第237話 補助魔法使い、活躍のエリアに着く

 「うわぁ……」

 「酷い匂いですね」

 「それに不気味な雰囲気だね」

 「頭、痛くなる」


 二日ほど休憩を挟み、再びダンジョンに戻った僕たちはセーフエリアから一歩足を踏み出すとそれぞれ、そんな感想が飛び出しました。


 「この臭いって、腐敗臭だよね」

 「うん。何かが腐った匂い」

 「生物ですかね?」

 「と、考えるのが妥当だと思いますけど、ここの魔物とかって死んだら消えちゃいますよね?」


 魔物を倒せば魔石になり、元の姿は消失するのがダンジョンの特性みたいです。

 なので、この悪臭の原因は生物……ではない可能性はありますね。


 「とりあえず、臭いは遮断しますね」

 「助かる」


 シアさんは頭が痛くなると言っていたのは、恐らくは臭いが原因です。

 僕もそうですが、匂いには敏感な方で、スノーさんやキアラちゃんよりも鼻が利きます。

 そのせいで、強烈な匂いは苦手なのですよね。


 「ですが、生物の腐敗臭でないとすると、この臭いの原因はなんだろう」

 「タンザの地下水路みたく汚水が流れているとかかな?」


 あの時の匂いも酷かったですからね。

 ですが、ここの匂いはそれよりも強烈です。

 匂いを遮断する事が出来なかったら、それだけで進むのが大変なくらいに。


 「あの匂いは腐敗臭で間違いない」

 「となると……考えられますのは……」


 ぐあぁぁぁぁぁぁぁ……


 通路の奥から苦しそうなうめき声が聞こえてきました。


 「なに、今の声?」

 「あれは多分ですが……」


 うー……嫌な想像をしてしまいました。

 僕たちはうめき声の正体を確かめるために先に進む事になりましたが、正直な所、行きたくないです。


 「この先の角を曲がった当たりだね」

 「スノーさん、気をつけてね」

 「うん……さて、ここのエリアの敵はっと……マジかー……」

 

 敵の姿を確認したスノーさんが素早く身を隠すように曲がった先の通路から戻ります。


 「どうしたの?」

 「いや、うん。ちょっと、いやーなものを目にしてね?」

 

 その反応でわかりました。

 やっぱり、僕の嫌な予想は当たってしまったみたいです。


 「スノー、早く進む」

 「嫌だよ!」

 

 嫌ですよね。その気持ちはよくわかります。

 僕はスノーさんが見た魔物の事を見た事はありませんが、話は聞いた事があります。

 そして、僕は決めていました。

 その魔物が出た時は、絶対に逃げようと!


 「スノー早くいく」

 「嫌だってば! シアが行ってきてよ」

 「わかった。スノーは後ろを守る」


 頼もしいですね!

 シアさんがスノーさんに代わり、先に進んでくれるみたいです。

 シアさんが曲がり角を曲がり、魔物の討伐に……いかず、戻ってきました。


 「やだ」

 「ほらね」

 「スノーごめん」

 「わかってくれればいいよ」

 「え、どういう事なの?」


 まだ魔物の姿を見ていないキアラちゃんが二人の様子を不思議がっています。


 「あれは遠距離で倒さないと厳しい」

 「という訳で、キアラお願いできる?」

 「そういう相手って事だね? わかったよ」


 果たしてキアラちゃんは大丈夫なのでしょうか?

 まぁ、案外キアラちゃんなら普通に……。


 「無理だよぉ……」


 無理でしたね。


 「困りましたね。これじゃ、先に進めませんよ?」


 たった一体の魔物を攻略できずに、僕たちは足止めされました。


 「ってか、ユアンまだ魔物の事見てないよね?」

 「ふぇ? そんなことありませんよ?」

 「嘘だよ。ユアンさんずっと後ろに居たじゃない」

 「ほら、僕は探知魔法があるので……」

 「ユアンの魔法ならどうにか出来る」

 「あー……それが一番手っ取り早いかもね」


 ど、どうしてみんなして僕を見るのですか!


 「ここは……みんなで協力して」

 「いや、ユアンが適任だよ」

 「ユアンさんの魔法、頼りにしてるよ!」

 「ユアン、お願い」

 「あっ、ちょっと、押さないでください!」


 周りを囲まれ、ぐいぐいと背中を押してきます!

 ただでさえ力では僕が一番弱いのに、三人からの押しに耐えられる筈がなく、僕は魔物がいる通路へと押しやられてしまいました。


 「ううぅぅ……」

 「ユアンまで魔物みたいな声を出さないでよ」

 「だって……」


 怖いし、気持ち悪いじゃないですか!

 僕の先には壁に持たれかかって蹲る魔物がいます。

 ここからでもわかります。

 皮膚は腐り、肉が剥き出しになっていて、肉が削ぎ落ちたのか骨が見えています。


 「なんで、僕がアンデットの相手何かを……」


 目の前に居るのはアンデット系の魔物で、アンデットの代名詞とも言えるゾンビでした。


 「ほら、ユアンの魔法でちゃちゃっとね?」

 「わかりましたよ……」


 いつまでもあの魔物を見ていたくないですので、ここは大人しくスノーさんの指示に従います。

 

 「聖炎セイントフレイム


 青い炎が蹲っていたゾンビを包み込みました。

 人の亡骸やアンデット系の魔物に効果がある魔法です。

 ごく一部の聖職者が使える魔法で、聖魔法なんて言われたりします。

 効果は、アンデット系の魔物を浄化し、魂を神の元に送ると言われていますが、僕からするとアンデット系に有効な攻撃手段という認識です。

 まぁ、攻撃魔法ではなくて補助魔法ですけどね。


 「ユアン凄い」

 「頼りになるね!」

 「その調子で頼むよ!」

 「そんなに褒めても頑張りませんからね!」


 僕だって嫌ですからね!

 今回は動かずに居てくれたから良かったですけど、あんな魔物がゆっくりと足を引きずりながら両手を伸ばして迫ってきたら絶対に怖いです!


 「でも、私達じゃ有効な攻撃が出来ないかもしれないからね」

 「そんなことありませんよ! 確かに、アンデット系なだけあって、耐久力は普通の魔物よりもあるかもしれませんが、ちゃんと倒せますよ!」


 アンデット系の魔物の何が厄介かというと、物理攻撃に耐性が高い事が有名です。

 魔物とはいえ、生き物は生き物です。

 切られれば当然ながら痛みがあり、相手が強ければ恐怖し、逃げ出します。

 ですが、アンデット系の魔物は痛みを感じないらしく、腕を斬り落としてもそのまま向かってきます。

 ですが、魔物同様、生命力がどうなっているのかわかりませんが、生きるために必要な何かを失えばちゃんと倒せます。

 一番手っ取り早いのは脳を破壊するか、首を落とす事と言われていますね。


 「でもさ……ゾンビを攻撃すると体液で甲冑が汚れるし」

 「剣が汚くなる」

 「弓で射るためには、ちゃんと見なきゃならないよ……」

 「そ、そんな理由でですか?」

 

 装備が汚れる、ちゃんと見たくないそんな理由で僕が戦わなきゃいけないのですか?

 ずるいです!

 僕だってゾンビと何か戦いたくないですよ!


 「けど、アンデット系の魔物の弱点は魔法って言われてるし、ちょうどいいんじゃない?」

 「それなら、キアラちゃんとスノーさんの魔法でもいいじゃないですか」

 「いや、私の精霊魔法は水だし、効果が薄いと思うよ?」

 「私の精霊魔法はどちらかというと補助がメインだし」


 まぁ、確かにそうですけど……。

 魔法が弱点といっても、有効なのは火属性と言われていますからね。

 アンデット系の魔物は酸素を必要としないみたいなので、水で包んでも窒息はさせられないですしね。


 「シアさんの影狼はどうですか?」

 「影狼は体術メイン。分身とはいえ、自分の体が汚れたみたいで嫌……ユアン、お願いできない?」

 

 むぅ……分身とはいえ、シアさんがゾンビの体液で汚されるのは確かに嫌ですね……。

 

 「あ、でも。僕の防御魔法で体液とかは弾くことが出来るのでそもそも汚れませんよ!」


 凄い事に気付きました!

 これなら、みんなが一番気にしている汚れは大丈夫ですよね!


 「いや、そういう問題じゃなくてね?」

 「付着した気がするのが嫌」

 「ユアンさんに手袋の上から蜘蛛を触れって言うのと同じかな?」


 確かに、手袋をしていても蜘蛛を触るのは嫌ですね。


 「けど、僕だって怖いですよ……」


 汚れるのはいいです。冒険していれば汚れる事はあるので覚悟は出来ています。

 ですが、単純に怖いのは覚悟できません!


 「なら、前と同じ方法で進めばいい」

 「前と同じ方法ですか?」

 「うん。こうする」

 「わっ!」


 シアさんが僕を抱えました。


 「魔の森と同じ方法だね」

 「今回は私は怖くはないから後ろをついて行くよ」


 蜘蛛に追われ、蜘蛛を見なくていいようにシアさんが僕を抱っこして移動した時と同じ格好ですね。

 向かい合うように、抱き合っている感じです。


 「これなら怖くない」

 「シアさんが近くに居るのなら……大丈夫です」


 あの時と同じ状態ですが、前よりも安心できる気がします。

 

 「ユアン、ドキドキしてる」

 「シアさんだって。くっついているとよくわかりますよ」


 魔の森で蜘蛛に追われたときに比べればアンデット系の魔物は少しだけマシです。

 前よりも少しだけ余裕はあります。そのお陰で今はシアさんの事を感じる事ができました。

 まぁ、余裕があると言っても、一人で先頭を歩けと言われば無理ですけどね。


 「あの、こんな所でイチャイチャしないでもらえる?」

 「スノー。嫉妬は見苦しい」

 「嫉妬してないし! 私にはキアラがいるからね」

 「それなら、キアラちゃんも怖いみたいですし、スノーさんが抱っこしてあげたらどうですか? アンデット系の魔物は動きが鈍く、僕の防御魔法を突破できる魔物はいないので、危険は少ないと思いますよ」


 厄介なのはあくまで耐久力ですからね。

 

 「けど、階層を進むごとに強い魔物が出てきているから万が一を考えたら動ける人が居た方がいいと思う……」

 

 それでもいきなりAランクの魔物が現れたりなんかしないとは思いますけどね。

 それに、Aランク指定の魔物とは戦った事もありますし、防御魔法で一度は攻撃を防ぐ事が出来たのも覚えています。

 あの頃、約一年前に比べ、僕も成長しています。

 火龍レッド・ドラゴン相手だろうと、今なら何発も耐えれる自信はあります。

 

 「ま、細かい事を考えても仕方ないし、進もうか」

 「きゃっ、もぉ……スノーさんいきなりはびっくりするするからするならちゃんと言ってよ……」

 「キアラが可愛い反応するからだよ」


 スノーさんもキアラちゃんを抱えました。

 お姫様抱っこといわれる方法ですね。

 あれはあれで、憧れますね……。


 「スノー。イチャイチャしない」

 「シアに言われたくないんだけど……」

 「でも、これで進めますね!」

 「傍からみたら変に見えるだろうなぁ……」


 こうして、僕たちは後衛組が前衛組に抱えられて進むという奇妙な方法で進む事になりました。

 普通に考えたらありえない進み方ですよね。

 もし、ダンジョンマスターたる人が居たらきっと驚きますよね。

 ですが、僕たちは僕たちです!

 無事に安全に進めれば問題ありませんよね?

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