第230話 補助魔法使い、夜の散歩に出かける

 「みんなの仕事状況はどうですか?」

 「私達の方は大丈夫だよ」

 「アカネさんに書類を大量に渡されたけどね」


 明日はダンジョンに潜る予定なので、それぞれの仕事の状況を確認し、また街を離れる事になっても問題ないか確認をとっています。


 「私も平気」


 シアさんも仕事が無事に終わったようで、今日は帰ってこれたみたいです。

 昨日と今日とほとんど顔を合わせる事がなかったので傍に居るのが凄く安心できますね。


 「それじゃ、明日は早くから出発しますので、ちゃんと休んでくださいね」

 「うん。それじゃ、私達は明日に備えて早めに寝るよ」

 「おやすみなさい」


 僕とシアさんを残し、スノーさん達が二人そろってリビングから退出していきます。

 

 「シアさん、僕たちも休みますか」

 「うん。そうする」


 リビングの灯りを消し、僕たちも寝る為に部屋に戻ります。


 「ユアン」

 「はい?」


 部屋に入ろうとした時、シアさんに突然名前を呼ばれました。

 わざわざ部屋に入る前の廊下で、です。


 「スノーから聞いた。昨日ちゃんと寝てないって」

 「大丈夫ですよ。この後しっかり休む予定ですからね」


 流石に明日は魔物と戦う可能性だって高いですし、ダンジョンですのでマップを確認したりと頭も使わなければいけません。

 しっかりと休めていない状況で挑む事なんて危険ですからね。


 「うん。だから、今日は一人で寝るといい」

 「えっ?」

 「一人の方がベッド広く使える。その方が休める」

 「別々に寝るって、事ですよね?」

 「うん」


 どうやら、シアさんは、それを……僕に伝える、ために……呼び止めた、みたい、です。


 「わ、わかりました。その、シアさんも、忙しかったですし……しっかりと、休んでくださいね」

 「うん。また明日」

 「……はい、おやすみなさい」

 「おやすー……」


 シアさんが僕におやすみと言っているのにも関わらず、僕は部屋の中に入ってしまいました。

 どうしてでしょうか。

 別にシアさんが変な事を言っている訳ではないのに……僕はどうしてあんな行動を……。


 「寝ましょう……」


 シアさんにもちゃんと休むように言われましたし、休まないとみんなに迷惑がかかりますよね。

 だけど、わかっているのに……なんか、息苦しく感じて、とてもではありませんが、眠れそうにありませんでした。

 

 「探知魔法……」


 みんな、ちゃんと部屋で休んでいるみたいですね。

 スノーさんとキアラちゃんは隣の部屋で一緒に。

 シアさんも一人でシアさんの部屋にいます。


 「ちょっと、外の空気でも……」


 でも、廊下を歩いたらもしかしたら誰かを起こしてしまうかもしれない。

 だったら、いっそ……。


 「転移魔法……」


 誰にも迷惑のかからない方法で外に出れば問題ないですよね。

 僕は誰にも気づかれないようにそっと……転移魔法で移動をするのでした。





 「ここなら誰にも邪魔はされないですよね……」


 飛んできたのは、トレンティアにあるローゼさんから頂いたお家です。

 他に行く場所を考えましたが、他には思い浮かびませんでした。

 

 「寒い……」


 家の中に居ても仕方ない。

 外の空気が吸いたくて、僕は転移魔法で移動してきましたからね。

 トレンティアにある洞窟のお家から外に出ると、その寒さは余計に酷く感じました。


 「アルティカ共和国よりは暖かいと聞きましたが、大して変わりませんね」


 雪が降らないだけマシだとは思いますけどね。

 それでも吐く息は白く、耳がジンジンとします。

 それでも、家に戻る気にはなれず、僕は宛てもなく森の中を歩くことにしました。


 「何だか、昔の事を思い出しますね」


 昔と言っても一年前くらいのことなので、割と最近ですけどね。

 ちょうど、その頃に僕は村を出ましたからね。

 だけど、たった一年しか経っていないのにも関わらず、遠い昔の事のように感じました。

 それだけ、充実した一年、濃い一年だったのは間違いありません。

 けど、まだ始まったばかり、この先もまだ続いてくというのに、明日を迎えるのが怖いです。

 明日はまたダンジョンに潜るのに、明日が来なければいいなと思ってしまうのです。

 だって、明日になればみんなが揃います。

 その中にはシアさんも……無視、されている訳ではありませんが、素っ気ない態度をとられたらと思うと怖くて仕方がないのです。

 

 「今更、怖い事なんてないというのに不思議です」


 僕は僕。シアさんはシアさんで何も変わっていないと思います。

 ただ、ちょっとシアさんが忙しくて、余裕がなかっただけ……かもしれませんしね。

 だけど、家に戻ってこれないほど、僕と少しでも言葉を交わせないほど忙しかったのでしょうか?

 もしかしたら、僕と顔を合わせたくなかったのかもしれない。

 

 「はぁ……ダメですね。仲間を疑っては」


 疑いだしたらきりがありませんからね。

 シアさんからすれば、僕が会いに来てくれればと思っているかもしれませんし。

 結局の所、僕がシアさんに甘えっぱなしだったのが原因かもしれませんからね。

 考えが悪い方へと進んでしまいます。

 恐らくですが、シアさんは僕が居なくなった事にすぐに気付いているでしょうし、あんまり遅くなると余計に心配させてしまいます。

 それに、昨日もあまり寝れていませんし、今日はちゃんと寝ないと明日に響きます。

 戻らないと……。

 だけど、僕の足は森の奥へ奥へと進んでいきます。


 「不審者発見」

 「わっ!」


 突如、僕の体が拘束されました。


 「もぉ、僕ですよ」

 「知ってるわよ。けど、こんな時間にこんな場所を徘徊しているのなら不審者には間違いはないわよね?」

 「そうですけど、いきなりこんな事されたら驚きますよ」

 「驚いたのはこっちよ。ユアンの魔力を感じたから来てみれば、夜の森を歩いてるんですもの」


 僕を掴まえたのはフルールさんでした。

 蔦を自在に操ってこんな事を出来るのはフルールさんくらいしかいないので直ぐにわかりました。


 「で、どうしたのよ?」

 「どうもこうもないですよ。ただ、ちょっと散歩したかっただけです」

 「どうもしないのに、夜にこんな場所を散歩何てしないでしょう。たった一人でね」

 

 まぁ、フルールさん相手に誤魔化すのは無理ですよね。


 「で、相方と何があったの?」

 「別にシアさんなんて一言も言っていませんよ」

 「私も相方って言っただけで、リンシアなんて言っていないわよ?」

 「むぅー……」


 ずるいです!

 相方なんて言われたら、僕ならシアさんしかいないじゃないですか。

 騙されるに決まっています!


 「で? 喧嘩でもしたのかしら」

 「してませんよ」

 「喧嘩はしていないけど、上手くいかなくて悩んでいるってとこかしら?」

 「違いますよ」


 別に悩んで何かいません。

 ただ、何をしていいのかわからなくて落ち着かないだけです。


 「まぁいいわ。折角だし、付き合ってあげる」

 「一人にしてください」

 「できないわよ。そんな思いつめたような顔をしている子をね。それに、ユアンは私達のお気に入りだからね」


 むむむ……これはどういってもついてくる気ですね。


 「好きにしてください」

 「そうさせて貰うわね」


 フルールさんが僕の隣に立ち、僕に合わせて歩き始めます。


 「で、どうしたのよ?」

 「どうもしてないですよ」

 「んー……強情ね」

 

 本当に何もないので、僕はそう答えるしか出来ません。

 だって、僕にはシアさんの気持ちがわかりませんからね。僕が勝手に変な思い込みをしているだけかもしれないですし。

 シアさんに避けられているって。


 「懐かしいわね……」


 暫く無言が続いた後、フルールさんがぽつりと一言だけ洩らしました。

 僕に語り掛けるのではなく、本当に独り言のようにぽつりとです。


 「何がですか?」

 「昔のトレンティア……トレンティアがまだトレンティアになる前の事よ。ユアン達が生まれる遥か前の事を思い出してね」

 「僕たちが生まれる前ですか?」

 「そうよ。あの頃はまだ、この辺一帯が森に覆われていた時の事ね」

 

 今のトレンティアの街が存在せずに、まだ森だった頃があったみたいですね。


 「懐かしいわね……」

 「そんなにですか?」

 「そうよ。消せない思い出が詰まっているもの」

 「消せない思い出?」

 「忘れたくないもの、忘れてはいけないもの、忘れたくても忘れられないもの、全てがそこにある」

 「いい思い出だけじゃないって事ですか?」

 「当り前じゃない。今があるのは過去があるから。なかった事には出来ないわよ」


 けど、忘れることくらいは……できませんよね。

 むしろ、つらい過去の方こそ忘れられませんよね。


 「ねぇ……昔さ、私がローゼの事が大嫌いだったって言ったら信じる?」

 「えっ! フルールさんがですか?」


 ローゼさんと再び離れ離れにならないように、僕たちの家を管理してくれたり、いつもローゼさんの傍に寄り添っているような人が、昔はローゼさんが大嫌い?


 「信じられません」

 「ふふっ、そうよね。だけど、事実なのよ」

 「意外です」

 「そうでもないわよ? それだけの事があったのだから」


 フルールさん達も色々あって今があるって事なんですね。


 「ユアンになら聞かせてあげてもいいけど……聞きたい?」

 「聞きたいです」

 「いいわよ。ただし、条件があるわ」

 「条件……ですか?」

 「そうよ。ユアンが悩んでいる事、私に話してみない?」

 「え……それは……」

 

 悩みと呼べるような悩みですらありませんし、言ってどうにかなる事でもないと思います。

 そもそも、悩みなのかもわかりません。


 「細かい事はいいのよ。私の話が聞きたいのなら、些末なユアンの悩みを聞かせてって言ってるだけなんだからね」

 「些末って……そんな小さな話じゃないですよ、僕の中では」

 「そう。なら、私の話と対価になるのね?」

 「それは聞いてみない事にはわかりませんよ。もしかしたら、フルールさんの話こそ大したことないかもしれませんからね」

 「言ったわね? それじゃ、聞いて比べてみる事ね」


 あぁ……失敗しました!

 何か、フルールさんに馬鹿にされている気がして思わず言い返してしまいました!

 そのせいで、フルールさんは僕がどうするかを待たずに話し始めてしまいました。


 「この街が出来る前、この場所はただの大きな湖がある森だったの」


 未開の地と呼ばれ、とてもではありませんが魔物も多く生息し、人が生活できるような場所ではなかったようです。

 しかし、フルールさんのような精霊にとっては楽園と呼べる場所であり、ひっそりと静かに暮らしていたようです。


 「そんな中、突然ローゼたちが現われたの」


 ローゼさん達はハーフエルフと呼ばれる種族で、人間とエルフの間に生まれた子達が集まった種族です。

 いえ、種族とすら呼べないような存在だったみたいです。


 「エルフの里を追い出されて、ハーフエルフ達は居場所を失い、この森に辿り着いたのね」


 その頃は国境などもなく、人は自由に国と国を行き来できたらしく、ローゼさん達も流れに流れてこの場所までやってきたと言います。

 しかし、辿り着いたローゼさん達は既にボロボロで、病気で歩くのも困難な人や盗賊に襲われ大怪我を負った人達も混じっていたようで、エルフの里を追い出された時と比べ、辿り着いた人は半数ほどだったといいます。


 「それをフルールさんが助けたのですか?」

 「いえ、むしろ追い出そうとしたわよ?」

 「えぇ!? 酷くないですか?」

 「酷くないわよ。ここは私達の住処だったからね。ユアンの家に浮浪者がいきなり住みだしたら嫌でしょ?」

 「それは、嫌ですけど……」


 手を差し伸べることくらいはすると思います。


 「自分たちの家を荒らして、勝手に部屋を占拠されても?」

 「それは流石に追い出すと思います」

 「私達にとって、ローゼ達の存在はそういう存在だったのよ」


 ローゼさん達は勝手に森の恵みを毟り命を繋ぎ留め、木を伐採して家を建て、村を作り始めたみたいです。


 「大胆ですね……」

 「それだけ必死だったって事ね」

 「けど、フルールさん達は邪魔をしなかったのですか?」

 「しなかったわよ。私達が先に住んでいたとはいえ、この地は私達のものではないからね」


 かといって、最初は手助けもしなかったみたいですけどね。


 「けど、よくケンカになりませんでしたね」

 「全員が全員、精霊と会話ができる訳じゃなかったからね。ユアンだってそうでしょ? 私以外の精霊と会話した事はある?」

 「ないです」


 未だにスノーさんとキアラちゃんの精霊を目にしたことすらありません。

 何となく居るかなっと感じれる程度にはなりましたけど。


 「だから、喧嘩にはならなかったわよ。ローゼ以外とはね」

 「ローゼさんとはしたって事ですか?」

 「数え切れないほどしたわよ。ホントに、大嫌いだったから」

 「二人がケンカしたら、とんでもない事になりそうですね」

 

 二人の魔法を目にしましたからね。二人の力が合わさったのもありますが、僕の防御魔法でも防げないと思う程の強さを二人は持っています。

 

 「そうでもないわよ。せいぜい、ケンカ後には草木が生えてこなくなったくらいよ」

 「それって……十分にとんでもない事ですよね?」


 トレントの森を調査した時に開けた場所があったのはもしかしたら二人がケンカした後だったのかもしれませんね。

 

 「けど、それがよく仲良くしていられますね」

 「それだけ喧嘩して、お互いの意見をぶつけあったからね」

 「お互いの意見をですか?」

 「そうよ。今でこそローゼは老婆の姿をして大人しくしているけど、昔のローゼは本当に鬼だったのよ。仲間を守ると決めた時はね」

 「あ、ちょっとわかるかもしれません。ローゼさんは怒ったら凄く怖そうです」

 「ふふっ、後でちゃんと伝えておくわね?」

 「えっ! あ、でもその時はフルールさんがローゼさんの事を鬼と言っていた事を言いますからね?」

 「…………ユアンも成長したわね」


 当然です。

 僕の周りには、一言二言反撃しないと一方的にやられる相手がいますからね。

 アリア様とかシノさんとか……。


 「ま、そこはお互い内緒ね」

 「わかりました。それで、そんなに仲が悪かったのにも関わらず、どうして今の二人は仲良しになれたのですか?」

 

 そんなに仲が悪いのに、今では契約を交わし、一緒に暮らせるほどになっているのです。

 ただ、時間をかければいいって問題ではないですよね。


 「気づいたのよ。お互いが似た者同士って事にね」

 「似た者同士ですか?」

 「私達が争っていた理由は簡単。私は大精霊として仲間の精霊を守るため。ローゼは仲間のハーフエルフを守るため。たったその為だけにローゼと私はぶつかっていたの」

 「たったそれだけ……じゃないと思います」

 

 仲間を守るために必死だったのに、たったそれだけ、で片付けていい話ではないと思います。


 「違うわ。たったそれだけなのよ。確かにローゼと私には争う理由があった。だけど、それは私とローゼ個人の意志ではなかったの」


 二人が争っていたのは立場から生まれる責務だったとフルールさんは言います。

 

 「それに気づいた私達は、立場ではなく、人として話し合った。あ、私は人ではないけどね」

 「もぉ、わかってますよ! けど、フルールさんはフルールさんです。人でなくても人みたいなものです!」

 「そういう事よ。私はローゼ達の事を侵略者としか見ていなかった。ローゼは私達の事を一つの自然現象としてしか見ていなかった。お互いに【人】として見ていなかったの」


人とは知性ある生物。

 文明を生み、時代を動かす事が出来る生物である。

 

 「お互いを人として見ていないのなら、そこに争いが生まれるのは当然の事よね。だからこそ、お互いを人と認め話し合ったの。共存できる道はないのかと」

 「反発は生まれなかったのですか?」

 「あったわよ? それこそ些末な反発がね。だけど、私達は今までの暮らしが保てればいいし、ローゼ達は安住の地を築ければいい。争いではなく平和を求めいるのなら、大きな争いは生まれなかったの。まぁ、ローゼ達はある意味運が良かったのかもしれないけどね。皮肉ながら、エルフの血を引いていたのだから」


 精霊魔法はエルフの固有魔法と言われていました。

 ですが、半分ではありますが、ローゼさん達はエルフの血を引き、精霊さんと会話が出来るようになった人も少なくなかったみたいです。

 

 「仮に、これが普通の人間だったら上手くいかなかったという事ですね」

 「恐らくね」

 

 ハーフエルフだったからこそ得られたものがあった……。

 フルールさんの言う通り、皮肉ですね。


 「けど、ユアンもそうなんじゃない?」

 「僕がですか?」

 「そう。ユアンも黒天狐……ルード帝国では忌み子と呼ばれ、アルティカ共和国では黒天狐と崇められたからこそ手に入ったものはあるでしょ?」

 「そうですね」

 「皮肉でもあり幸運でもある。そこをどう捉えるかは本人次第だけどね」


 僕の場合はどうなんでしょうか?


 「僕は……」

 「ふふっ、ここからはユアンの話でも聞かせて貰いましょうか。一旦、私と交代ね?」

 「えっ、最後まで聞かせてくれないのですか?」


 ローゼさんとフルールさんが仲良くなった逸話はまだ聞いていません!


 「だから交代。ユアンが続きを聞きたかったら私にユアンの話を聞かせて」

 「ずるいですよ……」

 「ずるくないわよ? 最初に言った通り、交換条件なんだからね」

 「わかりました。けど、先に言っておきますけど、僕の思い過ごしかもしれませんので、笑わないでくださいね?」


 僕は話すことを決めました。

フルールさんとの約束は破りたくありませんからね。

 話す流れを仕組まれたような気がしますが約束は約束です。

 僕はどこから話していいのか纏めきれないまま、僕が感じている事を、フルールさんに聞いて貰ったのです。

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