第213話 弓月の刻、祭りの準備を終える

 「うわー……凄いです!」

 「えへへっ、喜んで頂けたようで良かったです」


 北の森に簡易な小屋を建て、その中に転移魔法陣を設置しました。

 その小屋から出ると、目の前に広がるのは明るく照らされた道です。

 フォクシアのお祭りを参考に、北の森にある道に提灯ちょうちんという灯りを設置したのです。

 そのお陰で、森の中であるにも関わらず、暗い森特有の不気味さは大分薄れたと思います。

 もちろん、安全にも気をつけていますよ。

 森の中はラディくんとキティさんの配下が見張ってくれていますので、魔物が来ても報告してくれますし、提灯が何かしらの理由で燃えたとしても直ぐに対処してくれる手筈になっているみたいです。


 「中々に凝った演出じゃな」

 「珍しい魔法道具マジックアイテムもあるのね」

 

 どうやらローゼさん達も転移魔法陣で移動してきたみたいですね。

 ですが、僕は一つ訂正をしなければいけない事があります。


 「フルールさん、これは魔法道具ではありませんよ」

 「あら、そうなの?」

 

 アルティカ共和国では魔法道具マジックアイテムをあまり使っていませんからね。そもそも、この提灯は倭の国から伝わったものみたいですしね。


 「ちょっと、見せて貰ってもいいかしら?」

 「はい。ですが、気をつけてくださいね?」

 「大丈夫よ」


 木の枝にかけてあった提灯を手に取り、フルールさんは興味深そうに調べています。

 

 「ふ~ん。面白い発想ね」

 

 提灯には色んな柄が刻まれているため、中の火をつければ模様が浮かびます。

 花であったり、動物の形だったりとそれだけで楽しめます。


 「ユアンよ、土産に一つ貰えたりせぬか?」

 「はい、大丈夫だと思います」

 

 どうやら、この演出は好評のようで良かったです。

 帰りの際に一つと言わず、何個かお土産でお渡しする事を約束してしまいましたが、これくらいならきっと大丈夫ですよね?

 それはさておき、いつまでもここでゆっくりしている訳にはいきませんよね。

 何せ、アルティカ共和国はルードに比べてかなり寒い土地です。

 ずっとこんな場所に居て、ローゼさん達が風邪を引いてしまったら大問題ですからね!

 

 『シアさん』

 『ん? ユアン、戻った?』

 『はい、たった今戻りました。今からローゼさん達を手筈通りご案内しますので、スノーさんに至急伝えて頂けますか?』

 『任せる』


 折角ローゼさん達に来ていただいたのに、お出迎えが一人もいないとなると大変ですからね。


 「では、ご案内しますね。ローラちゃん寒くはないですか?」

 「はい! 寒いと聞いていたので、ちゃんと準備はしてきました」

 「偉いですね」


 それでも、ローラちゃんは小さくブルブルと震えているので少し寒そうです。


 「けど、風邪を引いてしまったら大変ですからね……えいっ、これでどうですか?」


 魔力を見える形で練り上げ、ローラちゃんに纏わせるように広げていきます。

 防御魔法を付与してあげると同時に、寒さを和らげる魔法も一緒に使いました。

 もちろん、ローゼさん達にも使用しましたのでご安心ください。フルールさんに意味があるかはわかりませんけど。

 ちなみにですが、この魔法は普段は使いません。

 普段から使ってしまいますと、僕が居ない時に、みんなが寒さに耐えられない可能性があるからです。

 寒いのに慣れておくのは大事ですよね?

 

 「わー……全然寒くないです!」

 「良かったです。では、行きましょうか」


 効果を肌で感じて頂けたようで良かったです。

 あまり使わない魔法ですと、もしかしたら失敗している可能性があるので、ちゃんと教えて頂けるのは助かります。


 「ローゼ様、この度はナナシキの街まで足を運んで頂き、誠にありがとうございます」

 「うむ。こちらも招待して頂いた事、嬉しく思うぞ。今宵は楽しませて頂く」

 

 街の入り口に辿り着くと、スノーさんとキアラちゃん、そしてアカネさんまで待っていてくれました。


 「スノー様、お久しぶりです」

 「ローラ様もお元気なようで何よりです」


 ローラちゃんも自ら進み出て、スノーさんに優雅な挨拶をしています。

 

 「では、ここは冷えますのでどうぞこちらに」


 今度はキアラちゃんがローゼさん達の前に出ました。

 ここからは、スノーさん達に任せて大丈夫みたいですね。

 キアラちゃんに先導され、僕たちのお家に向かいます。

 本当ならば、領主の館に案内しなければいけないのですが、今回は僕たちのお家にご招待です。

 というのも、あまりにも時間が足りなかったからです。

 貴族のパーティーなどは、念入りな計画を立て行われます。

 少なくとも三ヶ月ほど前には招待状を送るのが暗黙の了解になっているみたいですね。

 まぁ、当然ですよね。

 貴族というのは、お金を沢山持っていて、優雅に暮らしているイメージがありますが、その実は違うようで、街の事や貴族同士の付き合いなど、多忙の日々を送っている人が多いらしいです。

 そんな所に、数日後にパーティーをしますので来てくださいなんて言われてもとてもではありませんが参加できませんよね。

 それは開く側も同じで、参加する人数、相手の身分に応じてパーティー会場や警備などを整える必要があります。

 折角招待したのにも関わらず、準備不足で十分なおもてなしが出来なかったとあれば恥でしかありません。

 なので、今回は領主としてではなく、友人として招待した事になったみたいですね。

 それならば、まだ、体裁は保てるとの事でです。

 当然ですが、スノーさんはアカネさんに怒られましたよ?

 思い付きで行動するのはいいけど、せめて相談くらいはしなさいと。

 まぁ、相談はしましたけどね。

 その時には既に、アリア様にも連絡が行っていたので後に引けない状況になっていただけです。


 「ユアンさん達の街、素敵ですね」

 「ありがとうございます。トレンティアに比べたらまだまだ発展途上ですけどね」

 「ですが、これだけの街並みが広がっているのなら、トレンティアなんか直ぐに抜かされちゃいます」

 「そんな事ないですよ、トレンティアも凄く素敵な街ですからね」


 ナナシキとトレンティアでは街の歴史が違います。

 トレンティアは毎年数多くの冒険者や観光客が訪れる街です。

 大きな湖で日ごろの疲れを癒し、豊かな森に囲まれ自然を感じる事ができ、人気な街みたいです。

 そんな街と比べられると、発展途上中のナナシキの街では足元にも及びません。


 『ユアン、そっちは順調?』

 『はい、大丈夫ですよ! シアさんの方はどうですか?』

 『順調……とも言えない。ジーアだけじゃ準備は無理』

 『そうですよね。わかりました、僕が手伝いに行きますね』

 『助かる』


 僕たちの家に着く頃、シアさんから連絡が入りました。

 今回、僕たちは手分けをしてお祭りの準備を進めていました。

 アリア様やローゼさん達を迎える準備と、街の人が楽しめる催しをする準備です。

 そして、その内訳はスノーさんとキアラちゃんとリコさんがアリア様達、僕とシアさんとジーアさんがお祭りの準備です。

 今はローゼさん達をお連れする為にこっちに来ていますが、本来の僕の仕事の割り振りはお祭りです。

 そして、ジーアさんが大変みたいなので、僕も戻らないとですね……。


 「キアラちゃん、僕は向こうの手伝いに戻りますので、後はよろしくお願いします」

 「うん、スノーさんに後で伝えておくね。だけど、アリア様を待たせているから、後で必ず顔を出してね?」

 「わかりました」


 アリア様はローゼさん達が到着する少し前くらいに来られたみたいですね。

 被らなくて良かったです。

 本当ならば、王族であるアリア様を放ってローゼさん達を出迎えるのは大変失礼に当たりますが、アリア様が寛容であり、僕たちの事情を理解してくれているので本当に助かりました。

 ただでさえ、お祭りの準備も手伝って頂いているので本当に頭があがりませんね。


 「では、また後で」

 「はい、街の人の事はあまり気にかけている余裕がないので、ユアンさん達が頼りです。頑張ってね」

 「はい。キアラちゃんの方も頑張ってくださいね」


 お互いの成功を祈り、僕はジーアさんとシアさんが準備を進める広場に向かいます。


 「お待たせしました」

 「あ、良かったです……」


 この寒い中、額に汗を浮かべながらジーアさんがせっせと働いていて、僕が声をかけると涙目になりながら、安心したように大きく息を吐きました。


 「大丈夫ですか?」

 「大丈夫です。だけど、私とリンシアさんだけじゃ間に合わないかもしれないと、凄く不安でした」

 「大丈夫。まだ余裕ある。ジーアが心配性なだけ」

 

 見た限り、かなりの順調に進んでいるように見えますね。


 「でも、私のせいでナナシキの人が楽しみにしてくれているのに失敗したら、私達の街の人と仲違いしてしまうかもしれませんので……」

 「大丈夫ですよ。もし失敗しても、責任をとるのは僕達ですからね」


 ジーアさんとリコさんには無茶なお願いをしたのは僕達ですからね。

 ジーアさん達はそれに協力してくれている身です。何が起きても責任を取る必要はありません。


 「だからこそです。私達はユアンさん達に感謝していますから……ここで失敗して、ユアンさん達に迷惑をかけたくありません」

 

 んー……。ジーアさんは凄く責任感が強い人みたいですね。

 そのせいか、失敗した時の事を考え、不安が込み上げてしまうみたいです。


 「気にする必要はない。失敗した所でそれを楽しむのが私達。失敗はただの失敗とは思わない」

 「そうですね。その為の仲間ですからね。後で笑い話になるのが僕たちですよ。それで、成長してきましたからね」


 失敗なんて沢山してきました。

 それで落ち込む事もありましたが、その都度乗り越えてきたのも事実です。


 「ですけど……」

 「それに、僕たちからすれば、ジーアさんもリコさんも一緒に暮らしている仲間ですよ? なので、例え失敗しても後で笑いあえれば僕はそれでいいと思います」


 本当の失敗って少ないと思います。

 誰かの命が失われたとかですと、取り返しのつかない事かもしれませんが、生きていれば挽回は出来ます。

 

 「ユアンさん……」

 「ですが、やるからには満足な出来に仕上げたいのも事実です。なので、ジーアさんももう少し手伝って貰ってもいいですか?」

 「私達はこのお祭りの事は知らない。ジーアが頼り」

 「そう、ですよね。そうでしたね。すみません、変な所を見せてしまって。私、頑張ります」

 「はい、その調子ですよ!」


 良かったです。

 ジーアさんのやる気が再び戻ったみたいです!

 準備は大変ですが、全てが終われば達成感はあると思いますし、これは僕たちしか出来ない事なので、それをやれている事を楽しむ権利も僕達だけのものです。

 やるからには、大変でも楽しまないと損ですよね!


 「では、僕は何をすればいいですか?」

 「はい、ユアンさんは…………」


 僕も参加し、お祭りの準備を三人で進めることになりました。

 僕が役に立っているかはわかりませんが、お祭りが始まる予定の一時間前には最終確認も終わり、間に合いました。

 後は、スノーさん達と合流し、お祭りを始めるだけですね!

 といっても、フォクシアの都で見たようなお祭りみたく、屋台もない、人も少ないお祭りです。

 ですが、それでも少しでも街の人に楽しんで頂き、いい年を迎えられればと思います。

 そして、何よりも僕たちの思い出の一つとして、ナナシキの歴史の始まりとして刻まれればと思います。

 僕たちがこの街に居たという証となるように。

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