第215話 弓月の刻、新しい年を迎える

 ぼやけた視界に移る映像。

 この感覚は何度も観た光景。

 ある時は、私の視点。

 またある時は、誰かの視点。

 そこに決まりはない。

 そう、これは夢。

 夢の中にも関わらず、私の意識ははっきりとしていた。

 しかし、体は自由に動かない。

 目の前で転んだ子供に手を指し伸ばす事も、手に握った剣を無抵抗の人に振り下ろす事を止める事も出来ない。

 それが悲しくて泣くことも出来ない。

 だって、その体は私の体ではないから。

 今、私は、誰の視点でもない場所から、ある人達を見ている。まるで、上空から見守るように、監視するようにある人の生活を眺めていた。

 こんな事は珍しい。

 いつもは、誰かの視点なのに、今回は誰の視点でもない。

 それとも、これは誰かが見ている映像?

 だとしたら一体誰が、何のために?

 それを知る術はない。

 私はただ、夢の中で見た光景を伝えることしか出来ないから。

 それが私の役目。

 私の価値はきっとそれくらいしかない。

 私は無力。

 大事なものを守る事が出来なかった。

 だからせめて、私は伝える。

 先に知る事のできる未来は己の力で変える事が出来るから。

 だから、伝えよう。

 私が見た光景が誰かの役に少しでも立てる事を信じて。

 ユアンさん達……頑張って。




 

 「ふぁぁ~」

 「ユアン、眠そう」

 「はい……久しぶりに遅くまで起きてましたからね」


 昨日のお祭りは無事に成功したと言ってもいいかもしれませんね。

 鐘つきが終わり、街のみんなと新しい年を迎えましたが、結局の所、朝方近くまでみんなで騒いでいました。

 嬉しい事に、リコさんの街の人も一緒になって騒いでくれましたので、無事に顔合わせと交流が出来たと言ってもいいと思います。

 

 「アリア様とローゼさんには感謝ですね」

 「うん。色々提供してくれた」

 

 屋台とかはありませんが、食べる物も十分なほどありました。

 何と、アリア様とローゼさんの所の料理人が手伝ってくれたのです。

 僕たちが招待した時点で予定を組んでくれていたようで、僕がそれを取りに行くようにしてくれていたのです。

 その辺りは流石としか言いようがありませんよね。

 先を見通す目と言えばいいのでしょうか?

 僕たちだけでは手の及ばない所をしっかりとカバーして頂けました。

 僕たちは街の人に鐘をついて、リコさん達の、倭の国の文化を楽しんで貰えればとその準備しか出来ませんでしたからね。

 まぁ、その結果があの時間までみんなが起きて騒いでいた事に繋がるのですがね。

 そのせいで、珍しくナナシキの街は朝が終わり、陽が高くなってきたにも関わらずとても静かに感じます。

 みんな家に居る人が多いみたいですね。

 

 「平和な証拠。普通の街はそうはいかない」

 「そうなのですか?」

 「うん。新しい年を迎える時、みんな騒ぐ。それに乗じて馬鹿が悪さする。けど、この街はそれがない」

 「それはいい事ですよね」


 ある時は酔っ払い。ある時は泥棒など、どこの街にも問題を起こす人は耐えないみたいです。

 

 「けど、人が増えたらわかりませんね」

 「うん。必ずしも今住んでいる街の人ばかりではない」

 「だからこそ、僕たちはしっかりとしないといけませんね」

 「頑張る」

 「はい、頑張りましょう」


 と僕達は家の中から街の様子を眺めながら話し合ってました。

 だって、外は寒いですし眠いですからね。

 それでも外の様子がわかるのは僕たちならではです。

 僕は探知魔法で街の様子を探り、シアさんはラディくんの配下から街の情報を得ています。


 「おはようございます。ユアンさん達、起きていますか?」

 「はい。起きてますよ」


 シアさんと部屋の中でのんびりしていると、部屋をノックしジーアさんが入ってきました。

 

 「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」

 「はい、よろしくお願いします」

 「よろしく」


 珍しい挨拶ですよね。

 年を越し、新しい年を迎えた時にする年に一度しかしない挨拶のようです。

 

 「ジーアさん、大丈夫ですか?」

 「はい、正直……少し眠いですけど問題はないですよ」

 「すみません……任せてしまいまして」

 

 僕たちは鐘をつき、街の人達と一緒に騒いだ後家に帰ったのですが、驚くことにアリア様たちはまだ呑んでいました。

 そして、その傍らには酒樽が転がっていたのです。

 

 「スノーさんとキアラさんはまだおやすみになってますよ」

 「あの後、強制的に参加させられてましたし、仕方ないですね」


 僕たちは逃れましたけどね。

 何せ、僕の背中にははしゃぎ疲れて眠ってしまったローラちゃんが居ましたからね。

 それを口実に逃げさせて頂きました。

 今は、ローゼさんの所に居ますが、さっきまで一緒に寝ていましたよ。

 僕とシアさんに挟まれぐっすりと。

 三人で並んで寝るのは凄く新鮮でした。

 僕に子供が出来たらこんな感じかなと思えましたからね。


 「そういえば、リコさんはどうしたのですか?」

 「お姉ちゃんは…………まだ寝てます。すみません」

 「いえ、ジーアさんが謝る事ではないですよ。本当ならジーアさんも今日は休んでくれて構わないくらいですからね」

 「そうはいきませんよ。お客様がいらっしゃいますからね。私だけでも頑張らないとです」

 

 凄く真面目な人ですね。

 そして、責任感が強い人でもありますね。

 昨日の準備の時もそうでしたが、準備が終わる最後の最後まで手を抜かずに手伝ってくれました。

 ジーアさんには感謝しかありませんね。

 

 「では、少し早いですが、昼食がもうすぐ出来ますので、よろしくお願いします」

 「わかりました。ありがとうございます」

 「いえ。それとですが、シノさんから連絡が届いています」

 「……シノさんから、ですか?」

 

 何でしょう。

 それだけで、何か嫌な予感がします。


 「ふふっ、ユアンさんはシノさんが苦手なのですね。大丈夫ですよ、ただの夕食のお誘いですから」

 「あぁ……良かったです。ちなみにですが、別に僕はシノさんが苦手な訳ではないですからね?」

 「はい、わかっていますよ。では、また後で」


 むー……信じて貰えなかったみたいですね。

 

 「では、僕たちはスノーさんを起こしに行きましょうか」

 「うん」


 どうやら、スノーさん達はまだ寝ているみたいですからね。

 一応、起こしておいた方がいいと思います。


 「キアラちゃん、起きていますか?」


 起こす順番はキアラちゃんが先の方がいいと思い、先にキアラちゃんの部屋に行きましたが、どうやらまだ寝ているみたいですね。


 「キアラちゃん、失礼しますね……あれ、いないです?」


 寝ていれば直ぐにわかります。

 ですが、ベッドは綺麗で、眠っていた形跡すらありません。


 「どこに行ったのでしょうか?」

 「多分、スノーの所」

 「今日はそっちでしたか」


 僕とシアさんはほぼ毎日一緒に寝ていますが、スノーさんとキアラちゃんも時々かは知りませんが、一緒に寝ている事があります。

 どうやら、今日はその日みたいですね。


 「では、スノーさんの部屋に行きましょう」


 スノーさんの部屋はキアラちゃんの隣ですから近いです。


 「スノーさん、起きてますか?」


 部屋のドアをノックし、ドアの外から声を掛けますが、こちらも返事はありません。


 「あれ、いないのでしょうか?」

 「中に入ればわかる。スノー入る」


 シアさんがドアを開け、僕も一緒に中を伺います。


 「あ、寝てて気づかなかったみたいですね」


 安心しました。

 どうやら二人とも寝ているだけみたいでした。

 そのまま寝かしておいた方がいいかと悩みましたが、一応昼食の事は伝えておかないとジーアさんも困ってしまいますし、申し訳ないですが声をかける事にします。

 

 「キアラちゃん、起きてください」

 「ん……」


 キアラちゃんは朝は強いようで、朝でもシャキッとしているのですが、昨日遅かったせいか中々目を覚ましません。


 「キアラちゃん」

 「ん……んん? あ、ユアンさん……?」


 何度か声をかけ、布団の上から体を揺すると、ゆっくりと目をあけてくれました。


 「おはようございます。もうすぐお昼の準備ができるそうですので、伝えに来ました」

 「えっ、もうそんな時間!?」

 「はい、なのでもう少ししたら起きてくださいね」

 「ううん、直ぐに起きるよ」


 布団を跳ね上げるように、キアラちゃんが身を起こしました。


 「ふぇ?」

 

 思わず、変な声が出てしまいました。


 

 「どうしたの?」

 「あ、いえ……何で、服を着ていないのかなと……と思いまして」

 「あっ……」


 僕が驚くのも仕方ないですよね?

 布団が捲れた拍子に見えたのは、何故か服を着ていない二人の姿。

 キアラちゃんだけでなく、隣で眠るスノーさんも何故か服を着ていなかったのです。


 「あわわわわ!」


 キアラちゃんが慌てた様子で再び、布団を深く被り隠れてしまいます。


 「えっと、何かすみません」

 「う、ううん。大丈夫、だよ。昨日は暑かったから……ね」

 「えっと、まだ冬ですよ?」

 「えっと、昨日は私もお酒を少し呑んで……それで体が熱くなっちゃったから……」

 「あぁ、そういう事でしたか。それなら仕方ないですね」

 「はい……」


 スノーさんもお酒を呑むと、暑いと言って上着を脱ぐ事がしょっちゅうありましたし、仕方ないですよね。


 「キアラ。昨晩はお楽しみでしたね」

 「な、何がですか!?」

 「別に。こういう時はそう言った方がいいみたいだから」

 「うぅ……」

 

 キアラちゃんが恥ずかしそうに口元まで布団で隠れてしまいました。


 「シアさん、お酒を呑んだから仕方ないですよ。キアラちゃんも好きでこんな格好してたわけじゃないと思いますからね」


 いわば事故ってやつですよね。

 お酒を呑んで、酔って、暑くなって、眠くなってそのまま寝てしまったのなら仕方ありません。

 それに、日ごろから政務に追われているのです。たまには羽目を外してもいいと思いますからね。


 「うぅ……ユアンさんの純真が逆に痛い……」

 「え? 何か言いましたか?」

 「ううん、何でもないよ! えっと、スノーさんを起こして着替えたら行きますので、先に行っていてください」

 「はい、わかりました。まだまだ寒いので、温かい格好をしてきてくださいね」

 「うん……」


 風邪をひいて政務に影響が出てしまったら大変ですからね。


 「ユアン、追い打ちかけるのは鬼畜」

 「何がですか?」

 「何でもない」


 僕が鬼畜?

 心配しただけなのに、何か悪い事をしたのでしょうか?

 ともあれ、キアラちゃん達も起きてくれましたし、昼食ですね。

 

 「今日の午後の予定はどうしますか?」

 「何もない。アリアとローゼを送ったらのんびりすればいい」

 「そうですね。チヨリさんも朝まで呑んでいたと思いますし、仕事はお休みでいいですよね」


 幸いにもポーションの取引相手であるローゼさんも居ますし、軽い打ち合わせだけすれば良さそうですしね。


 「それじゃ、アリア様達を呼びに行きましょうか」

 「うん」


 シアさんが僕の手を握ります。


 「私達も仲良し」

 「いつも仲良しですよ?」

 「うん。だけど、負けてられない」

 「何にですか?」

 「内緒」

 

 むー……。

 また教えて貰えませんでした。

 まぁ、家の中でも手を繋ぐのは嫌ではありませんし、僕はシアさんと一緒にアリア様達の元に向かいました。

 アラン様も今日は僕たちのお家に泊まったので、アリア様と同じ部屋に寝ているので起こすときに少し気を遣いましたけどね。

 だって、あれですよね。

 男女の仲というのがあるみたいですし……もしかしたら気まずい場面に出くわす可能性がありますからね。

 そこは慎重にです。

 結果的には問題はなかったので良かったですけどね。

 その後、泊まっていたチヨリさんも含め、大人数での昼食をとり、アリア様とローゼさん達を送り届けました。


 「いやー、ごめんね。寝過ごしちゃって。それでさ、ちょっと大事な話があるけどいいかな?」


 僕たちがトレンティアからお家に戻ると、ちょうどリコさんが起きてきました。

 そして、いつもの砕けてくれた話し方で呼び止めらましたが、口調とは裏腹に、顔は昨日の演舞並みに真剣な表情をしています。

 何かあったのでしょうか?

 僕たちはそのまま本館リビングに集まりました。

 そこで、リコさんから驚くべきことを伝えられる事になったのです。

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