第225話 影狼と騎士

 「それでね、キアラがさ……」

 「そう」


 ユアンとはぐれ、私達はそれぞれの通路へと入った。

 一秒でも早く、ユアンと合流をしたい。

 念話も届かない。

 ユアンの位置も探れない。

 こんな不安な気持ちになるのは久しぶり。

 だから、私は走った。

 なのに、辿り着いた小部屋に居たのはスノーだった。

 スノーも急いでいた? そう聞いてみるけど、普通に歩いていただけらしい。

 どうやら、私が通った道は遠回りの道だったのかもしれない。

 だから私はすぐに私達がそれぞれ来た方ではない通路に向かおうとした。

 しかし、それはスノーによって止められる。

 私と合流できたのだから、ユアンもキアラと合流できたのではないかという憶測をたてたらしい。

 だから、慌てて行動する必要はない、そっちの方が危険だと言う。

 確かにその可能性はある。

 だけど、ユアンが無事かどうかを確かめるまでは不安は決して拭えない。

 

 「ねぇ、シア聞いてる?」

 「聞いてる」


 結局、私はスノーと共に行動をする事になった。

 不思議な事に、先への通路は二人じゃないと進めなかった。

 一人で進もうとするも、足が進まない。

 まるで、見えない壁に遮られる様に。

 だから、せめて早歩きで歩く。スノーなら少し早くてもついてこれる筈だから。


 「ところでさ、シア達の方はどうなの?」

 「何が?」


 スノーの惚気話がようやく終わり、今度は私に質問してきた。

 

 「何って……ユアンとどうなの?」

 「どうも何もない。いつも通り」

 「えー……折角二人きりなんだし、教えてよ」

 「教えるも何も、私達は私達。何も変わっていない。スノー達との関係とは違う」


 この際だからと、スノーとキアラが恋人関係である事を打ち明けられた。

 私は別にそのことに驚きはしなかった。

 二人が特別な関係であると、気付いていたから。

 だから、その事に関して祝福した。

 二人が仲良く過ごしているのはめでたい。いいことだと思う。

 だけど、私とユアンは違う。

 主と従者の関係。

 その先は今の所……。


 「だけど、シアはユアンの事好きだよね」

 「好き」

 

 言われるまでもない。

 私はユアンの事が好き。

 主としても、愛しき人としても。


 「だったら、ちゃんと伝えたらどう? じゃなきゃ、ユアンだし、ずっと気付かないままだよ」

 「ユアンはユアン。それでいい」

 

 ユアンが私の気持ちを知った時、どんな反応をするだろうか。

 驚く?

 喜ぶ?

 それとも嫌がるだろうか。

 わからない。だから、怖い。

 もし、それが原因で嫌われたらと考えると、一緒に居られなくなるとすると、考えるだけで怖くなる。


 「まぁ、シアがそういうならあまり強要はしないけどさ……けど、ユアンなら受け入れてくれると思うよ」

 「それはユアンが優しいから」


 ユアンは優しい。

 嫌な事があっても嫌とあまり言わない。

 だから、私の事が嫌いになっても、きっと見放さない。傍に居てくれる。

 けど、逆にそうなったら辛い。


 「んー……ユアンもユアンだけど、シアもシアだね」

 「何が?」

 「にぶちんって事!」


 私が鈍い?

 スノーが言っている意味が良くわからない。


 「はぁ……似た者同士というか、本当に世話が焼けるね。シアはシアでユアンの気持ちに気付いていないと思うよ」

 「そんな事ない、ユアンの気持ちはわかる」

 「それはシアから見てでしょ? 私達から見ると、全然違うんだけど」

 「そんな事ない」

 「そんな事ある! あのね、最近のユアンの変化に気付かないの?」


 ユアンの変化?


 「前より、甘えるようになった」

 「まぁ、それはそうだけど……ユアンがシアを見る目が最近ちょっと変わってのには気づかないの?」

 「私を見る目?」

 「うん。明らかにシアの事を意識した目でみてると思うけど?」

 「それは気のせい。ユアンはいつも通り」


 ユアンは私をみると、いつもニコニコしている。何も変わっていない。


 「まず、そこだよ。シアが一緒にいるから嬉しそうに笑ってる。普段のユアンも確かに、ニコニコしてるけど、シアが居る時ほどじゃないよ」

 「そうなの?」

 「そうなの! だって、シアと一緒に居ない時のユアンの事は知らないでしょ」

 「知らない」


 そんなの当たり前。

 ユアンを見かければ近くに居たいと思う。


 「でしょ? だから、普段のユアンの事をシアが知らないだけで、シアは特別に思われてるよ」

 

 そうだとしたら、嬉しい。

 

 「だからね、シアがもっと積極的に仕掛けてみたらどう?」

 「例えば?」

 「お、喰いついてきたね」

 「うるさい。早く教える」


 私に恋愛経験何てない。

 だから、どうすればいいかなんてわからない。

 けど、スノーは違う。

 一応、キアラという恋人が出来た。

 少なくとも、私よりも経験がある。

 少しでも参考になるかもしれない。


 「そうだね……思い切って押し倒してみたら」

 「スノー……ばか?」

 

 流石にそんな事をしたら、ユアンは驚く。

 そして、きっと固まる。

 

 「バカって……案外、上手くいくかもよ? ちょっと強引なくらいじゃないとユアンは気づかないだろうし」

 「そうかもしれない。だけど、それは出来ない。私はスノーとは違う」

 「……ちなみにだけど、私はそんな事してキアラを落としたわけじゃないからね?」

 「酔った勢いでやりかねない」

 「それはそうだけどさ……だけど、ちゃんと段階は踏んだからね?」


 別に、強引な手を使ってもいいと思う。

 だけど、私達はしっかりと歩み寄りたい。

 これは、私の我儘だろうか?


 「ま、私からのアドバイスはもっと積極的に仕掛けなきゃ進展しないよって事だね」

 「わかった。何も参考にならなかった」


 スノーを宛にしたのは間違いだった。

 スノーが間違っている、とは思わない。だけど、人は人。私達とは違うから参考にはならない。


 「けどさ、私はユアンとシアが少し羨ましいよ」

 「何で?」

 「言い方は悪いけど、二人は自由でしょ?」

 「そうでもない」


 私は影狼族。あの一族は闇を抱えている。

 だから、いつか問題が起きるかもしれない。

 そして、ユアンは黒天狐。

 ユアンはいつも騒動の中心にいる。

 望んでも簡単には平穏は訪れないと思う。


 「それでもさ……私はルードの貴族でもあるしさ、家族もいるし、キアラの事も認めて貰えるとは思えない」

 「別に気にしなければいい」

 「そうは言うけどね……。一応、立場ってものがあるからさ。私はいいよ? ルード帝国を捨てて、アルティカ共和国の人間として生きればね。だけど、そこに関わった人……家族もそうだし、エメリア様、アリア様にだって迷惑がかかるかもしれない。そう考える怖いよ。私のせいで全てが崩れてしまうと考えるとね」


 スノーはスノーで葛藤があるらしい。

 きっと、スノーにとって、キアラも、家族も、エメリアも大事な人なのかもしれない。

 

 「ま、気にしても仕方ないけどね。その時はその時だし、私はキアラと離れる気はないからね」

 「それでいい。私もユアンと約束した。影狼族の血、黒天狐の血が私達の邪魔となった時、共に何処かに逃げようって」


 あの夜の事は忘れられない。

 それほど、ユアンにそう言って貰えたのは嬉しかった。


 「ちょっと、初耳なんだけどそれ!」

 「うん。初めて話したから当たり前」

 

 別に誰かに話す事でもない。

 私とユアンの約束だから。

 たまたま、話の流れでスノーに話しただけ。


 「その時は、私もキアラと一緒に逃げようかな」

 「好きにすればいい。必要なら、私とユアンもきっとついて行く」

 「本当に?」

 「うん。私はスノーもキアラも仲間と認めている。ユアン程じゃないけど、大事」

 「ふふっ、シアにそう言ってもらえると嬉しいね。ま、だからこそ、ナナシキの街を大事にして、誰にも干渉されないほどにするまでだけどね」

 「言うのは簡単」

 「そうだね。今はそれを実感してるよ。街をつくるってこんなに大変だったんだなって。まだ、全体の一部しか携われていないのにね」


 確かに大変だと思う。

 スノーとキアラを見ていればわかる。

 たまに、私も書類に関わる事があるけど、あれは憂鬱。

 それと毎日にらめっこしてる。二人は凄いと思う。


 「っと、話が逸れたね。私が知りたいのはそんな事じゃないんだよ」

 「まだあるの?」

 「そりゃね……ねぇ、本当にユアンとは何もないの?」

 「ない」

 「えー……別にキスじゃなくてもさ、他の事とかさー……」 

 「…………ない」

 「え? 何、今の間?」

 「何でもない。ちょっと思い返しただけ。だけど、何もなかった」

 「嘘だー! ねぇ、シア教えてよ」

 「しつこい。ユアン達が待ってるかもしれない。先を急ぐ」

 

 その後もスノーはしつこかった。

 私達の事を根掘り葉掘り聞いてくるし、それに飽きたらまたキアラの惚気。

 恋人が出来るとみんなこうなるのだろうか?

 私もそうなるのだろうか?

 わからない。

 だけど、ユアンと一緒にいると、自分が少しずつ変われている気がする。

 ユアンと出会う前は私自身が良ければそれで良かった。

 ユアンと出会ってからは、ユアンが良ければそれで良かった。

 今は……スノーとキアラもそこに加わった。

 確実にユアンと出会ってから、私は変われている。

 それはきっといい事。

 大事な物が増えていく。

 だからこそ、失いたくない。

 失うのが怖い。

 難しい。

 その答えは、この先にあるのだろうか。

 ユアンと一緒に居られれば、見つけられるだろうか。

 ユアンに会いたい。

 スノーの話を聞きながら、私達は進む。

 私達の大事な人と合流する為に。

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