第266話 イリアルの目的

 「まずは、お母さんがナナシキを訪れた理由から話すわね」

 「はい」


 イリアルさんとイルミナさんが敵かどうかはわかりませんが、まずは話を聞く事になりました。


 「影狼族は獣人ではなく魔物。これはさっきお母さんから聞いたわよね?」

 「はい。魔族の人によって魔物から魔族に変わったのですよね?」

 「細かく言うと少し違うけど、その説明は難しいから今はその認識でいいわ」


 正確には進化させられた、というのが正しいみたいですが、その話はややこしいらしいので別の機会に教えて頂ける事になりました。


 「それで、私達影狼族を進化させた魔族が動き出し、影狼族を使って何かをしようとしているらしいわ」

 「何かって何ですか?」

 「戦闘に関わる何かでしょうね。どうせ操られる私達には何も伝えられていないからそこまでわからないわ」


 イリアルさんが言っていましたね。

 血の契約には逆らう事が出来ないと。

 何をさせられるかまではわかりませんが、その血の契約を使って、影狼族を操ろうとしていたらしいです。

 

 「ですが、なんでイリアルさんはナナシキに来たのですか?」

 「それは、長の支持を受けて影狼族を集めるように言われたからよ」

 「それじゃやっぱり……」


 長に協力しているイリアルさんは敵になりますよね。


 「違うわよ? お母さんはそれを止める為に、影狼族の子達を守るためにここに来たの」

 「守るためにですか?」

 「えぇ。契約の血が及ばない場所へと影狼族を匿おうとしているのよ」


 長の支持は影狼族を一か所に集める事らしいです。

 それで、一か所に集めた影狼族を纏めて血の契約で操る算段だとイルミナさんは言いました。

 

 「でも、ルード帝国からアルティカ共和国に向かっている影狼族の方がいっぱいいるみたいですよ? それもイリアルさんがやっているのですか?」

 

 トレンティアを訪れた際にローゼさんからそう教えて貰いました。

 

 「残念だけど、あれはお母さんが集めた人ではないわね」

 「それじゃ、誰がやっているのですか?」

 「私の父よ。影狼族を集めているのはお母さんだけではないから」

 「その人は敵なのですか?」

 「恐らくは」


 嫌な話を聞いてしまいました。

 イリアルさんが影狼族を匿う一方で、お父さんの方は長の指示を忠実に守っているらしいです。


 「その人たちはどうなるのでしょうか?」

 「このままだと操られるわね」

 「そうですか……」


 集められた場所に長か、長の主がいけば確実にシアさんみたいな状態にさせられると言います。


 「けど、影狼族の人が集まるのを拒めばいいだけですよね?」


 わざわざルード帝国からアルティカ共和国に行くのはすごく大変です。

 僕だったら呼ばれたからと言って行きたくないです。


 「そうしたいけど、そうも行かないのよ」

 「どうしてですか?」

 「血の契約によって、本能的に向かわなければいけないと思ってしまうのよ。実際にシアとルリも危うい時はなかった?」

 「そういえば、夜中にシアさんが何処かに向かおうとした時がありました」


 どうやらあれがそうみたいですね。

 幸いにも僕が止めたら正気に戻ってくれましたが、もし傍に僕がいなかったらどうなっていたのかわかりません。


 「まぁ、契約の血の及ぶ範囲は限られているし全員が全員向かっている訳ではないと思うけど、それでも少しずつ数は集まっているとは思うわ」

 「そうなのですね……あれ?」


 本能的にそうなってしまうのならおかしい事がありますよ。

 

 「イルミナさんはどうして平気なのですか?」


 イルミナさんは今一人で生活をしています。

 ララさんはタンザからナナシキに向かっている途中ですので基本的に一人みたいです。

 まぁ、頻繁に連れてきた宿屋の従業員と一緒に過ごしていたりするみたいですが、基本的には一人です。

 なのに、誰も止める人が居ない筈なのに、イルミナさんは何事もなく過ごしていました。


 「私にはこれがあるから」

 「魔法道具マジックアイテムですか?」

 「そうよ。数はまだ私の分しか作れていないけど、これがあれば血の契約を抑える事ができるの」


 首にかけられたペンダントを見せながらイルミナさんはその効果を説明してくれました。

 ですが、量産することは難しいらしく、しかも試作品であるため完璧ではないようです。


 「ちなみにだけど、それは私がミナちゃんに指示して作らせたんだよ」

 「そうですか」

 「そうなの! だから、私は味方だからそろそろー……」

 「後で解放してあげますよ」

 「そんなー……」


 お母さんが話に加わると話が進まない気がしますからね。

 今は我慢して貰います。


 「それで、イリアルさんは僕に協力して欲しいと言っていましたが、それは僕達に魔族に加担しろという訳ではないって事でいいのですよね?」

 「えぇ。お母さんは影狼族を血の契約から解放する為に動いているからそこは心配しなくて平気よ」


 話がすれ違っていてどうやら勘違いしていたみたいです。

 イリアルさんが影狼族を変えるだの言っていた理由がわかった気がします。


 「でも、なんであんなやり方をしたのでしょうか?」


 シアさんを誘拐したり、イリアルさんがやろうとしている事をちゃんと説明してくれたりすればイリアルさんを敵と勘違いしなくて済みましたよね。


 「馬鹿だからよ」

 「馬鹿だからですか?」

 「えぇ、本当に馬鹿だからね」

 「酷い……」


 イルミナさんが馬鹿といったせいでイリアルさんが落ち込んでいます。


 「馬鹿に馬鹿というのは仕方ないわよ」

 「馬鹿じゃないもん」

 「なら、それを訂正したいなら、そろそろちゃんとしなさい!」

 「はぁ……仕方ないな」


 イリアルさんがため息交じりに立ちあがり、おもむろに剣を振るいました。


 「なっ!」


 その瞬間、イリアルさんがを閉じ込めおいた僕の防御魔法が簡単に壊されてしまったのです。


 「ごめんね。本当はもっと違う形で出会いたかったけど、そうも言っていられなかったの」


 剣を鞘に納め、イリアルさんがイルミナさんと隣に並びました。

 さっきまでのイリアルさんとは雰囲気が全く違います。

 印象としてはすごく頭が緩そうな人だと思っていたのに、今は凛とした感じがするのです。

 初めてシアさんを見た時に感じた、他者を寄せ付けないといった感じの雰囲気です。

 もしかして、今までのは演技?


 「どうしたの?」

 「いえ、こうみるとシアさんのお母さんだなーと思っただけです」

 「ふふっ、本当にシアの事が大好きなのね」

 「うー……」


 改めてシアさんのお母さんにそう言われると、恥ずかしくなります!


 「照れているところ悪いけど、ここからは私も話に交えさせてもらうわね」

 「はい、わかりました」


 今のイリアルさんなら話が通じそうなのでそれなら問題なさそうです。


 「えっと、それで何の話でしたっけ?」

 

 イリアルさんの豹変で話がわからなくなってしまいましたね。


 「私が馬鹿って話よ」

 「あ……それはー……」


 そういえば、そんな話をしていました!

 まずいです。

 シアさんのお母さんを怒らせてしまいます!


 「いいのよ。お母さんはやっていた事は馬鹿な事だから」

 「失礼ね」

 「実際に馬鹿なのよ。自らを犠牲にして、最悪後をユアンちゃん達に任せようだなんて馬鹿の極みだわ」

 「自らを犠牲に?」

 「そうよ。お母さんはね、シアとルリを連れ出して、ユアンちゃんとシノちゃんをおびき出したわね?」

 「はい」

 「それで、シアとルリが血の契約に抗えるようにさせようとしたの」


 実際に成功しましたね。

 今のシアさんとルリちゃんは血の契約によって操る事は出来ないみたいです。


 「もしかして、血の契約の事を語ったのって……」

 「ユアンちゃんにああさせるためね」

 

 僕がシアさんに血を与える事を読んでいたという事ですかね?


 「でも、僕がやらなかったらどうしたのですか?」

 「そこが馬鹿なのよ。私も一緒に捕らえられていた事にして、今起きようとしている説明を私に任せ、自分はユアンちゃん達と敵対し、敵の存在を知らせようとしていたのよ」

 「どうしてそんな回りくどいやり方をしたのですか?」


 正直に話して貰えばそれで全てが済んだかもしれませんよね。


 「そこも馬鹿ね。シアとルリの為よ」

 「二人のですか?」

 「娘の幸せを願うのは親として当然。私は二人の悩みを解決しただけ」

 「シアさん達の悩みですか?」

 「シアはね、ユアンちゃんからして欲しかったみたいなのよ」


 して欲しいって……もしかして?


 「キスして欲しかったんだって」

 「ふぇ? し、シアさん?」

 「知らない」


 顔を赤らめてシアさんがそっぽ向いてしまいました!


 「じゃあ、ルリは何を悩んでいたんだい?」

 「ルリはシノちゃんとの関係に悩んでいたのよ。従者としてこのまま一緒に暮らしていいのかってね」

 「なるほどね」

 「もぉ! 言わないって約束したんだよ!」

 

 僕たちはそんな事で……いや、そんな事ではないですけど、そんな理由で振り回されていたのですか。


 「もちろんそれはついでだけどね。一番は二人の実力が魔族に対抗できるほどの力を本当に持っているのかを知りたかった」


 ま、まぁ……そうですよね!

 それだけの理由じゃないと思っていましたよ!


 「結果はどうなんだい?」

 「できるでしょうね。契約の上書きを成功させた時点で魔力は上だという証明は出来たと言っていいでしょう」

 「良かったです」

 「ただ、魔力だけではダメ。本当の意味でのユアンちゃんの力は見れなかったのは残念ね」

 

 出来れば本気で戦いたかったとイリアルさんは言っています。

 

 「だからって命懸けで戦うという考えにはならないわよね」

 「いえ、相手が相手。味方となりうる存在の実力を知っておくのは大事よ。本当の実力は模擬戦では測れないから」

 

 その理屈はわかります。

 本当の戦いと模擬戦では得られる物が格段に違うというのは理解できますからね。

 

 「全く……。ごめんね、これが影狼族なのよ」

 「それはそれで一つの考え方だと思いますので、僕は否定しませんよ」


 実際に僕も戦いの中で成長してきた自信があります。

 今でこそパーティーを組んで安定した戦いができますが、僕がまだパーティーを組む前、ソロで活動している時に臨時パーティーを組む事が幾度とありましたが、仲間の実力を把握し、その人にあった補助魔法を選ぶ必要がありましたからね。

 そればかりは実際の戦闘にならないと何が得意で苦手なのかはわかりません。

 オリオとナターシャみたく、口ばっかりで実際に何もできない人も居ましたからね。


 「それで話を纏めると……」


 イリアルさんは長から影狼族を集めるように指示されましたが、その指示に従わずに、影狼族を匿おうとし、ナナシキを訪れた。

 それで、僕とシノさんに協力して貰うためにわざとシアさん達を誘拐し、そのついでにシアさん達の悩みを解決しつつ、僕たちの実力を測ろうとしたと言った感じでしょうか?

 ざっとこんな感じだと思うのですが、分からない事が他にもありますね。


 「あの影狼族の子供達はどうやってここまで連れてきたのですか?」

 「転移魔法よ」


 どうやら、わからない事が同時に解決しそうですね。


 「どうして転移魔法が使えるのですか?」


 転移魔法は誰でも使える訳ではありません。

 魔族の人でさえ一部の人しか使えないと聞きました。


 「私が主との契約で手に入れた力よ」

 「イリアルさんの主ですか」


 という事は、その人も転移魔法を使えたという事ですし、凄い人と契約をしていそうですね。


 「その主は魔族なのですか?」

 「違うわ。もっとユアンちゃんの身近な人」

 「僕のですか?」


 僕の身近な人?

 それで、転移魔法が使える人なんて……。

 

 「僕じゃないからね?」

 「わ、わかっていますよ!」


 身近な人で転移魔法が使える人を考えていて、たまたまシノさんを見ただけです!

 でも、他に思い当たる人なんて……居ますね。でも、実際に使えたかどうかは聞いた事はないのであくまで可能性ですけど。


 「もしかして、僕のお母さんですか?」

 「そうよ。私はユーリ様とアンジュ様と契約をしていたの」

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