第257話 影狼族の夜

 「シアさんのお母さんって面白い人ですね」

 「迷惑なだけ」


 シアさんのお母さんの尋問が終わり、僕たちはようやく帰宅しました。

 お風呂もご飯も終わり、後は寝るだけですね。

 結局の所、シアさんのお母さんが訪れたのは路銀に困り、助けを求めにきただけだったようです。


 「本当ですかね?」

 「違うと思う……」


 やっぱりシアさんもそう思いますか。

 シアさんのお母さんは何かを隠しているという事はわかります。

 かといって、隠している事を隠していないのですので余計に意味がわからないのです。

 あれです、手に何かを握っているのに、持っていないよと言われているような感じがするのですよね。


 「ユアン……もう寝よう」

 「眠いのですか?」

 「眠くはない。ただ、寝たい気分」

 「そうですか……」


 うー……シアさんが暗くなっています。

 そして、シアさんはベッドに潜り込んでしまいました。

 まぁ、前みたく別々に寝ようとは言わないのでいいですけどね。

 けど、このままじゃダメです。


 「シアさん」

 「……何?」


 シアさんは僕に背を向けて寝ていました。

 僕はその背中にぴとっと身体をくっ付けます。


 「言いたくないなら言わなくていいですからね? もしかして、影狼族の血が関係しているのですか?」

 「…………」


 答えてくれませんでした。

 ですが、その無言が答えと一緒ですね。


 「それとも、あの時の話ですか?」

 「あの時?」

 「はい。僕がサンドラちゃん……まだ生まれ変わる前のサンドラちゃんを倒した時、シアさんは辛そうにしていました」

 「……覚えてたんだ」

 「忘れませんよ。シアさんの事ですからね」


 今日まで話してこなかったのは、サンドラちゃんが一緒に住む事になりバタバタしていたからです。

 ですが、今なら色々と話すタイミングだと思います。


 「嬉しい……だけど、あまり話したくない」

 「どうしてですか?」

 「ユアンに嫌われるかもしれないから」

 「むー……そんな簡単に僕がシアさんを嫌いになると思っている方が嫌ですよ!」


 恋とか愛はまだわかりませんが、大好きって気持ちはわかります。

 それを否定されるのは許せませんからね。


 「だから、話せるなら話して欲しいです」

 「わかった」


 相変わらず僕に背中を向けたままですが、シアさんがあの時の事を語ってくれました。


 「あの時、ユアンはボロボロだった」

 「そうですね。シアさん達が居なかったら大変でしたね」

 「すごく心配した」

 「うぅ……それはごめんなさい」


 シアさんがトレンティアで危なかった時、僕はすごく心配な気持ちになりました。

 きっとそれと同じ気持ちにさせてしまったみたいですね。


 「それと同時に……嬉しかった」

 「僕がボロボロになった事にですか?」

 「それは違う。そこは心配した。だけど、その反面、ユアンの本当の強さに震えた。私の主はすごいって」

 「それが何で僕に嫌われる事に繋がるのですか?」


 僕の事を見てくれているのには違いありませんよね?


 「私はユアンが好き。だけど、その好きが本当に恋人としてなのかがあの時はわからなかった。やっぱり、私は主としてユアンに惹かれているのかもしれない。そう思ったのが凄く怖かった」

 「怖いのですか?」

 「怖い。私の意志とは違う所で、影狼族の血に支配されているようで凄く怖い」


 そういう事だったのですね。

 シアさんは僕の事を好きでいてくれています。

 ずっと傍に居たいとも言ってくれました。

 ですが、その気持ちはシアさんの気持ちではなく、影狼族の血がそうさせているだけかもしれない。

 それが怖いみたいです。

 それで、さんざん僕の事を好きと言っていたのに、影狼族の血に支配されて言っていたと僕に知られれば嫌われると思ったみたいです。


 「難しい話ですね」

 「うん」

 「だけど、簡単な話でもありますよね?」

 「え?」

 「僕は愛って色んな形があると聞きましたよ? それも一つの愛の形じゃないのですか?」

 「違うと思う」


 あれ?

 僕が間違っているのでしょうか?


 「でもですよ? 考え方によっては、シアさんの影狼族の血と僕が相性がばっちしで惹かれ合っていると僕は思うのですが、違うのですかね?」

 「影狼族の血に?」

 「はい。そもそもですよ? シアさんが僕を主に認めてくれた時って僕はお手伝いしたくらいで、影狼族の血に認められるようなことはしていませんよね。今があるのは、シアさんが僕を認めてくれたという前提があるからじゃないでしょうか?」

 「わからない。だけど、もしかしたら天狐の血に、惹かれたのかも……しれない……」


 僕にじゃなくて僕の中に流れる天狐様の血に影狼族の血が反応したのかもしれないとシアさんはいいます。


 「なら尚更ですね。僕とシアさんの血の相性もばっちしって事ですよ!」

 「そうなの?」

 「そうですよ。だから、そこまで気にする必要はないと思います。それに……」

 「それに?」


 な、なんでこのタイミングで寝返りをうって僕の方を向くのですか!?


 「それに、何?」

 「うぅ……僕の事、愛してくれたじゃないですか……指輪をくれた夜に」


 シアさんの血が主として見ているのなら、あくまで主と従者という一線は越えないと思います。

 だから……。


 「あれは……シアさんの意志ですよね……?」

 「間違いなく。私の意志。断言できる」

 「なら、シアさんは影狼族の血に負けて何かいませんよ!」

 「うん……私は負けてない。うん! ありがとう。元気出た」

 「えへへっ、良かったです」


 シアさんが僕に抱き着いてきました。

 さっきまで小さく震えていましたが、今はそれがありませんので大丈夫そうですね。

 ですが、その代わりに……。


 「ユアン、元気でた」


 熱を帯びた瞳で僕をみています?


 「はい、良かったです?」

 「私、いま凄く元気」


 それで、僕の服に何で手をかけて?


 「は、はい? そうですね?」

 「うん。元気だから……」


 あ、あれれ?

 この流れは……?


 「いいよね?」


 




 あぁ……酷い目にあった。

 まさか、娘があんなに成長しているとは思わなかった。

 特にシア。

 昼間に少しだけ剣を交わしたけど、楽しかった。

 あのまま戦っていたら……。

 

 「危ない危ない。流石に娘と本気ではまずいな」


 けど、あの先を想像するとゾクゾクする。

 だけど、今じゃない。今は我慢の時。


 「ミナちゃん、入るよ?」

 「入ってから言うのはやめてって昔から言ってるでしょ」

 「ごめんね~」


 尋問から解放された私は、街を出歩くことを許可が降りた。

 今晩はミナちゃんのお家にお邪魔させて貰っている。

 実際にお金がないのは事実だからね。宿屋に泊まるお金すら持っていないから仕方ないかな?


 「だけど、その条件が街の為に働けっておかしいよね?」

 「お金がないなら仕方ないわよ。ちゃんと働いて食べる物を稼ぎなさい」

 

 所謂、奉仕活動をしろって事らしいね。

 まぁ、この程度の罰で街を自由に歩けるのであれば都合はいいけど。


 「それで、何の用なのよ?」

 「寝る前に、ちょっとお腹が空いちゃってね。お菓子とかないかなーって」

 「はいはい。これでも食べて我慢して」

 「ありがとー!」

 「それで?」

 「それでって何が?」

 「昼間の話よ。嘘なんでしょ」

 「本当だよ」


 お金がないのはホントだし、実際に他に行く宛はまだないからね。


 「そう。話がそれだけなら私は寝るわよ。それと、話さないなら明日からは別で寝る場所は探して。もちろん宿屋でもサービスしないから」


 酷い……。

 私がお金を持っていないのを知っていてミナちゃんはそんな事を言うなんて!


 「泣いたふりしても無駄だからね」

 「あれ、バレちゃった?」

 「バレバレよ」


 ま、元々話すつもりで来たし、そろそろいいかな。


 「イルミナ。私はお父様の命令で此処に来たわ」

 「…………もう?」

 「そうよ。貴方達……影狼族全員に招集命令が下されたわ」

 「それは、本当?」

 「本当よ」

 「…………私は行かないわよ」


 そう言うと思った。

なら、それが無理なのだと思い知る必要がある。


 「我に従え」

 「…………」

 

 娘の体が固まり、光を失った虚ろな目をした娘が椅子に座っている。


 「椅子から立ちあがり、右手をあげろ」

 「…………」


私の指示に従い、私の言葉通りの行動をしている。


 「楽にしていいわよ」


 血の契約の効果がきれ、娘が倒れるように膝をついた。


 「どう? これでも、行けない?」

 「はぁ……はぁ……」


 ちょっと、イルミナには血の契約は辛かったみたいね。

 その状態で私は暫くイルミナの呼吸が整うまで待つ事にする。

 待つ事数分、ようやくイルミナが立ちあがり、椅子にもたれかかった。


 「そろそろ落ち着いた?」

 「あれが、血の契約……なのね。お母さんから聞いてはいたけど……」

 「抗えないでしょ」

 「えぇ……」


 当然の事。

 あれが血の契約なのだから。

 影狼族はあの効果には逆らえないように造られている。

イルミナは私に、私はお父様に、お父様はその主人に。

そして、私は長の娘であるため、血の契約の順位は高い。

私の命令に背くことは出来ない。


 「期限は一月。それまでに仕上げなさい」

 「わかったわ。その為に魔法道具マジックアイテム店を始めたのだから」


 良かった。覚えていてくれたみたい。

 そして、私の要望に応えようともしてくれていたみたい。

 イルミナを協力者として選んで良かった。

こまめに連絡をしておいた甲斐があったものだ。


 「私の主に恥をかかせない事を約束して」

 「努力はするわ」

 「努力はいらない。結果で示して。そうでなければ私達は終わりよ」

 

 イルミナもリンシアもルリルナも消される。

 それが影狼族。

 失敗は許されない。

 あの人は、それを許さないだろう。


 「わかったわ」

 「できる限り、リンシアとルリルナには悟られるな」

 「わかっているわよ」


 うんうん。

 ミナちゃんは口が上手いし、嘘が上手だからきっと大丈夫よね。


 「それじゃ、私は寝るわね」

 

 私は私でやらないといけない事があるからね。

 では、まずは何処から行こうかな?

 やっぱり次は……うん。明日からでいいや。

 急いだところで何も変わらない。

 あの人は許してくれないだろうけど、主様はきっと許してくれるよね?

 影狼族が生まれ変わる日は近い。

 待っていてね、主様?

 待っていてね、お父様。

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