第269話 弓月の刻、再び竜人に会いにいく
「それでは、行きましょうか」
あそこに行くのは本当に久しぶりです。
何せ行く機会が中々ありませんでしたからね。
「なーなー」
「どうしましたか?」
「どうして武装していくんだー?」
「場所が場所ですからね。もしかしたら、知らない間に魔物が入りこんでいたり、魔族の手が及んでいる可能性がありますからね」
今から会う人の事は心配していませんが、それでも別の危険はありえます。
「そうなんだなー。何かあったら私が守ってあげるからなー」
「ありがとうございます。ですが、サンドラちゃんを守るのは僕たちの役目だから安心して見ていてくださいね」
「なー……私も頑張れるのに」
それはもう少し大きく、というよりも力を取り戻してからですね。
とはいえ、今のサンドラちゃんでもそれなりに強いですけどね。
という訳で弓月の刻、全員で転移魔法陣を使い移動をしたのですが……。
「着きましたけど、埃っぽいですね」
「手入れされてないから仕方ない」
「龍人族の街なんだから勝手に掃除くらいされてもいいのに」
「それは贅沢だよ」
「そうだぞー。そこまで万能ではないからなー」
転移魔法陣を設置させて頂いた家に無事に辿り着きました。
ですが、中は相変わらず物が散らかっていて、換気がされていないようで、埃っぽく息苦しいです。
僕達が居ない間は管理してくれると言っていましたが、本当に管理してくれているのでしょうか?
まぁ、転移魔法陣だけは綺麗になっているので、一応は見てくれていると信じたいですけど。
「では、このままー……」
行きましょうと言いかけた時、家の扉が勢いよく開きました。
そこに立っていたのは血走った眼をした人物。
まるで獲物を狙う魔物のような目をした人が立っていたのです。
「だせ」
小さい声ですが、僕の耳にそんな言葉が届きます。
「えっと……」
それは僕たちが今から会おうとしている人物に間違いありませんでした。
ですが、どこか様子が変です。
「だせーーーー」
その人は両手を前に伸ばし、まるでゾンビのように僕たちの元へ走ってきます。
足元に転がる椅子や小物などの障害物をものともせず、真っすぐに僕たちの元へと走ってきました。
「だせーーー!」
「ちょ、ちょっと、落ち着いてくださいよ!」
「落ち着いていられるか! いいから出せ! 暖かい食事と甘いお菓子と果実水を出せー!」
僕の肩を掴み、前後に激しく揺さぶってきます。
うぅ……流石、ここの管理者のガロさんです。
シアさん達が引き離そうとしますが、それをものともせずに僕の体を揺さぶってきます。
やはり、管理者は特別という事ですかね?
それよりも、頭が揺れてクラクラします!
「なー! ユアンを離せー!」
「なにぃっ!?」
誰もガロさんを止められない中、サンドラちゃんがガロさんと僕の間に無理やり割って入ると、ガロさんを吹き飛ばしました。
そして、そのまま扉の外へと転がっていきました。
「サンドラちゃんありがとうございました」
「うんー。ユアンが無事で良かったー」
「はい、無事です。ですが、ガロさんの方が……」
すごい勢いで吹っ飛んだみたいですね。
外から壁が壊れる音や物が飛び散る音が聞こえますからね。
ですが、心配はいらなかったようです。
「酷いではないか!」
普通に何事もなかったように再び入り口から入ってきましたからね。
ですが、サンドラちゃんのお陰で正気を取り戻したみたいです。
「酷いのはガロさんですよ。いきなりあんな風に迫られたら驚きますからね」
「それは済まなかった。だが、私を餌付けしておいて放置するのは酷いと思わないか? ずっと待っていたのだぞ!」
それは申し訳ないですね。
どうやら、僕たちが再び訪れてご飯を食べさせてくれるのを楽しみにしていたみたいです。
「ですが、自炊くらいはできますよね?」
「そんな面倒な事はせん!」
えっと、ガロさんは冒険者であり学者だったのですよね?
「その頃はそれなりにやっていたさ。しかし、今は食事を必要としないし、美味くもない飯ほどつまらないものはないからな。それよりもだ。お主、何者だ?」
どうやら冷静になったのは食事への執着よりもサンドラちゃんへの興味が上回ったからみたいですね。
「なー!」
「サンドラちゃん、大丈夫ですよ。この人は一応は敵ではありませんからね」
「そうなのかー?」
「はい、変わった人ですが前に協力してくれた人です」
「そうかー。悪かったなー」
偉いです!
ちゃんと謝っていますよ!
「いや、構わない。それより、お主が何者なのかを教えてくれ。管理者である筈の私が手も足も出なかったぞ」
管理者は特別な力があり、この場所に限れば自身の力が増幅されます。
それでも無敵ではないみたいですけどね。
実際に、僕たちはドラゴンゾンビだったサンドラちゃんを倒していますからね。ガロさんだってやろうと思えば倒せる自信は今ならあります。
苦戦はするでしょうけど。
ですが、この場所ではガロさんは強いというのは事実。
それなのに、サンドラちゃんにいとも簡単に吹き飛ばされた事に疑問が隠せないようです。
「ユアン、いいかー?」
「はい、サンドラちゃんの事を知っていた方が協力してくれそうですしお願いします」
サンドラちゃんはローブを深く被っているので、ガロさんからみれば小さな女の子にしか見えません。
なので、サンドラちゃんを簡単に説明する為にもフードを外してもらいました。
「……ぁ、な、んと……」
ガロさんが目を大きく見開き、声にならない声をあげ、崩れるように両膝を地につけました。
「なー?」
その様子をサンドラちゃんが首を傾げて見ています。
うぅ……その姿だけで凄く可愛いです。
抱きしめたい所ですが、拝むように両手を握り合わせるガロさんを放ってはおけませんね。
「ガロさん大丈夫ですか?」
「大丈夫な訳あるか。目の前に龍人様がいるのだぞ」
祈りを捧げるような形で震えた声で返事が返ってきました。
どうやら感動しているみたいですね。
ガロさんは自分の種族のルーツを探し、旅をし、ここに辿り着きました。
龍人族と竜人族は何が違うのか、どうして竜人族が生まれたのかをずっと探していたのです。
そして、目の前に本物の龍人族がいるのです。
感動しない訳がないですよね。
ですが、いつまでもこのままって訳にもいきませんよね。
「ガロさん、僕たちは話があって此処に来ました。顔をあげてもらえますか?」
「しかし、龍人様の手前、そのような不躾は……」
うーん。
僕ではダメみたいですね。
「サンドラちゃん」
「わかったー。顔をあげろー。ユアンの話を聞けー」
「はいっ!」
やはりサンドラちゃんの効果は偉大なようで、両膝をついた状態で顔だけあげました。
「汚い」
「汚いね」
「涙と鼻水が混じってる」
顔をあげてもらった事を少し後悔しました。
ガロさんの顔は比較的に整っているのですが、垂れるものが垂れて悲惨な事になっています。
「あの、これをどうぞ」
「すまない……ブーッ」
涙を拭いてくださいって意味で渡した手ぬぐいで鼻をかまれてしまいました!
「ありがとう」
「いらないですよ!」
しかもそれを返してくるのです!
「変わった奴だなー」
サンドラちゃんが呆れた顔をしています。
「申し訳ありません。お見苦しい所をお見せしました」
「本当になー」
本当ですよ!
もぉー! 変わった人だと思っていましたが、正真正銘の変人です!
「落ち着きましたか?」
暫くガロさんはそのままでしたが、サンドラちゃんが
「あぁ……。しかし、震えが止まらない」
ガロさんが自分の両手を見ていますが、本当に両手が震えています。
「だが、私が手も足も出ない理由がわかったよ」
「サンドラちゃんが龍人族だからですか?」
「そうだ。やはり竜人と龍人様とでは格が違うようだ」
本能的に体が委縮する感覚だといいます。
サンドラちゃんの体は小さくても、それは関係がないようです。
「しかし、面白い事実がわかったな」
「面白い事実ですか?」
「あぁ、私は管理者ではあるが、やはりこの街が龍人様を迎え入れているという事だ。わかるだろう? 街がざわついている」
「えっと、そうなのですか?」
僕には全然わかりません!
「それは仕方ないだろう。ずっと私がここで暮らし、ずっと街を見てきたからこそわかる事なのだから」
ガロさんがそういうのなら間違いなさいのかもしれませんね。
だけど、それってマズい事ですよね?
「つまりは、例え管理者であっても、龍人族の人が戻ってきたら管理者の存在は意味を成さないって事ですよね?」
「そうだな。ただ、全ての龍人様が当てはまるかはわからないがな」
それでも、サンドラちゃんクラスの龍人族の人が来たら、管理者であるガロさんでも太刀打ちできないって事ですよね。
「詳しい話は私の家でしよう。ここで話すよりはいいだろう」
「そうですね。ガロさんの家ならここよりも綺麗でしょうし」
何せ、前に僕たちが掃除をしましたからね。
「あ、あぁ……そうだな」
ガロさんが露骨に顔を逸らしました。
まさかですよね?
「もしかして、また部屋の中が汚れているとかですか?」
「そ、そんな事はない! そ、そうだ! ユアン達は私の家の場所はわかるだろう? 街の中を龍人様を案内しながら向かってくるんだ。私は先に戻る! 焦る必要はない、ゆっくりだぞ? ゆっくりとくるんだ! では!」
あー……。
慌てて行っちゃいましたね。
「忙しい奴だなー」
「そうですね。サンドラちゃん、少し街を周りながらガロさんのお家に行きましょうか」
「なんでだー?」
「大人の事情ってやつですよ」
「わかったー。片付ける時間を待ってやるかー」
バレバレですね。
まぁ、サンドラちゃんは見た目は子供ですが、中身は大人ですしね。
だけど、僕たちの子供みたいな存在ですけどね!
本人も嫌がってはいませんしね。
「では、街の中を見て回りましょう」
「うんー。ユアンー手を繋いで欲しいぞー」
「はい、どうぞ」
「ありがとうなー」
しかも、こうやって甘えてきてくれますしね。
「ずるい」
「ずるいね」
「いつもユアンさんばっかり」
仕方ないですよ。
僕に一番懐いてくれてますからね!
これは僕の特権でもあります!
「反対の手は空いてるぞー?」
けど、みんなに懐いているのも事実です。
僕たちは順番に手を繋ぎ、暫く街の中を探索し、ガロさんのお家へと向かいました。
この調子ならガロさんへのお願いは上手くいきそうですね。
ただ、それが上手くできるかが問題になりそうですけどね。
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