第273話 補助魔法使いと従者、領主の館の中に貴族を案内する

 僕たちの後ろをぞろぞろと武装した兵士たちが着いてきます。

 

 「ムカつく」

 「シアさん、今は我慢ですよ」


 シアさんが怒るのは仕方ありません。正直、僕だって頭に来ていますからね。

 だって……。


 「見ろよ、あっちもボロ小屋だぜ?」

 「あんな家に住む人の気が知れないな」

 「仕方ないだろ、獣人だしな。むしろ家に住んでいるだけまだマシじゃね?」

 「そうだな!」


 僕たちの街の様子をみて、完全に馬鹿にしているのですからね!

 しかも、僕たちに聞こえるようにわざと大きな声で会話しているのです。

 頭に来ない訳がないですよね。

 

 「おい、まだなのか? いつまで歩かせるつもりだ」

 「もう少しですよ」

 「ったく。この街には馬車もないのかよ。こっちはお客様なんだぞ」


 これも何度目のやりとりでしょうか?

 そもそもこの人達はお客さんではありませんし、農業区から商業区まで大した距離もないのにわざわざ馬車を使う必要すらありません。

 というか、そんなに歩くのが嫌ならば自前で用意しておけばいいと思います。

 

 「ほぉ、この先はそこそこまともだな」


 土の地面から石畳へと変わり、もうすぐ領主の館に着く頃、ようやく静かに歩くようになりました。


 「この場所なら住んでやってもいいな」

 「獣人には勿体ないから、俺達が貰ってやった方が街が喜ぶだろうな」


 と思ったのも束の間、直ぐにまた悪口ですか。

 本当に勝手な事ばかり言っていますね。

 街が喜ぶなんて言っていますが、喜ぶ筈がありませんよ。


 「着きましたよ」

 「やっとか」


 兵士達を無視して歩き、僕たちはようやく領主の館の前へとたどり着きました。

 ようやく解放されますね。


 「ここから先は、オーグさんのみご案内しろとの事ですので、兵士の方はここでお待ちください」

 「オーグ様だ。口の利き方に気をつけろ」


 スノーさん達からの指示は魔鼠さんから受けているので、僕はそれを伝えます。

 本当は『さん』をつけるのすら嫌ですが、我慢して呼んであげたのにうるさいですね。


 「俺たちはここで待つのか?」

 「早く宿屋に案内しろや」

 「ボロい宿屋だったら暴れてやるからな」

 「やめとけ。街がさらにぼろくなるぞ」


 暴れるなら好きにして貰いたいですよね。

 その場合は僕たちが全力でお相手してあげますからね。

 

 「ユアン殿、ご案内ご苦労。宿屋へは私が案内しましょう」

 

 兵士の戯言を流していると、領主の館の敷地から大柄の人が現われました。


 「アラン様がですか?」

 「あぁ、頼まれましてな」


 現われたのはアリア様の旦那さんのアラン様でした。

 

 「何だよ。案内が男かよ」

 「ただでさえ獣人で暑苦しいのに男とかさらに暑苦しいな」

 「むさくるしいの間違いだろ」


 アラン様の登場でさらに口が悪くなりました。


 「これは手厳しいですね」

 「しゃべるな。うるせぇよ」

 

 こっちが大人しくしていれば本当に言いたい放題ですね。

 これはアリア様に報告が必要になってきそうです。

 まぁ、シノさんの事ですからアリア様も一枚かませていそうな気がしますけどね。


 「では、ユアン殿後ほど」

 「はい。ありがとうございます」


 アラン様が兵士達を連れ、宿屋の方へと歩いて行きます。

 もちろんアラン様の傍には護衛の人がついていますので一人ではないですけどね。

 それに何かあった時の為に、護衛だけではなく魔鼠さん達の大群も影から見守っていますし大丈夫ですよね。


 「では、どうぞ」


 僕達もとりあえずは最後のお仕事ですね。

 オーグを連れ、僕たちはスノーさんが待つ部屋へと案内をします。

 といっても、領主の館の入り口までですけどね。

 その先は別の人が案内をしてくれますから。


 「お待ちしておりました」

 「ほぉ。ここは少しはまともなようだな」

 

 領主の館の中に入り、出迎えたのはアカネさんでした。

 

 「そこそこいい女じゃねえか。夜に遊んでやってもいいぞ?」

 「御冗談がお上手で。領主がお待ちですので、どうぞこちらに。ユアン殿、ご苦労様です」

 「は、はい。後はお願いしますね」


 一瞬ですが、背中がぞくりとする感覚がしました。

 凄い殺気を感じたのです。

 もちろん、アカネさんからではありませんよ?

 オーグは気付いていないようですが、柱の影から笑顔で、目だけは笑っていない笑顔でこっちの事を見ている人が居るのです。

 アカネさんがオーグを連れてスノーさんの元へと向かって消えていくと、その人物は柱から出てきました。


 「ユアン、こっちに」

 「シノさん、怒り過ぎですよ」

 

 今にも魔法が飛んでくるかと思ったくらいです。


 「そうかな? あれでも我慢したつもりなんだけどね」

 「せめて殺気くらい隠してくださいよ」

 「ちょっと試しただけさ。それよりも、僕たちも様子をみようか」


 シノさんさんに案内され、僕たちもとある部屋に向かう事になりました。


 「何ですか、この部屋は?」

 「ここは応接室の上の部屋さ。ここから下の様子が見れるよ」


 階段をあがり、案内された部屋の真下は応接室のようで、ここから下の様子を見れるようです。


 「どうしてこんな部屋があるのですか?」

 「今回のような為だね。ここで言質をとっておけば、後で追い詰めるのに使えるだろう?」

 「けど、どうやって下の様子をみるのです?」

 「これだよ」


 シノさんが手元の水晶に魔力をこめると、いきなり壁が光始めました。


 「スノーさんの姿が映ってますよ!」

 「びっくり」

 

 スノーさんだけではありません。

 キアラちゃんもアカネさんもオーグの姿も映っているのです。


 「これは古代魔法道具アーティストの一種で、離れた場所の映像を映す事が出来る道具さ」

 「すごいですね」


 しかも、ちゃんと音声まで届いているのです。


 「これで下の様子がわかるのですね」

 「そういう事」


 しかもです。この部屋と下の部屋は隠し通路で繋がっている為、何かあっても直ぐに駆け付ける事ができるようにもなっているみたいです。

 僕とシノさんなら転移魔法で移動もできるので必要はありませんけど、普段は兵士とかを待機させておく事に使う予定みたいですね。


 「それで、僕たちは何をすればいいのですか?」

 「今は黙ってみておけばいいさ」

 「でも、シノさんはあの人で遊ぶつもりですよね?」

 「そうだよ? 久しぶりに楽しそうじゃないか。僕の前の名前を出したくらいだし、色々と聞きたい事もあるしね?」


 シノさんの今の顔は苦手です。

 すごい悪い顔をしているのです。


 「ユアンも変わらないからね?」

 「ふぇ?」

 「すごく楽しそうだよ」

 「そんな事ないですよ」


 楽しい訳がないです。

 これでも怒っているくらいですからね。

 

 「ま、色々と役者は用意してあるから。楽しむといいよ。勉強の一環としてもね」

 「役者ですか?」

 「うん。ま、本番は明日だけどね」


 むー……。

 直ぐに懲らしめる訳ではないのですね。

 

 「そんなに残念そうな顔をすることはないさ」

 「してませんよ」

 「そう? ま、安心するといいさ。ただでは済まさないからさ」

 「絶対ですからね?」

 「あぁ、約束するよ。それよりも、そろそろ会話が始まりそうだ」


 シノさんから壁に目を映すと、スノーさんとオーグが握手を交わしていました。

 にやつくオーグに対し、スノーさんが目だけは笑っていない笑顔で対応をしています。

 

 「スノー。本気の顔してる」

 「本当ですね」


 家でみせる緩んだ表情ではなく、貴族として騎士として、凛とした時のスノーさんだというのが直ぐにわかりました。


 「あの時のスノーは信頼できる」

 「そうですね。安心して見ていられますね。ですが、キアラちゃんがガチガチですよ」

 「緊張してる」


 まぁ、無理もありませんね。

 ローゼさんとかとは違い、初めての対応ですし、緊張しない訳がありませんよね。

 スノーさんとオーグが向かい合うようにソファーに腰かけ、スノーさんの後ろにキアラちゃんとアカネさんが立つような形になりました。


 『この度は急な訪問に対応して頂いた事に感謝する』

 『大したもてなしを出来なくて申し訳ないが、寛いでくれ』


 流石にスノーさん相手には大きな態度は今の所は見せませんね。

 オーグの方も様子見って事でしょうか?

 何にせよ、スノーさんとオーグの対談が始まりました。

 さてさて、ここからが面白くなるとシノさんは言いますが、一体どんな結果になるのでしょうか?

 それに、宿屋に案内した兵士も気になりますね。

 本番は明日とシノさんは言いますが、どうなる事か凄く心配です。


 「ユアン、笑ってる」

 「気のせいですよ。シアさんこそ笑ってますよ」

 「私は普通」


 と言いますが、シアさんも楽しみにしているみたいです。

 だって、耳がピクピク動いていますからね。

 尻尾もさっきから落ち着きありませんし、僕にはわかりますよ。

 そんな感じで僕たちが見守る中、対談が始まりました。

 スノーさん、頑張ってくださいね!

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