第238話 弓月の刻、再び分断される

 「聖炎! 聖炎! 聖炎!」

 「ユアン、魔力使い過ぎ」

 「でも、でも! 魔物がいっぱいいますよ!」

 「まぁ、ゾンビだし、数が多いのは仕方ないかな?」

 

 どうしてそんなに冷静でいられるのですか!

 ゾンビが群れをなして歩いてくるのに、そんなに冷静でいられる意味がわかりません!

 いや、本当はわかりますよ?

 このエリアで魔物の処理は僕が一番向いているので、ゾンビと戦いたくないみんなは僕に任せているから冷静でいられるのです!


 「聖炎!」

 「ユアン、次はこっち」

 「はいっ!」


 シアさんが体の方向を向けました。

 シアさんと向かい合うようにして、抱かれている僕は、左腕だけ真後ろに向けて、聖炎を放ちます。

 

 「よくあれで、魔法が命中するよね」

 「それだけ、二人の息が合ってるって事だと思うよ」


 僕はゾンビの姿を見ないと決めています。

 なので、魔法が当たる場所への位置調整はシアさんに全て任せていますので、僕は、真後ろに魔法を放つだけですね。


 「この通路は終わり」

 「本当ですか?」

 「うん、ユアン頑張った」


 本当に頑張りましたよ!

 だって、この通路だけで聖炎をニ十発ほど撃ちましたからね!

 でも、聖炎は聖魔法で珍しいってだけで、魔力の消費は少ないので疲れてはいませんけどね。

 まぁ、このエリアに入ってからどれだけ使ったのかはわかりませんけどね。

 それでも、魔力的には問題はありません。

 それにしても、数だけは凄いですね……。


 「でも、ユアンが頑張ったお陰で扉が見えてきた」

 「うぅ……やっとですか」


 ようやくこのエリアも終わりみたいで、次のエリアに続く扉を僕たちは発見しました。


 「ボス部屋……ではなさそうですね」

 

 がっかりしました……。

 こんなエリアさっさと終わりにしたいのに、まだ先があるみたいです。


 「何か変な場所に着いたね」

 「不気味な雰囲気です」

 「何か、見覚えがある」

 「見覚えがあるというか……ここ、僕たちのお家じゃないですか?」


 扉を抜けた先は、僕たちのお家でした。

 いえ、正確には違いますね。

 壁の装飾や扉の数などが少し違います。

 ただ、僕たちのお家にそっくりな気がするのです。

 

 「うーん……造りは一緒かな?」

 「玄関ホールに、本館へと続く階段なんかは一緒だね」

 「もしかしたら、貴族のお家って似たような造りなのですかね?」

 「私の家は違ったけどね」


 謎は深まるばかりです。

 まぁ、でも僕たちのお家じゃないみたいですし、何処かに先に繋がる場所があるはずです。

 まずは、そこを見つけないといけませんね。。


 「では、何処を探せばいいのかわかりませんし、初日にお家を回ったように順番に……」


 扉を開けて調べて行きましょう。

 と言い切る前に、玄関ホールに声が響き渡りました。


 「やぁ……いらっしゃい……」


 暗く、掠れるような男性の声が響いたのです。


 「だ、誰ですか?」

 「ここは悲劇の館。脱出したければ、鍵をみつけ、地下へと続く入り口を見つけ出せ」

 

 しかし、僕の質問に答える訳ではなく、擦れた声の男性は淡々と話しています。

 そして、それだけ伝えると男性の声は聞こえなくなり、玄関ホールに静けさが訪れました。


 「鍵って言ったよね?」

 「うん」

 「この広い場所から探すの?」

 「それしかなさそうですね」


 僕たちのお家と同じ大きさがあるとしたら、鍵がどれほどの大きさかはわかりませんが、凄く骨が折れそうですね。


 「あ、そうそう!」

 「わっ、何ですかいきなり!」


 び、びっくりしました!

 また、いきなり玄関ホールに男性の声が響き渡ったのです。

 てっきり、もう現れないかと思ったので完全に油断していました。


 「ごめんごめん。この館には魔物は出ないから安心して欲しい事を伝えたくてね。その代わり、君たちが喜んでくれる楽しいイベントを用意したから十分に楽しんでね? それじゃ、頑張ってね」


 さっきは無視した癖に、今度はやたらと親し気に話しかけてきたのがちょっと腹が立ちますね!


 「けど、私達と会話が出来るって事は、生きている人なのかな?」

 「魔物って感じもしなかったね」

 「ダンジョンマスターかも」

 「このダンジョンを管理する人ですか」


 という事はですよ?

 もしかしたら、ここを突破出来ればこのダンジョンも終わりなのかもしれませんね。


 「あっ、違うよ。僕はダンジョンマスターではないから勘違いしないでね?」

 「まだ居たのですか……」

 「まぁ、君たちの事は見ているからね?」


 どうやら面倒くさい人?に絡まれてしまったみたいですね。


 「ですが、ダンジョンマスターでないとすると、アナタは何者なのですか?」

 「それは、出会った時のお楽しみかな」


 流石にそこまでは教えてくれませんか。


 「まぁ、変な人は置いておいて、鍵を探しましょうか」

 「そうだね。それで、どうする? 魔物は出ないみたいだし、二手に分かれた方が早く見つかりそうだけど」


 確かに、スノーさんの言う通りですね。


 「ですが、あの声を信じていいのですかね?」

 「危険」

 「まぁ、そうだよね」

 「ですが、私達にはユアンさんの防御魔法があるし、幾つか部屋を探索したら合流して報告すれば大丈夫じゃないかな?」


 キアラちゃんも大胆な発想が思い浮かぶようになりましたね。

 ですが、キアラちゃんの言う方法なら安全をある程度確保しつつ、情報を交換できますね。


 「組み合わせはどうする?」

 「僕とシアさんが分かれれば念話とかでお互いの位置は把握できますけど……」

 「ふふっ、シアさんと一緒がいいんだよね?」

 「まぁ、はい……」


 直ぐにバレてしまいました。

 ですが、これには訳があります。

 屋敷の中は灯りはありますが、薄暗い雰囲気で不気味さが漂っています。

 キアラちゃんもちょっと怖いみたいなので怖い者同士が組んでも先に中々進めなさそうですし、スノーさんはちょっと頼りないというか……。


 「わかる。スノーと二人だと逆に不安」

 「どういう意味かな?」

 「スノーさん仕方ないよ。スノーさんは時々抜けてるから……」

 「え……キアラまでそういう事言う?」

 「だって、実際に魔の森で蜘蛛に追われた時は大変だったんだからね?」


 スノーさんもあの時は放心状態でしたからね。

 僕も必死だったので、あまり覚えていませんが、スノーさんが変な事を口走っていたのは微かに覚えています。


 「虫は苦手だけど、こういうホラーは平気だよ」

 「え、何でですか?」

 「何でって……だって、ゴーストにしろスケルトンにしろゾンビにしろ、魔物は魔物でしょ? まぁ、ゾンビは汚れるから嫌だけどね」

 「その理屈でいえば虫は虫」

 「いや、虫は虫の時点で嫌だし!」


 ともあれ、スノーさんは怖くないみたいですね。


 「ま、組み合わせ的に私とキアラ、ユアンとシアの方がキアラとユアンが安心できるだろうし、その組み合わせでいいと思うよ」

 「そうですね。別に離れ離れって訳ではありませんし、何か問題があれば合流して一緒に進めばいいだけですしね」

 「それじゃ、その組み合わせでいいのかな? 準備が出来たのなら直ぐに始めるけど」」

 「はい……って勝手に話に混ざらないで貰えますか?」


 誰かと思えば、さっきの声の人がちゃっかりと会話に参加しようとしてきます!

 正直、うっとおしいです!


 「まぁ、僕も退屈だからね?」

 「知りませんよ、そっちの都合なんて」

 

 僕たちは忙しいですからね。

 声の人が退屈だろうと、僕たちには関係ありません。

 

 「ま、これから楽しませて貰うからいいけどね。それじゃ、始めるよ?」

 「わかりました……って始めるって何をですか?」

 「それは宝さがしをさ。それじゃ、二手に分かれて頑張ってね」


 ゴゴゴゴゴッ!


 屋敷が揺れ始めました。


 「ユアン! こっちくる!」

 「キアラ、離れて!」


 シアさんとスノーさんが何かに気が付いたようで、僕とキアラちゃんの腕をそれぞれ握り、飛びのきました。

 そして、それと同時に玄関ホールを遮断するように壁が地面から生まれてきました。

 

 「シアさん、ありがとうございます」

 「うん。けど、完全に遮断された」


 揺れが完全に治まり、当たりの状況を伺うと、僕たちの前に綺麗に壁が出来上がっているのがわかりました。

 

 「階段の方も……遮断されていそうですね」

 

 どんな方法を使ったのかわかりませんが、屋敷を真っ二つにしたように壁が地上から天井まで伸びています。

 

 「隙間もない」

 「となると、二人と直ぐに合流するのは厳しそうですね……」


 試しに二人の名前を呼びましたが、反応はありませんでした。

 正直、甘く見ていたのかもしれません。

 まさか、こんな事まで出来るとは僕は想像をしていませんでした。

 いえ……思えば、迷宮で僕が通路に入った途端に壁に隔たれ事がありましたし、その可能性がある事は事前にわかっていた事です。

 完全に油断していたと言えますね。


 「悔やんでも仕方ない」

 「そうですね。こんな事している間も二人に掛けた防御魔法の時間が経過していますからね」

 「うん。鍵を探しつつ、合流する」

 「はい。ですが、怖いので……手を繋いで貰ってもいいですか?」

 「うん。ユアンは私が護る」

 「はい、お願いしますね」


 こんな状況でも、シアさんが隣に居てくれるので安心できます。

 きっと、スノーさん達も大丈夫ですよね。

 二人は強いですから。

 冒険者としても恋人としても。


 「それに、宝探し。スノーに負けたくない」

 「シアさんってこんな状況でも負けず嫌いなのですね」

 「だめ?」

 「いえ、いい事だと思いますよ。僕も勝負だったら負けたくありませんからね!」


 二人の事は心配ですが、それ以上に信頼しています。

 きっと、二人も僕たちに負けまいと頑張るに違いありません!

 きっと……。


 「こうなったのは仕方ないし、折角だし楽しもうか」

 「もぉ、油断はしないでね? なんて言ってそうですね」

 「うん。ユアン、キアラの真似上手かった」

 「シアさんもスノーさんの真似上手かったですよ


 二人でスノーさんとキアラちゃんのモノマネです。

 きっと、こんな会話をしているような気がします。


 「では、行きましょうか」

 「うん。一つずつ探していく」

 「そうですね。どんな鍵なのかは見当がつきませんので、気づいた事があったら些細な事でも教えてくださいね?」

 「任せる」


 という訳で、二人と合流する為に鍵探しです!

 僕たちは順番に扉一つ一つを調べ、少しでも早く鍵をみつけ、二人に負けないように……ではなくて、二人と合流を図るのでした。

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