第210話 ユアンの変化

 「こんにちは。街にはもう慣れましたか?」

 

 領主の館から北に延びる大通りの途中で僕は一軒の建物に入りました。


 「はい。少しずつですが、慣れてきました」

 「それは良かったです」

 「と言っても、まだまだ準備しなければならない物が多く、とてもではありませんが年内中に開く事は出来ないと思いますけどね」

 「問題ないですよ。まだ冒険者も僕たちとユージンさん達しか居ませんし、依頼を頼む人もいませんからね」


 カウンター裏を整理しているミノリさんはとても忙しそうです。

 もちろんミノリさんだけではありません。

 ミノリさんと一緒に来た、4人の女性も慌ただしく整理整頓をしています。

 それも仕方ありませんね。

 部屋の片隅には山となった荷物が積まれているのですから。


 「それにしても、いい街ですね」

 「そうですか?」

 「はい、最初来たときは凄い田舎に来ちゃったと思いましたが、こんな区画が広がっているとは思いませんでしたね」

 「まだ全然人は居ないですけどね」

 「これからきっと増えると思いますよ。何せ、黒天狐様がいらっしゃいますからね」

 「もぉ……馬鹿にしないでくださいよ!」

 「ふふっ、してませんよ」


 ミノリさんが来たとき、実は大変な事になりかけました。

 街の人がミノリさんの忌み子という発言で怒りかけたのです。

 ですが、それは誤解だったとスノーさんからみんなに説明がありました。

 人族と獣人の認識には差があり、それを埋めて共存できる街を私は目指したいと、街の人達の前で演説をしてくれたのです。

 そのお陰で、ミノリさん達も無事に街の人達に受け入れられてもらえたと思います。

 その証拠に、親睦の証として街の人から食べ物が届いてますからね。

 まぁ、そのせいで荷物が山になっている原因の一つになっている訳ですけど。


 「皆さんには頭が上がりませんね」

 「気にしないでください。僕たちとしても、ミノリさん達が来てくれて凄く助かりますからね」


  ミノリさん達と僕たちで北の森の調査をしてわかったのですが、どうやら魔物たちは食料を求め、北の森に出没していた事がわかりました。

 ある魔物は山の抜け道を通り、ある魔物は虎族の領土から川を越えて来ていたのではないかと結論が出ました。

 もちろん全ての魔物がそうでないと思いますけど、ギルドの職員が痕跡などを調査してそう判断したのなら、きっと間違いはないと思います。

 その辺りは僕たちより詳しいですからね。

 そして、今の所は問題はありませんでしたが、寒い時期が終われば魔物が活発に活動し始める時期になります。

 なので、ミノリさん達が来てくれたのは本当に助かります。

 魔物が活発に活動しはじめたら、僕たちだけで対処するのは難しいですし、訪れた冒険者にいちいち僕たちが説明して、依頼するのは手間ですからね。


 「それにしても、ユアンさん達……成長しましたね」

 「はい、これでも少しだけ大きくなりましたからね」

 「いえ、身長の話ではありませんよ。それに、ユアンさんはあの頃からほとんど変わっていません」

 「そんな事……」

 「ほら、これをご覧ください」

 「う……」


 ミノリさんが僕のプロフィールを見せてくれます。

 これは、街に来た冒険者がどんな人かわかるように作られた資料です。

 僕の場合ですと、種族、役割、所属先、身体的特徴などが記載されてますね。

 ちなみに、身長はギルドで希望すれば計る事が出来ます。

 先日、ギルドの様子を伺った時にたまたまその魔法道具マジックアイテムを出していたのでついでに計らせて貰い、それが反映されました。

 ミノリさんの見せてくれた資料はギルドカードと提携してあるので上書きされた形ですね。

 そして、僕の身長は見事に変わっていませんでした!

 

 「そんな落ち込まないでください。ユアンさんはそのままがちょうどいいのですから」

 「そんな事ないですよ、僕はシアさんみたいにスタイルがいい女性になる予定ですので」

 「それは、無理だと思いますよ?」


 ずるい事に、シアさんは一センチ程、背が高くなってました!

 

 「っと話が逸れましたね。僕たちが成長したってどういう事ですか?」

 「少し見ない間に、立派になられたなと思いまして」

 「立派ですかね?」

 「立派ですよ。冒険者ランクはB……Aランク手前まであがり、スノーさんが領主ではありますが、領地を授かったのは弓月の刻の皆さんという話ではありませんか」

 「たまたまですよ」

 「たまたまですか……そんな簡単な話ではないと思いますけどね」

 「けど、それ以外に表しようがないですよ」


 実際にそうです。

 たまたまシアさんと出会い、一緒になり、たまたまタンザでスノーさんと関りができ、たまたまキアラちゃんが危ない所に出会った。

 そして、たまたま事件に関わったりしましたからね。

 まぁ、シノさんが言うには裏でそうなるようにしていたと言いますが、僕は奇跡が重なっただけだと思います。


 「もしかしたら、必然だったかもしれませんよ?」

 「いやいや、今までの事が必然だったなんて困りますよ。僕は平和にのんびり暮らしたいのですからね」

 「私として、ギルド職員としての立場からしますと、ユアンさん達にはこれからも冒険者として活躍をして貰いたいですけどね」


 それは大丈夫です。

 冒険者としての活動はこれからも続けるつもりですからね。


 「そういえば、ギルドマスターさんはいつ頃に来られる予定ですか?」

 「ギルドマスターですか……それが、まだ連絡は来ていません。早くとも年が明けてからだとは思いますけど」

 「なるほどです」


 となると、冒険者ギルドが使えるようになるのはまだまだ先になりそうですね。

 まぁ、移住の人が来るのも雪は降らなくなった頃になると思いますので、問題ないと思いますけど。


 「では、僕は戻りますね」

 「はい。色々気遣って頂きましてありがとうございます」

 「お互い様ですよ。僕たちとしては、ミノリさん達に来て頂いて本当に助かりますからね」

 「私達も、この街に来れた事を嬉しく思います。今後とも、冒険者ギルド、ナナシキ支部よろしくお願いします」

 

 冒険者ギルドを後にし、僕は街の中を一人歩きます。

 空はどんよりといつ降り出してもおかしくない曇り空が広がっています。

 最近はこんな日が続いています。

 人気のない街中。

 何だか寂しい気持ちになりますね。


 「だけど、冬が終わればきっと、人がいっぱい集まりますよね、シアさん?」

 「うん」


 僕を待っていたかのように、シアさんが路地から姿を現します。

 

 「何処に行くの?」

 「何処にもいきませんよ。ただ、賑やかになる前に、この街をしっかり見ておきたいなとそんな気分になっただけです」

 「そう」


 先日の演説。

 ミノリさん達の事をスノーさんが紹介した演説がありましたが、本来の目的は別の目的でした。


 「ナナシキですか」

 「変な名前」

 「そうですか? 僕は気に入りましたよ」


 街の名前はナナシキになりました。

 これにはちゃんと意味が込められているみたいです。

 獣人族と人族だけでなく、魔族やエルフなどの妖精族など、色々な人が集まり多種多様な色が溢れるような街にしたい。

 そんな思いからつけられました。

 けど、これは後付けだったりします。


 「あの夜は不思議な夜でしたね」

 「うん。あんな光景は見た事が無い」


 街の名前が決まる前夜の事、その日は珍しく満点の星空が広がる夜でした。


 「あれが虹っていうものなのですよね」

 「うん。だけど、普通は昼間に見れると聞く」

 「僕もそう聞いた事があります」


 なのにです。

 あの夜、虹が月の明かりに導かれる様に、空に橋を描いていたのです。

 珍しい光景に、街の人も寒い中、外にでて騒いでいましたね。


 「しかもちゃんと弓月でしたよね」

 「うん。逆の形だったけど」

 「それでもです。凄く綺麗でしたよ」

 「うん」


  まるでお月様が橋を渡っているように見えたのです。

 そのお陰もあってか、スノーさんが街の名前を発表しても、否定的な言葉はありませんでした。

 むしろ、みんなの印象に残っていたのでしょうか、賛同の声があがったくらいです。


 「ようやく街の名前が決まって、これから人が増えていくのですよね」

 「ユアンは嫌?」

 「嫌ではないですよ、ただ人が増えるとトラブルが多くなりそうだなと思います」

 「それは仕方ない」


 どこの街でも人と人とのトラブルは起こります。

 そして、この街にこれから人族の人も来るだろうというのがアカネさんの予想です。

 人族と獣人が一緒に暮らす。

 何処の街でも見られる光景です。

 だけど、文化の違いは大きく、そしてこの街は大きく分けて二つの区画に分かれています。

 今住んでいる街の人がいるのが農業区、イルミナさんのお店や冒険者ギルドがあるのが商業区と呼ぶようになりました。

 人族の人は商業区の方に多く住むというのがアカネさん達の予想です。

 そして、そこで起こるであろう問題が格差だとアカネさんは予想しています。


 「僕は農業しているのが悪いと思いませんけどね」

 

 けど、人によっては認識が違うようです。

 陽が昇る前から働き、汗と土に塗れて働くのを見下す人が世の中にはいるみたいです。

 それに、物々交換が主流な農業区域の人達は古く、遅れている人達と差別をするような人達が表れてもおかしくないとの事です。


 「スノーさん達の判断になりますが、ナナシキに住む人達の査定は頑張って貰わないとですね」

 

 なので、この街に住む為には審査が必要となります。

 過去に重大な犯罪を冒した人は余程の事が無い限り住むことは出来ない事になると思います。

 治安を守るためには必要な処置です。

 それでも、犯罪を冒していないとはいえ、この街を訪れるのは必ずしも善人とも限りません。

 それに、ミノリさんが僕の事を見ていってしまった言葉……忌み子。

 それに街の人が反応してしまうかもしれません。

 

 「僕の存在は、何処に行ってもトラブルになってしまうという事ですね」

 「そんな事はない。ユアンはこの街の象徴でもある。みんなに愛されている」

 「嬉しいですけどね」


 街の人は僕たちに優しいです。

 だからこそ、大きなトラブルが起こる前に領地を授かった僕たちで対処しなければいけないと思います。

 その原因が僕にあったとしてもです。嫌な思いをしても逃げる訳にはいきません。

 

 「それにしても……寒いですね」

 「うん。もう、年が終わるから」


 この前の月は逆弓月でした。

 月の初めに見られる弓月と逆向きの形ですね。

 つまりはそろそろ月の終わりを表しています。


 「何か、あっという間でしたね」

 「うん。色々あったけど、終わってみると早かった」

 「けど、凄くいい年になりましたよ」

 「私も。ユアンに出会えた」

 「はい、シアさんに出会えました」


 僕を主と認め、一緒に歩んでくれたシアさんが居たからこそ、僕はここまで来れました。

 あの時に、シアさんと出会っていなかったらどうなっていたのかわかりません。

 

 「えっと、シアさん……寒いですね」

 「うん。だけど、私はこれくらいなら平気」

 「影狼族は寒いのに慣れてるって言ってましたね。だけど……その、僕は寒いのが苦手で、手が冷たい……です」


 最近、シアさんと一緒にいると変な感じです。

 前は普通に出来た事が、ちょっとためらう様になってしまいました。

 もちろん、遠慮してとか気を遣ってとかではありません。ただ、何となく恥ずかしい気がするのです。

 それなのに、気持ちを我慢できないのです。


 「はい」

 

 そんな僕にシアさんが手を差し出してくれます。

 僕がしたい事を、察してくれたみたいです。

 僕は差し出してくれた手を、キュッと握ります。


 「えへへっ、シアさんの手、あったかいです」

 

 たったこれだけなのに、暖かく感じます。

 

 「シアさん、今年も終わりですが……来年も一緒に居てくださいね?」

 「来年だけじゃない。ずっと一緒にいたい」

 「そうでした。ずっと一緒です」


 平和にのんびりと暮らし、いつか男の人と結ばれ、家庭を築く。

 そんな生活を想像していましたが、今では想像はできません。

 僕の将来像では常にシアさんが隣に居てくれます。

 いつか崩れてしまう。

 そんな不安がよぎる事がありますが、出来る事ならずっとこんな関係が続けばと望んでしまっています。


 「けど、子供は欲しいですよね……」

 「子供?」

 「あ、いえっ……何でもないですよ!」


 危なかったです。

 つい、口に出てしまいました。

 子供なんて僕たちには早いですからね!

 そもそも、子供は女性同士では作れないですし……。

 そもそも、僕とシアさんはそういう関係じゃないですし……。


 「ユアン、どうしたの?」

 「ふぇ? あ、大丈夫です!」

 「何が大丈夫?」

 「えっと、何が大丈夫なのでしょう?」

 「ふふっ、変なユアン」


 シアさんに笑われてしまいました。

 確かに、変でしたね。

 最近、僕自身が変だという自覚はあります。

 これが何なのかわかりませんが、よくシアさんの事を考えたりしてぼーっとする事があるのですよね。

 

 「風が出てきた。ユアン、もっと体を寄せるといい」

 「はい」

 「もっと」

 「わっ!」


 シアさんに肩を抱かれ、ぴったりとシアさんにくっ付きます。

 シアさんは温かく、いい匂いがします。

 そのお陰で体の内側から体温が上がっていく気がしますね。


 「もう戻る?」

 

 冷たい風が街の中を通り抜け、陽も少しずつ傾いてきました。

 そろそろ帰る時間になってきたみたいですね。

 ですが……。


 「もう少し、二人で歩きませんか?」

 「うん」

 

 不思議とまだ帰りたくない気持ちになりました。

 歩くのに目的はありません。

 ただ、シアさんと二人だけの時間を過ごしたい。ただそれだけの理由です。

 何でしょうか、この気持ち。

 最近、本当に変です。

 シアさんに聞けば、わかるでしょうか?

 だけど、何故かそれを聞くのが怖い気もします。

 だから、僕は一人で抱えるつもりです。

 いつか、この気持ちの答えを自分の力で見つけられることを信じて。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る