第260話 消えた影狼

 「そうか……まさかとは思ったけど、君の所もか」


 昨日は結局一睡も出来ませんでした。

 それなのに、眠いという感覚が微塵もないのが不思議です。

 

 「君も……って事は、シノさんの所もですか?」

 「うん。ルリがいきなりおかしくなってね」


 今日は珍しく、スノーさんが働く領主の館に来ています。

 スノーさんとキアラちゃんはアカネさんと一緒に仕事をし、ルリちゃんとシアさんは二人で話したい事があると別室で二人きり、余った僕とシノさんが昨晩の事について話し合っている状況です。

 もちろん、シアさん達の事はラディくんとキティさんの配下で監視しています。

 窓の外にはキティさんの配下が、ドアの外にはラディくんの配下が待機し、シアさん達が勝手に居なくならないように見ています。

 流石に二人きりで話したいというので話の内容までは聞かないようにしていますけどね。

 

 「一体何が起きているのでしょうか?」

 「それは僕にもわからないな。ただ、何処に向かおうとしていたのかは気になるところだけどね」

 「そうですね」


 シアさん達が向かおうとした先に何があり、何の目的があるのかがわかれば、解決の糸口になりそうですが、今の所それもわかりません。


 「シアさんのお母さんが来てからですよね……二人が変になったは」

 「そうだね。イルミナはどうなんだい?」

 「朝に確認しましたが、問題はなさそうでしたよ」


 シアさんと同じ状態になっていないのか、イルミナさんは普段通り、魔法道具マジックアイテムの制作をしていました。

 ラディくんの配下にも確認しましたが、中の様子はわかりませんが、外に出た様子はなかったといいます。

 

 「それもそれで変だね」

 「そうですよね。同じ姉妹なのに、一人だけ何ともないというのが気になりますね」

 「イリアルはどうなんだろうね」

 「シアさんのお母さんがですか? 朝に朝食を食べに来ましたが普通にしてましたよ」


 お金がないので仕方ありませんが、当たり前のようにご飯を毎日食べに来ていますが、普段と何も変わらない様子だったのを覚えています。


 「そうか……となると、リンシアとルリだけかな?」

 「そうなりますね」


 シノさんもルリちゃんの事が心配のようで、顎に手をあて、考え込んでいます。

 前にルリちゃんの事をからかって泣かせていましたが、やっぱり大事に思う気持ちはあるみたいですね。


 「もしかして……契約か?」

 「え? 契約ですか?」

 「うん。僕はルリと君はリンシアと契約を交わしている。イルミナはどうだい?」

 「誰かと契約しているという話は聞いた事ないですね」

 「僕もだ。もしかしたら、そこが関係しているのかな」

 「そうなのですかね? だとしたら、シアさんのお母さんはどうなんでしょうか?」

 「そこまではわからないな。だが、従者であるのなら主と一緒にいるはずじゃないかな?」

 「そうですね。そう考えると、契約を交わしていないのか、契約が終わったのかもしれませんね」


 シアさんは前に言ってましたね。

 契約を交わし、長に認められる功績を残さないと村に帰る事が出来ないと。

 シアさん達は影狼族の村で育ったみたいですし、お母さんは村に戻る事が出来たという事がわかります。

 つまりは長に認められる功績を残したと考えられますし、契約を終えた可能性はありますね。


 「となると、現段階で契約を交わしている影狼族の人だけがそうなるって事ですかね?」

 「あくまで可能性だけどね。それだけに絞るのも良くないし、他の線も考えるべきだと思うよ」

 「けど、他の線といっても思い当たりませんよ?」

 「そうかな? 例えば、長女、長男は家を継ぐものとしてかからないようになっているとかね」

 

 そういう可能性もあるのですね。

 貴族の家に生まれた人とがそうみたいですが、継承順位というものがあり、長男が基本的に家を継ぐため、その下の兄妹は男性なら騎士になったり、女性なら別の貴族の家に嫁いだりと別の役目を与えられるとシノさんは言います。


 「ですが、役割って何でしょうか?」

 「それは、影狼族の特徴を考えればわかるんじゃないかい?」

 「影狼族のですか……」


 真っ先に浮かぶことは……。


 「戦闘民族……ですかね?」

 

 シアさんは強いです。

 そして、契約が深まれば深まるほどシアさんは強くなっています。

 

 「そうだね。それを踏まえて考えてみようか」

 「何をですか?」

 「影狼族が集める意味をだよ。主から離れてね」


 影狼族が集まる意味ですか。

 ただ、同郷の人達と再会するって感じでもなさそうですよね。

 そうなると、戦闘民族が集まる理由としては……。


 「何かと戦う準備ですかね?」

 「それしかないだろうね」

 「えっと、何のために?」

 「さぁね。だけど、影狼族が集まっている限り、その可能性は高いのかもしれないね」


 他の影狼族の人がどれほど強いかわかりませんが、シアさんくらい強い人がいっぱいいたらかなり強いですね。

 ルリちゃんですら相性にもよりますが、Aランク指定のキャッスルスパイダーを一人で倒すほどの実力を隠していました。

 そんな集団が戦うとなると、かなり危険な気がします。


 「一応、アリア様にも伝えた方がいいですかね?」

 「その必要はないかな。アルティカ共和国の何処かに影狼族が集まっている事くらい既に把握はしているだろうしさ」

 「そうなのですか?」

 「国境を通る時記録は残る。そして、不自然なほど影狼族が国境を通過しているんだ、それくらいは当然把握しているだろう」


 むしろ把握していて当たり前のようですね。


 「それで、これから僕たちはー……」


 どうすればいいのか、をシノさんに相談しようとしたところで、僕たちの部屋を誰かがノックしました。


 「ユアンちゃんいるー?」

 「あ、はい。おはようございます」

 「うん、おはよー。シノちゃんもおはよーね」


 ノックすると同時にシアさんのお母さんが勝手に部屋に入ってきました。


 「……どうやって入ってきたんだい?」


 おはようと挨拶されたシノさんはちょっと不機嫌そうにしています。

 けど、シノさんの言う通りですね。

 領主の館は基本的には入れない場所です。

 僕でさえ入口の人に中に入りたい事を伝えないと入れない場所です。

 

 「んー……壁を乗り越えてきちゃった」

 「え? 怒られますよ?」

 「そうなの? けど、来ちゃったし許して欲しいな」


 両手を顔の前で合わせていますが、許すかどうかは僕が決める事ではありません。


 「後でちゃんと謝って、許してもらってください」

 「えー……また怒られちゃうよ」

 「仕方ないですよ。悪い事をしたら怒られるのは当然ですからね」


 怒られるだけで済めばいいですけどね。

 領主の館に勝手に侵入するのは立派な犯罪ですからね。


 「それで、何の用かな? 僕たちは久しぶりに兄妹で話をしてるから用がないのなら邪魔しないで貰いたいのだけど?」


 兄とは認めていませんけどね。

 と言いたい所ですが、シアさんのお母さんの目的がわからないので、ここは黙ってシノさんに任せた方が良さそうですね。


 「ふふっ、仲が良いのね。私もちょっと親子の会話がしたくてね。シアちゃんとルリちゃんをちょっと借りていい?」


 このタイミングでですか……。

 シノさん、どうします?

 視線を合わせ、僕はシノさんにそう伝えます。

 

 「……この後、ルリと用事がある。向こうの部屋に二人が居るから、その場所でならいいけど?」


 今、シアさんとルリちゃんは別の部屋に居ます。

 ここで連れ出されたら監視の目が届かなくなるので、場所を移さないのならいいだろうと判断をしたみたいですね。


 「うんうん。ちょっとお話するだけだから平気」


 シアさんのお母さんもその条件でいいみたいですね。

 

 「それじゃ、お邪魔しました。ごゆっくりどうぞ~」


 僕たちへの用件はそれだけだったようで、お母さんは部屋から出ていきます。


 「……何の話でしょうか?」

 「さぁね。ただ、ルリ達には悪いけど、会話を聞かせて貰った方がよさそうだ」

 「そうですね……魔鼠さん、お願いします」

 

 コトコトッ。


 天井の上で物音がしました。

 どうやら、シアさん達が居る部屋に向かってくれたみたいですね。


 「さて……どうなる事かな?」

 「不安ですね」


 どうなるのか今は見守るしかない。

 そう思って二人で待つことにしたのですが、状況は一瞬で変わりました。


 「ヂュッ!」

 「え?」


 魔鼠さんがシアさん達の部屋に向かってすぐに、再び天井で物音がしたかと思うと、魔鼠さんが大きな声を出しました。


 「何だって?」

 「シアさん達が、消えたみたいです!」

 「なに?」


 シノさんと僕が同時に立ちあがり、シアさん達が居る部屋に向かいます。

 そして、シノさんがノックもせずに部屋の扉を開けると。


 「誰も、いません……」

 

 魔鼠さんの言った通り、その部屋にシアさんもルリちゃんもお母さんも居ませんでした。


 「魔鼠さん、確実にこの部屋に三人は居たのですか?」

 「ヂュッ!!!」


 間違いない。

 シアさんのお母さんが部屋に入り、その時にシアさんとルリちゃんは確実にいたと言います。

 

 「窓は?」

 「はい……」


 外から中の様子が伺えないように、カーテンが閉まっていたので僕はそれを開けます。


 「くぇ?」

 

 そして、窓を開けると近くの木の枝にキティさんの配下である鳥さんと目が合いました。


 「この窓からシアさん達が出たりしていませんか?」

 「クェッ!」


 鳥さんがブンブンと頭を横に振っています。

 どうやら、窓からも出ていないみたいです。


 「となると……」


 扉からも窓からも出ていない。

 この状況から考えられるのは……。


 「魔法を使った形跡があるね」

 「はい」


 部屋の中に僅かですが魔力を感じます。


 「やられたね」

 「まさか、転移魔法が使えるとは思いませんでした」


 一番高い可能性は転移魔法を使った可能性です。

 

 「この近辺にはいないみたいですね」

 「そうだね。今はルリとの繋がりも感じられない」


 僕もです。

 シアさんとは離れていても、この街くらいなら何処に居てもわかりますが、今は何処にいるのか全く分かりません。


 「どうすれば……」

 

 いいのかわかりません。

 僕の判断ミスです。

 シアさんのお母さんがまさかあんな方法で二人を連れ出すとは思っていませんでした。

 もっと警戒しておくべきだったのです。


 「悔やんでも仕方ない。今はやるべきことをやろう」

 「でも、何も手掛かりがありませんよ……」

 「いや、手掛かりならある」

 「え?」

 「万が一、ルリが誰かに捕らえられた時に居場所がわかるように魔法道具マジックアイテムを渡してある。それを辿れば居場所はわかる」


 ルリちゃんはシノさんが皇子をやっている時に諜報員やっていました。

 どうやらその時に渡しておいた物があるみたいです。


 「どこですか!」

 

 ルリちゃんが居る所にきっとシアさんが居るはずです!


 「まずは落ち着こう。ちゃんと情報を整理するんだ」

 「でも、その間にその魔法道具マジックアイテムをとりあげられたら……」


 シアさんの居場所がわからなくなってしまいます。


 「それでもだ。二人で考えるよりもアカネたちに相談した方が手分け出来る。居場所は常に僕が把握しとくから、今はアカネたちに報告をしよう」

 「……わかりました」

 「魔鼠たちはこの部屋で別の痕跡がないか探して報告を頼むよ」

 「ヂュッ!」


 シノさんが居て良かったです。

 僕だけならきっと途方にくれていたに違いありません。

 シアさん……無事で居てください。

 僕とシノさんはスノーさん達が仕事をしている執務室へと急ぎました。

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