第203話 弓月の刻、悩む

 「ねぇ……悩みがあるんだけどさ」

 

 獣化騒ぎから数日経ち、夕食で僕たち弓月の刻が集まった時、スノーさんが深刻そうな表情でそう呟きました。


 「どうしたのですか?」

 「うん。この街の事なんだけど、そろそろ街の名前でも決めた方がいいんじゃないかなって」

 「確かに」


 あー……すっかり忘れていましたね。

 特に街の名前がなくてもそこまで困らなかったので正直気にしていませんでした。


 「けど、何でそれが悩みになるのですか?」

 「そりゃ悩むよ! だって、私の名前の中に領地名が加わる事になるんだからさ」

 「そういえばそうでしたね」


 僕は貴族ではありませんので知りませんでしたが、ルード領ではそういう風習というか決まりみたいなものがあるみたいですね。

 僕の知り合いに、トレンティアの領主様が居ます。

 ローゼ・アルカナ・トレンティア。

 ローゼが名前、アルカナが家門名、トレンティアが領地名となっている訳です。

 なので、領地名を決めると、スノーさんの最後の部分に領地名が加わる事になります。


 「ここはアルティカ領。その風習に従えばいい」

 「そうですね。それでしたら、スノー・クオーネだけでいいですからね」


 フォクシアの女王様はアリア様です。

 そのアリア様の名前に家門名も領地名もありません。

 これはアルティカ共和国全体にいえるのですが、獣人の人は名前は名前しかありません。

 その代わりに、僕であれば黒天狐のユアン、シアさんなら影狼族のリンシアと名乗ったりするみたいですけどね。

 あくまで例ですよ?

 僕が自己紹介するならば、冒険者なので補助魔法使いのユアンと名乗ります!

 だって、黒天狐なんて自分で言う程、僕は凄くないですし恥ずかしいですからね。


 「けど、どうして今更、街の名前が必要だと思ったのですか?」

 「ユアンさん達も見かけていると思うけど、移住希望者が最近増えてきたからだよ」


 そういえば、街のあちこちで見慣れない顔の人が増えましたね。

 主に狐族の人が多いですが、中には人族や虎族の人もたまに見かけたりします。

 観光やフォクシアの都に向かう途中で立ち寄った人も混ざっているので全ての人が移住する為の下見という訳でもないみたいですけどね。


 「でも街の名前ですか……」

 「難しい」

 「そうなんだよね。もし、私の名前に加わる事になったら変な名前はつけられないし」

 「そうだね。…………私の名前に加わる事になるかもしれないし」

 「キアラちゃん、何て言いました?」

 「ううん! 何でもないよっ!」


 顔を赤くしながら、手を顔の前で振っています。

 そんな恥ずかしい事でも言ったのでしょうか?


 「いっその事、街の人に聞いてみる」

 「あー、その案もあったんだけどね」

 「何か問題でもあったのですか?」


 シアさんの案は悪くないと思います。

 みんなで決めたのならば、自分たちの街という実感が湧き、色々と手伝ってくれるかもしれませんからね。

 ですが、その案はどうやらダメみたいです。


 「いや、私は別にいいんだけどね。ユアンが嫌がるかなって」

 「僕がですか?」

 「うん、私達が街の一部の人に、もし自分たちで街の名前をつけるとしたらどうするかを聞いてみたんだけどね」


 あれ、何か嫌な予感がしますよ?


 「それで、みんな口をそろえて言ったのが……」

 「天狐村でした」

 「却下ですね!」


 ある意味、村の特徴を捉えていると言えますけどね。

 白天狐のシノさん、黒天狐の僕が居ますので。

 けど、ここは僕が住む街であって、僕の街ではありません!

 それに、スノー・クオーネ・テンコムラ。

 絶対におかしいですよね?

 そもそも、村って入っちゃってますから。


 「だよね。だから、私達で決めなきゃいけないんだよね」

 「私達は市民。スノー達が決める」

 「いや、そこは協力してくれないかな?」

 「そもそも僕たちで決めていいのですか?」


 街の名前を決めるのは出来ます。

 ですが、それを勝手にやっていいのかどうかはまた別の話ですからね。


 「むしろ、アリア様に早く決めろと急かされてるくらいだね」

 「街の名前がないと、移住する人の手続きが進まないみたいなの」

 

 これは、大変な事ですね。

 村と違い、街とは国の要となる場所です。

 当然、そこの重要度は村と比べる事が出来ないほどに高くなるみたいです。

 なので、街に住む人の価値もあがり、国として、街の領主として把握しておく事が必要のようです。


 「アリア様に急かされているとなると、決めなければいけませんね」

 「まぁ、出来れば早くって感じだけどね」

 

 急ぎは急ぎみたいですが、今日の今日決めろと無理を言われてはいないみたいです。

 けど、早ければ早いほど手続きが進むから助かるとも言われているみたいです。


 「という訳で、ユアン達もいい街の名前が浮かんだら教えて欲しいかな」

 「わかりました。一応、考えてみますね」

 「お願いします」


 それにしても、街の名前ですか……全く思い浮かびませんね。

 スノーさんは「領主は私だけど、貰ったのは私達だから、私達に関係する名前や天狐村じゃないけど、この街の特徴を捉えているならいいかな」と言っていました。

 何かいい名前があればいいのですけど。


 「あ、折角ですし……もう一つ相談があるんだけど、いいですか?」

 「キアラちゃんもですか?」

 「うん。むしろ、スノーさんの話よりも深刻な悩みなの」


 スノーさんよりもですか?

 

 「あー、あれね。確かに、さっきの話よりも深刻だね……」

 「そんなにですか?」

 「うん……その、お金が足りないの」

 「えっ、お金ですか?」


 そういえば、スノーさんにもキアラちゃんにもお金を渡していませんでしたね。

 すっかり忘れていました!

 何せ、この街ですとお金を使う機会がほとんどありませんからね。


 「あ、違うの。私達のお金じゃなくて街のお金がだよ」

 「そっちですか……って、それはマズいですよね?」

 「もしかして……スノー使い込んだ?」

 「いやいやっ、流石にそんな事しないよ!」


 そうですよね。スノーさんがそんなことする筈がありません。

 けど、どうして街のお金が足りないのでしょうか?


 「基本的に、物のやりとりが物々交換だからね。お金を使う習慣が全くと言っていいほどないんだよね」

 「お金を使わなければ税も入らない。だから、街の資金となる収入がほぼゼロなの」


 この街はフォクシア領に所属しています。

 本来ならば、アリア様の所に定期的に税を納めなければいけませんが、アリア様の配慮により免除されています。

 それはかなり助かっているみたいですが、収入がない以上、街の整備をする事も、兵士を雇う事も出来ない状態です。

 これから、移民が増えるのに警備をする兵士がいないのは困りますね。

 現段階でも人手が足りないくらいですからね。

 あ、ちなみにですが、僕は収入はありますよ。

 定期的に虎王トーマ様が訪れ、その度にお金を置いて行きますからね!

 ですが、実際の所、この街に来てからお金を使った事はありません。

 今まで気にしていませんでしたが、時間が経てば建物は劣化しますし、自然災害による被害で建物などが壊れる事が予想されます。

 その時に、街の資金をやりとりし、難を逃れるのですが、それが出来ない状態みたいです。

 それをするかどうかは領主次第で、建物が崩壊しても自己責任とする領主も中にはいるみたいですけどね。


 「流石にね。この街の人達にはよくしてもらってるからね」

 「人族のスノーさん、エルフの私を快く受け入れてくれたから、ちゃんと気持ちには応えたいの」


 よくわかります。

 この街の人はみんな優しいです。

 困っていれば手を差し伸べてくれて、外部から来た僕たちに心を開いてくれています。


 「けど、それってどうする事もできないですよね?」

 「そうだね。だけど、方法はあるの」

 「方法ですか?」

 「この街の人がお金を使ってくれないなら、他の人に使って貰えばいいかな」

 「他の人……観光に来た人とかにですか?」

 「そう言う事だね」


 観光に来るくらいですし、お金を持っているのは当然ですね。


 「だけど、どうやってお金を使ってもらうのですか?」

 「うん、今の課題はそこだね」


 僕達がお金を使わないのは、単にお金を使う場所がないからです。

 

 「それで、ここからが相談になるんだけどさ。ユアン達の知り合いに、お金を使って貰えるようなお店とかを経営出来そうな人はいない?」

 

 お金を使って貰う……。

 また難しい相談をされてしまいました!

 うーん……シアさんと出会うまで、僕はずっと一人で寂しく冒険者をしていましたからね。

 勿論、冒険者で知り合った人はいますが、そもそも貧乏で野営が主だったので、僕にはいませんね。

 きっと、冒険者をしていたシアさんも……。


 「いる」


 ほら……え?


 「シアさんの知り合いにいるのですか?」

 「うん」


 意外……でもないですね。

 よくよく考えればシアさんは僕と出会った頃からお金をいっぱい持っていましたし、豪華な宿屋、お菓子屋さんの注文とかも慣れていました。

 そう考えると、色んなお店に行ったりしているので、知り合いが居てもおかしくはないですね。


 「私も知り合いは少ない」

 「そうなのですか?」

 「うん。美味しいものは好き。だけど、人には興味ない」

 

 それなのに、お金を使ってくれる場所を経営できるような知り合いがいるのですね。


 「ユアンも知ってる人」

 「え、僕もですか?」

 

 むむむ……。そうなると、シアさんと出会ってから知り合った人でしょうか?

 けど、僕も知っている人となると……あっ!


 「うん。イル姉は宿屋も魔法道具マジックアイテム店もやってる」

 「イルミナさんか……シアの知り合いだし、信頼はできるね」

 「少なくとも宿屋があれば、観光に来た人や移住の下見に来た人が泊まる場所にも困らないね」

 「シア、イルミナさんと連絡ってとれる?」

 「時間がかかっていいなら」

 「うん。それでもいいよ。お願いできる?」

 「任せる。だけど、イル姉は商人。利益が見込めなかったら断られるかもしれない」


 姉妹のお願いよりも商人としての仕事の方が大事なのかもしれませんね。

 まぁ、それは仕方ありませんね。

 イルミナさんの所には従業員の方が沢山います。その人が路頭に迷わないようにする責任がありますよね。

 僕達が仲間を護るのと同じ事だと思います。


 「それでもお願いします。他にも同じような人がいたら教えてくださいね」

 「わかった」

 

 もしかしたら、この街にシアさんの姉妹が揃う可能性が出てきましたね!

 けど、その為には移住して貰う事も必要になるかもしれません。

 イルミナさんじゃなくても、その従業員の方にも。


 「となると、やっぱり街の名前が必要になるね」

 

 結局、そこに辿り着きます。

 

 「まぁ、どちらにしてもイルミナさんの返事を貰うのに時間がかかると思うから、それまでには決めようね」

 「案がなかったら、街の人の意見を尊重してテンコムラになるかもしれないからよろしくね?」

 「……頑張って考えます」

 

 うー……ある意味、脅しみたいなものです!

 けど、その場合は僕だけでなく、スノーさんの名前にも加わりますし、お互いが痛みを分かち合うことになりますね。

 ですが、テンコムラそれだけは嫌です!

 何かいい街の名前はないでしょうか?

 誰か一緒に考えてくれませんかね?

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