第259話 補助魔法使い、眠れぬ夜を過ごす
「んー……そんな事になってるんだ」
トレンティアでローゼさんから気になる話を聞いた夜、僕はスノーさんにその話を伝えました。
「影狼族の事ですので、シアさんも他人事ではないと思うのですよね」
「そうだね。探ってみた方がいいかな」
「私もそう思う……ラディ」
街の事を一番理解しているのは僕たちではなく、ラディくんだったりします。
数多くの魔鼠を使って情報収集してくれているのでラディくんには助かっています。
「話は聞いていたよ」
「うん。それで、シアさんのお母さんの事だけど、何か変わった事はない?」
「特にはないかな……気になる事はあるけど」
「気になる事ですか?」
「うん。あの人が来た夜、あの人が消えた時間帯があったよ」
「消えた?」
「うん。監視していた配下からの報告だから僕が確認した訳ではないけどね」
ラディくんがその事を報告されただけといいますが、魔鼠さんたちはラディくんやキアラちゃんの指示に忠実に従います。
そんな魔鼠さん達が嘘の報告をするとは思えませんよね。
「そうなんだ……具体的な時間はわかる?」
「時間まではわからないよ。ただ、イルミナさんに会った後に居なくなったとは聞いたよ」
尋問をスノーさんに任せてしまった為、シアさんのお母さんの事は詳しくは聞いていませんでしたが、条件付きで自由行動を許したとは聞きましたね。
「ちなみに、イルミナさんと会っていた理由はわかりますか?」
「そこまではわからない。イルミナさんのお店は魔鼠が入れないようにされているからね」
あー……魔鼠に魔法道具を壊されたら商売にならないとイルミナさんは徹底して魔鼠が入れないようにしていましたね。
「うーん……どんな話をしていたか気になるね」
「案外聞いたら教えてくれたりしませんかね?」
「その可能性もありますけど、はぐらかされて終わる可能性の方が高そうだね」
家族の会話で僕たちに話すような内容じゃないと言われたらそこまでですね。
「まぁ、暫くは影狼族の動向とシアのお母さんの動向に気をつけるくらいしか今は出来ないかな」
「そうですね。何か気付いた点があったら教えてくださいね」
「うん。ラディ、シアさんのお母さんの監視をもっと強化して」
「わかった」
僕たちに出来る事はこれくらいですね。
「ただいま……」
そんな話をしていると、シアさんが帰ってきました。
「おかえりなさいです」
「うん。珍しい」
「そうですね。シアさんが一番最後なのは珍しいですよね」
仕事が終わる順番は、僕、シアさん、スノーさんとキアラちゃんといった順番が多いです。
たまに、スノーさん達が午前で仕事を切り上げてくる事もありますが、基本的にはその順番で帰宅する事が多いです。
「シアさん、先にご飯にしますか?」
時刻は六時を回っています。
そろそろお腹が空く時間ですね。
「今日はいい……お風呂入って寝る」
「え? ご飯いらないのですか?」
「うん」
シアさんがご飯をいらないと言った事に、僕だけでなくスノーさん達も驚いています。
「シア、熱でもある?」
「ない」
「それじゃ、どうしたの?」
「わからない。ただ、疲れた気がする」
「…………?」
あれ、シアさんは疲れたと言っていますが、僕にはそうは見えませんよ?
シアさんが元気がない時や体調が悪い時は僕は見ればわかります。
もしかしたら、僕の気のせいかもしれませんが、顔は少し暗いものの元気そうに見えますね。
「ユアン?」
「あ、いえ……疲れた時には休む方がいいですね。それじゃ、先にお風呂に入っちゃいましょうか」
「うん」
という事で、僕も夕飯はいらないとリコさん達に伝えます。
僕の事も何故か心配されましたが、実はローゼさんの所でお茶だけでなくお菓子とかも頂いてしまいましたからね。
実はあまりお腹は空いていなかったりします。
何よりも、シアさんの事が気になります。
今はシアさんの近くに居たいという気持ちの方が大きいです。
そして、僕とシアさんはお風呂に入り、僕の部屋に戻ってきました。
けど、お風呂に入っている間もシアさんは浮かない顔をずっとしていました。
「シアさん?」
「なに?」
部屋に戻るとシアさんはベッドに横になる訳でもなく、ベッドに座りました。
やっぱり変です。
僕が名前を呼ぶと返事はしてくれるのですが、上の空といった感じでぼーっとしているのがわかります。
「大丈夫ですか?」
「うん」
「本当にですか?」
「うん」
帰ってきた時に比べ、少しずつシアさんの様子が変になっているのがわかります。
「シアさん」
「うん……呼んでいる」
「え?」
何度もシアさんの名前を呼んでも一言しか反応を返してくれなかったシアさんがいきなり立ちあがりました。
「シアさん?」
「呼んでいる……」
「誰がですか?」
「わからない。けど、あっち……」
シアさんが壁を指さしました。
「そっちには誰もいませんよ!」
「いる。ずっとあっちの方……遠い遠い場所で私を呼んでる」
シアさんがゆっくりとした足取りで歩き始めました。
「ダメですよ!」
扉を出ていこうとするシアさんの腰にしがみつき、僕はシアさんの動きを頑張って止めます。
「離す」
それでもシアさんは止まってくれません!
「うぅ……シアさん、正気に戻ってください!」
「行かなきゃ……」
どうやら僕の声は聞こえていないようにシアさんは独り言のように呟いています。
『シアさん!』
声が届かないのなら、直接届かせるまでです!
シアさんの頭の中に僕の声が響くように念話を送りつけます。
シアさんの足がぴたりと止まりました。
これならっ!
『シアさん! シアさん!』
僕は何度も何度もシアさんの名前を呼びます。
このままシアさんを止めれなかったら、ずっと僕の元に帰ってこない。そんな気がしてならないのです!
『シアさん!』
「ん……ユアン?」
シアさんがゆっくりと腰にしがみついている僕を見ました。
「シアさん?」
「ん……」
シアさんが僕の頭を撫でてくれます。
「うぅ……」
「ユアン、どうしたの?」
「シアさんがシアさんが……」
「私が?」
シアさんが首を傾げています。
どうやら今の状況を理解できていないみたいです。
部屋の中で僕が腰にしがみついている、変な状況にも関わらず、その状況ですら変だという事に気付いていないみたいです。
「なんでもないです」
「気になる」
「いえ、ちょっと僕がよろけてしまったみたいで……」
「そう。ユアンも疲れてる。私も何か疲れた……寝よ?」
「はい……」
迷いました。
すぐにでもスノーさんに今の事を報告したい。
ですが、今僕がここから離れてしまうと、シアさんが何処かに行ってしまうような気がしてならないのです。
何か方法は……?
「ヂュッ!」
ラディくんの配下でしょうか?
一匹の魔鼠が全身を使って頷くように声を出しました。
「こやっ!」
ありがたいです。
前に獣化したお陰で僕は魔鼠さん達の言葉がわかるようになったので、スノーさんに伝えて貰うようにお願いします。
「ユアン?」
「あ、いえ……魔鼠さんが居たのでちょっと挨拶をしていました」
「うん。でも、伝えるって何を?」
「それは……僕たちは先に寝るって事をですよ」
「そう」
うー……シアさんはシアさんで僕の獣化した時の言葉がわかるのでした。
けど、僕の適当な誤魔化しにシアさんは納得してくれました。
普段のシアさんならあり得ない事です。
やっぱりシアさんは何処か変です。
「ユアン、おいで」
「はい」
シアさんがベッドに横になり、僕を誘います。
シアさんの匂い、温もり……僕の居場所です。
なのに、今日はそうじゃない気がします。
「ユアン……わたし、へん」
「そうなのですか?」
「うん……先に言っとく。ごめん」
「謝らないでください」
何に対して謝ったのかわかりませんが、シアさんが謝る必要はありません。
「うん。だけど、多分迷惑かける」
「シアさんにならいくらだって迷惑をかけてもらっても構わないですよ」
「ありがとう……寝よ?」
「はい」
暫くすると、シアさんが寝息をたてはじめました。
いつもなら一日の報告をしあうのに、今日はそれもなくスーッと意識を失うように寝てしまったのです。
シアさんの寝顔はとても穏やかに見えます。
いつもと変わらない綺麗で可愛い寝顔です。
「スノーさん達、来てくれましたね」
探知魔法が部屋の前に集まる人達を捉えました。
「ユアンさん、ラディの配下から聞きました。今も二人の事は随時聞いています。なので、そのまま聞いてください」
横になっているのでわかりませんが、僕たちの状況を魔鼠さんが伝えてくれているみたいです。
なので、シアさんが寝てしまっている事を知って声をかけたみたいです。
「私達は夜の間、順番で見張りをします。ユアンさんは一番近くでシアさんの事をみてあげて。返事は結構です……おやすみなさい」
どうやら二人体制で僕たちの部屋の前で待機してくれているようです。
組み合わせ的に、最初はリコさんとジーアさんが見てくれているみたいですね。
後の反応はスノーさんとキアラちゃん、キティさんとラディくんですね。
となると、あと一人は……。
「ここにいるぞー」
「!」
思わず大きな声を出してしまいそうでした!
「もぉ、いるなら教えてくださいよ」
「ごめんなー? だけど、出るタイミングがなかったー」
「まぁ、いいですけど、状況は見ていましたか?」
「うんー。私もシアの事みるー」
「お願いしますね」
良かったです。
何故かサンドラちゃんがベッドに隠れていたみたいで、僕たちも二人体制でシアさんの事を見てあげれます。
といっても、サンドラちゃんはすぐに寝ちゃうと思いますけどね。
それでも、サンドラちゃんは寝たら中々離してくれませんし、いい感じにシアさんを抑えてくれそうですね。
僕ですか?
僕は……とてもじゃありませんが眠れそうにありません。
いつ、あの時の虚ろなシアさんになってしまうかわかりませんからね。
それに頭の中がぐるぐるとして、とてもじゃありませんが眠れる状態ではありません。
シアさん……何があったのでしょうか?
隣で眠るシアさんの寝顔を眺めつつ、僕は眠れない夜と過ごすのでした。
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