第268話 補助魔法使いと従者、無事を報告する

 「ただいま戻りました」


 転移魔法陣で一度家に帰った僕たちは、そのまま領主の館へと向かいました。

 

 「シア!」


 ノックをし、スノーさん達がいる執務室へと戻るとスノーさんが持っていた書類を投げ捨ててシアさんの元へと駆け寄り、存在を確かめるようにシアさんへと抱き着きます。


 「無事で良かった」

 「心配かけた。だけど、そこはユアンのポジション早く離れる」

 

 そうですよ。そこは僕の場所ですので離れてください。

 と思いますが、スノーさんは本気で心配してくれていたのです、そんな事は流石に言えませんよね。

 それに、シアさんも口ではああ言っていますが、本当に嫌だったらスノーさんの抱擁を避けている筈ですしね。


 「それじゃ、私も失礼するね」

 「……増えた」


 キアラちゃんの方はスノーさんと違って、シアさんの姿を見つけた瞬間、安心した顔をしていましたが、書類を丁寧に片付けてからシアさんの元へやってきました。

 性格の差が出ますよね。

 僕ならスノーさんと同じで書類を放り出していた自信があります。

 

 「それじゃ僕も!」


 シアさんに抱き着いている二人を見て、僕も我慢できなくなりました。

 だって、僕だけ除け者にされているようで寂しいですから仕方ないですね。


 「……入り口で邪魔なんだけど」

 「そうなんだよ! 場所を考えて欲しいんだよ!」


 それはスノーさんに言ってください。

 最初に飛びついたのはスノーさんですからね。


 「お帰りなさい。シノ様、ルリさん」


 扉の前で団子となっていた僕たちを避けるように、アカネさんが僕たちの横でシノさん達を出迎えました。


 「ただいま」

 「あ……その、ただいま、です」


 出迎えられたシノさんは当たり前のようにアカネさんと抱擁を交わし、その隣でルリちゃんが委縮しています。


 「無事で良かったです」

 「アカネの方も何事もなかったようで良かったよ。ほら、ルリもおいで」

 「え……でも」


 ルリちゃんが困っています。

 

 「シノ様、ルリさんに伝えたのですね」

 「うん。アカネは嫌だったかい?」

 「そんな事ありませんよ。シノ様に相談された時は少し困惑しましたが、一緒に暮らすルリを見てきましたから。シノ様の判断は正しいと思います」

 「だそうだよ?」


 アカネさんと話合って決めたというのは本当のようですね。


 「本当にいいの?」

 「いいのですよ。私の体だけではシノ様の愛に応える事は出来ませんし、ルリさんが同じ妻として居てくださるのは心強いです。ただし、私が第一夫人ですからね?」

 「うん! 第二夫人でもルリは嬉しいんだよ! これからよろしくね、アカネさん」


 アカネさんに迎えられたことにより、ルリちゃんもアカネさんに抱き着きました。

 シノさんにではなく、アカネさんに抱き着くのがルリちゃんらしいですね。

 

 「それで、どうなったの?」


 暫く抱擁を交わした後、僕たちは今後の事について話し合う事になりました。

 そして、今までの出来事を出来るだけ詳しくお話します。


 「それじゃ、シアはもう操られる事はないんだね」

 「うん。ユアンのお陰」

 「どうやったの?」


 契約の血は影狼族を操る事が出来る。ですが、それを僕が上書きし、魔族ではシアさんを操る事ができないと伝えると、そんな質問がキアラちゃんから来ました。

 

 「えっと、頑張りました!」


 出来るだけ詳しく説明すると言いましたが、流石に方法を伝えるのは恥ずかし過ぎます。

 だって、魔力を込めた僕の血を口移しでシアさんに呑ませただなんて言えませんよね?


 「それよりもです、これからどうするかを話し合いましょう」

 「どうするって言われてもね?」

 「何をすればいいのかわからないよ」


 うーん。

 僕たちがやれる事っていつもながら限られているのですよね。

 僕たちが直接トラブルに巻き込まれるのなら自分たちがどうすればいいのか考えればいいのですが、今回は協力者という立場です。

 僕たちが勝手に動くわけにはいきません。

 ですが、前にも白天狐……シノさんに協力を頼まれた事がありましたよね?

 国境での戦い。

 そこでは自分たちの無力さを痛感しました。

 今回もそんな思いをするのは嫌です。


 「とりあえず、動ける準備はしましょう」

 「誰がどう協力するかって話だね」

 「はい。魔族の動きがわからない以上、この街も決して安全とは言い切れません」


 大丈夫だとは言っていましたが、影狼族の動きを悟って、子供達が龍人族の街に隠れていることはバレている可能性もゼロではありません。

 その時にこのナナシキの街も狙われる可能性だって十分にありえます。

 それに、魔族と龍人族の姫で、サンドラちゃんの姉である龍姫も繋がっているので、サンドラちゃんもいつ狙われるのかわかりません。

 そんな状態でナナシキを守る人が居ないのは不安です。

 デインさんやシエンさん、他にもフォクシアから派遣された兵士の人が少しだけ居ますがそれでも十分な戦力とは言えませんからね。


 「私はユアンと一緒に行動したいけど、攻めるよりも守る方が得意だからナナシキに居た方がいいかな」

 「スノーが残るなら私も残った方がいいよね。それなら仕事も進められるし」

 「そうなると、僕とシアさんがイリアルさんのお手伝いですね」

 「うん。影狼族の事だから私は行く」


 そこは変わらずに分かれる事になりますね。

 

 「なら、ユアンが行くのなら僕は残った方がいいかな。僕とユアンが行ったら過剰戦力だろうし」

 「シノ様が残るならルリは残るんだよ! シアお姉ちゃん、ルリの分も頑張ってくださいね」

 「任せる」


 シノさんが一緒に来てくれるのなら心強いですが、街に残ってくれるのなら安心して出られますね。


 「けど、二人で大丈夫なの?」

 「イリアルさんも居ますし、どうにかなると思いますよ」


 相手の戦力がわからないので何とも言えませんけどね。

 もし、相手の戦力がかなり多そうならシノさんもイリアルさんのお手伝いに回ってもらう必要がありそうですけど。


 「その話なんだが……」

 「あ……」

 「完全に忘れていたって顔ね」

 「いえ、忘れていませんよ?」


 ごめんなさい。

 スノーさん達との再会に完全に忘れていました!

 ユージンさん達はここが執務室という事で外で待っていてくれました。

 話し合いになったら別の場所で話をするという事になっていましたけど、それを忘れて話をしていたので、仕方なく執務室に入ってきたみたいです。


 「まぁ、いい。さっきの話なんだが、ユアン達がイリアルさんの手伝いに行くのなら俺達も手伝う事にした」

 「本当ですか!?」


 ユージンさん達にシアさんを取り戻すために手伝って貰いましたが、シアさんを取り戻したので終わりだと思っていましたが、何とユージンさん達から手伝ってくれると言ってくれたのです。


 「本当よ。だって、私達も無関係ではなくなったからね」

 「従者を守るのは主の役目」

 「ガキ共が安心して暮らせるようにするのは大人の責任だからなっ!」


 これはイリアルさんの狙い通りなのかもしれませんね。

 あの場面で火龍の翼の皆さんが影狼族の子供達と契約をしたのは偶然ではないと思います。

 きっと、少しでも戦力を増やすための策なのではないかと僕は思います。


 「当然、俺達が利用されているのはわかっている。その上で考えた」

 「あんな可愛い子達を放ってはおけないわね」


 でも、それはそれで困った事がありますね。

 

 「その申し出はすごく嬉しいですけど、ユージンさん達があそこを離れる間、影狼族の子供たちはどうするのですか?」


 子供達だけにする訳にもいきませんよね。

 かといって、ナナシキの街に連れてくるわけにも今はいきません。


 「問題はそこだな」

 「どこかに宛があればいいんだけど」


 宛てですか。

 龍人族の街の事を知っても問題ない信用できる人なんて……。


 「あっ!」

 「ん? 誰かいい人でもいたのか?」

 「はい! 戦闘に関しては何ともいえませんが、もしかしたらどうにかなるかもしれません」


 といっても、久しく会っていないので協力してくれるかわかりませんけどね。

 それでも、一度は僕達に協力し、色々と教えてくれた人がいます。

 しかも、龍人族の街に詳しい人ですので、新しい龍人族の街があると教えれば飛びついてきそうな人です!

 という訳で、一通りの報告を終えた僕たち……暫く弓月の刻として活動できないかもしれないので、僕、シアさん、スノーさん、キアラちゃんとで、転移魔法陣である場所に向かう事になりました。

 ですが、今日はもう遅い時間、陽が落ちてしまった為、向かうのは明日の朝一番にですけどね。

 それに、シアさんは操られていた為、疲労もあると思いますので、今日はゆっくりと休んで貰いたいです。

 本人は僕と契約が深まって元気と言っていますけどね。

 元気過ぎて後で大変な事にならなければいいですけどね。主に僕が。

 

 「なーなー! 酷いぞー、帰ってきたと思ったら直ぐに出てっちゃうなんて。私もシアの事を心配してたんだぞー?」

 

 領主の館で解散した僕たちが家に帰ると、いつも通りキティさん……ではなく、サンドラちゃんが少し怒った様子で玄関で待ち構えていました。


 「ごめん。サンドラ、いい子にしてた?」

 「してたぞー。一緒に助けに行けなくてごめんなー?」

 「仕方ない。サンドラがもう少し力が戻ったら頑張ればいい」

 「うんー。頑張るからなー」


 シアさんがサンドラちゃんの頭を撫でて怒りを鎮めています。


 「そうです。折角ですし、サンドラちゃんも一緒に行きますか?」

 「どこにだー?」

 「他の龍人族の街ですよ」

 「いくぞー」


 サンドラちゃんも弓月の刻の一員ですからね。

 あまり仲間外れにしても可哀想です。

 あの場所なら危険は少ないと思いますし、僕たちが揃っているのなら大丈夫だと思いますしね。


 「早速出かけるのかい?」

 「少しゆっくりした方がいいと思いますよ」

 「いえ、出発は明日にします。それよりもご心配をおかけしました」


 本館に戻ると、リコさんとジーアさんがリビングで食事の支度をしてくれていました。

 そういえば、帰ってすぐに僕たちは領主の館に向かったのでちゃんとシアさんの事を報告していなかった事を思い出しました。

 踏み込んだ詮索はしてきませんが、リコさんもジーアさんもシアさんの事を心配してくれていたので申し訳ないです。


 「いいんだよ。シアちゃんが無事ならそれで」

 「その代わり、沢山食べて元気な姿を見せてくださいね」

 「ありがとうございます」


 いつもならお風呂に浸かり、その後にご飯という流れですが、料理も間もなく完成するようですし、今日はこのままご飯を頂く事にしました。

 シアさんは昨日からまともにご飯食べていないのでお腹空いたと言っていますしね。

 ご飯を目の前に我慢させるのは可哀そうです。

 食事をしている間、リコさん達は今回の事を聞いては来ませんでした。

 きっと踏む込んではいけないと思ったのかもしれませんね。

 なので、僕たちはその事に触れずにただ食事を楽しませて頂きました。

 僕たちも下手に話して、リコさん達を巻き込んだり心配させたくないですからね。

 けど、話したい気持ちもあります。

 リコさん達はこの家の一員ですからね。

 なので、影狼族の一件が終わったら話そうと思います。

 その頃にはきっと子供達を街に案内する事が出来ると思いますからね。

 その為にも明日は頑張らないといけません。

 知っている人とはいえ、ちょっと変わった人ですから。

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