第190話 呼応する者

 「ユアンさんにシアさん……遅いですね」

 「そうだね」


 シアさんが突入してから結構な時間が経っています。

 何か問題でもあったのかな?


 「このままだと、盗賊達が戻ってきちゃうかな」

 「そうなったら大変だね」


 私達の役割は戻ってきた盗賊が洞窟の中に入らない為に迎え討つ役割を担っている。

 私とスノーさんだけで二十人近くの盗賊を抑える事が出来るかと言われると、可能だとは思うけど、ちょっと不安。


 「大丈夫だよ。キアラは私が守ってあげるから」

 「うん、私もスノーさんの援護をするよ」


 スノーさんが私の頭を撫でて、落ち着かせてくれる。

 それだけで安心できるって不思議。

 いつからだろう。

 スノーさんに撫でられるとこんな気持ちになったのは。

 ううん、考える必要もないよね。

 気づいたら私はスノーさんに惹かれていたのだから。理由なんていらない。

 それと同じくして、スノーさんも私に気持ちを伝えてくれる。

 ユアンさんとシアさんが特別な関係なように、私達も特別な関係。

 私達の方がちょっと進んでいるけどね。

 ユアンさんがシアさんの気持ちに中々気付いてあげないから。


 「キアラ……」

 「うん」


 どうやらユアンさん達は間に合わなかったみたい。

 

 「おや? 招かれてもいないのにお客さんがいるようだね」

 「どうも。貴方達を討伐しにきたよ」


 人数は全てじゃないみたいだけど、十人くらいの盗賊が森の中から姿を現した。

 幸いにも私達は洞窟を背にしているから、背後をとられる心配はない。


 「大人しく捕まるのなら少しは便宜をはかってもいいけど、どうする?」

 「これはこれは優しい領主さまのようで……お断りします」


 スノーさんの情報の事は知っているみたい?

 けど、タンザの時に出会った騎士団の人みたいく、スノーさんは知らない相手なのかな。

 会話を引き延ばす感じもしないし。


 「それじゃ、討伐させて貰うけど、準備はいいかな?」

 「どうぞご自由に」


 盗賊達は洞窟の入り口を包囲するように輪を作り、徐々にその輪を縮めている。

 どうやら私達を逃がすつもりはないみたい。

 

 「キアラ、私が抑える。援護よろしくね」

 「うん、任せて」


 言葉にしなくても最初からそのつもりだよ。

 だけど、スノーさんから言葉を掛けて貰えると安心する。

 多分、スノーさんはそういう意味でも声を掛けてくれたのかも。


 「さぁ、来い! 少し稽古をつけてやろう!」


 スノーさんの口調が変わった。

 スイッチが入ったみたい。

 普段は優しくて、だらけていて、ちょっとえっちだったりするけど、戦闘のスイッチが入ると途端にカッコよくなる。

 

 「囲め! 逃げる隙間を与えるな!」

 

 じりじりとスノーさんとの距離を盗賊が詰めていく。

 それに合わせてスノーさんもゆっくりと着実にポジションを変えていく。

 常に盗賊達の動きを把握できるように、それでいて私に攻撃が向かないように位置を変えていく。

 ユアンさんでもシアさんでも出来ない。

 スノーさんしか出来ない。仲間を護る立ち回り。


 「どうした? 来ないのか?」

 

 スノーさんが挑発するように構えた剣を下げた。

 

 「挑発には乗りませんよ。こちらはじっくりと時間をかければいいのです」

 「どうかな。この間にも私の仲間が向かっているぞ」

 「それはこちらも同じですよ? 残りの仲間が到着すれば数の差は広がりますから」


 相手の隊長さんの言う事は正しい。

 だけど、それが通用するのは条件が揃って初めて機能する。

 盗賊達は私達を完全に囲む事が出来ていないし、私達はユアンさん達の居る洞窟の内部への退路がある。

 その時点で数の差は問題じゃないと思うの。

 それに、戦いには実力が表れる。

 いくら元兵士とはいえ、スノーさんとは場数が違う。その差を数だけで埋めようとするのは間違い。

 それに、スノーさんだけじゃない……私もいるの!

 私は弓の弦を弾く。

 スノーさんにはそれだけで伝わった。


 「三連です!」


 スノーさんが一瞬屈むと同時に、弓を連続で放つ。


 「いてぇ!」

 「うぅ……肩をやられた」

 「あしがぁぁぁぁ」


 スノーさんによって私が死角となっていた人達に矢を放つ。

 

 「流石だね」

 「うん、スノーさんが護ってくれるから安心して狙えるの」


 私の矢は狙い通り盗賊達を襲った。

 頭を射貫くのは簡単だけど、簡単に人は殺してはいけないと思う。

 シアさんは何て言うかわからないけど、ユアンさんもきっと同じ選択をすると思う。


 「さっそく人数の差が縮まったね?」

 「ですね……なら、こちらからも攻めましょうか。 一斉にかかれ!」


 それが合図となって盗賊達がスノーさんに殺到する。

 だけど、スノーさんは逃げない。

 位置を変えながら、受け、流し、弾く。

 しかも、それだけじゃないの。

 受ける時に押し返し、流しながら体勢を崩し、相手の剣に合わせて剣をぶつけて相手の剣を飛ばしている。


 「どうした、その程度か!」

 「お前たち、真面目にやりなさい!」


 一瞬打ち合っただけでスノーさんとの力量の差を盗賊達は感じ取ったみたい。

 相変わらず私達を囲むようにしているけど、攻めるタイミングを完全に失って、スノーさんと対峙しているだけで息を切らしている。

 だけど、相手はスノーさんだけじゃないんだよ!


 「私も忘れないでください!」


 相手を無力化させたいのなら狙うのは足。

 盗賊達の太ももを狙い矢を放っていく。


 「キアラ、ナイス!」

 「えへへっ、ありがとう!」


 今の三連で盗賊達の半数を無力化できた。

 これなら油断しなければ大丈夫!

 だけど、この気持ちが油断なんだと、私は気づかなかった。


 「動くな」

 「っ…………」


 私の首元に硬くて冷たいモノが当たった。

 

 「よくやりましたよ」

 「へへっ、ありがとうございます」


 息を乱しながら、私のすぐ後ろで声がした。

 そして、ようやく状況を理解した。

 どうやらシアさんにやられた人が目を覚ましたみたい。

 

 「おっと、動くなよ? 動いたらその首元掻っ切るからな」

 「大丈夫、私にはユアンさんの防御魔法がー……きゃっ」


 チクリとした痛みが首元に走った。

 もしかして……もうそんな時間が経っているの?

 それを証明するように私にナイフを当てている男がいやらしく私の首を撫でると、その指には血が付着している。

 乾いていない真新しい血。

 男が流した血とは明らかに違う……。


 「防御魔法が、何だって?」

 

 そして、この時初めて私は理解した。

 これが窮地なのだと。


 「そのエルフの娘の命が惜しければ、武器を捨てなさい」

 「スノーさん! 私の事は、むごっ!?」


 大きな手が私の口を塞ぐ。

それを何とか振りほどこうとするけど、私は非力、大人の男性の力には敵わない。


 「ほら、早くしないとエルフの娘が窒息してしまいますよ?」


 大丈夫!

 隙をみて精霊魔法を使えばどうにか出来る!

 だけど、私が精霊魔法を使う前にスノーさんは武器を地面に投げてしまった。

 そして、投げた剣は一人の盗賊によって取り上げられてしまった。


 「んー! んーーっ!」

 「大丈夫だよ、キアラ。心配はいらない」


 私を安心させるようにスノーさんは微笑んでいる。

 だけど、その間にもスノーさんの囲いは縮まっている。


 「そうですね……まだ武器を隠し持っているかもしれませんよね?」

 「持っていないよ。私の武器は剣だけ」

 「信用なりませんね」


 男がニタニタと笑っている。

 これは、私のせいだ。


 「そうだ、それを証明して貰うために服を脱いでもらいましょうか?」

 「持っていないよ」

 「えぇ、だからそれを証明してください。その手甲の内側とか怪しいですよ? 指示に従わないのであれば……わかっていますよね」

 「ふんっ……これでいい?」


 盗賊の指示に従い、スノーさんが手甲を外し、地面に投げる。


 「ないですね……では、次は肩です」

 「こんな所に仕込む訳ないよ」


 けど、その指示にも従い、肩の防具を外してしまう。

 やめて、その男の目的は……。

 

 「いてぇ! 何しやがる!」

 「きゃっ……」

 「キアラ!」


 それを伝えるために、私は私の口を塞ぐ男の手を噛んだ。

 その拍子に私は地面に叩きつけられる。


 「う……スノーさん、そんな人の言う事を聞かないで」

 

 叩きつけられたせいで呼吸が詰まった。

 

 「ふむ……そっちの娘の方が危険かな? もしかしたら武器を隠し持っているかもしれないですね」

 

 押さえつけられた私に向かってゆっくりと男が歩いてくる。


 「待て。私の方が危険だ。もしかしたら武器を隠し持っているかもしれないぞ?」

 「ほぉ……やはりですか」


 スノーさんの言葉に盗賊が私に向かう足を止めた。


 「何処に隠しているのですか? 怪しいとすれば、足ですかね」

 「ここにはないよ」


 それを証明するようにスノーさんが足の防具を外す。

 

 「そういえば、ベルトをしていますね? それも危険な武器となりますね」

 「これで……いいか?」


 剣を留める為のベルトを外すように盗賊が指示を出した。

 

 「中々見つかりませんね?」

 「そうだな」

 「となると、やはり体を護るプレートの中ですね……お前たち、領主様が抵抗しないように両腕を抑えておきなさい。防具は私が直々に外しましょう」


 両腕を後ろにとられ、無防備なスノーさんのプレートに手が掛かり、留め具を一つ一つゆっくりと外していく。


 「おや、ここにもありませんか……ですが、この二つの膨らみの間なんて怪しいですね」


 盗賊の視線がスノーさんの胸元へと落ちている。

 

 「では、ちょっと確かめさせて頂きますよ?」


 盗賊の手がスノーさんの胸へと伸ばされる。

 だめ、そんなだめ。

 私のせいでスノーさんが汚される。

 そんな事、絶対にさせない!


 「んーーーーーー!」


 詠唱を無視して、ただ乱暴に精霊魔法で風を起こし、私を拘束していた人を吹き飛ばす。


 「スノー、さん! こっち……に」


 詠唱には意味がある。

 魔力効率をあげる為だったり、魔法の威力を増幅させたり。

 それなのに、まだ扱いきれていない精霊魔法を無理やり使ってしまった。

 そして、その反動が直ぐに……。


 「キアラ! 離せ!」


 スノーさんを拘束している盗賊を思い切り蹴飛ばし、私の元へ駆け寄ろうとしている。

 

 「待ちなさい。まだ、検査は終わっていませんよ?」


 やっぱり、あの人が盗賊のリーダー格のようで、私の元へ駆け寄ろうとしたスノーさんの手を掴んだ。

 その間に、私の元にも違う盗賊が近づいてくる。

 これじゃ、さっきと同じっ!

 

 「観念しなさい。貴方達は、もう……?」


 その時だった。

 スノーさんの腕を掴んでいた盗賊の腕がポトリと地面に落ちた。


 「僕達の敵は、この人かな」

 「はい。そのようでございますね」

 「許せないよね」

 「はい、許せませんね」


 背の低い男の子とすらっとした女性が盗賊の背後から現れた。

 見た事のない人達。

 だけど、私は直ぐに確信した。


 「主、命令を」

 「私達に」


 真っすぐに私を見る目は怒りに燃えている。

 私に対してじゃなく、盗賊達に。

 だから、私も迷わない。あの子達の怒りは私から伝わったもの。


 「ラディ! キティ! 敵を……殲滅して!」

 「任せて」

 「仰せのままに」


 その瞬間、森が鳴いた。

 忘れていた。

 この森は二人の領域テリトリーでもあったのだと。

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