第233話 月が綺麗ですね
「ちょっと、話がある」
そう言ったシアさんがゆっくりと僕の元に歩いてきます。
いつになく真剣な表情が何処か怖くて、僕は思わずそれに合わせて後ずさるも、あっという間に距離は縮まってしまいます。
このままでは、シアさんの口から別れを告げられる。
そんな気がした僕はー……。
「っ! て、転移魔法!」
転移魔法を使ってこの場から立ち去る事を決めました。
「させない」
しかし、転移魔法を使う前にシアさんに腕を掴まれてしまいます。
「は、離してください!」
「ダメ。ちゃんと話を聞いて貰えるまで逃がさない」
シアさんの腕を振りほどこうとしますが、シアさんは逃がしてくれる様子はなく、力でも俊敏さでも、身体能力で敵うはずがなく僕の些細な抵抗は無駄に終わりました。
「う……うぅ……」
「ユアン、泣かないで欲しい」
そうは言いますが、自然と涙が溢れてくるのでどうしようもありません。
「ユアン私はー……」
このままだと全てが終わってしまう。
この後すぐ、シアさんから告げられる言葉、それが怖くて、聞きたくなくて僕はシアさんの話を先延ばしにする為に先に口を開きます。
「し、シアさん……そ、そんな格好で外に居たら……風邪ひいちゃいますよ」
「平気」
「そうは言っても……そのままというのは良くないです。一度、お家に戻って……」
「平気。ユアンに話を聞いて貰えるまで帰らない」
「なら、せめて暖かい格好をしてー……」
「いい」
僕の話は聞いては貰えないみたいです。
「でも……」
「いいの。それよりも私の話を聞いて。私は、ユアンに謝らなければいけない事がある」
僕に謝る事?
やっぱり……。
僕との契約を解消したいとかそういう話みたいです。
「シアさんの気持ち……よく、わかりました。こんな僕ですが、今までありがとうございました」
「え?」
「シアさんと出会ってから、毎日が楽しくて、成長させてもらえて、頑張って来れました……」
「ユアン?」
「だけど、シアさんに甘えてばかりの僕が悪かったのです。そのせいで、こんな事になってしまったのですよね……。だから、最後は笑って……」
笑って、別れを。
だけど……だけど、涙が止まらず……。
これじゃ、フルールさんに言った事も守れそうにありませんね。
シアさんに別れを告げられても、謝って、許して貰って、一緒に居てもらえるように頼むと……けど、いざシアさんを目の前にしたら言えなくなってしまいました。
僕は、弱虫みたいです。
「違う! 私は、そんな話をしたいわけじゃない」
「シアさん?」
「ユアンは悪くない。悪いのは……私」
「シアさんは悪くないですよ。僕が、シアさんの気持ちを考えず、甘えていたのが原因で」
「違う。悪いのは私。私こそユアンの事を傷つける事をした」
「違いますよ。僕が」
「違うの。私が」
なんですか、この罪の被り合いみたいなのは。
けど、わかりますよ。
シアさんは僕が最後に傷つかないようにしようとしてくれているのだと思います。
「いいんですよ。そんなに僕に気を遣わなくても」
「気なんかつかってない。私が悪い。私はそれを謝りたいだけ。だから、最後とか言わないで欲しい……ユアンが許してくれるなら、私はユアンと離れたくない」
「シアさんこそ、僕の事を許してくれるのですか? まだ一緒に居てくれるのですか?」
「許すも何もない。本当に私が馬鹿だった。それだけだから」
シアさんの言葉、信じていいのでしょうか?
僕にはそれがわかりません。
「ユアンは本当に悪くない。だから、聞いて欲しい」
「わかりました」
シアさんがこうなった原因を話はじめました。
「私は、ユアンの気を引きたかった」
「僕のですか?」
「うん。スノーとキアラが恋人。二人の仲が特別なのは知っていた。だけど、二人の口からそれを聞いて、私は焦った」
「どうして焦るのですか?」
「それは……」
シアさんが口籠り、俯きました。
「シアさん?」
「ごめん。続き、話す」
そして、スノーさんのアドバイスを聞いたシアさんは僕から敢えて距離をとり、もう一度自分の事、僕の事を見つめなおそうと思ったみたいです。
「ユアンが居なくなって、キアラに言われた。ユアンが傷ついている。私は自分の事でいっぱいで、私の行動が、ユアンを、傷つけるなんて考えていなかった」
「そうだったのですね」
「このままユアンが居なくなる。そう考えただけで私は怖い。だから、許してくれるなら、私はまだユアンの傍に居たい」
「僕が、シアさんに嫌われた……訳ではない、のですよね?」
「私がユアンを嫌うわけない……そこは信じて欲しい……」
うー……良かったです。
僕はシアさんに嫌われた訳ではなくて、僕の勘違いでシアさんに迷惑をかけてしまったみたいです。
シアさんだけでなく、キアラちゃんにもスノーさんにも……。
「だから、ごめんなさい」
まだ、涙が溢れてきます。
何だか、泣いてばかりですね。
ですが、さっきとは違う意味での涙です。安心して流れてきただけです。
「良かった……よかったです。まだ、僕はシアさんと一緒に居ていいんですよね」
「うん。私こそ、ユアンと一緒に居ていいの? こんな酷い事をしたのに」
「いえ、僕もフルールさんに言われました。僕がシアさんを傷つけている。それはとても残酷な事だって」
「残酷? そんな事ない。私は、ユアンと一緒に居られれば……それだけで……」
その割には、シアさんはとても辛そうに見えます。
「やっぱり、辛そうです。シアさん、本当は……」
「違うの! ユアンと一緒に居たい気持ちは本当!」
「でも、そんなに辛そうにして」
自分の腕を掴み、プルプルと震えるのは寒さからじゃなさそうです。
何かを堪えるかのように、ぐっと俯き耐えているのです。
「辛くない。平気」
「いえ、凄く辛そうです。シアさんの事、ずっと見てきましたから、わかりますよ」
シアさんは表情豊かじゃなくても、僕にはわかります。
嬉しい時、悲しい時、辛い時。
今のシアさんは、影狼族の事で悩んでいた時に似ています。
自分の感情を出来るだけ抑え、僕に悟られないように、一人で抱えようとしているのです。
「平気」
「平気じゃないです」
「私の事は、気にしなくていい。ユアンが幸せなら私はそれが幸せ」
「僕だけ幸せになっても嬉しくありません。シアさんは言ってくれました。隣に居てくれると、ならシアさんも幸せになってくれないと、僕は幸せになれませんよ!」
自分だけ良ければいい。
そういう人も居るかもしれませんが、僕には無理です。
自分だけの幸せ。
それはとても寂しく、虚しいと思います。
「大丈夫、私は幸せだから」
「そんな訳ありませんよ! 本当に幸せなら、そんな風になりません!」
シアさんが辛い理由。
それが僕にはわかりませんが、自分の気持ちを押し殺している事はわかります。
「でも、これは私のわがまま。また、ユアンを傷つけるかもしれない」
「僕をですか? シアさん、僕は前に言いました。シアさんはもっと我儘言うべきだって」
「私はわがまま言ってる」
「そんな事ありませんよ! 今回だって我慢した結果がこれじゃないですか」
「……うん」
「それに、シアさん最近、朝起きても反対を向いて寝ちゃってますし……。僕、淋しかったんですよ?」
「それは……我慢、できなくなるから」
ほら、やっぱりじゃないですか!
最初の数回はベッドが広いからだと思っていましたが、あまりにも続くのでおかしいと思いました。
まぁ、その頃からシアさんが我慢していて、このような結果になってしまったのは、我慢させてしまっていた僕も悪いのですが……。
「なので、シアさんはもっと好きにするべきだと思いますよ。僕はシアさんにされて嫌な事はないですからね」
勿論、今回のようなことは嫌ですけどね。
けど、シアさんが僕に触れたり、喋ってくれたり、ギュっとしてくれるのは嫌じゃありません。
むしろ、もっとして欲しいくらいです。
「わかった。もう、我慢しない」
「はい、それでいい……ふぇ? シアさん?」
久しぶりにシアさんに触れてもらえました。
だけど、頭でもなく、ギュっとして貰えるわけでもなく、何故か包み込むように両手で僕の頬に触れ……。
「ユアン……」
そして、シアさんの顔が近づいて……。
「ん、んんんん!?」
え、ええ……。
僕たちは一体何を?
僕の唇に、シアさんの唇が触れて……。
これって、これって……。
「な……なな、何をー……」
何をするのですか……。
シアさんの顔が離れ、僕を真っすぐに見つめるシアさんにそういう前に、シアさんが先に口を開きます。
「私は、ユアンが好き。主としても、仲間としてもユアンが好き。だけど、それじゃ足りない。もっと特別になりたい。影狼族としては間違っているかもしれない。だけど、ユアンは言ってくれた。影狼族の血は関係ないって。だから、一人の人として、伝える。私は、誰よりもユアンを愛している」
愛してる。
シアさんの告白とも言える……いえ、告白です、よね?
その言葉が僕の頭に響き渡ります。
「だから、これからも、この先も、死ぬまで、生きている限り、ユアンの一番で居たい。ユアンの隣で最後の最後まで、ユアンと共に居たい。主と従者じゃなくて、恋人として!」
シアさんの言葉に、行動に頭が真っ白になり、何も考えられなくなってしまいました。
そして、僕が気づいた時、僕はシアさんに抱き着いていました。
「ユアン」
「あ……」
自分でもどうしてこのような行動をしたのはわかりませんでした。
けど、何となくですが、理解できた気がします。
もしかしたら、僕もずっと望んでいたのかもしれないのだと。
誰かに愛され、誰かを愛せる。
当たり前で、当たり前じゃない、心の奥底で隠れていた気持ちを。
「シアさん……」
「ごめん。こんな事言って」
「ううん。いいんです。僕、凄くいま幸せだと思えるのです」
「そう……」
「ねぇ、シアさん。僕は恋とか、愛とかってよくわかりません。なので、それを僕にもっと教えてくれたり、しますか? 僕がシアさんに同じことを言える日が、来るまで、いっぱいいっぱい教えて欲しいです」
愛というのは平等ではないと知っています。
望んでも手に入れられないもの。
知らないうちに失っているもの。
そういうものだとは知っています。
愛は人を選びます。
僕が与えられる人、僕に与えてくれる人。
それは限られた人だけ。
それを教えてくれるのはシアさんだけ。
愛というのはわかりませんが、シアさんじゃなければダメなんだと、僕にはわかります。
「シアさん、僕と恋人になってくれますか?」
「うん。私と、恋人になってほしい」
トレンティアの湖を丘に並び、眺めています。
「シアさん、年に数度しかこの光景は見られないみたいですよ」
「うん。凄く綺麗」
シアさんも僕と同じ光景を見えているらしく、凍る湖面、飛び交う精霊が彩る世界に感動してくれています。
「くちゅん」
「大丈夫ですか?」
「うん、平気」
シアさんが震えています。
「平気じゃないですよ。毛布がありますので……一緒に温まりましょう?」
「うん。寄っていい?」
「もぉ、今更遠慮何てしないでください。だって……僕たちは……」
「恋人」
「……です」
恥ずかしいです。
けど、まるで今の夜空みたく、澄み切った気持ちでもあります。
「月が綺麗ですね」
「うん。私達にとって大事な月。一生大切にする」
シアさんが身を寄せ、ぎゅっと僕の手を握ってきます。
僕もそれを握り返すと、シアさんがにこって笑ってくれました。
「やっぱりシアさんは笑ってる方が可愛いですね」
「ユアンも。泣いてるところも可愛いけど、笑ってる方がもっと可愛い」
「むぅ……泣かせたのはシアさんですからね?」
「ごめん」
「いいんですよ。これからは笑って過ごしますからね」
「うん。幸せにする」
「する、ではなくて、なるですよ。一緒に」
「そうだった」
隣に並んで座るシアさんに甘えるように、肩に頭を寄りかからせる。
もっと引っ付いていたい。
そんな気持ちが溢れてきます。
「尻尾、絡ませていい?」
「はい、いいですよ」
毛布の中でシアさんの尻尾が僕の尻尾に触れます。
お互いを撫で合うように、擦り合い、そして離れない、離さないといったようにシアさんの尻尾が僕の尻尾を握ってくれます。
凄く、ドキドキします。
シアさんも同じかな……。
「ユアン、照れてる」
「むぅ……シアさんこそ」
シアさんの顔を盗み見しようとしたら、シアさんも僕の方を見ていたみたいで、目が合いました。
顔が熱くなります。
シアさんの頬も赤く、潤んだような金色の綺麗な目に吸い込まれそうになります。
見つめあうだけで、気持ちが伝わるような気がしました。
シアさんがゆっくりと目を閉じる。
僕もそれに合わせて目を閉じる。
そしてー……。
僕達はこの日、恋人になりました。
二度と離れないと、誓いをたてて。
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