第201話 黒天狐、家に戻る
「くかぁ~」
何度目となる欠伸でしょうか。
シアさんと街の警邏をしているのですが、シアさんの居心地はよくて、歩いている振動がまるで揺り篭のように眠気を誘います。
「ユアン、寝てても平気」
「こやぁ~」
大丈夫です。
シアさんがお仕事頑張っているので、僕も頑張ります。
「リンシア、一度ユアンさんを家に置いてきたら?」
「ダメ。ユアンは私と一緒に居る」
「こや~」
そうですよ。
僕もシアさんから離れませんからね。
「まぁ、二人がいいのならいいんだけど、何かあった時、困るのは僕なんだよね」
「黙って働く」
「わかったよ」
「こやや~」
喧嘩はダメですよ。
仲良くしてくださいね。
「うん。ユアンがそういうなら……」
「ユアンさんの言う事ばっかり聞いて……ホントに」
ラディくんが呆れた様子で首を振っています。
元は魔鼠とは思えないほどの人間ぽさが溢れていますね。
知らない人からすれば鼠の獣人と思ってしまうかもしれません。
ちなみに、街の人はもう知っています。
知らない人がシアさんと一緒に歩いていれば目立ちますからね。ちゃんと、キアラちゃんの使い魔だと通達してあるみたいです。
「くかぁ~……」
それにしても、眠いです……。
ここ最近、寒い日が続き曇り空が多かったですが今日は晴れています。
いつもよりもぽかぽかした陽気が僕を襲ってくるのです。
ですが、僕は負けませんよ!
シアさんも頑張っているのです。僕ばかり怠けていてはいけません! ……けど、少しだけ残りの時間を頑張るために……少しだけ……。
目を、閉じるくらいなら……。
「ユアン……終わった」
「こやぁ?」
背中をポンポンと優しく叩かれました。
「平気?」
「こやこや」
はい、大丈夫ですよ。
シアさんが何に対して平気か尋ねているのかわかりませんが、僕は元気です。
「うん。なら帰る」
「こや?」
帰る?
まだ、警邏の途中ですよ?
「終わったから平気。後はラディに任せた」
「こやっ!?」
気がつけば、空は茜色から瑠璃色に変わり始めていました。
もしかして、僕……完全に寝てました?
「ぐっすり」
「こやぁ……」
そんなー……。
折角のシアさんとの警邏なのに、僕は寝て過ごしてしまったみたいです。
「平和だった。気にする事はない」
『でも、今日の僕は本当に何もしていないです……』
『そんな事ない、ゴブリンも倒した』
その分、スノーさんにも迷惑をかけました。
『私達は仲間。いちいち気にしたりなんかしない』
『そうですけど……』
『私とユアン、立場が逆だったら気にする?』
『いえ、気にしないです』
シアさんがちっちゃな狼になっていたら凄く可愛いと思います!
そんなシアさんと一緒に過ごせたら、寝ていても嬉しいです。
『それと一緒。私は楽しかった』
『そうですか……シアさんお仕事お疲れ様でした』
『うん。帰ろ?』
『はい! 帰りましょう!』
という訳で、僕は寝て過ごしてしまいましたが、仕事を終え、僕たちは帰宅する事に……。
「え、本当に帰るの? 日報がまだ何だけど」
「字を書く練習。頑張る」
「嘘でしょ……まぁ、やれっていうのならやるけどさ……」
「こやや?」
仕事は終わったのはないのですか?
「警邏であった出来事を書き留めておかないといけないんだ」
「こや?」
毎日ですか?
「うん。毎日だよ」
それを繰り返す事で街の変化に気付けたりすることがあるみたいですね。
例えば、普段見ない人がいればそれも書きとめておけば、事件が起きた時にそれと照らし合わせる事で関係性が浮上するかもしれないみたいです。
ただ、街の中を歩いているだけではなく、そういった所までチェックをしているのですね。
「それじゃ、ラディ。また明日」
「うん……お疲れ。はぁ……字を書くの汚れるし大変なんだよね」
ラディくんが人化を解き、広げた日報に書き込みをしています。
しかも器用な事に、尻尾に炭をつけて、その尻尾で書いています。本当に器用ですね!
ラディくん一人……人化したら人と変わらないのでもう一人とカウントしていいですよね?
それは置いておいて、ラディくんを残し僕たちは帰路につきました。
『けど、本当に良かったのですか?』
『構わない。普段から練習してる』
『そうなのですね』
『ラディはきっと人になりたいと思ってる』
『その気持ち……今回の事でよく分かった気がします』
獣化していい点も勿論あるかもしれませんが、やはり人という生き物は楽です。そして、何よりも生きやすいと思いました。
自分で出来る事が限られる獣化と違って、人が出来る事は多いですからね。
『けど、ラディくん文字を書く時は尻尾を使ってましたよ?』
『今は文字を覚えている段階』
ラディくんは真面目ですね。
いきなり背伸びをせずにまずは出来る事を一つ一つ学んでいるみたいです。
僕も見習わねければいけませんね。
そんな会話をしつつ歩く事数分。
あっという間にお家へと戻ってきました。
たった一日の出来事でしたが、凄く長く感じ、無事に帰ってこれた事にすこし感動が浮かびます。
「こやややー!」
ただいまです!
住み始めた頃はこんな大きな家に慣れる訳がないと思っていましたが、毎日過ごすうちに僕達を出迎える玄関ホールも見慣れました。
「お帰りなさいませ。ユアン様、リンシア様」
「こやや!」
「ただいま」
そして、最近の日課となっているのは、執事服みたいなものを着たキティさんが出迎えてくれるようになりました。
ラディくんがシアさんと共に警邏をしているように、キティさんも人の姿で僕たちの役に立ちたいと思い始めたようです。
リコさんとジーアさん、そしてキティさんが僕達の生活を支えてくれています。
「キアラとスノーは?」
「はい、キアラ様達は先ほど戻られ、キアラ様は食事の支度を、スノー様は本館のリビングでお休みになられています」
「わかった」
食事は当番制です。
もちろん、シアさんとスノーさんはやらないので、僕、キアラちゃん、リコさん、ジーアさんの四人で回しています。
といっても、僕とキアラちゃんが作るのはリコさんとジーアさんの仕事がお休みの時だけですけどね。
基本的にはリコさんとジーアさんがこなしてくれています。
ちなみにですが、キティさんは食事を作る事はまだできません。
リコさんとジーアさんに教わっている段階の見習い段階だったりします。
キティさんは僕達の役に立つために色々と学ぼうとしてくれていますが、リコさんとジーアさんの補助をしてくれているだけで凄く二人は助かっているといいます。
ラディくんもそうですが、二人はキアラちゃんの使い魔で魔物ですが、よく働いてくれますね。
「それとキアラ様からの伝言で、直ぐに食の支度が整うと思いますので、スノー様と先に汗を流して欲しいとの事です」
「こやや!」
わかりました!
お風呂も沸かしてくれているみたいですね。
『それじゃ、スノーさんを誘って先にお風呂に入らせて頂きましょうか」
「そうする」
キアラちゃんだけ後で入るか、シャワーで済ます事になりますが、これも僕達の決め事だったりします。
誰かに合わせると、お互いが気を遣い、生活しているうちにギクシャクしてしまうかもしれません。
なので、お風呂とかがバラバラになっても、入れる人は先に入ろうという事になってます。
まぁ、普段は僕とシアさんだったり、他の組み合わせや全員一緒にお風呂に入ったりしますので、こういう日があっても気にしなくなりましたね。
むしろ、遠慮して待たれると本当に早く終わらせなきゃと焦っちゃいますから。
「スノー戻った」
「おかえり!」
リビングに入ると、スノーさんはソファーで横になり寛いでいました。
ですが、僕達が入った瞬間に立ち上がり駆け寄ってきました。
いつもはそんな事ないのに、どうしたのでしょうか?
「ほら、ユアンおいで!」
「こや!?」
「ほら、約束したじゃん。後で、触らせてくれるって! 私、ずっと待ってたんだ!」
そういえば、そんな約束した気が……。
「スノー、ユアンが怯える」
「大丈夫だよ……ね、ユアン?」
「こやぁ…………」
スノーさんの事は仲間で信頼しています。
ですが、今のスノーさんは凄く怖いです。
「スノー落ち着く。じゃなきゃ、ユアンは渡せない」
「お、落ち着いているつもりだけど?」
「そんな事ない。深呼吸」
「わかったよ……すぅーーはぁーー」
僕達の前でスノーさんがゆっくりと息を深く吸ってゆっくりと吐く、それを繰り返しています。
「うん、大丈夫。ユアン、怯えさせてごめんね?」
「こやっ!」
いえ、大丈夫です!
普通に接して貰えれば……問題はありませんからね。
「それじゃ、改めて……ユアン、おいで」
「こやっ!」
シアさんの腕からスノーさんの腕に飛び移ります。
「うわぁ……本当にふかふかしてる」
「くぁぁ~」
うわー……スノーさんの撫で方、凄くいい感じです。
シアさんに撫でられると嬉しくて、安心できて落ち着くのですが、スノーさんに撫でられると力が抜けるような感じで眠気を誘われます。
「満足した?」
「ううん…・・・もうちょっと……」
「くかぁ~」
「あぁ……ユアンの欠伸も可愛い!」
さっきシアさんの腕の中でいっぱい寝たのに、また眠くなってきちゃいました。
「スノー」
「もうちょっと!」
「お風呂入る」
「そうだねー……」
シアさんが声を掛けるるも、スノーさんの手は一向に止まりません。
それどころか、僕の耳の裏や首元など、撫でられると気持ちいい場所ばっかり狙って触ってきます。
こんなの寝ちゃいますよー……。
「スノー」
「うん」
「キアラにいいつける」
「うっ……」
「それでもいいなら続ける」
「うん。満足した……ユアンありがとう」
ふにゃ?
あれ、いつの間にかシアさんの腕に戻ってます。
「それじゃ、準備する」
「うん……もしかして、ユアンも一緒?」
「こやぁ?」
あぁ……そういえば、今からお風呂でしたね。
だけど、僕が一緒に入っていいのでしょうか?
人の姿ではないので自分で体を洗えませんし、お湯に毛が入っちゃうと思います。
「私は気にしない。スノーは?」
「私も気にしないよ。むしろ、一緒に入ってくれるの!?」
「こや?」
シアさんとスノーさんが良ければ僕の方からお願いしたいくらいです。
今日も散々迷惑をお掛けしていますからね。
「入るって」
「本当!? それじゃ、私がユアンの体を洗ってあげるから!」
「だめ、それは私の役目」
「シアばっかりずるい」
「ずるくない。私はユアンの従者、私がやるべき」
「こやこや~?」
もぉ、争わないでくださいよ。
僕は洗って貰えるのならどちらでも構いませんよ。
「……わかった」
「え? 何だって?」
「洗ってくれるならどっちでもいいって」
「それじゃ、二人でユアンの事洗ってあげようか」
「そうする」
どうやら、二人で僕の事を洗ってくれる事になったみたいですね。
「私、準備してくるから先に行ってて!」
「わかった」
「こやん!」
シアさん、今の僕は収納魔法が使えないのでシアさんの服も部屋に行かないとないですよ!
「そうだった」
「こややや」
「うん。私の服をとったら先に向かう」
「こやっ!」
ようやくお風呂に入れそうですね!
いや、別にお風呂が楽しみだったわけではないですけどね。
それよりも、実はお腹が空きました。
お風呂を早く済まして、ご飯が食べたかったりします。
『それじゃ、先にお風呂に行っていましょうか』
『うん。スノーが遅かったら私一人でユアン洗ってあげる』
『はい、その時はお願いします』
という訳で、僕達は先にお風呂に向かう事になりました。
そして、その後はキアラちゃんが作ったご飯です!
キアラちゃんの作るご飯も美味しいのですよね……今日の夕飯は何でしょうか?
「ユアン、よだれ」
「くぁっ!?」
っと、いけませんね。
シアさんにはしたない所をみせてしまいました。
これ以上、情けない所をみせてシアさんに愛想を尽かされるのは嫌ですからね!
気をつけないと……。
けど、ご飯……何でしょうか……。
ご飯の事で頭がいっぱいになりながら、僕はシアさんと一緒に……シアさんに連れられお風呂に向かうのでした。
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