第191話 とあるエルフ軍団

 こんな屈辱は慣れている。

 だが、言ってしまえばこの程度だと思えばいい。

 幼い頃に剣を握り、沢山の敗北を積み重ねた事に比べれば他愛のない事。

 それに、ユアンとシアが戻れば状況は変わる。

 今は、キアラが無事であればそれでいい。


 「防具は私が直々に外しましょう」

 

 ついに私の身体を護るプレートの留め具へと手を掛けられ、一つ二つとゆっくりと外されていく。

 そして、動きやすくて愛用している黒のタンクトップの姿にさせられてしまった。

 

 「ここにもありませんか」


 わざとらしいね。

 男の目は私の胸を見つめている。

 そんな所に武器を隠す訳がない。


 「確かめさせて頂きますよ?」


 好きにすればいい。どうせ目的なんてわかっている。

 男の手が私の胸へと伸びてくる。

 その瞬間、暴風とも呼べる風が吹き荒れた。

 それと同時に、キアラがゆっくりと倒れるのが見えてしまった。


 「スノー、さん! ……こっちに」


 キアラが私に向かって手を伸ばす。

 それを見て私はキアラの名を叫ぶ。


 「離せ!」


 私を拘束していた男を蹴り飛ばし、倒れたキアラの元へと向かう。


 「待ちなさい!」


 しかし、私の腕は私の防具を外した男に捕まれた。

 いい加減に……!

 しかし、私の掴んだ手は直ぐに離された。いや、切り離された。


 「僕達の敵は、この人かな」


 森の中から二人組が現れた。

 どうやらこの二人が、私を助けてくれたようだ。

 見た事のない人……だけど、何故かこの二人の事を知っているような気がした。

 しかし、今はそれどころじゃない。

 直ぐにキアラの元へ駆け付けないと!

 

 「キアラ、無事?」

 

 キアラを支えるように立ち上がらせる。

 しかし、キアラはそんな状態にも関わらず、私に気付かないようで、真っすぐに私を助けた二人を見ている。

 そして、キアラは突然、声を張り上げた。


 「ラディ! キティ! 敵を……殲滅して!」


 ラディにキティ?

 キアラは確かにそう言った。

 もしかして、私を助けてくれたあの人達があの子達……?

 一瞬信じられなかった。

 だけど、改めてみるとわかる。

 小さな男の子は頭に鼠の耳があるし、尻尾も細く鞭のような細いもの。

 そして、背の高い女性の方にはキティに似た大きな羽が生えている。

 何よりも契約者であるキアラに従っているし、キアラも確信を持って支持を出している。

 この状況から考えれば間違いはないかな。


 「ふぅ……」

 

 キアラは小さく息をついた。


 「キアラ、無事でよかったよ」

 「スノーさん!」


 私がキアラの体を支えている事にようやく気付いたみたい。

 キアラは一瞬驚いていた。

 だけど、それも一瞬。

 可愛い顔を歪め、瞳を潤ませ、私に抱き着いてきた。


 「スノーさん、ごめんなさい」

 「ううん、平気だよ」

 「だけど、スノーさんが……」

 「何もされて……あっ、ちょっとキアラ!?」


 キアラが私の胸を触り始めた。


 「スノーさんの胸があんな人に触られて……」

 「ちょ、大丈夫、触られてないからね!」

 「本当、ですか?」


 プレートは外されたけど、ギリギリの所で未遂だったよ。

 私が嘘をついていないのかを確かめるように、私の胸を揉みながらキアラは私を見てくる。

 流石にちょっと、外だし恥ずかしいかな。


 「本当だよ。だから、そういうのは二人きりの時に、ね?」

 「うん!」


 まぁ、やってることは……アレだけど、それだけ心配してくれてるって事かな。

 正直、兵士が相手とはいえ私達なら大丈夫だと思っていた。

 しかし、違った。

 シアとユアンと別行動をし、ユアンの防御魔法が切れた途端この有様。

 ちょっと前なら……。

 違うか。

 ちょっと前、領主の仕事をするようになり、身体を動かしていなかったからというのは言い訳に過ぎないか。

 勘が鈍っていたと言うのは簡単。

 だけど、この有様は単なる油断、気の緩みが原因。

 そのせいで、私だけでなくキアラも危なかった。

 今回はラディとキティに助けられたけど、毎回そういう訳にはいかない。

 大変かもしれないけど、領主の仕事と冒険者の仕事を両立させる為に頑張ろうと思う。

 隣にいる、私の恋人を護るためにも。




 殲滅しろ。

 優しくて温厚な主から珍しく過激な指示が来た。

 なら、それを遂行するのが僕の役目。


 「キティ」

 「わかっています。一人残らず始末致しましょう」

 

 キティは名前を呼ぶだけで理解した。

 決して逃がしはしない。


 「聞け。我が配下たち」

 「我らの敵は目の前にあり」

 「敵は主を傷つけ」

 「友をも辱めた」

 

 森が蠢いている。


 「主の求めるは敵の殲滅」

 「我らはそれに応える義務があります」

 

 これは、僕達の失態でもある。

 そのせいで主を傷つけた。

 僕とキティがもっと森を把握していれば、もっと早く敵の存在に気付けた筈。


 「遠慮はいらない。牙を突き立て、血を啜れ」

 「肉を裂き、喰らう事を許可しましょう」


 その汚名を返上する為にも、僕たちはやらなければならない。

 それが、僕達の存在意義。

 

 「我が忠実なる配下よ」

 「我が親愛なる配下よ」

 「「主の望みを叶えよ!」」


 森が鳴く。

 僕とキティの配下が不協和音を奏で、木々の間から飛び出した。

 地を埋め尽くすばかりの魔鼠。

 空を黒く染める魔鳥。

 それが、一斉に盗賊達に襲い掛かった。





 「なんですか、これ」


 僕たちが洞窟から抜け出すと、目を疑うような光景が繰り広げられていました。


 「離れろっ!」

 「やめろ、やめてくれぇぇぇぇ」


 洞窟に戻ってきたと思われる盗賊達に魔鼠と色々な鳥が殺到していたのです。

 そして、洞窟の傍ではスノーさんとキアラちゃんがその状況を見守っています。

 しかし、何故かスノーさんは防具を脱いでいます。

 何が起きているのかさっぱりです!


 「スノー、脱ぐなら家にする」

 「シア……それにユアン、戻って来てたんだ」

 「はい、それよりも何があったのですか?」

 「えっと、これには事情があって……」


 状況をキアラちゃんが説明してくれます。

 シアさんが洞窟に突入後、盗賊達が戻ってきて戦う事になったようです。

 そして、盗賊達と戦っていたようですが、途中で洞窟の中でシアさんにやられた盗賊が目を覚まし、キアラちゃんを拘束。

 そして、スノーさんが破廉恥な事をされそうになったみたいです。

 その後、キアラちゃんの思いに応えた、ラディくん達がが登場し、この有様……。

 って感じですかね?


 「なんか、ごめん」

 「いや、シアは悪くないよ」

 「そうですね。僕の指示が悪かったですし、僕の防御魔法の持続がもっと長ければ……」

 「ううん。私が油断したからだよ」

 「私もキアラの事にもっと気を配っていれば良かった」


 みんながみんなミスをしたのが今回の原因ですね。


 「もっと、弓月の刻としての活動も増やせるようにしないとですね」

 「そうだね。領主の仕事はあるけど、アカネさんに相談してみるよ」


 じゃないと、次回も同じようなミスが起きる可能性はあります。

 僕たちはそれぞれ仕事があります。

 ですが、僕の中で本業は冒険者です。新しい家、新しい仕事、平和な日常にちょっと浮かれていたのだと思います。


 「俺達、あいつらについて行かなくて良かったな……」

 「うん……」


 僕たちが反省している隣で、洞窟の中で出会った兵士達が惨状を目の当たりにして、顔を青くしています。


 「あの人達がユアンが言っていた?」

 「はい、そうですよ。ちなみに子供は先に転移魔法陣で送ってあります」


 その判断は正解でしたね。

 決して子供に見せてはいけない光景が広がっています。

 白い魔鼠が赤く染まり、鳥たちがついばむように肉を喰らっています。

 国境の出来事のお陰か僕たちはこの光景を見ても平気ではありますが、子供達がみたら一生忘れられない光景になると思います。

 ですが、魔物の恐ろしさというのも再度実感しました。

 目の前にいるラディくんとキティさんの配下はGランク相応の魔物です。

 なのに、二十人ほどの元兵士……それなりに訓練を積んできただろう人達を圧倒しているのです。


 「数の暴力ですね」

 「うん。あの数だったら私も危険」

 「一度に相手できる数は限られるからね」

 「私の感情でこうなってしまうんだね……気をつけなきゃ」


 ラディくんとキティさんにキアラちゃんの激情が伝わり、その結果がこうなったみたいです。


 「キアラちゃんを怒らせるなって事ですね」

 「うん。気をつける」

 「えぇ!? 大丈夫、そんな怒ったりしないよぉ……」

 「普段は優しくても怒らせたら怖い人っているって事だね。ユアンみたいに」

 「僕はそんな事ありませんよ?」


 はい。僕も怒ったりしますが、こんな事になるまで怒ったりしません。

 きっと、その前に冷静になりますからね。


 「トレンティアでシアさんが怪我した時、ユアンさん凄かったよ?」

 「そうだね。杖でぼっこぼっこだったもんね」

 「えっと、そうでしたっけ?」


 確か、そんな事もありましたね。

 けど、それはあの肉団子みたいなのが悪いですからね。

 そんな話をしていると、いつの間にか辺りは静かになっていました。

 勿論、その前兆があったのは知っていました。

 盗賊の悲鳴が聞こえなくなりましたからね。

 その代わりに、ボリボリと骨を齧るような音や、ぴちゃぴちゃと水滴が落ちるような音が聞こえ始めましたから。

 そんな事があったから、僕たちはそっちの方を見ないように話をしていた訳です。

 ともあれ、無事……とは言えませんが、盗賊退治は終わりました。

 色々ありましたが、どうにかです。

 そして、僕たちは実感しました。

 一番大変ななのは事後処理なのだと。

 僕達の目の前に広がるのは……の海。

 これをどう処理するのか暫く悩む事になったのでした。

 血の匂いを嗅ぎ付け、魔物が寄ってきたら困りますからね……はぁ。

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