知らないみたいですね。

 そもそもですよ。

 シノさんが失脚した事くらい知っている筈なのに、今更シノさんに頼ってどうするつもりなのですかね?

 まぁ、それほど混乱し、切羽詰まっているという事でしょうけど。


 「そうか。それで、僕の紋章を勝手に使っていたみたいだけど、どういう事かな?」

 「そ、それは……」

 「僕は一度も誰かに自分の紋章を渡したことはないのだけど?」

 「いえ、これは確かに……」

 「本当かい? ま、どちらにしても君は終わりだけどね」

 「え?」


 シノさんが白天狐の姿に戻りました。


 「聞いていたよ、君は僕の嫁であるアカネを夜に誘ったよね? 僕は、それが許せないんだ」

 「え、それは冗談でして」

 「その冗談でも僕は許せないんだよね」


 あれ、シノさんはもしかして自分の怒りをぶつけに来たのでしょうか?


 「私も。私の嫁を連れてこうとした。許せない」 

 

 あれ、シアさんまで入ってきました!

 嫁って僕の事ですよね? 嬉しいですけど、まだ違いますよ?


 「なら、私もキアラを差し出すように言われたし、そろそろ切れていいよね?」

 「ひっ、ごめんなさい……」


 ようやく、事態を呑み込んだようで、オーグが蹲り頭を押さえ震えています。


 「おや? まだ手があるんじゃないのかい?」

 「そんな事は……」

 「そうかい? 僕たちとしてはその手に握った魔法道具マジックアイテムで兵士を動かして貰っても構わないけど?」


 え、オーグはこの期に及んでまだそんな事をするつもりでいたのですか?


 「くっ、バレてしまった物は仕方ない! こうなれば無理やりにでもすべてを奪い去ってやる! 俺は一足先に……あれ?」


 あれは、転移魔法陣ですね。

 オーグは床に転移魔法陣を投げ、急いでそれに乗りますが転移魔法陣が反応する事はありませんでした。


 「ど、どうして……」

 「ヂュッ!」


 僕だよ!

 と魔鼠さんの声が聞こえました。

 

 「昨日のうちに壊させて貰ったからね」


 行動が早いですね。

 魔族との関係性を疑ったシノさんが魔鼠に指示をだし、探らせて破壊させたみたいです。


 「寄るな! 儂に手を出したら、本当にこの街は終わるぞ! ルード帝国との関係もそれまでになるが、良いのか!」

 「へぇ、どうなるのか教えて貰いたいね」

 「まずは、リアビラにいる俺の仲間が黙っちゃいない! それに俺はルード帝国の貴族だ! 他国の貴族に手を出す意味がわかるだろう?」


 確かに他国の貴族に手を出すのは問題になりますよね。

 ですが、その判断をどうするかです。

 ルード帝国とアルティカ共和国は友誼を結んでいる状態です。

 そんな中で、他国の王を馬鹿にし無礼な態度をとった貴族を庇うなんてありえるでしょうか?


 「そうだね。なら、その判断は上の人にして貰おうか……」


 シノさんの姿がすっと消えました。

 ですが、一瞬で戻ってきましたね。

 女性を連れて。


 「えっと……ここは?」

 「やぁ、エメリアいらっしゃい。急に呼び出してすまなかったね?」

 「呼び出されたというより連れてこられたのですが……」

 

 何と、シノさんが連れてきたのはエメリア様でした。

 最初は驚いた様子でしたが、エメリア様はシノさんが転移魔法が使える事を知っているので直ぐにフォクシアに連れてこられたことを察したみたいです。

 

 「え、エメリア様!?」


 エメリア様の事も知っているみたいですね。

 まぁ、エメリア様は色々とルード帝国内を観光……ではなく視察していたので、見たことある人も多いはずなので当然と言えば当然ですね。


 「お兄様? この者は一体……」

 「兄ではないけどね。ま、この人がね……」


 シノさんが一連の流れをシノさんに説明をしています。

 けど、勝手にお城に転移してエメリア様を連れてきたのに、兄ではないと言い切るのはどうかと思いますよ?

 シノさんが王族ならまだしも、無関係でしたら立派な犯罪ですからね。


 「そ、そんな事実はございません! この者達が勝手に嘘偽りを申しているだけです!」

 「そうなんだ。ちなみにだけど、君が奴隷として売ろうとしていた娘達は既に保護したから、そっちからも証言はとれるからね?」

 「げぇ!?」


 そうなのですよね。

 今朝の段階でスノーさん達に話し、ユージンさん達にお願いをして救出に向かって貰いましたからね。

 まだ保護できたという報告はありませんが、万が一にもユージンさん達が失敗するとは思えませんし、向かった時点で成功と言えると思います。


 「なにが、げぇ、なのですか?」

 「それは……」

 「もういい。これ以上はルード帝国の恥の上塗りになりますので、喋らないでください」

 「ですが、儂にも事情が……」

 「エメリア様が喋るなと言っている! ユアン、黙らせて」

 「わかりました! 大人しくしてください」

 

 防音機能を付与した防御魔法でオーグを閉じ込める。

 ついでに魔力濃度をあげて苦しませてあげるくらいはいよね?


 「皆さま、この度はルード帝国の者がご迷惑をお掛けしたようで、私から謝罪を申し上げます。特にスノー、ルード帝国とアルティカ共和国の懸け橋となって下さり頑張ってくれているのはローゼから聞いております。本当にごめんなさい。この者の処遇は全ての罪を聞きだした後、然るべき処置をとらせて頂きます」

 「エメリア様からそのような言葉を頂けるだけで、全てが報われる思いです」


 この光景も久しぶりですね。

 エメリア様の前にスノーさんが片膝をつき、頭を下げています。

 どうやら、これで一件落着でしょうか?


 「ユアン、物足りない顔してる」

 「そんな事ありませんよ。無事に終わるのならそれでいいですからね」


 傷ついた事もありますけど、みんなが笑顔で終われればそれでいいですからね。

 ですが、それだけで終わらないのが僕達です。

 というよりも、これだけの大物が集まってこれで終わりなんてあり得ませんよね。


 「さて、エメリアありがとう。もう、帰っていいよ」

 「え……お兄様? 無理やり連れて来てそれは酷いのではありませんか?」

 「あぁ、それもそうだね。それとも、アンリに会って行くかい?」

 「アンリに!? あ……いえ、私にもアンリ殿にもそのような時間は……」

 「別にアンリの方は構わぬぞ? 会いたいのなら直ぐに連れてくるが?」


 あれ、どうしてアンリ様の話題があがるのでしょうか?


 「もしかして、エメリア様……」

 「スノー! 変な誤解はしないでください! 私は別にそういった恋沙汰のような特別な思いは……」

 「恋沙汰? スノーは一言もそんな事を言っていないけど?」

 「あ……」


 プシューと顔から湯気が出そうなほど顔を赤くしています。

 

 「シアさん」

 「うん。エメリアはアンリに恋してる」

 

 やっぱりそうなんですね!

 だけど、それって色々大変そうですね。


 「王族と王族の結婚ですと、どっちかが国を移らなければなりませんよね? アンリ様は時期の王様ですし、そうなるとエメリア様が来ることになるのですかね?」

 「何を言っておる。アンリがルード帝国に婿入りする方法だって十分に出来るぞ?」

 「え、そうすると時期の王様が居なくなっちゃいますよ?」

 「問題ない。ユアンが居るからな」

 「え、僕ですか!? 僕は……」


 絶対にやりませんよという前に、アリア様がにやりと笑いました。


 「私は聞いたぞ? ユアンが次期女王としてと言ったのをな」

 「ふぇ!? あれは……」


 念話から届いた内容を伝えただけで……。


 「僕も聞いたね」

 「私も聞いたよ。ユアンにそのつもりがあるなんて驚いたけど」

 「ユアンさん、私達が頑張って支えますからね!」

 「私も誇り高い」

 「ユアン殿が王の座についてくださるのなら、アンリが……」

 「えー! 誤解ですよ! 僕はやりませんからね!」


 エメリア様まで期待した目で見てきますが、その期待には応えられません!

 僕はのんびりとゆっくり暮らしたいだけですからね!

 この後、エメリア様は再びシノさんにお城に戻され、オーグの身柄はエメリア様の許可の元、拘束させて頂く事になりました。

 もちろん、一人の兵を除き他の兵士達も尋問のために身柄を拘束させて頂きましたよ。

 この人達の処罰の決定権はスノーさんに委ねられました。

 オーグだけは処刑が決まっていますけどね。

 その他の兵士は酌量の余地があるかもしれないので保留です。

 僕としては……。

 いえ、これは僕の個人的な意見ですので伏せるべきですね。

 この街と街の人達を馬鹿にされ、許せない気持ちは強い所はありますけど、兵士はオーグに従っていただけの人もいますし、全ての人が悪いとは言い切れません。

 だけど、重ねた罪は消えません。

 なので、どんな結末になろうと僕は後はスノーさん達に委ねます。

 それよりも、僕たちは他の事に目を向けなければいけませんからね。

 イリアルさんの旦那さん……シアさんのお父さんから手紙が届き、ついに僕たちも動き出す時が来ましたから。

 僕の一番大事な人の未来が掛かった戦いが始まろうとしているのですから。

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