第214話 年越しの夜

 シャンシャンと心地の良い音が聞こえてきます。

 広場に置かれた、鐘の前でリコさんとジーアさんが静かに踊っているのです。

 お祭りなのにとても静かで、不思議な感じがしますが、何故かとても魅入られてしまいます。

 普段は崩したように着こなしている、赤と白の服……巫女服というらしいですが、それをしっかりと着込み踊るリコさんは普段とは別人のようにも見えます。

 僅か数分。

 二人がシャンと手に持っていた鈴のような物を振り、ぴったりと動きが止まりました。


 「これにて、龍神様をお迎えする儀式は終わりになります」

 「皆さまが良い年を迎えれるよう、今年一年の事、来年の事を思い、鐘を鳴らしてください」


 どうやら、演舞は終わってしまったみたいです。

 たった数分の出来事なのに、とても淋しく思えてしまいますね。


 「良いものが見れたな」

 「うむ。私も色々な踊りは見てきたが、あのような踊りは珍しく、心が洗われるようじゃのぉ」

 

 僕たちのすぐ隣でアリア様とローゼさんが満足そうに頷いています。

 当然ながら、アリア様達には広場近くの建物の中から見て頂きました。

 外はかなり冷え込んでいますし、街の人のお祭りの中に紛れて何かあったら大変ですからね。

 それに、ナナシキの街の人はともかく、リコさんの村の人は驚いてしまいますしね。


 「近くで見たかったです」

 「すみません。だけど、お楽しみはこれからですので我慢してくださいね」

 「お楽しみですか?」

 「はい……始まるみたいですよ」


 リコさんがみんなに語り掛けていた通り、間もなく鐘つきが始まるみたいです。

 先頭の人は……ジーアさんのお父さんである村長さんみたいですね。

 最初は、街の代表であるスノーさんにと話がありましたが、これはリコさん達の村の文化です。

 それを僕たちが奪う訳にはいかないとなり、場所は違えど例年通りに行って貰う事になりました。


 「龍神様のお導きがあらんことを」


 村長さんが吊るしてある、棒を引っ張りその反動も利用して棒を鐘に向けて思い切り振ります。


 ゴーンッ


 僕が想像していたよりも遥かに低くい音が響き渡ります。

 不思議な事に、低いのに聞こえにくい訳ではなく、何度も何度も反響するように体に、心に伝わるような音だと感じました。


 「すごい音」

 「フォクシアで聞いた太鼓とはまた違う響きかたですね」

 

 楽器ではありませんが、この世には面白いものが改めて沢山あるなと思いました。


 「わぁー……ユアンさん、凄いですね」

 「はい。後で、ローラちゃんもできますよ」

 「本当ですか? 楽しみです!」


 実は僕もです!

 ただ鐘をつく、本当にそれだけなのに何故か凄くわくわくするのですよね!


 「のぉ、ユアン。私もやっていいのかのぉ?」

 「はい、最後の方になってしまうと思いますが、それでもよければ」

 「なら、私とローゼもやっていいのよね?」

 「二人もですか?」

 「なんじゃ、儂らはダメなのか?」

 「いえ、そんな事はありませんが、意外でしたので」


 アリア様も意外でしたが、まさかローゼさん達もやりたいとは思いませんでした。


 「折角じゃからな。よその文化を知るというのも大事じゃよ」

 

 一応、そのつもりでいましたので、問題はありませんけどね。

 僕たちとしても、ローゼさんにお祭りに参加して頂き、この街との交友を深めて頂けるのはいい事だと思います。


 「では、まだ時間は掛かると思いますので、それまで僕たちの家で寛いでくださいね」

 「うむ。そうさせて貰うかのぉ……ローゼや、また付き合え」

 「酒は控えているのじゃがな……まぁ、良かろう」

 「毎晩こっそり呑んでいるくせに」

 「何か言ったか? フルール?」

 「何も。折角だし、私も参加させて貰うわ」


 むむむ……また酒盛りですか。

 まるで今からお酒を呑むような会話をしていますが、さっきまで散々呑んでいたとスノーさん達から聞きました。

 流石にスノーさんはアカネさんに止められ、少しだけ……コップ一杯程度で抑えてくれたみたいですが、この三人は既にとんでもない量を呑んでいるらしいですね。

 それに加え、アリア様とローゼさん達のために用意した料理もしっかりと食べているみたいなので驚くばかりです。


 「それじゃ、ユアンよ。転移魔法陣を繋いでおくれ」

 「わかりました。順番が来ましたら後で迎えに行きますが、酔いすぎないように気をつけてくださいね?」

 「心配は要らぬよ。ほどほどにしとくからな。な、ローゼ?」

 「うむ。節度は弁えるから安心するがよい」


 大丈夫だと二人は言いますが、それが一番不安です。

 そうやって失敗するスノーさんを僕たちは何回も見ましたからね。


 「フルールさん、二人をよろしくお願いしますね」

 「大丈夫よ、ローゼが酔った所を見た事はないから。まぁ、一応気をつけておくわ」


 三人を転移魔法陣で僕たちの家に送ります。

 ですが、怖いのは三人だけじゃないって所ですね。


 「チヨリさんもアラン様もいますからね……本当に大丈夫でしょうか?」


 アラン様はアリア様の旦那様で、この街の町長みたいなものですし、チヨリさんは子供みたいな見た目をしていますが、この街で一番年上で長老と言われています。

 アリア様との関係も深いので、アリア様が招待して欲しいとの事で、招待をしました。

 なので、五人で酒盛りを始める事になりそうです。

 というか、さっきの続きをするみたいですね。


 「ローラちゃんは眠くないですか?」

 「はい、夕方まで仮眠をとりましたので大丈夫です!」

 「辛かったら、時間はまだありますので休んでもいいですからね?」

 「はい。ですが、本当にまだ眠くないので大丈夫ですよ。なので、ユアンさんが良ければ武勇伝を聞かせて頂けませんか?」

 「僕たちのですか?」

 「はい!」


 これはこれで困りましたね。

 ローラちゃんが目を輝かせて僕の事を見ています。

 ですが、武勇伝を語れる程、凄い事はしていませんし、話していい事と悪い事もありますよね……。


 「えっと、そんなに凄い事はしていませんが、それでもいいですか?」

 「はい!」


 でも、ローラちゃんの期待は裏切れませんね。


 「わかりました。退屈かもしれませんが、少しだけ僕たちのやってきたことを話しますね」





 今年一年は激動の年でした。

 大事な仲間と出会い、時には色々な冒険をし、時には釣りをしてみんなで仲良く過ごしたり、大規模な戦闘に参加したりと、濃すぎる一年だったと思います。

 だけど、隣にはいつも仲間が居てくれて僕を助けてくれました。

 けど、助けてくれたのは仲間だけじゃありません。

 イルミナさんやルリちゃん。

 タンザに拠点をおくザックさん達。

 色んな街で出会った冒険者。

 アリア様やローゼさんといった凄く偉い人達。

 一応、オマケでシノさん。

 そして、僕たちを迎え入れてくれたナナシキの街の人やリコちゃん達も、みんなが居てくれたからこそ、大変な事を乗り越えてこれたと思います。

 この一年を一言で表すと、感謝ですね。

 そして、誰よりもそれを伝えたい人が隣にいつも居てくれます。


 「シアさん、せーのでいきますよ」

 「うん」


 僕一人でも鐘はつけますが、別に一人でやらなければいけないという決まりはないみたいです。

 仲のいい人だったり、夫婦だったり、恋人同士だったりと、二人一組で鐘をついている人達を見ました。

 なので、僕もそれにならい、シアさんと鐘をつくことにしました。

 

 「シアさん、今年はありがとうございました」

 「こちらこそ」

 「来年も、その先もよろしくお願いしますね」

 「うん。ずっとよろしくお願いします」


 棒を引っ張りやすくするために、棒には縄が結ばれていました。

 僕はそれを握り、僕の手をシアさんが包むように握ってくれます。


 「それじゃ、準備はいいですか?」

 「いつでもいい」

 「では、いきますよ!」


 うぅ……ちょっと重いですね。

 ですが、僕一人じゃないですからね。

 大丈夫です!


 「「せーの!」」


 シアさんと僕の声が重なり、力いっぱい鐘をつく棒を引っ張ります!

 揺れる棒に振り回されそうになるのを堪え、僕たちは棒を鐘にぶつけます。

 今年、お世話になった人達に届くようにと思いを込めて。



 雲一つない満天の星が輝く夜。

 天まで届けと願う思いは音となり、響き、揺れ、広がる。

 見えないからこそ伝わる思いがそこに確かに存在した。

 思いは届く遠くまで。

 

 「元気そうで何よりね」

 「あぁ、俺の子だからな」

 「違うわよ。私達の、子供だからよ」

 「そうだったな」

 「ねぇ、いつ会いに来ると思う?」

 「直ぐじゃないか?」

 「そうよね」

 「そうだな」

 「終わりの時は近いからね」

 「始まりの時は近いからな」


 二人は天を見上げていた。

 誰かを待つように。

 何かを待つように。

 

 

 黒き髪の者は信じた

 始まりの時は近いと

 白き髪の者は悟った

 終わりの時は近いと


 そして、二人は知っていた

 その中心に居るのは我が子なのだと


 見上げた天に一筋の光が流れた

 

 龍人族の残した言葉にこんな一文がある


 星が流れる時、時代は変わり、新たな王が誕生する

 

 

 とある平穏を望む冒険者は知らない

 時代が動き出したことを

 自身が世界の運命を左右する天秤だということを

 動き出した歯車はとまらないことを


 ただ、今は平穏を生きるがよい

 運命は常に避けられない

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