第236話 弓月の刻、砂漠エリアを突破する

 「この階層もこれで終わりですね」

 「余裕だった」

 「まぁね。まだ、余裕かな?」

 「油断はしちゃダメだからね?」


 砂漠のエリアを丸二日かけて横断すると、不自然な扉に辿り着きました。

 まぁ、三回目ともあってボス部屋だろうなとは思いましたが、案の定その扉はボス部屋に繋がっていて、大きなサソリを倒した所です。


 「今回はCランクの魔物だったけど、そろそろBランクの魔物は出てきてもおかしくはないね」

 「基準がわかりませんので何とも言えませんが、十分にありえますね」


 当たり前と言えば当たり前ですが、階層が深くなるほど魔物が強くなっていますが、Eランク相当の魔物も混ざっていたりと、強さに統一感はないのも変な感じがします。


 「もしかしたら、階層が深くなるほどじゃなくて、その地形に合わせた魔物が出てくるだけとかかな?」

 「それもありえますね。ともあれ、先に進まない事には何もわかりませんね」

 「その前に、アレ」


 シアさんが指さしたのはボスを倒した事で出現した宝箱でした。

 そういえば、それを楽しみに進んでいるのでしたね!


 「今度はどっちが開ける?」

 「私達はいい」


 シアさんは最初に、スノーさんは前回開けましたからね。

 今度は僕かキアラちゃんの番になります。


 「キアラちゃん、先に開けてもいいですよ?」

 「え? ユアンさんはいいの?」

 「はい、僕は大事な人を手に入れましたからね!」

 「私」


 ダンジョンに潜った事によって、シアさんを手に入れました!

 あれですよ、愛ってやつですよ?

 僕にはまだよくわかりませんが、どんな宝物よりも大事な物だというのはわかります。


 「すっかりその気になってるね」

 「ユアンさんがシアさんを見る目が変わったよね」

 

 むー……そんな事はありませんよ。

 僕は僕、シアさんはシアさんですからね。

 ちょっと、前よりもスキンシップが増えたくらいです。

 休憩の時とか腕を組んでみたりするくらいです。


 「じゃあ、ユアンさんがそう言ってくれるのなら私が開けるね?」

 「はい。一応、罠が仕掛けられている可能性もあるので、気をつけてくださいね?」

 「うぅ……怖い事言わないでよぉ」


 ダンジョンではよくある話と聞きますからね。

 宝箱だと思って開けたら毒矢が飛んで来たり、中に魔物が潜んでいたりするのは割と有名らしいです。


 「それじゃ、開けるね?」


 恐る恐るキアラちゃんが宝箱をゆっくりと罠が仕掛けられていないか確かめるように開けます。

 ちなみにですが、僕の危険察知では宝箱に罠らしき反応はないので、安全だとわかっていますけどね。

 ですが、そのドキドキも宝箱を開ける楽しみだと思うので内緒にしておきます。


 「ユアン、意地悪になった」

 「そんな事ないですよ?」

 

 けど、シアさんにはバレバレみたいですね。

 ですが、シアさんもキアラちゃんの反応を楽しんでいるみたいで、キアラちゃんに教えてあげません。


 「うー……怖いよぉ」


腰を引きながら、弓矢の先端で頑張って開けようとしているのは凄く可愛らしい光景に見えます。


 「キアラがんばれ」

 「頑張ってるよ!」


 矢じりの部分を宝箱のフタに引っ掛けては外れてを繰り返し、宝箱のフタがパカパカしています。

 仮に罠が仕掛けられていたら、あれだけ蓋を動かせばとっくに反応していそうなものですが、キアラちゃんは気付いていないみたいですね。


 「よし、これで……開いた!」


 宝箱と格闘する事、一分くらいでしょうか。ようやく宝箱の蓋が空きました。


 「中身は?」

 「うん、ちょっと待ってね」


 開いてしまえば怖くないようで、キアラちゃんが宝箱の中身を取り出します。


 「わっ!」

 「きゃっ!」


 それに合わせて、スノーさんが後ろからキアラちゃんを脅かしました。


 「ふふっ、びっくりした?」

 「……後で、許さないからね」


 涙目になりながら、キアラちゃんがスノーさんを睨みつけています。 

 怖さよりも可愛さの方が上回っているので、迫力はありませんけどね。

 まぁ、怖い所にあんなことをされたら僕でも怒ると思いますけどね。

 二人が後で喧嘩にならなければいいですけど……っと思いましたが……。


 「ごめんってば~」

 「知らない。暫くスノーさんは一人で寝ればいいと思うよ!」


 キアラちゃんはご立腹の様子です。


 「それじゃ、キアラちゃんたまには僕たち三人で寝ますか?」

 「いいの!?」

 「うん。スノーが悪い。キアラは悪くない。スノーには罰を与えるべき」

 「えっ? ちょっとした冗談なのに!」


 そうは言っても、嫌がる事はしてはいけませんからね。

 スノーさんには反省して貰う事が決まり、スノーさんが慌てて、へこんで、キアラちゃんに必死で謝るのを無視しながら、ようやくキアラちゃんが宝箱から何かを取り出しました。


 「これは……矢筒だね」

 「キアラちゃんにぴったしのアイテムですね」

 「問題は性能」

 「ねー……無視しないでよ」


 スノーさんだけ別の事に関心が向いていますが、別に無視している訳ではありませんよ。

 ただ、キアラちゃんの手に握られた矢筒に興味が移っただけです。


 「収納機能は……なさそうだね」

 

 キアラちゃんが弓矢を手に入れた矢筒に移していますが、特に変わった様子はありません。

 

 「ねぇ?」

 

 ですが、矢筒からは魔力が伝わってきますので、魔法道具マジックアイテムなのは間違いなさそうなのですよね。

 

 「ねぇ、聞いてよ」


 キアラちゃんに頼み、矢筒を見せてもらうと、内側に魔法文字……いえ、古代文字が刻まれているのもわかりました。

 ということは古代魔法道具アーティファクトという事になりますね。


 「ねぇ……」

 「もぉ、スノーさん何なの? 後で構ってあげるからちょっと待ってて?」


 スノーさんがいい加減に鬱陶しかったのか、キアラちゃんがスノーさんを窘めます。

 ですが、スノーさんは真剣な顔をしていました。


 「いやさ、さっきからキアラの精霊が反応してるから、もしかしたら意味があるのかなって」

 「え?」


 僕の目には見えませんが、精霊さんがぶんぶんと飛び回る気配が何となく伝わってきます。


 「もしかして、精霊さんと関係があるの?……うん、うん……え?」


 キアラちゃんが独り言を呟くように精霊さんと話をしています。


 「精霊さんは何て言っているのですか?」


 精霊さんの声は僕とシアさんには聞こえないので、精霊さんが行っている事を通訳してもらいます。


「この中に入りたいって……大丈夫なのかな?」

 「どうだろう。だけど、精霊さんは入りたいって言うのなら大丈夫じゃない?」

 「だけど、心配だよ」


 さっきまでスノーさんの事を怒っていたのが嘘のように普通に会話をしていますね。

 自然と会話に加わるあたり、スノーさんの方がキアラちゃんより一枚上手って事でしょうか?

 それはさておき、今は手に入れた矢筒の事ですね。


 「僕の見た所ですが、特に害するようなことはないと思います。ただ、古代文字は全て解読できていないので確実とも言えませんけど……」

 「試すだけ試せばいい。危険が及びそうならやめる」

 「そうだよね……精霊さん、危ないと思ったらすぐにやめてね? あ、ちょっとダメだよ!」


 キアラちゃんの慌て具合を見るに、キアラちゃんが許可を出すと同時に精霊さんは矢筒に飛び込んでしまったみたいです。


 「精霊さん! だいじょうー……きゃっ!」


 キアラちゃんが矢筒を覗き込むと同時、矢筒の口から水が溢れ出るようにして魔力が漏れ出しました。


 「す、すごい魔力ですね」

 「私でもわかる」

 「私もわかるくらいだし……すごい、のかな?」


 凄いですよ!

 流石、古代魔法道具アーティファクトなだけあります!

 質としては濃くはありませんが、さらさらとしたそよ風が流れるような魔力が溢れ出ています。


 「キアラちゃん、上手く調整した方がいいですよ」

 「あ、うん。やってみる……」


 ですが、魔力が漏れるという事は制御出来ていない証拠でもあります。

 本来ならば、流れ出た魔力は矢筒に収まっていなければいけないと思います。


 「精霊さん、手伝って!」


 精霊さんは無事みたいですね。

 今は、矢筒の中でキアラちゃんと共に魔力の調整を頑張っているみたいです。


 「キアラちゃん、もう少しですよ!」

 「キアラ、頑張って!」

 「う、うん……」


 徐々に漏れ出す魔力が治まってきました。


 「こ、こうかな?」

 「はい、そんな感じです!」

 「どんな感じ?」

 「えっと……自分の魔力を繋いで、押し込み蓋をするような?」

 「全然、理解できないんだけど……」


 それは感覚ですからね。

 口で説明してもわからないと思います。

 魔力をある程度自由に扱えないとわからない表現ですね。

 例えば、国境で僕が魔法を教えたように、無属性魔法で色んな形を作ったように。


 「はぁはぁ……どうにか、納まったかな?」

 「はい、まだ少し甘いですが問題ないと思います」

 

 魔力がまだ漏れているのがわかりますが、誤差と言っていいほどだと思います。

 漏れ出す魔力よりも、精霊さんが生み出す魔力の方が高いので魔力不足にならない意味での誤差ですね。


 「それで、何が出来るの?」

 「えっと……手を入れろって? これを出せばいいんだね?」


 精霊さんの指示に従い、キアラちゃんが矢筒に手を入れ、何かを引っ張り出しました。


 「何も見えない」

 「私も」

 

 キアラちゃんが胸の前で握りこぶしを作っている、二人にはそう見えるみたいですね。


 「見えないのは仕方ないですよ」

 「どうして?」

 「キアラちゃんが魔力で出来た矢を握っているからです」

 「そうなの?」

 「そうみたい」


 僕にははっきりと矢の形が見えます。

 キアラちゃんは曖昧に見えるみたいで、細長い棒を握っているのがわかるくらいのようですね。


 「つまりは不可視の矢って事かな?」

 「私にもはっきりと見えないのは不安だね」

 「練習次第ですね。ですが、キアラちゃんなら見えなくても問題ないと思いますよ」

 「そうなのかな?」

 「はい、精霊さんがちゃんと矢の形に整えてくれているので、いつもの感覚で射ってみればいいと思います」

 「そうなんだね」


 けど、それがまた難しいみたいですね。

 感覚といっても、どうしても目で握った棒を確かめるように見てしまうみたいで、上手く番える事が出来ないみたいです。


 「いっその事目を瞑る」

 「やってみます」


 集中するように息を深く吸い込み……息を吐かずに止めました。


 「んっ!」


 シュパッ!


 キアラちゃんが弦を弾くと、まさに風を切った音が僕の耳に届きました。


 「ど、どうなったの?」

 「途中で消えましたね」

 「どれくらいで?」

 「えっと、大体三十メートルくらいでしょうか?」


 距離は正確にはわかりません。

 だって、普通の矢よりも遥かに速く、目でまともに追えませんでしたからね。


 「そっか……当たる距離、速さ、飛ぶ場所、その感覚を掴まないとダメそうだね」

 「そうですね。ですが、使い道はありそうですね」

 「うん。普通の矢と使い分け出来たらいい感じかも!」


 キアラちゃんが嬉しそうにしています。

 

 「けど、随分と都合がいいよね」

 「うん。開ける人の専用武器が入ってる」

 「たまたまですかね?」

 

 確かに、キアラちゃんは大当たりといえるものが手に入りましたし、スノーさんも形を気にしなければ有用な物が手に入りました。

 

 「私の外れ?」

 「案外そうではないかもしれませんよ?」

 「けど、魔法道具マジックアイテムですらない」

 「そうですけど……まだ、ダンジョンは続いていますし、もしかしたらシアさんに合ったものが手に入るかもですよ」


 最初の階層は練習みたいな所でしたし、流石に誰でも突破できるようで凄いお宝を手に入れれるとは思えませんしね。


 「頑張る。けど、次はユアン」

 「そうですねー……。開けるだけなら開けてみたいですね」


 中身は使える人が使うって話ですので、僕がいいお宝を引き当てて、シアさんにプレゼントすればいいだけです!

 えへへっ、シアさんが喜んでくれたら嬉しいですよね!


 「ユアン……顔が緩んでるよ」

 「前よりも考えている事がわかりやすいよね」

 「そ、そんな事ないですよ!」


 危ないです。

ここで僕の計画がバレてしまったら、折角のプレゼントが台無しになってしまいますからね!

 シアさんが驚いて、喜んでくれる姿が見られなくなってしまいます!


 「では、次はセーフエリアだと思うので少し休みましょうか」

 「うん。砂漠は疲れた」

 「足がとられるのはきつかったね」

 「靴の中も砂だらけだし、砂埃まみれだからお風呂も入りたいね」


 となると、一度セーフエリアからお家に帰るのもありかもしれませんね。

 その辺はみんなと決めるとして、無事に砂漠エリアも攻略出来ましたね。

 次はどんなエリアが待っているのか、期待と不安を膨らませて僕たちは砂漠エリアを後にするのでした。

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