第256話 影狼族の親子

 「うぅ……私が何したっていうの……」

 

 えっと、何なんでしょうかこの状況は?


 お仕事を終わり、約束通りシアさんが待つ詰所に来たのですが、何か大変な事になっていました。


 「えっと、シアさん?」

 「ユアン! 待ってた!」

 「ユアンちゃん! 待ってたよ!」


 僕が声を掛けるとシアさんが僕に駆け寄ってきてそのままぎゅーっとしてくれます。

 それに続いて、縄でぐるぐる巻きにされたお母さんがまるで芋虫のように這って近寄ってきます。

 ちょっと、怖いですし、気持ち悪いです。


 「ユアンさっきはうちの親がごめん」

 「いえ、何事もなかったので大丈夫ですよ」

 「手加減したからね」

 「わかっていますよ。だけど、いきなり剣を振るうのは良くないと思います」

 「うっ……」


 当たり前です。

 例え寸止めであったとしても、剣を振るうという事には意味がありますからね。


 「それで、お母さんの罰はどうするのですか?」

 「スノーに報告した。それ次第」

 「えっ、私……罰を受けるの?」

 「当然ですよ」

 「当然」


 そんな哀しそうな顔をしてもダメです。

 ここで許してしまうと、僕達は身内に甘いという事になってしまいますからね。

 

 「でもでも、私……シアちゃんにもうお腹殴られたよ?」

 「あれは、鎮圧しただけ」

 「すごーく痛かったんだけど?」

 「仕方ないですね」

 「そんなー……」


 シアさんのお母さんですし、本当ならば許したい気持ちは僕にだってありますよ?

 そうすれば、シアさんのお母さんが僕の事を認めてくれるかもしれないです。

 ですが、それよりも大事なのはシアさんであり、仲間であり、このナナシキの街です。


 「シアお姉ちゃん! お母さんが来てるって本当!?」


 スノーさんからの返事が来る間、僕たちはお母さんが逃げ出さないように監視をすることにしたのですが、暫くするとルリちゃんが詰所に入ってきました。


 「本当。そこにいる」

 「ルリちゃん! 私の救世主! さぁ、私を早く解放しー……」

 「あはははははっ!」


 お母さんがルリちゃんに助けを求めている最中にルリちゃんが大声で笑いだしました。


 「変な格好だよ! お母さんおもしろーい!」

 

 ロープでぐるぐる巻きにされたお母さんを指さし、お腹を押さえて大爆笑していますね。


 「笑わないで! それよりもこのロープをほどいー……ちょっと、ツンツンしないで!」

 

 お母さんのほっぺをツンツンと指でつき、遊び始めましたね。


 「ダメだよー? お母さん、私が旅立つ前にいなくなったよね?」

 「それは、私にもやる事があったから」

 「ふぅーん。てっきり私のおやつを食べて逃げだしたのかと思ったんだよ!」

 「ち、違うわよ!」


 あー、ルリちゃんは遊んでいるのではなくて、実はちょっと怒っていたみたいですね。

 食べ物の恨みは怖いって言いますよね。


 「ねぇ、シア。お母さんが来てるって聞いたけど……」

 「そこに居る」


 ルリちゃんがお母さんと戯れている間に、今度はイルミナさんも登場しました。


 「ミナちゃん! 助けてにきてー……」

 「…………っこの恥さらしが!」

 「うぐぅ!?」


 イルミナさんがずかずかと近づき、お母さんの背中を踏みつけました!

 うぅ……すごく怒っています。

 あれが鬼の形相っていうのでしょうか?

 ルリちゃんもイルミナさんが近づくと飛び退いたくらい怖いです……。


 「人前でなんて格好をしてるの!」

 「違うよ……これはシアちゃんに縛られただけで……」

 「縛られるようなことをしたのは誰ですか!」

 「わ、私です……」

 

 これじゃ、どっちがお母さんかわかりませんね。

 

 「いい年して、少しは行動を慎みなさい!

 「いい年って……私、そんな年取ってないもん」

 「うるさい! もう、■■歳でしょ!?」

 「あ、ちょっと! レディーの年を言うのはマナー違反だとー……」

 「マナーを語るのなら最低限のマナーを学びなさい!」

 「はい……」


お母さんの耳がシュンと垂れさがりました。

 イルミナさんの圧勝ですね。


 「ユアンちゃんごめんなさいね?」

 「ユアンお姉ちゃん、ごめんなさいなんだよ」

 「本当にごめん」


 三人が僕に頭を下げます。


 「い、いえ……三人は悪くないので謝る必要はありませんよ! 悪いのはシアさん達のお母さんですので……」

 「うぐっ……」

 

 シアさん達のお母さんがダメージを受けていますが、仕方ないですよね。

 それにしても、これだけ影狼族の人が集まると凄いですね。

 当たり前なのですが、みんな同じ髪の色で同じ耳、そして顔立ちもそっくりです。


 「それで、今更何の用なのよ?」

 「何って娘の顔を久しぶりに見たくてね?」

 「嘘」

 「嘘だよ!」

 「嘘じゃないよ!」

 「嘘に決まってるじゃない。お母さんの顔見ればすぐわかるわよ」

 「本当よ! ただ、別の理由もちょっとあるくらいよ」


 それって嘘と認めているような気がするのですが気のせいでしょうか?


 「ならその理由を話す」

 「また嘘をついたら許さないんだよ!」

 「痛い目にあいたくなかったら、正直に話しなさい」

 「うぅ……娘が怖い」


 確かに怖いです。

 何が怖いって、親相手なのに優しさの欠片もみえないのが怖いです!

 

 「イル姉、おかーさん話したくないみたい」

 「仕方ないわね。ルリ」

 「わかったんだよ! 最初だから手加減してあげるんだよ!」


 ルリちゃんが糸をピンと張りました。


 「だめだめ! そんな事されたらお母さん死んじゃうから!」

 「お母さんはしぶといからそれくらいじゃ死なないんから平気なんだよ!」

 「わかった、ちゃんと話すから!」

 

 ようやく、お母さんが来た理由を話し始めました。

 ですが、その内容は思った以上に酷いものでした。


 「えっと、つまりは……お金がないと?」

 「そうなのよ……うっかり落としちゃってね?」


 お母さんの話を要約するとこうでした。

 お母さんは影狼族の村を離れ、一人で旅をしていたみたいです。

 その途中、気づいたらお財布を……いえ、お金や旅の道具が詰まった魔法鞄マジックポーチを何処かに無くしてしまったみたいです。

 そして、路頭に困ったお母さんは影狼族の三姉妹……シアさん達の噂を聞いてナナシキまで訪れたとの事です。


 「街に入る時、デインに説明すれば良かった」

 「嫌よ。シアちゃん達が住む街でお金を落としたから助けてなんて恥ずかしくて言えないもん」

 「結果的にもっと恥ずかしい目にあってる気がすると思うのですが……」

 「ユアンちゃん酷い……」


 いや、実際にそうですからね?

 

 「そもそもですよ? そんな状態でどうして僕の事を襲ったりしたのですか?」


 街に入りたければ、ギルドカードなり身分の証明できるものを提示すれば良かったはずです。ギルドカードだけはしっかりと首にかけてあったみたいで、無事だったみたいですからね。


 「だって、シアさんちゃんの主様なんでしょ? シアさんちゃんに相応しいかどうか知りたいじゃない」

 「そ、そんな理由でですか?」

 「そうよ?」


 当たり前じゃないって顔をされていますが、当たり前じゃないと思いますからね?

 いや、もしかしたらそれが影狼族の共通の認識かもしれません。

 実際にイルミナさんには試されましたからね。

 なので、一応僕は三人に確認をしますが……。


 「違う」

 「違うんだよ!」

 「お母さんの気持ちはわかるけど、やり方ってものがあるわね」


 イルミナさんのやり方は確かにびっくりしましたが、危険はありませんでしたからね。

 命に関わる事とそうでない事では意味がかなり違うと思います。


 「やっぱり、シアさん達のお母さんが変なのですね」

 「うぐっ……ユアンちゃんの一言が重い……」


 重いも何も、事実を述べただけだと思いますけどね。

 

 「それで……僕は認められたのでしょうか? シアさんの主として」


 まぁ、色々とありましたが、シアさんのお母さんである事には間違いありません。

 例え、変わった人だとしても、シアさんの母親であるのなら認めて貰いたいですよね。


 「まだかな」

 「どうしてですか?」

 「だって、まだユアンちゃんの力をちゃんと見てないもん。あれくらいの攻撃なら防げて当たりまえだからね」


 むむむ……どうやらまだ認められていないみたいです。


 「どうしたら認めてくれるのですか?」

 「ふふんっ! 私と模擬戦をして、勝ったらいいよ?」

 「模擬戦ですか?」


 そんな事で認めてくれるのは意外でした。

 もっと、難しい無理難題を押し付けられるかと思いましたからね。

 そういう事でしたら……。


 「お断りします」

 「えっ? なんで!」

 「だって、模擬戦をするのならお母さんのロープを解かなければいけないですよね? それが目的じゃないのですか?」

 「ち、違うよ!」

 「シアさん?」

 

 嘘をついているかどうかは僕には判断できませんので、シアさんに確認する方が確実ですね。


 「嘘ついてる」

 「嘘ついてるんだよ!」

 「浅はかね」


あー……やっぱり目的はロープを解いて貰う事のようでした。


 「でも、おかーさんにユアンを認めて貰いたい。ユアンは最高の主。そして、恋人。おかーさんに知ってもらいたい」

 「えっ、主様だけじゃなくてシアちゃんの恋人でもあるの!?」

 「うん。だから、模擬戦してもいい」

 

 うぅ……こんな形で紹介しなくてもいいじゃないですか……。

 恥ずかしいですし、もっとまともな時に紹介して欲しかったです。


 「ふふっ、そう聞いたのなら私も頑張らないといけなさそうね」

 

 それに、お母さんがやる気に満ち溢れた表情をしていますよ。


 「シアさん……大丈夫ですかね?」


 お母さんは今はこんな格好をさせられていますが、シアさんと対等に戦っているのを僕は見ました。

 腕は確かな筈です。


 「平気…………して…………すればいい」

 「わかりました」


 シアさんからアドバイスを頂きました。

 シアさんのアドバイス通り戦えれば行けるような気がしてきましたよ!


 「でも、ロープを解いた瞬間に逃げたりしませんか?」

 「その時はその時。娘が主を紹介したのに逃げるような母親は母親じゃない」

 「私もそう思うんだよ! 二度と会ってあげないんだよ!」

 「そうね。私もユアンちゃんの事を認めているし、ここで逃げるような母親なら縁を切らせて貰おうかしら」

 

 みんなが僕の味方なのは嬉しいですね。

 けど、これで僕もお母さんも模擬戦をする事から逃げられなくなりました。

 そもそもです。

 

 「そんなことはしないわよ! ふふっ、さくっと終わらせてあげる」


 お母さんは僕と模擬戦をする事を楽しみにしているといった顔をしています。

 芋虫みたいにうねうねしながらですけどね。


 「わかりました。場所は冒険者ギルドの訓練場を借りましょう」

 「望むところよ」


 こうして、シアさんのお母さんと模擬戦をする事になったのですが……。


 「えっと、シアからの伝言を聞いて来たんだけど……」

 「何があったの?」


 僕とお母さんの模擬戦が終わり暫くした後にスノーさん達が訪れました。


 「ユアンとおかーさんが模擬戦をした。ユアンが勝った」

 「あ、うん? あれが、シアのお母さんね?」

 「だけど、なんで蹲ってるの?」

 「それはですね……」


 模擬戦が始まると同時に、お母さんを防御魔法に逆に閉じ込め、魔力濃度を高め、魔力酔いにさせて、音を遮断して暫く放置したからですね。


 「ユアン、かっこよかった」

 「えへへっ、ありがとうございます!」

 

 その結果圧勝でしたよ!

 お母さんはすぐに負けを認めて剣を置いてくれましたからね。


 「けど、なんであんな状態になってるの?」

 「えっと、拘束しないといけませんからね」

 ロープの代わりに防御魔法で閉じて身動きをとれなくさせて頂きました。

 閉じ込めるとまたお母さんが騒ぎ出したので、シアさん達の希望により音は遮断させてもらいました。


 「なんか、気の毒だね」

 「うん。まぁ、仕方ないね。ユアンさんを襲った事は事実だから」

 

 まぁ、スノーさん達も到着しましたし、そろそろ話を伺わないといけませんね。

 あれ、本来の目的って何でしたっけ?

 まぁ、お母さんから話をちゃんと聞けば思い出すと思います。

 こうしてスノーさん達を含め、改めて尋問が始まるのでした。

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