第234話 幸せなひととき

 「た、ただいまです……良かった。誰も居ないですね」

 

 結局の所、陽が昇るまでシアさんと湖面を眺め、過ごしてしまいました。

 まぁ、流石にキアラちゃん達はまだ眠っている時間だと思いますので、静かに帰宅しましたよ。

 予想通り、転移魔法陣から戻っても、転移魔法陣の前で待ち構えているような事はありませんでした。

 地下から二階にあがると、シアさんと仲直り……というか更に深い関係になれた安心からかお腹が凄く空いてしまいました。

 今思い返せば、ダンジョンから戻りちゃんとご飯を食べたのは初日の夜くらいでしたからね。

 シアさんとすれ違っていた時は何も感じませんでしたが、不思議なものです。

 

 「遅い……」

 「ひっ!」


 早めの朝食をと思い、リビングへと戻ると目の下に隈を作ったスノーさんが座っていました。


 「一体、何時だと思ってるの? 連絡もしないで……」


 スノーさんの表情を見れば、一睡もしていないのがわかります。

 その表情が怖くて、僕はシアさんの後ろに隠れました。


 「スノー、ユアンが怯える。正直、怖い。アンデットみたい」

 「アンデットって……本当に心配したんだけど! まぁ、その様子からすると……上手くいったみたいだけどさ」


 何処まで気付いているのかはわかりませんが、仲直りした事には気づいたみたいですね。


 「キアラ、ユアン達が戻ったよ」

 「ん……」


 アンデットと化したスノーさんが寄り添うように眠っていたキアラちゃんを優しく揺すっています。


 「キアラ」

 「ん……あ、、、スノーさんおはよう」

 「うん、おはよう」

 「私、眠っちゃったみたい」

 「大丈夫だよ。それよりも、ほら」


 眠たそうに眼を擦っていたキアラちゃんがスノーさんに促され、視線を僕たちに移すと、眠たそうだったのが嘘のように目を大きく開きました。


 「ユアンさん! 良かった……無事だったんだね」

 「はい、ご心配をおけしました。この通り、元気ですよ」

 「うん、スノーさんがごめんね? 余分な事をシアさんに吹き込んだから……」

 「そんな事はありませんよ。結果的に……シアさんと仲良くなれましたから」


 シアさんと変な感じに一時はなりましたが、終わりよければ全てよしってやつです。

 前よりも良好な関係を築くことが出来ましたからね。


 「それで、どうなったかは聞かせてくれるんだよね?」

 「え……どうもこうもありませんよ?」

 「何もないのに、家の中で手を繋ぐの?」

 「そ、それはですね。外が寒くて手が冷えてしまって……」


 戻ったら戻ったでいきなり僕とシアさんの事を追及してきます。

 傍からみると、そんなに仲良さそうに見えるのでしょうか?


 「それで、ちゅーまではした?」

 「ど、どうしてそんな事まで聞くのですか! 流石に……そんな事は……」


 言えません。

 してないと言うのは嘘になりますので、僕は言葉をそこで切りました。


 「ユアンはそう言うけど、実際どうなの?」

 「した」

 「し、シアさん!」


 僕が誤魔化そうとしているのに、シアさんはあっさりと暴露してしまいました!


 「事実。私とユアンは恋人。隠す必要もない。隠したくもない。ユアンは私のユアン。公表した方が変な虫がつかない」

 

 むぅ……。

 シアさんがそう言ってくれるのはすごく嬉しいですけど、二人から注がれる視線が凄く恥ずかしいです。


 「ユアンさん。それは本当って事でいいの? シアさんだけの一方的な想いじゃない?」

 「だね。シアの勘違いって可能性もあるし、ユアンからはっきり聞かない事には信じられないかな」

 「そ、それは……」


 ど、どうしてそんな事まで口にしなければいけないのでしょうか……。

 僕はシアさんとひっそりと関係を大事に出来ればそれで十分ですのに……。


 「何も言わないって事は、シアの勘違い?」

 「ユアンさんはその気はないって事? 本当はシアさんの事が好きじゃないとー……」

 「そんな事はないです! 僕は、シアさんの事が大好きです!」


 けど、僕とシアさんの関係を、僕の気持ちを疑われるのは嫌です。

 それに、口に出さないと伝わらない事があるのは今回の事で学びました。

 

 「僕は、愛とか恋とかってよくわかりません。だけど、シアさんと一緒に居ると安心できて、ドキドキします。これが、そうなのかはわかりませんが、シアさんと一緒に居ればきっとその答えが見つかるのだと思っています」


 シアさんは僕に愛というもの、恋というものを教えてくれると約束してくれました。

 今は、恋人らしい振る舞いは出来ないかもしれませんが、いつか胸を張ってシアさんの恋人だと言えるようになりたいです。


 「ふふっ、良かった良かった」

 「二人に限って別れる事はないと思ったけど、ユアンさんの口から聞けたのなら安心だね」


 僕の気持ちは二人に伝わったみたいです。

 だけど、スノーさんにやにやして、キアラちゃんがニコニコとしています。

 うー……僕の言った言葉に嘘はないですが、本心なだけにそんな顔をされると凄く照れくさいです。


 「そ、それよりも……今日はダンジョンに挑む日ですよ? 二人の準備は大丈夫なのですか?」

 

 そんな時には話題を逸らす!

 これが一番です!


 「流石に無理じゃないかな?」

 「私は少しだけ眠ったけど、スノーさんもユアンさんもシアさんも、一睡もしていないよね? そんな状態でダンジョンに挑むのは危険だと思うよ」


 確かにそうですね。

 今の僕はまだ眠気というのはありませんが、お腹が膨れたらわかりません。

 眠気は注意力を下げますし、集中力の低下は油断と危険を生みますからね。

 

 「けど、二人の都合は大丈夫なのですか?」

 

 しかし、問題となってくるのはスノーさんとキアラちゃんの休みです。

 僕とシアさんは自由が利きますけど、二人の仕事はアカネさんがある程度やってくれているので、休みが増えたりズレたりするとアカネさんの負担にもなります。


 「その辺は大丈夫かな。少し休んだら仕事に行くつもりだし」

 「そうですか。それなら、出発は明日って事で大丈夫ですか?」

 「うん、大丈夫だよ。アカネさんに伝えて調整するね」

 

 ダンジョンに潜るのは明日に変更となりました。

 それと同時に、話題も逸らせたので良かったです!


 「それじゃ、二人も無理しないようにしてくださいね?」

 「うん、ユアンさん達もね?」

 「あんまり二人でイチャイチャして明日に支障をきたさないようにね?」


 あれ、話題が戻りました!?

 

 「気をつける」

 「ちゃんと休みますから大丈夫です!」


 もちろん、シアさんとこの後一緒に寝る約束をしていますので、二人で居ますけど、ただ一緒に寝るだけで明日に支障をきたす事なんてありませんからね。

 

 「では、おやすみなさい」

 「おやすみ」


 朝なのにおやすみって変な感じがしますけどね。

 スノーさん達も少し休んだら仕事に行くと言っていましたので、朝食は収納魔法にしまってある物で済ました方が良さそうですね。

 決して、リビングで食べたら色々と聞かれそうとか思った訳ではないですよ?

 スノーさん達に見送られ、僕たちはリビングを後にします。

 けど、その前に。


 「えっと、二人とも心配してくれてありがとうございました。改めてですが……シアさんと……恋人という関係になりました。僕たちは僕たちでこの先に困難を迎える事があるかもしれませんが、頑張りますので……よろしくお願いします」


 迷惑かけてしまった事に謝罪と僕たちを心配してくれた事に感謝を伝えます。

 そして、僕の口からもシアさんとの関係を改めて伝えさせて貰いました。

 スノーさんとキアラちゃんも恋人という関係ですが、カップル同士がパーティーというのも後々問題になるかもしれませんからね。

 その辺もみんなで考えなければいけないと思います。

 恋人同士だからと言って、野営の順番や組み合わせが偏るのは別の話だと思いますので。

 

 「うん。私もごめんね。私がシアに変なアドバイスをしちゃったからね。けど、結果的にそうなってくれて良かった……幸せにね」

 「言われなくても。スノー達よりも幸せになる」

 「ふふっ、シア達には負けないよ?」


 てっきりスノーさんから茶化されるかと思いましたが、素直に祝福の言葉を送ってくれました。


 「私も応援してるよ。私達もエルフと人族で困難を迎える事があると思うの。だけど、スノーさんと二人、ユアンさんとシアさんと一緒なら頑張れると思う。二人が大変な時は私達も力になるから相談してね?」

 「はい、僕たちもスノーさん達に困難が訪れた時は力になります。この先も、みんなで笑っていられるように一緒に頑張りましょう」


 黒天狐と影狼族。

 僕たちに困難が訪れるとした、僕たちに流れる血です。

 それと同じように、エルフのキアラちゃん、人族のスノーさん達も種族の違いから困難が訪れる事は容易に想像できます。

 それを乗り越える為には、二人よりも三人、三人よりも四人と信頼できる仲間が居れば居るほど乗り越えられると思います。

 

 「シアさん、一緒のお布団でいいのですよね?」

 「もちろん」


 スノーさん達と別れ、軽く朝食を食べた僕たちはベッドの前に立っていました。

 今更確認する必要もないと思いますが、何故か緊張して、シアさんにそう尋ねてしまいました。


 「ユアン、おいで?」

 

 先にお布団に潜り込んだシアさんが両手を広げて僕を誘います。


 「失礼しますね」


 緊張していたのが嘘のように、吸い込まれる様に僕は迷わずにシアさんが広げた腕の中に倒れこみます。

 

 「ユアンの匂い」

 「シアさんの温もり」


 たった、数日一緒に寝なかっただけなのに、懐かしく思えました。

 当たり前だと思っていた事が当たり前じゃなくなった時、失った時の代償は大きいという事ですね。


 「今日は離さない」

 「僕もですよ」


 だからこそ、今を大切にしなければいけないと強く思いました。

 まるで、指の間から零れ落ちる砂のように、大事な物を気付かないうちに失っていると知ったから。


 「ユアンおやすみ」

 「え、もう寝ちゃうのですか?」

 「うん。ユアンも眠いはず」

 「眠いですけど……その前に、その……」

 「何?」


 シアさんが笑っています。

 

 「むぅ……言わなくてもわかる癖に酷いです」

 「ごめん。だけど、ユアンは言った、口にしないと伝わらないって」


 ここでそれを引き合いに使うのは本当にずるいです!


 「そうですけど……」

 「ユアン、可愛い。意地悪してごめん」

 

 僕の方こそ、言えないでごめんなさい。

 シアさんはちゃんと察してくれていて、僕に顔を近づけ……。


 「ちゅっ」


 おでこにキスをしてくれました。


 「え……?」

 「満足?」

 「むぅ……そこは違いますよぉ。ちゃんと、口に……して欲しいです」

 「わかった」


 もぉ!

 絶対に僕に言わせようとしてましたね!

 けど、今度はちゃんと口にしてくれました。


 「おやすみ」

 「はい、おやすみなさい」


 恋人となった初めての夜……ではなくて朝ですね。

 けど、朝も夜もは関係ありません。

 大好きな人と過ごせる時間、それだけで凄く幸せに思えます。

 もしかしたら……ううん。

 もしかしなくても今までで一番、今の僕は幸せです。

 幸せと思う瞬間は沢山ありました。

 だけど、そのどれよりも大きく上回る幸せがここにありました。

 けど、これが人生で一番の幸せではないと思います。

 シアさんと一緒ならそう思える日が何度もきっと訪れる。

 そう夢見ながら、僕たちは広いベッドの中、小さく眠るのでした。

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