第7章 龍人族のダンジョン編

第211話 弓月の刻、年越しの準備をする

 「寒い……」


 お布団の中でブルブル震えながら、僕は目を覚ましました。

 驚くことに、部屋の中なのに、吐く息が白いのです。

 

 「うー……シアさーん」


 お布団の中を移動し、シアさんの背中にぴったりくっ付きます。

 やっぱりシアさんはぬくぬくしてて凄く温かくていいですね。


 「んー……」


 僕がくっついたせいで、シアさんが少しだけ目を覚ましたみたいです。

 

 「こっちですよー」

 「んー?」


 シアさんが寝返りをうち、ようやく僕に向き合ってくれます。

 お布団が広いせいか、最近は起きたらシアさんに抱かれている事が減りました。

 起きたら身動きがとれないといった事はなくなりましたが、何だか寂しく思えるのが不思議です。


 「シアさん、ぎゅーですよ」

 「ぎゅぅぅぅぅ」


 僕に覆いかぶさるようにシアさんがぎゅーってしてくれます。

 お布団よりも暖かいので、寒いのが苦手な僕は凄く助かります。

 


 

 

 こんな感じで僕たちの一日は始まるのです。





 「ねぇ、そろそろ新しい年を迎える事になるんだけど、何かした方がいいのかな?」


 朝食の場で、スノーさんがそんな事を言い始めました。


 「何かって何ですか?」

 「そうだね……例えば、お祭りとか?」

 「こんな寒い時にですか?」


 フォクシアに着いたばかりの頃、みんなでお祭りに行った事が懐かしく感じます。

 そのせいか、お祭りは夏にするものとイメージがついています。


 「場所によっては寒い時にやるお祭りもあるみたいだよ」

 「そうなのですね。ちなみにキアラちゃんのとこでもお祭りはあったのですか?」

 「ありましたよ。私の所は収穫祭と言って、夏が終わった後は、森の恵みが豊かに実るので、それを頂く事に感謝するお祭りでしたけどね」


 お祭りと言っても、村の人で集まってエルフ族に伝わる料理をみんなで食べたり飲んだりするお食事会みたいなものらしいですね。


 「シアさんの所はお祭りはあったのですか?」

 「ある。だけど、祭りとは名ばかり。殺伐としてた」


 シアさんの所は武闘会といって、影狼族の強者が戦いを繰り広げ、己の武を披露する事があったみたいですね。

 例年、大怪我をする人が絶えないとか……。


 「スノーさんの所はどうなのですか?」

 「私の所はフォクシアに似ているかな。帝王の誕生日を祝う、誕生祭ってのがあったくらい」


 聞いてみると、形は違いますがお祭りは何処でも開かれているのですね。


 「となると、お祭りを開くのは悪くないかもしれないですね。


 「けど、別にお祭りでなくてもいいのですよね?」

 「そうだね。だけど、私達が主催となって何か出来ればなーって思ってさ。街のみんなに感謝を伝えるためにね」


 確かにそうですね。

 僕も街の人にお世話になりっぱなしです。

 街の人はお互い様と言ってくれますが、あまりに頂いてばかりですからね。

 何かお返しが出来るのであればしたいと思います。


 「けど、お祭り以外でお返し出来る事って他にあるのかなぁ?」

 「思い浮かばないですよね」

 「そもそも、お祭りを開くほど、余裕があるのですか?」

 「正直ないかな」


 ですよね……。

 農業区は僕たちが住む前から完成していると言ってもいいですが、商業区はまだまだ発展途上です。

 イルミナさんが経営する宿屋と魔法道具マジックアイテム店、準備中の冒険者と商業ギルドがあるくらいです。

 もちろん、移住者は少しずつ増えてきましたけどね。

 ユージンさん達が二軒家を購入したり、フォクシアの都から移住者が来たりしてくれています。

 それでもまだまだ活気に溢れていると言えるようになるのは先の事です。


 「それなら、倭の国の文化を取り入れてみたらどうだい?」

 「倭の国のですか?」

 「神様を祀った場所に集まり、みんなで年を越して、祈りを捧げる習慣があります」

 「フォクシアの人達は倭の国の文化を受け入れているから案外盛り上がるかもしれないねぇ」


 ふむふむ。

 面白いアイデアですね!


 「具体的にはどんなことをするのですか?」

 「私達の村では、私の住む社で私が演舞をしたり、一人一回ずつ良い年を迎えられるようにと思いを込めて鐘を鳴らしたりするよ」

 「鐘ですか?」


 リコさんが踊っているのは何となく想像はできますが、鐘をならすというのは想像がつきませんね。

 

 「良かったら、一度見に行ってみるかい?」

 「いいのですか?」

 「いいよいいよ! 別に減るもんじゃないからねぇ」


 という訳で、僕たちはリコさんの村に再びお邪魔する事になりました。

 リコさんの社に設置させて頂いた転移魔法陣を通り、リコさんに案内してもらい、僕たちは鐘があるという場所に移動します。


 「これ、ですか?」

 「大きいです……」


 リコさんの社から少し離れた小屋に、それはありました。


 「どうやって鳴らす?」

 「このままだと鳴らせないよね」


 僕達四人が中にすっぽり入れてしまいそうな鐘が小屋の中に置かれています。

 置かれているという事は、このまま鳴らしても音は大してなりません。

 地面に接しているせいで、鐘の音が地面に吸収されてしまいます。


 「当日は村の人達に協力してもらって社の横に設置するのさ」


 かなり大変そうな作業ですね。

 鐘を移動させるだけで凄い労力となりそうです。

 

 「それで、宙に吊るした鐘の横にこの棒も吊るし、振り子のように突く感じだね」

 「それなら子供でも協力すれば鳴らせそうですね」

 

 変わりばんこにその年の事、明けた年の事を思いながら鐘をついていくだけなのですが、何だか楽しそうですね!

 ですが、問題があります。


 「けど、こんな大きな鐘は直ぐに用意できませんよ」

 「そうだね。作るとなったら時間がかかるだろうし」


 見るからにその為に作られたであろう特注品とわかります。

 年越しまではあと数日、とてもではありませんが間に合いません。


 「なら、いっその事、リコさんの村で開くってのはどうかな?」

 「それも悪くはないね。リコの村は私の領地でもあるし、ナナシキの住民ともそのうち顔を合わせたりする必要もあったし、ちょうどいいかも」

 「ですが、移動はどうします? ナナシキからリコさんの村まで結構な距離がありますよ?」


 それに、来て驚いたのですが、リコさんの村には雪が降った形跡が残っています。

 とてもではありませんが、危険を避けるためには向かう事は厳しいと思います。


 「ユアンの転移魔法陣は?」

 「転移魔法陣ですか? どうでしょう」


 別に内緒という訳ではありませんが、僕が転移魔法陣を使える事はまだ伏せています。

 もちろん知っている人は知っていますけどね。

 チヨリさんとか、アラン様とかは。


 「私はこの際だし、公表してもいいと思うけど」

 「私もそう思います。いずれにしてもバレる可能性があるのなら早いうちに説明しておいた方が何かあった時に混乱せずにすみますし」


 仮にですが、僕たちでも対処の難しい魔物が現れたらとても危険です。

 場合によっては村の人達を逃がさなければいけない時があるかもしれません。

 その時に、転移魔法陣の存在を街の人が知っていれば、避難もスムーズに行えますよね。


 「難しい判断になりますね。そもそもですけど、この村の人達が困ったりしませんか?」

 「それは大丈夫だと思います。私が予め父に話しておきますので」

 「だけど、今まで交流はなかったんだよね? いきなり大勢の人が訪れたら場所とかも困りそう……」


 リコさんの社の周りには何もありませんが、それでもリコさんの街の人、ナナシキの街の人が全員集まれるほど広くはありません。


 「それなら逆にリコさんの村の人を招待するのはどうですか?」


 ナナシキの街であれば、みんなが集まっても困らない場所はありますね。


 「私は構わないよ! 流石に全員とは行かないけど、ナナシキの街の事を知っておいて貰って損はないからね」

 「それならどうにかなるかな。その時は、鐘を貸して貰う事はできる?」

 「それも父に相談してみますね」


 そして、驚くことにジーアさんの父親である村長さんから快く許可を頂くことが出来ました!

 しかし、一つだけ条件がありました。


 「僕がみんなに招待状を書く……ですか?」

 「はい。正確にはユアンさんが村長宛に参加したい人を募集する形でですね」


 それが条件のようです。


 「どうして僕なんかが?」

 「ユアンさんが黒天狐様だからですよ。どうかナナシキの街との架け橋になって欲しいとの事です」


 それなら仕方ない……のでしょうか?

 幸いな事に、村長さんを招待すれば、村の人に話を通してくれるみたいなのでそれだけで済むみたいですけど、責任は重大です。


 「こういう事って、アリア様にも話をした方がいいのかもしれないな」

 「そうだね。協力してくれるかもしれないね」

 「いっその事、知り合いを全員誘えばいい」

 「それも有りかな?」


 ちょっと待ってください!

 この感じですと、僕がみんなに招待状を書かなければなりません!

 しまいにはローゼさん達も誘う事にもなっていますよ!


 「年の最後だし、賑やかにしたいじゃん」

 「そうかもしれませんけど……」

 「それに、ここまで大規模に出来るのは今年が最初で最後かもしれないよね」

 「うん。人がいっぱい住んだら無理」

 「という訳で、ユアン……私が領主になった時、約束してくれたよね? 出来る限り、協力してくれるって」

 「………言いました」


 スノーさんの悪い笑顔をしています!

 うー……約束は確かにしました。

 これは、やるしかないみたいですね。


 「よし、戻って早速アカネさんと調整をしようか」

 「うん。残された時間は少ないですし、準備もありますからね」

 「楽しみ」

 「もぉ……シアさん、ずるいですよ」


 シアさんはただ楽しむつもりでいるみたいです。

 人が集まれば、賑やかになり、アリア様に相談したらきっと出店を開けるように人を派遣してくるような気がします。

 ちなみにですが、倭の国では今の時期を師走しはすと言い、とても忙しいという意味らしいです。

 まさしくそんな感じになってしまいました。

 けど、きっと他の人も……アリア様は女王様ですし、ローゼさんだって領主です。

 忙しいのは同じで僕たちの誘いを受ける余裕なんてありませんよね?

 まぁ、誘うだけ誘いはしますけど、それで人が集まらなかったら、僕のせいではないですよね?

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