第231話 補助魔法使い、夜の散歩に出かける2
「それで、ユアンは落ち込んでいた訳ね」
「別に落ち込んではいませんよ……」
事の経緯、もしかしたらシアさんに避けられている、もしかしたら嫌われたのではないかと感じてしまった事を話しました。
「それで、最近っていつの事? 年を越すときは一緒に仲良く鐘をついているように見えたけど。もしかして、その時にはもう前兆はあったのかしら?」
「えっと、一昨日からです」
「一昨日!?」
フルールさんが驚いた声を出しました。
そうですよね。
もう三日もシアさんとしゃべっていないのです。それは驚くと思います。
「あのね……たった三日しゃべれなかったくらいで、落ち込むほどじゃないと思うんだけど」
「むぅ……たった三日って言いますけど、三日もですよ?」
いつも隣に居てくれた人と話せないどころか、ほとんど顔を合わせる事もできないとなると気になるのは仕方ないと思います。
「それじゃ、言わせて貰うけど。私なんてローゼと数十年……正確な数を数えるのも面倒なほど会話が出来なかったわよ!」
「え、数十年……ですか?」
「そうよ。昨年の事件が起きるまでずっと呼んでもらえなかったのだから」
「どうしてそんな事になっていたのですか?」
「それは私が……って今は私の事はいいわ。それよりもユアン達の事よ。それで、ユアンに思い当たる節はあるのかしら?」
「いえ、全くありません」
思い当たる節があれば、僕も納得できます。その理由が分かれば、許してもらえるかはわかりませんが、仲直りが出来なくとも、しっかりと謝りたいと思います。
「なるほどね……そもそもよ。ユアンはリンシアの事はどう思っているのよ」
「シアさんの事ですか? 勿論大切ですよ」
「大切ね……。それじゃ、その大切ってのは何が大切なのかしら?」
「何が、と言いますと?」
「友としてなのか、仲間としてなのか、それとも他の事に対してなのか、ユアンにとってリンシアがどのような存在なのか、どう思っているのかよ」
僕にとってのシアさんは……。
「わかりません。ただ、僕にとってシアさんはかけがえのない人です。他に代わり慣れる人はいない唯一無二の人だと思います」
「それをユアンはリンシアにちゃんと伝えたのかしら?」
「はい、伝えましたよ」
シアさんはシアさん。
ずっと一緒に居て貰いたい、これから先もよろしくお願いしますと伝えました。
それは偽りのない本心です。
「その時のユアンの立場は?」
「立場……ですか?」
「そうよ。貴女はリンシアという人を必要とした。それは、影狼族の主として? 弓月の刻の仲間として? それによっても意味は変わる。貴女にとってリンシアは駒でしかないのかしら?」
「そんな事はありません! シアさんはシアさんです。シアさんだからこそ一緒に居て貰いたいのです」
シアさんに一緒に居て貰いたいのに立場なんて必要はない。
僕はそう思います。
「けど、ユアンはリンシアにとって何なのかは、はっきりしていないのよね」
「それはそうですけど。今まで通りじゃダメなのですか? 僕にはシアさんが必要で、シアさんも僕を必要としてくれる関係というのは」
「ダメではないわよ。だけど、そのままの関係を貴女たちが望んでいるのかよ」
「僕は今のままでも……」
「本当に?」
「はい。シアさんと一緒に居られるのならそれだけで僕は十分です」
「リンシアはどうなのよ?」
「それは……わかりません」
シアさんの考えている事がわからなくて僕は戸惑っています。
それがわかれば、こんな事にはなっていません。
「ユアン、今貴女がやっている事は、とても残酷な事って理解してる?」
「僕がやっている事がですか?」
「そうよ。ユアンには自覚はないかもしれないけど、貴女がやっている事は、リンシアを傷つけているのよ」
「僕が、シアさんを傷つけている……僕が、何をしたって言うのですか?」
「何もしていない。だからこそ、傷つけているの」
「何もしていないのにですか?」
フルールさんの言っている事が全く理解できません。
何もしていないのに傷つく?
何もしていないのなら、何も起きないのでしょうか?
「ユアンは何でリンシアと一緒に行動していたのかしら?」
「それは、シアさんが一緒にいてくれる、一緒に居たいって言ってくれたからです」
「じゃあ、リンシアが一緒に居たくないと言ったらどうするのよ? リンシアの意見を尊重して離れ離れになるのかしら?」
「それは嫌です。その時は全力で引き留めます」
「そうよね。だけど、そうなった時はもう遅いけどね。それだけ、リンシアの気持ちがユアンから離れている証拠だから。もしかしたら、今はその前兆なのかもね」
「え……」
僕の勘違いではなく、もしかしたら本当にシアさんは僕から離れようとしている?
「ど、どうすればいいのですか!?」
「どうもこうもないわよ。自分の気持ちに素直になるだけだから」
「僕は素直なつもりですけど……」
「素直じゃないのよ。まぁ、そればかりは生きてきた過程があるから仕方ないと思うけど、ユアンはまだ殻に籠っている」
「殻に?」
「えぇ。忌み子と言われ育った貴女は本物の愛というものを知らない。自分なんかは役に立たない、存在するだけで人に迷惑をかける、だから愛される資格がない。きっとそんな気持ちが何処かにあるの。無自覚にね。だから、最後の殻一枚で防衛本能が働く。知らない事は怖い事だと」
僕にそんなつもりはありませんが、無自覚にシアさんが注いでくれる愛情を拒んでいる。
フルールさんはそう言います。
「愛って、何ですか?」
「人それぞれ、形のないものよ」
「人それぞれって事は誰にもわからないじゃないですよね」
「わかるわよ。通じ合う二人ならね……ちょっと着いてきなさい。面白い物をみせてあげる」
僕の返事を待たず、フルールさんは急に方向転換し一人歩いていってしまいます。
僕もそれに遅れないように、後を追いかけました。
「この時期、ほんのひと時だけ見れるものがある」
「こんな寒い時にですか?」
「そうよ……着いたわよ。ユアンも知っているでしょ、この場所は」
案内されたのは、トレンティアの特徴ともいえる、大きな湖でした。
「すごいです……」
そして、僕の目に映ったのは僕の知っている湖とは違う姿でした。
「湖一面の水が凍る日が年に数度だけ訪れる。ちょうど、今日はその日だったのよね」
夜空に浮かぶ月に照らされ、湖の表面がキラキラと輝いて反射しています。
「それと、今日は特別だからね? 目を閉じて」
フルールさんの言葉に従い、僕は目を瞑ると、僕の頭に手を置き、僕に魔力を流しました。
「開けていいわよ」
「はい……」
目を開けると、僕の目には驚きの光景が映り、僕は言葉を失いました。
「今日は精霊たちのお祭りの日。どう、すごいでしょ?」
「はい、とっても綺麗です」
赤、青、黄色、その他にも色んな色の球体が発光しながら凍る湖の上を飛び交っています。
けど、乱雑に飛び回るのではなくて、まるでダンスを踊るように、球体同士がペアとなり飛び回っているのです。
「精霊たちも生きているってわかるでしょ?」
「はい!」
「けどね、あの子達は精霊でも力の弱い子達。知恵という点では人の赤子と変わらない程度しかないのよね」
「そうなのですか? とてもそうは見えませんけど」
知恵がないのなら、あんな動きにはならないと思います。
もっと、適当に飛び回り、色んな精霊同士が交わったりしそうなものです。
「本能があるからね。精霊にも相性があり、本能に従い、生涯のパートナーを決めるの」
「でも、精霊さんって人と契約を結んだりしますよね?」
「するわね」
「そうなると離れ離れになっちゃいませんか?」
契約を結べば、その精霊は契約主と共に行動をします。
その時は離れ離れになってしまいます。
「まぁ、全ての精霊が精霊同士でパートナーを組む訳ではないからね。中には人に恋をする精霊だっているのよ。私みたいにね」
中には魔物と契約する精霊も極稀ですがいるみたいです。
「ちなみにだけど、スノーとキアラと契約した精霊同士はパートナーだから安心してね?」
「そうなのですか? けど、もしスノーさん達がバラバラになったら、精霊さん達もバラバラに……」
「ならないわよ。それを二人は生涯を共にする。そう確信していたのだから」
二人の仲は精霊さん達から見てもわかるくらいの繋がりがあるって事なのですかね?
羨ましいです……。
けど、精霊さん達って不思議な生き物なのですね。
精霊同士であったり、人であったり、魔物であったりと、色んな生き物と契約をするなんて……あれ?
「もしかして、これがフルールさんの言っていた愛の形ってやつですか?」
「そうかもしれないわね。ユアンから見て、精霊達の契約はおかしいと思う?」
「おかしいとは思いませんが、不思議ですね」
「そうね。けど、精霊達は自らの意志や本能で契約している。自分の生きる意味がそこにあると信じてね」
意外にも精霊さん達は行動的なのに驚きました。
静かに森の中で暮らしている。
そんなイメージが強かったですからね。
「ふふっ、ここの精霊が特別なだけよ。それだけの事がここであったのだから」
「どんなことがあったのですか?」
「それはー……ん、またの機会にね」
むー……。順番って言ったのに、教えてくれませんでした。
けど、こんな綺麗な光景を見れたのは凄く幸運ですね。
「シアさんにも見せてあげたかったですね」
『なら、一緒に見ればいいじゃない』
「出来れば……ですけどね」
『出来るわよ』
出来ませんよ。
だって、シアさんに僕の居場所は伝えていませんし、シアさんは僕の事を避けて……あれ、フルールさん気配が消えました?
不思議に思い僕は辺りを見渡しますが、やはりフルールさんの姿はありませんでした。
その代わりに……。
「あ……」
「ユアン……」
「シア……さん?」
居ない筈のシアさんの姿がありました。
「どうしてー……」
「ちょっと、話がある」
どうしてこんな場所にと聞く前に、シアさんに続きの言葉を遮られました。
決意に満ちたような金色の目が僕を見据え、シアさんはゆっくりと僕の元へと歩みを進めてきたのです。
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