第200話 黒天狐、街角の攻防をする

 『シアさん、午後の予定はどうするのですか』

 『仕事に戻る。ユアンも一緒でいい?』

 『はい、大丈夫ですよ』

 

 ゴブリンの討伐が直ぐに終ってしまったため、僕たちの時間は空いてしまいました。

 スノーさんとキアラちゃんは今のうちに溜まりそうな書類の整理に戻りました。

 今日の仕事は終わりとアカネさんが言っていましたが、仕事が無くなるという事はないみたいですね。

 溜まらないように暇な時に片付けれるものは片付けるのは良い事だと思います。

 それで、僕とシアさんなのですが、僕はこの姿では仕事にならない為、そのまま仕事をお休みさせて頂き、シアさんのお仕事のお手伝いです。

 といっても、シアさんに抱えられて平和な街の中をお散歩するだけですけどね。

 ちょくちょく魔物の出現が報告されますが、それ以外は今の所は平和な仕事です。

 今後、街の住人が増え始めたら忙しくなる事が予想されていますけどね。


 『シアさん、重くないですか?』

 『平気。ラディとあまり変わらない』

 『そうなのですか? ラディくんの方がダイブ小さいと思いますけど』

 『うん。ラディは無駄に肉が詰まってる』


 僕たちは念話で会話をする事にしました。

 僕の鳴き声でシアさんは僕の伝えたい事がわかるみたいですが、傍からみれば狐相手に一人でしゃべっている人と見られてしまうかもしれません。

 まぁ、街の人は僕が獣化している事がわかっていると思うので変な目で見られることはありませんが、もしかしたら街の人じゃない人も居るかもしれませんからね。

 最近では旅行者や住居を移すために下見に来ている人もいますからね。

 

 『そういえば、ラディくんはいいのですか?』

 『平気。ユアンが居ればラディはいらない』

 『そういう問題ではないと思いますよ。ラディくんとは一応仕事で一緒になる事が多いと思いますので、仲良くしていないとダメですよ。シアさんとラディくんは仲が悪いのですから』

 『そんな事ない。仲良し』


 そうは言いますが、この前だってシアさんとラディくんが言い争いをしてる所を見てしまいましたからね。

 ラディくんが人化できる事がわかり、シアさんが人化して自分で歩けというのに対し、ラディくんが疲れるから嫌だと頑なに人化を拒んでいたのです。

 その辺りは難しいですよね。

 僕も獣化してわかりましたが、四足歩行は目線が違いますし、両手両足を動かして前に進まなければなりません。慣れないとかなり大変だと思います。

 まぁ、お互いに口争いだけで済んでいるので細かい事は言いませんが、仲良く過ごして貰えればなーと僕は思います。

 喧嘩していると街の人が心配すると思いますからね。楽しんでいる人も多いみたいですけど。


 『という訳で、僕はここで待っていますので、ラディくんを連れて来てください』」

 『どうしても?』

 『どうしてもです。シアさんの仕事なのですから、頑張らないとダメですよ?』

 『わかった』

 『僕はその間、歩く練習でもしておきますね』

 『うん。すぐ戻る』


 練習は大事です。

 いつか獣化を使いこなして見せると誓いましたからね!

 感覚では歩き方はわかるのですが、もっとスムーズに足を運べるような気がするのです。

 獣化すると暫く元に戻れない可能性があるので、毎日獣化する訳にもいきませんからね。出来る時にしておかないと成長は見込めません。

 なので、短い時間ですが、練習です!

 と張り切って歩き始めたのですが……。

 むむむ……?

 歩くのは問題ありませんが、ちょっと走ろうとすると足の運びがわからなくなりますね。

 油断すると自分の足に足が引っかかりそうになります。

 何かコツがあるのでしょうか?

 何処かにいい見本がいれば……。

 と思っていると、僕の目の前を魔鼠が通過しました。

 ちょこちょこちょこっと動いているので、足の運びが見ずらいですが、参考にはなるかもしれませんね!

 ちょっと、観察させて貰う事に……って何処かに行っちゃいます!

 僕の練習の為にももうちょっと見せてください!


 「こやっ!」

 「ヂユッ!?」


 ちょっと待ってください!

 僕は魔鼠に向かって声を掛けると、魔鼠は驚き、素早く逃げてしまいました。

 僕はそれを追いかける事にします。


 「こやっ!」


 ちょっと、話を聞いてください!


 「ヂユゥゥゥゥーー!?」


 何で追いかけてくるの!?


 「逃げるからですよ!」

 「逃げなきゃ食べられちゃうよ!」

 「食べないです!」

 「うそだーーーー」


 逃げる魔鼠とそれを追う僕。

 何か楽しくなってきました!

 頑張って追い付こうとするので自然と速度を出そうと頑張ります。

 心なしか慣れて、少し速度が上がった気がします。その証拠に、魔鼠との距離が少しずつ縮まっています。

 

 「待ってくださいよー!」

 「待たないよ! 来ないでーーーー」


 何か、凄く楽しいです!

 昔、孤児院の子供と追いかけっこをしましたが、それに似ています。

 あの時は僕は年が上の方だったので、子供達を掴まえないように調整して走っていましたが今はその必要がありません。何としても捕まえてみせる……そんな気持ちが沸きあがってきます!


 「追い詰めました!」

 「うー……怖いよぉ」

 「怖くないですよ?」

 「うそだー、僕を食べるつもりでしょ?」


 そんなことしませんよ?

 あれ、そういえば僕、魔鼠と会話が出来ています。


 「僕の言葉がわかるのですか?」

 「何を今更……さっきからしゃべってるじゃないか! そうやって、僕を油断させて食べるつもりでしょ!」

 「そんな事はしませんよ」


 ただ走る練習をしていただけです。

 お陰で走るコツが掴めた気がします!

 それに、獣化すれば魔鼠と会話が出来る事も知れましたよ。

 この魔鼠くんには感謝ですね!


 「おい、うちの隊員に何してんだ?」

 「隊長!」


 練習も出来たので、お礼を伝え元場所に戻ろうと思っていると、背後から声がしました。

 そして、振り向くとそこには魔鼠……の大群が集まっていました。


 「沢山集まってますが、何かあったのですか?」

 「あぁ、魔鼠が狐に追われていると隊員たちから報告があってな」

 「それは大変ですね」

 「あぁ、大変だったな」


 この街に住む魔鼠はラディくんの配下です。

 なので、悪い魔鼠はいませんので、そんな子達が襲われるのは可哀そうですからね。

 

 「襲われた魔鼠は大丈夫だったのですか?」

 「問題ない。まだ生きている」

 「それは良かったですね!」


 どうやら無事みたいですね。

 

 「では、魔鼠さん達も仕事が大変みたいなので、僕は失礼しますね。ありがとうございました」


 お礼を伝え、魔鼠たちの横を通り過ぎようとすると、何故か魔鼠たちに行く手を阻まれました。


 「何処に行くつもりだ?」

 「えっと、仲間が待っているかもしれないので、そこに戻るつもりです」

 「仲間だと……?」


 シアさんの事ですから、ラディくんを連れて直ぐに戻ってくると思います。

 もしかしたら、僕が練習している間に先に戻ってるかもしれませんよね。


 「はい、もう待っているかもしれませんのでそこを通して貰えませんか?」

 「それは出来ないな」

 「どうしてですか?」


 うー……魔鼠たちが邪魔をします!

 一体何がしたいのでしょうか?


 「俺達の仲間を襲ってタダで返す訳には行かないだろう?」


 仲間を襲う?

 この魔鼠さんは何を言っているのでしょうか?


 「お前はそこの魔鼠を追いかけまわし、食べようとしたな?」

 「してませんよ?」

 「食べようとしたじゃないか!」

 「えぇー! してませんよ!」


 あれ、もしかして魔鼠を襲っていた狐……というのは僕の事、だったりするのでしょうか?


 「証言もあるな……魔鼠を食おうとしたのだから、食われる覚悟はあるだろうな?」

 「ちょっと待ってください! 誤解です!」

 

 まずいです! 今の僕は防御魔法が使えません!

 しかも攻撃手段がキアラちゃんに禁止されたあの火を噴く攻撃だけです。

 威力は問題ありませんが、ここで使うと家が燃えてしまう可能性もありますし、魔鼠たちを倒してしまう事になります。

 何よりも、この数です。

 僕自身も無事とは限りません。

 ジリジリと獲物を追い詰めるように魔鼠たちが僕を囲み、距離を詰めてきます。

 嫌です。

 こんなのが最後になるなんて、僕は絶対に嫌です!

 折角、念願の夢だった家を手に入れて、シアさんが居て、スノーさんとキアラちゃん……使用人にリコさんとジーアさんも来てくれたのです。

 折角楽しい生活が始まったというのに…………絶対に嫌です!


 「こやーーーー!!!」


 体内の魔力を拡散させ、放出し、放出した魔力を身に纏うように集めました。

 追い込まれた本能でしょうか?

 僕の頭の中にそうすれば助かると情報のようなものが流れ込んできたのです。


 「これは……離れろ!」

 

 僕と距離を詰めていた魔鼠たちが距離をとりました。

 

 「炎を身に纏うだと……お前、普通の狐ではないな!」

 「はい。僕は補助魔法使いのユアン……身を護るために全力で当たらせて頂きます!」


 自分でもわかります。

 まるでシアさんに抱っこしてもらい、ぽかぽかしているように体が暖かく、そして熱いのです!

 これなら、魔鼠の大軍とも戦える、そんな気がしてきました!


 「だが、俺達も街を護るために引くわけにはいかない!」


 魔鼠には魔鼠の誇りがあるのでしょうか?

 それともラディくんに従っているから?

 僕にはそれはわかりませんが、お互い引くことの出来ない状況になってしまったみたいです。

 炎は身に纏えましたが、炎を吐くことの出来ない状況……となると、この身一つで戦わないといけませんね。

 そして、この纏った炎がどれだけの効果が表れるのかはまだ未知数です。願わくば、防御魔法と同じだけの効果があれば助かります。


 「怯むな、一斉にかかるぞ」


 再び、魔鼠と僕の距離が縮まっていきます。

 きっと、僕にとって最大の戦いになるかもしれない、そんな戦いが今ここに……。


 「ユアン、何してる?」

 「こやっ!」


 始まりませんでした!

 魔鼠の後ろにシアさんが現れたのです!


 「こやーーーーっ!」

 「ユアンがいないから心配した」

 「こやこやー」

 「よしよし」


 纏っていた炎を解き、僕はシアさんに飛びつきます。

 怖かったです、本当に怖かったです。

 シアさんに頭を擦りつけ、いっぱい撫でて貰います。

 今日は絶対にシアさんから離れません!

 何ならずっと抱っこしていてもらいます!


 「何、この状況?」

 「ボス!」


 シアさんの登場に固まっていた魔鼠たちは、更に人化したラディくんを見て固まっています。


 「で?」

 「はっ! 仲間の魔鼠がそこの狐に襲われていた為、救助に入った次第でございます!」

 「ふ~ん。ユアンさん、本当?」

 「こやこや! こやや……」


 襲ってません! だけど、追いかけていたのは本当です……。

 

 「だ、そうだだよ。そもそも、ユアンさんが獣化してあった事は伝えてあったよね?」

 「まさか、その狐……いえ、そちらの方が主様のご友人だとは思わず……」

 「君たちの仕事は何? 情報収集だよね」

 「申し訳ございません!」


 ラディくんがボスらしい態度をとっています。

 人が魔鼠を叱っているように見えるので変な光景ですけどね。

 

 「ユアンさん、今回は僕の管理不足という事で許してくれる?」

 「こやっ!」


 はい! 元はといえば、僕の行動が原因ですしね。


 「良かったね。優しい人で」

 「皆さん、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

 「いや、こちらもユアン様だと気づかずに失礼な真似を……」


 シアさんとラディくんのお陰でどうにか和解する事ができました。

 結果的に街の魔鼠さんとも仲良くなれましたし、良かったかもしれませんね。

 すごく、怖かったですけど!


 『シアさん、助けに来てくれてありがとうございます』

 『うん。危ないから勝手に何処かに行っちゃダメ』

 『はい、シアさんから離れません!』


 身に沁みましたからね。

 けど、成長の見込みはありましたね。

 もしかしたら、人の姿に戻った時に防御魔法の一工夫にも使えるかもしれません!

 けど、それは戻った時に考えます。

 今は、僕が一番安心できる場所でいっぱい甘えさせて貰おうと思います。

 シアさん、一緒に居てくださいね。

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