第202話 黒天狐、一日を終える

 「こやー……」


 家の広さに慣れたと思いましたが、獣化して体が小さくなると改めて広さを実感します。


 「ユアン、転ぶと危ないから大人しくしてる」

 「こやー!」


 もぉ! そんなに心配しなくても流石に大丈夫です!

 まぁ、確かにお風呂場で転んだ経験はありますけど、ちゃんとそれで学んでいますからね。


 『それにしても、スノーさん遅いですね』

 『うん。どうせ後で来る。先に入っとけばいい』

 『それもそうですね』


 スノーさんを待っていてもいいですが、あまりに遅くなるとキアラちゃんに怒られてしまいますし、リコちゃんとジーアちゃんがお腹を空かしたまま待たせてしまいますからね。

 スノーさんには申し訳ないですが、先に体を洗わせて貰おうと思います。

 といっても、自分では洗えないのでシアさんにお願いする事になりますけどね。


 『ここでいいですか?』

 『うん。大人しくしてるといい』


 そんな暴れたりなんてしませんよ。

 普段から髪の毛や身体の洗いっこはしたりしていますからね。

 していることは大して変わりませんので。


 「痒いとこはない?」

 「こぁ~~」


 とってもいい感じです。

 何度シアさんに頭を洗って貰ったのかはもうわかりませんが、毎回僕の気持ちいいように洗ってくれるのですよね。

 耳の後ろも丁寧に洗ってくれますし、耳に水や泡が入らないように気を遣ってくれます。

 

 「お湯かける」

 「こやっ!」


 わかりました!

 この時は少し気をつけないといけませんよね。

 水を流した時に泡が目に入ったりしたら痛いですからね。


 「ユアン、更に小っちゃくなった」

 「くぁー!」


 仕方ないじゃないですか!

 普段と違って獣化しているので僕の体は体毛に覆われていますからね!

 ふわふわな毛が濡れて体に引っ付けば誰でもそうなりますよ。


 「次、身体洗う」

 「こやー」


 はーい。

 あ、でも。いつもと違ってタオルで体を洗えませんね。どうしましょうか?

 流石に手で洗っても洗うのは獣化しているとはいえ恥ずかしいですし……。


 「お待たせ!」


 ガラガラガラと扉を開け、お風呂場に入ってきたのはスノーさんでした。

 

 「こやー?」

 

 そして、右手には何か変な物を持っています。


 「これはね、動物用のブラシなんだ。これを探してたら遅くなっちゃったよ」

 「スノー、本格的過ぎてちょっと引く」

 「うっ……だけど、これならユアンの身体も綺麗に洗えると思うよ」


 スノーさんは獣人が好きみたいですが、普通の動物も好きみたいです。

 野良猫や野良犬が居たりすると餌をあげたり撫でたりしているのを時々見かけた事があります。

 けど、そのお陰で直接手で洗う必要がなくなるので助かりますね。


 「シア、約束だしいいよね?」

 「仕方ない。頭を洗ったから我慢する」

 「やった! ユアン、こっちおいで」


 タオルを体に巻いたスノーさんが僕を呼びます。


 「こやや?」

 「痛くしないで欲しいって」

 「そんな事しないよ。うちで飼ってた犬もこれでブラッシングしてあげると凄く喜ぶからね」

 「こやっ!」

 「犬と同じにしないで欲しいって。流石に失礼」

 「べ、別にそういう意味じゃないんだけど……まぁ、試してみればわかるよ」


 スノーさんが僕の体にブラシをあて、ゆっくりとブラシを擦ります。


 「こやぁ~」


 あー……飼っていた犬が喜ぶ気持ちが何となくわかる気がします。

 擦られる度に身体の力が抜けそうになるくらい柔らかくて優しいのです。

 マッサージを同時にされているような感じがして、汚れと一緒に疲れもとれるような気がします。


 「スノー。私、それ欲しい」

 「ダメ。これ結構高かったし」

 「それじゃない、そっち」


 シアさんが指さしたのはブラッシングした際にとれた僕の毛で出来た毛玉でした。


 「何に使うの?」

 「乾かしてコレクションにする」

 「こやっ!?」


 シアさん! そんなのダメですよ!


 「どうして? ユアンが獣化した記念」

 「こやこやっ!」


 記念じゃありませんよ!

 シアさんだって、僕に髪の毛を集められてたら嫌ですよね?


 「ユアンが欲しいならあげる。何ならばっさり切ってもいい」

 「こやっ!」


 シアさんの髪の毛は綺麗なのですから、大事にしてください!


 「わかった」


 シアさんはたまに極端すぎですし、僕が言った事を実行しようとする時があるので困ります。

 あのまま僕がシアさんの髪の毛が欲しいと言ったら本当に切りかねないですからね。


 「あ、ちょっとシア!?」

 「毛が詰まったら大変だから」


 僕が安堵している間に、シアさんは毛玉となっていた僕の毛を手に取りました。


 「こやや?」


 捨ててきてくれるのですよね?


 「…………うん」

 「こや?」

 

 絶対ですね?


 「…………ユアンの毛、私には捨てられない」


 やっぱり捨てる気はなかったみたいですね。

 ですが、僕の質問に嘘をつかず、素直に答えてくれるのは偉いですよね。


 「はぁ……わかったよ。私が捨ててくるよ」

 「こや?」

 

 別に後でもいいと思いますよ?

 

 「後で捨てればいいって」

 「うん。だけど、これだけの量だからね。万が一流れて詰まったら大変だしさ」


 それもそうですね。

 

 「ユアンのブラッシングは終わったから、お風呂に浸かってるといいよ。私も体洗ったらすぐ行くからさ」

 「こやっ!」


 今日いろいろして貰ったお礼に僕も背中を流してあげたりしたいですが、この体では無理なのでお言葉に甘えさせてもらおうとおもいます。

 けど、改めてスノーさんがブラシを持っていて良かったです。

 あれだけの毛がとれましたからね。

 このままお風呂に浸かっていたら、僕の毛が沢山浮いてしまったかもしれませんからね。

 それでも、多少は残っていると思いますけど……そこは許してくれますよね?

 

 「こや……」


 前足でお湯をちゃぷちゃぷして、お湯の温度を確かめます。

 大丈夫そうですね。もしかしあら、人の体と違って熱く感じる可能性もありましたが、その心配はいらなさそうです。

 むしろ、ちょっとぬるく感じるくらいかもしれません。

 まぁ、火を纏っても平気なくらいですし、熱さには耐性があってもおかしくはないですよね。

 では、先にお湯に浸からせて頂きまー……。


 「こばっ!?」


 人と違って足から降りる事は難しいので、少し行儀が悪いですが飛び込むようにお風呂に入ったのですが、大変な事に足がつきません!

 それに、毛がお湯を吸って凄く重く感じます!


 「こやーっ! こやーっ!!!」


 まずいです!

 お風呂で溺れそうになります!

 頑張って後ろ足を浴槽につけようとするも、お尻が浮いてきちゃってそれもできません!

 

 「ユアン!」

 「こやー……」


 異変に気付いたシアさんが僕を抱きかかえ、お湯からあがらせてくれました。


 「バシャバシャして遊んでると思ったら、大変な事になってた」

 「こやー……」


 なんか、本当に申し訳ないです。


 「気にしなくていい。ユアンが無事ならそれでいい」

 「こややん……」


 シアさん……。

 うー……何もできないって本当に辛いです。

 

 「ユアンはいつもみんなの為に頑張ってる。たまには甘えるといい」

 「こや」


 はい、今日はそうさせてもらいます。

 シアさん、すみません。


 「謝らなくていい。ユアンが甘えてくれると、私も嬉しい。お風呂、一緒につかる」

 「こやっ!」


 結局、お風呂はずっとシアさんと時々スノーさんに抱えられながら浸かりました。

 お湯にも慣れてきて、少し泳ぎの練習もさせてもらいましたよ。

 

 「ユアン、身体拭く」

 「こやっ!」


 シアさんがタオルを持って、僕の体を拭いてくれようとします。

 なので、その前に…………ブルブルブルブルッ!

 ある程度の水は落とさないといけませんよね。


 「うっぷ。ちょっと、ユアン!?」

 「こやや!?」

 

 その水がスノーさんに当たってしまったみたいです。

 

 「ご褒美」

 「まぁ、滅多にできない経験だろうけどね」

 

 そんな一幕もありながら、僕達はお風呂からあがり、キアラちゃん達が待つ食堂へと向かいました。


 「遅かったね。ご飯もうできてるよ」


 食堂に入ると、僕の鼻を刺激するとってもいい匂いがしました。


 「色々あってね」

 「そうなんだ。食事をしながらでも聞かせてね?」

 「うん、わかった」


 一緒に食事をする時は最近あった出来事など話すようにしています。

 自分たちの知らない所で何があったのかを話しておくのは大事ですからね。

 そして、リコちゃんとジーアちゃんがいる時は僕達がしてきた事などを話したりもします。

 思い出話に花を咲かせるってやつですね。

 ですけど、それよりもさっきから漂う美味しそうな匂いの元が気になります!

 けど、僕の背ではどう頑張ってもテーブルの上の料理は見えません!

 なら……。


 「こやっ! こやーっ!」

 

 見えないなら、見えるように頑張るまでです!

 ジャンプして、ジャンプして、頑張ってテーブルの上をみます。


 「あ、ユアンさん! 毛が飛ぶからだめだよ!」

 「こやっ!? こやー……」

 

 キアラちゃんに怒られてしまいました。

 そうですよね。毛が飛びますし、ジャンプしたら埃も舞ってしまいます。


 「ユアンがショック受けてる」

 「え? あ、ユアンさん? 怒ってないよ……いい子いい子」


 キアラちゃんが僕の頭を撫でてくれますが、扱いがいつもと違います!


 「くぁー!」

 「きゃっ! でも、怒ってるのも可愛い」

 「わかる」

 「ずっとこのまま……は困るけど、たまには獣化して貰いたくなるね」


 しません!

 もう、獣化は懲り懲りですからね。

 それよりも、お腹が空きました。もう、ご飯を食べて、寝たいです!

 明日になれば、人の姿に戻れる筈ですからね。

 

 「ご飯食べたいって」

 「そうですね。冷めてしまったら勿体ないですからね。スノーさん、リコさん達を呼んできてもらえますか?」

 「うん、わかったよ」


 キアラちゃんが料理をしているので、その間、気を遣わせないためにも二人には部屋で寛いでいて貰ったみたいです。

 

 「それじゃ、席について待ってましょうか」

 「うん」

 「こやっ!」


 やりました!

 ついにご飯の時です!

 獣化は燃費が悪いのか、何だかいつもよりもお腹が空いた気がしますからね。

 あ、でも僕は何処に座ればいいのでしょうか?

 それに、どうやって食べれば……。

 僕がどうしようか悩んでいると、僕の前にお椀が置かれました。


 「はい、ユアンさんの分ですよ。お野菜とかは食べにくいと思うので、お肉中心にしてあるからね」


 どうやら、僕が食べやすいように平皿ではなく、ドンブリにしてくれたみたい……ですが。


 「こやー……」

 

 目の前に置かれたドンブリ……これに顔を突っ込んで食べればいいって事ですよね。

 でも、これじゃ本当に……。


 「うぅ……そんな哀しそうな目で見ないでください。他にユアンさんが食べれる方法がわからなかったの」


 犬みたいですが、仕方ないです。

 キアラちゃんも考えてくれたのはわかります。だから、キアラちゃんを責めている訳ではありません。

 ただ、獣化した自分がどんどん情けない気持ちになってきてしまったのです。

 今日の一日の最後に相応しいですよね。

 大丈夫です、明日から人の体に戻って頑張りますから!


 「こやっ!」

 「ユアンの席はここ」


 シアさんが僕を抱き上げ、シアさんの膝の上に座らせてくれました。


 「こや?」

 「一緒に食べる。食べたいの言えばいい」

 「こややん……」


 あぁ……シアさんはやっぱりシアさんです!

 僕がどんなに失態を冒しても、こんな姿になっても変わらないでいてくれます!

 シアさん……本当に優しいです。

 

 「ユアン、くすぐったい」

 「こやぁ~」


 シアさんがくすぐったいと困っているかもしれませんが、優しいシアさんへの気持ちが止まりません!

 嬉しくて、ついシアさんにすりすりしたくなちゃいます。

 僕がシアさんの上に座ったとほぼ同時くらいに、スノーさんがリコさん達を連れて来てくれました。


 「いや~……キアラちゃん、ごめんね? ご飯作って貰っちゃって」

 「ご相伴に預かります」

 「気にしないで……って、どうしたの? キアラ、何かあった?」

 「えっとですね……」


 キアラちゃんが今あった事をそのまま話しました。

 僕が食べやすいように床にどんぶりを置いた事などを包み隠さずにです。


 「うーん、難しいね」

 「だけど、それでユアンさんを傷つけちゃったみたいで」

 「まぁ、それを言ったら私もだしね。ついユアンが可愛くて、正直動物みたいな扱いしちゃったと思うし」

 「こやぁー……」


 二人もちょっとしょげていますね。

 だけど、一日を思い返せば、二人も僕の為に色々としてくれました。

 多少、ペットみたいな扱いを受けた事にショックはありましたが、気にするまでの事ではないと思います。


 「まぁ、獣化すると本能で動くみたいだからねぇ。ユアンちゃんの行動も行動だったんじゃないかな?」

 「こや?」


 そうなのですかね?……いえ、そうでしたね。

 普段じゃ、理性が働き踏みとどまる行動も抑えられていなかったと思います。

 魔鼠の件だって、僕が楽しくなって追いかけたのが悪かったですし、ゴブリンの件だって僕が調子に乗ったから迷惑をかけました。


 「お互い様」

 「こやや」


 そうですね。

 だから、僕が悪かったのですから、二人は気にしないでください。

 シアさんにそう伝えて貰います。

 

 「ううん。私ももっと気の遣いようがあったと思う」

 「だね。これからもユアン達と仲間としてやっていきたいし、私達の謝罪を受け取って貰いたいな」

 「こやっ!」

 「なら、僕の謝罪も受け取ってください!」


 お互いが謝り、無事に和解が成立しました。

 そもそも、喧嘩ではありませんし、ちょっと変な感じになっただけですしね。

 ともあれ、こんな問題は直ぐに解決です!


 「いやー、仲が良いっていいね」

 「そうですね。ちょっとした仲違いで永遠の別れがあったりしますから」

 「こや?」

 「ううん、こっちの話だよ! それよりもお腹空いた……食べてもいいかな?」


 半ば強引に話を逸らされた気はしますが、僕達が深く踏み込んでいい話ではないですね。

 もし、二人が話す気になった時、そういった話を聞くべきだと思います。


 「こやっ!」

 「僕も、お腹が空きました!」

 「だから、シアそれはやめよ?」

 「ふふっ、けど面白いですよ」

 

 シアさんが笑いをとってくれました。

 もしかしたら、本人は真剣にやってくれているのかもしれませんが、笑いに変わりました。

 ちょっと、雰囲気が暗くなりかけましたが、無事にみんなでお食事ですね!


 『シアさん、アレ食べたいです』

 『うん。あーん』

 「こーやっ」


 シアさんが食べさせてくれますし、キアラちゃんの料理は凄く美味しいです!

 

 「ユアン、これ食べて!」


 僕の前に茶色の水球が浮かんでいます。

 そして、その中には野菜?


 「精霊魔法でお味噌汁を水球にしてみたんだよね。これならユアンも食べれるでしょ?」


 スノーさん、そんな事を出来るようになったのですね!

 では、有難く頂きます!


 「ぱくっ……こやー!」

 「美味しいって」

 「良かった。無事に成功したみたい」

 「実験台にされた甲斐があったみたいで良かった」


 どうやらキアラちゃん相手に練習をしていたみたいですね。

 それも、僕がお味噌汁を食べれる様にするためだけに。

 裏でこうやって僕の為にしていてくれた、改めて二人には謝罪ではなくて、感謝を伝えるべきですね。

 けど、やっぱり一番はシアさんです。


 『シアさん、今日はありがとうございました』

 『平気。私がしたい事をしただけ』

 『それでもです!』

 『わかった。だけど、今日はまだ終わってない、一緒に寝る』

 『はい!』


 今日は一緒にいてくれるって約束でしたからね。

 その約束を最後まで守ってくれるのです。

 シアさん、本当に大好きです!


 「こやっ……!」

 「どうしたの?」

 「こやや……」


 いえ、何でもないです。

 ただ、ちょっと……シアさんの優しい顔をみたらドキッとした気がしただけです。

 けど、それが何故か恥ずかしくて伝えられませんでした。

 その夜、食事も解散となり、僕達は早々に休む事になりました。 

 何だかんだ、この体は体力を使うみたいで、シアさんの腕の中で眠ったのにも関わらず、まだ眠いのです。


 「ユアン、おやすみ」

 「こやや……」


 僕に合わせてシアさんと一緒にお布団に入ります。

 いつもと同じ、シアさんと寝ている。

 それなのに、こんなに眠いのに、何故かドキドキして中々寝付くことが出来ませんでした。

 これも獣化の影響でしょうか?

 色々と不思議な気持ちになりつつ、隣で眠るシアさんの横顔を眺めて夜を過ごしていくのでした。

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