第272話 招かれざる客
「だから、領主に会わせろと言っているんだ!」
「おい、口の利き方には気をつけろ。一般の兵が舐めた口を利くな」
僕たちが近づくと、デインさんと兵士が口論になっている所でした。
雰囲気は一触即発と言った感じで、どちらも引かないといった感じですね。
けど、デインさんは仕事を全うしているだけで何も悪くないです。
僕も聞いてしまいましたからね。あまり位の高くなさそうな兵士が偉そうに領主に合わせろと言っているのを。
領主をやっている人は大体は貴族の人が多く、スノーさんもその例にはまっています。
普通に考えて無礼すぎますよね。
とはいえ、このままだと街の入り口で戦いになってしまうかもしれませんし、誰かが止めなければいけませんね。
「こんにちは」
相手の兵士は人族という事がわかったので、念のためにフードを深く被り、僕はデインさんに話しかけました。
「ユアン殿か……すまない」
「いえ、謝る事ではありませんよ。いつもお仕事お疲れ様です。それで、どうしたのですか?」
「それがだな、この者達が街に入れろとうるさくてな」
どうやら兵士の人達が街に入りたくて騒いでいたみたいですね。
ですが、偉そうな人が来たと言っていましたが、そのような人物は見当たりませんね。
「何か問題でもあるのですか?」
「大問題だ」
デインさんが事の経緯を説明してくれました。
その間も、兵士がイライラを隠せないようにしていますが、そこは知った事ではありませんね。
「それは、無理ですよね」
「だよな」
デインさんから聞いた話はまたもやあり得ない話でした。
兵士の数は約三十人ほどで、泊まる場所を提供しろとの事です。
別にイルミナさんの宿屋が数件あるのでそれは別に問題はないのですが、問題はその後でした。
「手持ちが少ないから無料で、しかも食料の提供をして欲しいとか、あり得ませんよね」
明日にはここを発つらしいので、迷惑をかけないようにするとは言っていますが、今現在やろうとしている事が迷惑だとわからないのでしょうか?
しかも、常に武器を威圧するように手に持っているのです。
脅し行為ともとれますし、やっている事は盗賊と変わらないと思います。
「うるせぇ! 無理なのはそっちの都合だ。さっさと街に入らせろ。後ろで待たせている方が居るんだよ!」
どうやらその人がこの兵士達を雇っている人みたいですね。
けど、それは僕たちには関係ありませんよね。
ちゃんと交渉したいのであれば、その人が来て、交渉すればいいと思います。
その人が偉いかどうかはわかりませんが、無能な部下に任せるのが悪いのですからね。
「何にせよ、無理なものは無理ですね」
「そういう事だ。お引き取り願おう。まぁ、街の外で野営をするぐらいなら許可はするがな」
「なんだとぉ?」
うーん。
武器で威嚇するようにガンガン地面を叩いていますが、迫力が足りませんね。
むしろ、デインさん一人の方が怖いくらいです。
まぁ、そのせいで相手の兵士さんも武器を手に持っても近づいて来ないのでしょうけど。
ただ、引くに引けないからやってるって感じが伝わってきます。
「おいっ! まだなのか!」
帰れ、中に入れろ、帰れ、言いから中にと無駄な押し問答を繰り返していると、兵士の中から煌びやかな装飾を身に纏った小太りの人が現われました。
「申し訳ございません。もう少しお待ちいただければ……」
「御託ははいい。どういう事だ?」
あぁん?
と兵士に顔を近づけ、胸倉を掴み、スラム街にいるようなチンピラみたいなことをしていますね。
「それが、街の門兵が我々が街に入る事を許可しないのです」
「なんだとっ? おい、どういう事だ?」
標的がデインさんに移りましたが、デインさんは臆せずに淡々と事実を伝えています。
「どういう事も、街に迷惑をかける輩を中に入れる事は出来ないな」
「おい、儂らがいつ迷惑をかけたって?」
「現状をみれば既に迷惑だろう」
そうですよね。街の入り口を兵士で封鎖しているのです。
その時点で迷惑行為といっていいですよね。
しかも、この騒ぎで街の人が集まってきちゃってますし、兵士達の登場に怯える人が……いませんね。
僕たちのやりとりを楽しそうに見ていました。
「そうか。おいっ! お前ら、街の出入り口を塞ぐな!」
「はっ!」
この偉そうな人が指示を出すと、ダラダラと兵士達が街の入り口の両サイドにわかれ、道を作りました。
確かに、街の入り口は空いていますが、そういう問題ではないと思いますよ?
「これでいいな?」
「あぁ。では、身分を証明するものを提出してくれ。全員な」
「その必要はいらん。これを見よ」
小太りの人が懐から短剣を取り出しました。
その瞬間、デインさんの顔が険しくなってのがわかります。
「…………それが、どうした?」
「無知め。見てわからぬか? これは、ルード帝国、第一皇子の紋章だ。その意味がわからぬわけではあるまい」
デインさんが見てわからない訳がないですよね。
「失礼ですが、お名前を伺っても?」
デインさんの声が探るように低くなりました。
その質問に小太りの人は答えず、代わりにさっきまでデインさんに突っかかっていた人が答えました。
「オーグ・デトアナ伯爵様だ」
へぇ……貴族の人だったのですね。
服装からしてそうかと思いましたが、まさか伯爵だとは思いませんでした。
伯爵といえば、ローゼさんと同じ立場にありますね。
でも、領地名が無いのでローゼさんの方が立場は上でしょうけどね。
「これは失礼した」
「わかればいい。通っていいな?」
「構わない。ただし、宿屋も食事も通常の支払いとなるが、それでもよければ」
「何?」
そうですね。
一番の問題はそこですからね。
「儂が誰かわかって言っているのだな?」
「あぁ、ルード帝国の伯爵だな」
「そうだ。人族のお前がその意味が分からない訳ではないよな? 貴族に歯向かうという意味をな」
「わかる。ただし、ここはアルティカ領。ルード帝国での権力が通用すると思っているのか?」
どうなんでしょうか?
国は違えど貴族は貴族です。
僕にはその辺りはさっぱりです。
「あぁ、通用する。何せ、儂は第一皇子オルスティア様の懇意を受けている者だからな」
オーグと紹介された人は通用すると言っていますけど……。
えーっと。どういう意味でしょうか?
隠れているシノさんをさり気なく見ると、顔の前で手を振っていますね。
どうやら違うみたいです。
というか、そもそも第一皇子であるシノさん……オルスティア様ってもう居ない事になっているのでは?
「それがどうした?」
「馬鹿め。儂への無礼はオルスティア様への無礼と同じという意味だ!」
という事らしいですが。
とシノさんを見ると、シノさんが顔に手をあて笑いを堪えているのがわかります。
いえ、肩を震わせているので笑っていますね。
そして、シノさんの姿が消えました。
まるで玩具を見つけたような、黒い笑顔を残してです。
多分ですが、今の出来事をスノーさんたちに報告に言ったのかもしれませんね。
「オルスティア様とはどのようなご関係で?」
「それを知ってどうする?」
「興味本位だ」
「ふんっ、命知らずが。今のは聞かなかったことにしてやろう。余分な詮索はするな、命が欲しければな」
完全に脅しに掛かってますね。
ですが、その脅しに全く迫力がないのですよね。
「おい、そこのガキ何が可笑しい?」
「え、僕ですか? 別に何も面白くはないですよ」
デインさんとオーグがにらみ合っているのを眺めていると、突然兵士の人が僕に声をかけてきました。
「目障りだ、消えろ!」
「何でですか?」
「部外者は消えろって言ってんだ! 薄汚い格好しやがって、目障りなんだよ!」
薄汚いって……確かに使いこんだローブなので解れとかはありますよ。
ですが、土ぼこりで汚れた甲冑に比べればかなりマシだと思います!
これでも、
「うるさい。お前が消えろ」
「なんだと? 獣人が人間様にたてつくつもりか?」
僕の事を薄汚いと言ったせいか、シアさんが怒っていますね。
ちなみにですが、シアさんは獣人ではなくて、魔族ですけどね!
まぁ、そんな事を教えるつもりはありませんけどね。
「お前、頭悪い」
「あ?」
「ここはアルティカ領。獣人の悪口を言うとか頭悪い」
ですよね。
この街の大半の人は獣人です。
そんな中で、獣人の悪口を言うのは頭が悪いとしか言いようがありませんね。
「その何が悪い? 敗戦者がよ!」
「敗戦者?」
一体何の話でしょうか?
「これだから田舎は困るな。この前の国境での出来事をしらねぇとはな」
馬鹿にするようににやけた顔で僕たちを見ていますが、知らないものは知りません。
「いいか? お前らは戦争に敗れたんだよ。 ルード帝国とアルティカ共和国との戦争にな!」
「戦争ですか?」
「そんな事も知らねぇのか」
今度は鼻で笑われてしまいました!
けど、そんな事実は知りませんよ。
「国境に行けばわかるが、いま大規模な国境の工事が進んでいる。それはな、ルード帝国が戦争に勝ち、国境を奪ったからなんだよ!」
へぇ、そんな事実があるのですね!
確かに、国境は大規模な工事をしているのは知っていますよ。
ですが、それって魔の森との境がなくなってしまった為の修復作業ですよね。
何か、この兵士の人は誤解しているみたいですね。
「だから、敗戦国の獣人は人間様に従っていればいいんだよ」
「そうですか。貴重な話をありがとうございます」
何か、とんでもない人達が来てしまったみたいですね。
でも、どうしてそんな話になっているのか不思議ですね。
魔の森の国境を越えてきたのなら、そんな話は嘘だと直ぐにわかりそうなものです。
そもそも、そんな話が何処から出たのか気になるところです。
「ユアンさん」
「はい? ってラディくん?」
兵士の人が僕たちをにやにやと見ている中、ラディくんが気づいたら後ろに立っていました。
「スノーさんからの伝言。その人たちを中に入れていいって」
「正気ですか?」
「正気みたい」
こんな人達をいれても碌な事がないと思うのに、何を考えているのでしょうか?
「それと、シノさんからの伝言」
「シノさんからもですか?」
「うん。その人達で遊ぼうだって」
「あー……わかりました。僕達がとりあえず案内すればいいのですね?」
シノさんのあの笑いを思い出しました。
恐らくですが、これはシノさんの提案ですね。
「うん。領主の館の前までよろしく」
「わかりました」
シノさんが提案したという事は、何かしら意味があっての事ですね。
しかも、遊ぼうと言っているのです。
きっと、シノさんの方も碌な事を考えていないみたいですね。
となると、デインさんに知らせなければ行きませんね。
「デインさん、領主様から伝言が届きました。中にご案内しろとの事です」
「正気か?」
「はい……シノさんがこの人達で遊ぶらしいです」
デインさんに屈んでもらい、僕はラディくんからの伝言をそのままデインさんに伝えました。
「全く……あの人達は」
という割に、デインさんの顔が緩みました。
「待たせたな。領主様からの許可が降りた」
「僕たちがご案内致しますね」
「ようやくか。さっさと案内しろ!」
「はい。では、こちらです」
僕とシアさんが先頭に立ち、オーグと兵士達を領主の館に案内します。
もちろん、領主の館の中にご案内するのはオーグさんだけですけどね。
後は外で待機してもらう予定です。
「みんな慌ただしく動いていますね」
「うん。魔鼠が特に慌ただしい」
オーグ達は気付いていないみたいですが、街のあちこちで魔鼠さん達が動き回っているのがわかります。
そして、家の屋根にはキティさんの配下たちも監視するように止まっています。
どうやら何かしらの指示が早速あったみたいですね。
「楽しみですね」
「うん。必ず潰す」
物騒な事をシアさんが言っていますが、僕も同じような気持ちは正直あります。
ですが、荒事ではなく別の方法でスカッとしたいですよね。
さて、スノーさん達が何をしようとしているのかわかりませんが、シノさんが絡んでいる以上、きっと酷い事になりそうな予感がしますね。
まぁ、それは自業自得ですので、痛い目にあって貰うのがいいと思います。
だって、僕の大切な街の人の悪口を言ったのと同じですからね。
許せない事は許せませんから。
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