第232話 心配する者

 「ユアンさん、大丈夫かな……」


 昨日からユアンさんの様子がおかしい。

 夕飯もあまり食べていないし、朝ご飯も抜いていた。

 今日の夕飯は食べていたけど、それでも何処か元気がないように見えたのは、私の気のせいではないと思うの。


 「まぁ、明日はダンジョンに潜るって決めているし、ユアンならそれに合わせてくると思うよ」

 「そうだよね。ユアンさんはそういう所はしっかりとしているし」


 抜けている所も沢山あるけど、真面目だしみんなに迷惑をかけないようにいつも気を遣っているのがわかる。

 だから、大丈夫だとは思うけど、何処か心配な気持ちになる。

 

 「それよりも私達も休まないとだよ」

 「そうだね。人の心配ばかりしてはいられないもんね」

 

 スノーさんと同じベッドに入り、ぴったりとスノーさんとくっ付き、寝むるポジションを整える。


 「それじゃ、おやすみキアラ」

 「うん、明日も頑張ろうね」


 日課となったおやすみのキスを交わし、スノーさんに抱き着く。

 ふふっ、幸せな気持ち。

 まさか、スノーさんとこんな関係になるとは出会った時には思わなかったけど、今となってはスノーさんと出会えて本当に良かったと思う。

 もちろん、大変な事はいっぱいある。だけど、スノーさんとならどんな困難でも乗り切れるような気がするの。


 「キアラ~」

 「もぉ、ちゃんと寝なきゃだめだよ?」

 「わかってるよ。だけど、ちょっとだけね?」

 「ちょっとだけですからね」


 スノーさんは私の耳がお気に入りみたいで、よく触ってくるの。

 ユアンさんやシアさんの獣耳も好きみたいだし、スノーさんはちょっと変わっている。

 だけど、私もスノーさんに触られるのは好きなので、スノーさんが満足するまで触らせてあげる事にしているの。

 私達の夜は大体こんな感じ。

 たまに……週に一回くらいはもっと愛し合ったりするけど、今日はスノーさんも抑えているみたい。

 なので、今日はこのまま朝までゆっくりと……。

 眠る。

 と思ったけど、私達は勢いよく開く扉の音に落ちかけていた意識を覚醒させれらた。


 「きゃっ!」

 「びっくりしたぁ……シア、人の部屋を開ける時はノックくらいー……」


 扉の外から光が差し込み、その光に映されていたのはシアさんだった。

 シアさんだとわかったスノーさんがシアさんを注意するけど、シアさんの様子は明らかにおかしい事に気付いた。


 「ユアンが……居なくなった……」


 シアさんが消え入りそうな声で呟く。

 部屋に入ってきた勢いが嘘だったかのように。

 焦りと哀しみが入り交じった表情で扉の所で立ち尽くしている。


 「ユアンが?」

 「うん……」

 「シアさんの勘違いじゃなくてですか?」

 「勘違いじゃない。ユアンとの繋がりがいきなり途絶えた」


 シアさんはユアンさんとの契約魔法のお陰でユアンさんの居場所がわかるみたい。

 その感覚は私達もわかる。

 私と契約している精霊さんの居場所はいつでもわかるのと一緒だと思うから。


 「途絶えたって事は、近くに居ないって事ですよね」

 「うん。多分、転移魔法で何処かに行っちゃった」

 「こんな夜中に?」


 ユアンさんが夜に出かける事はほとんどない。出かけたとしても、家の周りをちょっとお散歩するくらいで、私達の手の届かない場所に出かけたりするのは多分初めてかもしれない。

 

 「私、探してくる」

 「ちょっと、シア!?」


 シアさんが走り出そうとしている。

 けど、私はそれを止めなければいけないと、瞬時に理解できた。

 「シアさん、待ってください」

 「何? 私、忙しい」


 シアさんから押しかけておいてそれはないと思いましたが、今はシアさんを止める事が先決。

 

 「ユアンさんは訳があって、私達に内緒で出掛けたのだと思いますよ」

 「だから?」

 「だから、今シアさんが探しに行っても、ユアンさんに迷惑がかかるだけだと思うの」


 昨日からユアンさんの様子がおかしかった。

 きっとユアンさんが出かけたのはそこに理由があるかもしれない。

 

 「けど、心配」

 「心配なのはわかりますが、まずは状況を整理しないと駄目だと思うの。どうしてユアンさんがそんな行動をとっているのか、絞らない事には時間に無駄を浪費するだけです」


 本当に只の散歩だったら私達の誰かに一言残していてもおかしくはないだろうし。

 私達の説得の甲斐もあってか、どうにかシアさんを引き留め、落ち着かせるためにも一度、リビングに集まる事になった。


 「まずは、ユアンさんが居なくなった経緯を教えて頂けますか?」

 「……うん」


 こんな落ち込んだシアさんを見るのは初めてかも。それくらい落ち込みながらシアさんはポツリポツリと教えてくれた。

 

 「それじゃ、私達と別れた後、シアさん達は別々に寝る事になったのですね」

 「そう」

 「てっきり、一緒に寝てるかと思ったよ」


 私もそう思っていました。

 シアさんの話は、ユアンさんと別れ、別々に眠る事にし、中々寝付けずにベッドの中をゴロゴロしていると、突然……ホントに何の前触れもなくユアンさんが消えたのだと言います。


 「転移魔法の可能性が高いですね」

 「というか、それしか考えられないよね」

 

 もしかしたら、ユアンさんが使える消失魔法バニッシュで隠れている事も考えたけど、注意さえすればシアさんならそれに気付けると言いますし、その可能性は消えました。


 「となると、ユアンさんは少なくともこの街には居ないと言う事になりますね」

 「そうだね」

 「問題はユアンさんがどうして居なくなったのかですが……何か思い当たる節とかはありますか?」


 ユアンさんの様子がおかしく見えたのはやっぱり私達の気のせいではなかったみたい。

 その原因がわかれば、ユアンさんが居なくなった理由にも繋がると思うの。


 「それは……私のせい」

 「シアのせい?」

 「何があったのですか?」


 ユアンさんの様子が変なのはシアさんが関わっていると薄々とだけど、感じていたけどやっぱりだったね。


 「私が……ユアンを遠ざけた、から、だと思う」

 「えっ、シアがユアンを!?」

 「ど、どうして?」


 まさかのシアさんからの告白に私とスノーさんは思わず驚きの声をあげてしまった。


 「ユアンとの関係を進展させたかった」

 「それが、どうしてユアンさんを遠ざける事になるの?」

 「ユアンが甘えてくれることが増えた。だけど、いつも一歩手前で身を引く。だから、ユアンにもっと来て欲しかった」

 「もしかしてだけどさ……この前、私が話したアドバイスをやろうとした、とかだったりする?」

 「うん」

 

 スノーさんの質問にシアさんが小さく頷く。

 

 「アドバイス? スノーさん、どんなアドバイスをしたの?」

 「えっと、押してダメなら引いてみたらって……シアは逆にグイグイ行き過ぎて、それが当たり前になってたし、違った方面から攻めたら何かが変わるのかなって」


 スノーさんの発言に怒りが込み上げてきました。


 「バカじゃないの!」

 「えっ、何が!?」


 私が声を荒げた事でスノーさんが驚いているけど、私は止まれなかった。


 「何がじゃないよ! ユアンさんがそんな事されたらどうなるか、わからない訳じゃないよね!」

 「そりゃ……びっくりはするだろうけど……」

 「びっくりどころじゃないよ! ユアンさんは、人に避けられる事に敏感なんだよ!? ずっと、忌み子と言われて育って、人目を気にして……やっと、自分の事を受け入れてくれる人が出来たのに……そんな事されたら傷つくに決まってるじゃない!」

 「あっ……」


 ずっと姿を隠すのは無理だと思う。

 私も同じ経験があるからわかるけど、ギルドで臨時のパーティーを組んだはいいけど、私がエルフで人族じゃないとわかった瞬間、パーティーから外された事だってある。

 ユアンさんだってその経験はあると思うの。

 

 「それを……何で一番の理解者である筈のシアさんが……そんな事をしてるの……」

 「ごめん……私の考えが甘かった」

 「本当に甘いよ……ユアンさん、可哀想」


 ユアンさんはシアさんを本当に信用している。そして、ユアンさんはまだちゃんと理解していないみたいだけど、シアさんへの特別な思いも持っている事はこの前二人で話してわかったよ。

 だから、シアさんとユアンさんが特別な関係になるのは時間の問題だと思っていたのに……こんな事って。


 「はいはい。そんなに慌てないで、ここで貴女達が喧嘩しても仕方ないでしょ」

 「誰!?」


 リビングに暗く、重い空気が流れた。

 それを払しょくするように、木を打ち合わせるような堅い音が響き、それと同時に私達三人ではない声が聞こえた。


 「私よ」

 「私って、誰よ」

 「あら、結構面倒を見てあげたつもりだけど、意外と薄情なのね」

 「えっと、その声はフルールさん……ですか?」

 「そうよ」


 小さなトレントが気づけばリビングに入って来ていた。

 一瞬魔物かと思ったけど、声には聞き覚えがあって尋ねてみるとやはりフルールさんだった。


 「どうしたのですか? こんな夜遅くに」

 「どうしたじゃないわよ。貴女たちのリーダーが落ち込んでいるのに無視なんかできないじゃない」

 「え、ユアンの居場所がわかるの?」

 「えぇ……トレンティアの森の中を一人で歩いているわよ。今もね」


 フルールさんに話では、ユアンさんは一人でトレンティアを訪れ、宛てもないようにふらふらと森を歩いていた所を発見したみたい。

 今は、フルールさんの本体がユアンさんの相手をしながら話を聞いてくれいるらしい。


 「ユアンの様子は?」

 「まぁ、大丈夫じゃないかしら? 普通に会話できるくらいだし」

 「良かったです……」


 それがわかっただけでも一安心。

 もしかしたら、本当にそのまま何処かに行っちゃうかと思ったの。

 此処にユアンさんの居場所がないって思ったらユアンさんならひっそりと昔みたく居場所を探して旅立ってしまうかもしれないから。


 「だけど、このままって訳にはいかないよね」

 「そうだね。誰かが迎えに行かないと……」

 「私が行く」


 当然の流れ。

 今回の原因はシアさんにあるから。

 

 「だけど、シアさんが今度はユアンさんに拒絶される可能性もあるよ?」

 

 ユアンさんに限って……とは思うけど。もしかしたら、今回の事でシアさんの事を信用できなくなっているかもしれない。

 もし、ユアンさんが裏切られたと感じていたら……。


 「覚悟はしてる。だけど、私が原因。人に任せるのは無理」

 

 そうだよね。

 私やスノーさんが行った所で、根本的な解決は出来ないと思う。

 

 「ふふっ、若いって良いわね。リンシア、一つだけアドバイスしてあげるわ」

 「何?」

 「余分な言葉は要らない。貴女の思いを素直にぶつけなさい。そうじゃなきゃ、ユアンには届かないわよ」

 「わかった」


 スノーさんの一件があるから、下手なアドバイスは危険だと思うけど、シアさんはフルールさんの言葉を信じたみたい。


 「行ってくる」

 「あ、ちょっとシアさん!」


 シアさんは私の制止を振り切り、行ってしまった。

 部屋着だったからせめて暖かい格好をと思ったけど、それは間に合わなかった。

 

 「上手くいくといいけど……」

 「いくわよ」

 「どうしてそう思うのですか?」

 「そりゃ、あの二人よ? 上手くいかない訳がないわ。一番近くであの二人を見ている貴女たちなら理解できると思うけど」

 

 根拠はないけど、フルールさんの言葉はよくわかる。

 だって、あの二人はとてもお似合いな二人だと思うの。凄く、羨ましいと思う程に。


 「それじゃ、私は帰るから」

 「最後まで見届けないのですか?」

 「その必要はないわよ。私は私で見れるし、わかりきった結果ほどつまらないものはないからね」


 フルールさんが帰る……小さなトレントのような姿で分身みたいだけど、帰るというのでお礼を良い、私とスノーさんはフルールさんを見送った。


 「フルールさんはああいうけど、心配だなぁ」

 「そういうけど、スノーさんにも原因があるからね?」

 「う……そうだけどさぁ。二人には幸せになって貰いたいし」

 「うん。その気持ちはわかるけど、発言には気をつけてよ?」

 「気をつけるよ……ごめん」

 「いいよ。後でお仕置きするから」

 「えぇ!?」


 スノーさんが驚いているけど、当たり前だよ。

 だって、私の大切な人にそんな事をしたんだからね。

 私をパーティーに迎えてくれたユアンさん。

 私に冒険者としての道を教えてくれたシアさん。

 私と恋人という関係を築いてくれたスノーさん。

 私にとってみんなは宝物。

 例え、恋人であるスノーさんだからといって、私の大事な物を傷つけたんだから、ちゃんとその罰を受けてもらわないといけない。


 「わかったけどさ……キアラがあんなに怒るとは思わなかったよ」

 「そうかな? 私は仲間の為だったら頑張れるよ」

 「ふふっ、頼もしいね」

 「うん。みんなのお陰で私も成長できたと思うから」

 

 これだけは胸を張って言えるよ。

 みんなのお陰で今の私が居ると。

 だから……ユアンさん、シアさん頑張って。

 二人が仲直りして、その先に繋がる事を私は信じて待っているから。

 今夜は眠れない夜になりそう。

 そう思いながら、私とスノーさんは吉報を待ちながら二人が戻ってくるのを待つことになった。

 朝日が昇るまでずっと……。

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