第192話 弓月の刻、料理を振舞って貰う

 「あー……疲れた」

 「スノーさんお疲れ様です」


 辺りに出来てしまった血の処理の為、スノーさんに精霊魔法で大量の水を出して貰いました。

 もちろん僕も手伝いましたけどね。

 少しはマシになったと思います。


 「それにしても、大変でしたね」

 「うん。予想外の事ばかり」

 「臨機応変って言うのは簡単だけど、実行するのは大変って良くわかったよ」

 「自分たちの実力不足が露呈しちゃったね……」


 反省する事は幾らでも出てきそうです。

 ですが、今はその時ではないと思い、僕たちも一度自分たちの街へと戻る事にしました。

 

 


 

 日が落ち始めた頃、僕たちはようやく自分たちの街へと戻って来れました。

 転移魔法陣を使えば直ぐでしたが、流石に元兵士の人達までという訳には行きませんからね。

 仕方なく徒歩で帰ってきたのでこの時間になってしまいました。


 「寝る場所がない上に、まだ完全に信用した訳ではない。悪いけど、一晩別の場所で過ごして貰いたい」

 「あぁ、再び兵士としての誇りを取り戻す機会を与えてくれたんだ、それくらい甘んじで受けさせて頂く」


 寝る場所がないのは嘘ですけどね。

 ですが、流石に僕たちの家に泊まらせる訳にもいきません。

 なので、一晩だけ身柄を拘束させて頂く事になりました。

 その方が街の人も安心できると思いますからね。


 「もし、脱走とか考えるようだったら……」

 「ヂュッ!」


 キアラちゃんの肩に乗ったラディくんが鳴き声をあげます。


 「わ、わかっている……そんな愚かな真似はしないさ」


 顔を引き攣らせながら、元兵士達が頷いています。

 昼間の光景を見てしまいましたからね。その反応は仕方ないと思います。

 

 「こっち」

 

 シアさんが元兵士達をこの街の詰所へと案内していきます。

 シアさんの働いている場所なのでシアさんが一番詳しいですからね。

 といっても、そこで働いているのは今の所シアさんだけですけど。

 元兵士達がシアさんとラディくんの配下に囲まれながら詰所へと歩いて行くのを見送り、僕たちは一足先に家へと戻る事にしました。


 「お帰り~」

 「皆さん、子供達を助けてくれて、本当にありがとうございます……!」


 家に帰ると玄関ホールでリコさんとジーアさんが出迎えてくれました。

 家に帰ると人がいるって何かいいですよね。


 「お出迎えありがとう。子供たちの様子はどう?」

 「はい、今は疲れて眠ってしまいました」

 「空いてる部屋を使わせて貰ってるけど、大丈夫かな?」


 厨房を自由に使ってもいいと伝えてあったので、子供達にご飯を食べさせ、お風呂に入らせると子供たちは疲れからか、ぐっすりと眠ってしまったみたいです。


 「問題ないですよ。ゆっくり休ませてあげたいですからね」


 僕とルリちゃんが子供達の所に着いた時、子供達は元気そうに見えました。

 ですが、それは気を張っていただけで、安全な場所だとわかれば一気に疲れは押し寄せるものです。

 今は、身体を休めて元気になって貰うのが一番だと思います。


 「それで、ルリちゃんの姿が見えませんけど、どうしました?」


 ルリちゃんは子供達と一緒に僕の家に戻って貰いました。

 無事に終わった事も伝えたいですし、手伝って貰ったお礼もまだです。


 「ルリちゃんならご飯の支度があるといってユアンさん達が戻るちょっと前に帰ったよ」

 「そうでしたか」

 

 んー……出来れば、僕達の家に居て欲しかったですが仕方ありませんね。


 「ただいま」


 玄関ホールで暫く話していると、シアさんも戻ってきました。

 シアさんの勤める詰所は直ぐですからね。

 ですが、あまりにも早いです。

 

 「お疲れ様です。元兵士の人達はもういいのですか?」

 「うん。デインに任せた」

 「デインさんにですか?」

 「うん。居たから任せた」


 たまたまでしょうか?


 「うーん……多分、シノさんの指示じゃないかな。デインさんなら元兵士の事を知っている可能性もあるし、もしかしたら預けるのかも」

 「それならわかりますね」


 デインさんは元皇子の騎士団長でしたし、知っている顔もいるかもしれません。

 なので兵士の事も良くわかっていると思いますので、任せるのなら適任かもしれませんね。

 

 「とりあえず、ご飯にしない? 私、子供の面倒見てたらお腹すいちゃったよ」

 「夕食の準備は整っていますので、召し上がるのなら直ぐにご用しますよ」

 「そうですね……ここで立ち話しているのも時間ばかり過ぎてしまいますし、食事しながらの方がいいかもですね」


 僕もお腹すきましたからね。

 みんなも同じようで直ぐに食堂へと移動する事にしました。

 まぁ、僕は子供達と一緒にお団子を食べましたけどね、それは内緒にしておきます。

 食堂に着き、僕たちは先に席に座っていて欲しいとリコさん達に言われ、その言葉に甘える事にしました。


 「下ごしらえは終わっていますので、直ぐにご用意しますね」

 「久しぶりに腕を振るっちゃうから楽しみに待っててね~」


 二人が厨房へと姿を消していきます。

 そして、その言葉通り二人は直ぐに料理を運んできてくれました。


 「これは、私達の村に伝わる料理です」

 「口に合うかわからないけど、召し上がれ~」


 そして、大きな鍋がテーブルの上にドンっと置かれました。


 「僕達の家にこんな器ありましたっけ?」

 「ない」

 

 寸胴ではなく、お茶碗みたいな形の鍋です。

 流石にこんなに大きな物があれば僕たちの記憶に残る筈ですよね。


 「一応、私も収納魔法が使えますので……」

 「ユアンちゃんと違って容量は小さいし、時間経過しちゃうけどね」


 その為、食材などは僕達の家にあったもの使ったみたいです。

 

 「問題ありませんよ。それで、どうやって食べればいいのですか?」

 

 食材は使わないと劣化してしまいますし、毎日シノさんが採れた野菜をおすそ分けしてくれますので、今の所困る事はなさそうですからね。

 それよりも、お鍋の中で煮えている食べ物がとても美味しそうで、興味があります!


 「お椀にタレを入れ、そのタレにつけて食べてください」

 「タレは……これだね!」


 リコさんが収納から木筒をとりだしました。


 「わかりました」


 リコさんから木筒を受け取り、お椀の中にタレを注ぎます。


 「おしょうゆですか?」


 木筒の中から出てきたのは黒っぽい液体でした。

 

 「それに近いかもしれませんが、少し違います」

 「柑橘類をいれて、お鍋に合うようにした感じかな~? ま、食べればわかるよ!」


 リコさんに勧められましたし、食べてみますか。


 「けど、どれから食べましょう?」

 

 とても珍しい料理です。

 料理のお供として汁物が出てくることはありますが、これは全てが汁物になっています。


 「どれも美味しいと思うよ? たぶん」

 「多分って……」

 

 不安になる事は言わないで欲しいものです。


 「お肉がいい」

 「私は大根がいいです」

 「私はこの鶏肉がいいな」

 「僕は白菜がいいですね」


 といったように、お鍋の中に色々と詰め込んであるのですよね。

 肉料理でもなく、野菜料理でもなく、スープでもない珍しい食べ物だと思います。


 「けど、ご飯がありませんね?」

 

 この料理ならご飯も合うと思うのですが、少し残念に思えます。


 「ご飯は最後にお鍋の中にいれて味付けしますので、お楽しみという事で」

 「そうでしたか、失礼しました」

 「ううん、私達の村に伝わる料理だから知らなくても仕方ないよ。ささっ、召し上がれ~」


 色々な工夫がされているという事ですね。

 では、リコさん達が勧めてくれますので、早速頂きます!

 

 「わっ、白菜にも味が染みてますね!」

 「うん。お肉も美味しい」

 「タレと凄く合いますね」

 「うーん、これならいくらでも食べれそう……」


 一言で表すと、美味しい。

 ただそれに尽きます!


 「よかった……」

 「喜んで貰ったようで何よりだね~」


 僕達の感想を聞き、リコさん達が胸を撫でおろしています。

 けど、お世辞なしにすごくおいしいです!


 「リコさん達は食べないのですか?」

 「うん? 私達は後で食べるよ」

 「ユアンさん達に助けて頂き、せめてもの感謝を伝えたかっただけですから」

 「そうですか……」


 リコさんはさっきお腹空いたと言っていましたので、僕達だけで食べるのは申し訳ない気持ちなります。


 「この料理、みんなでつつく食べ物。食べるなら一緒に食べればいい」

 「そうだね。振舞って貰うのは嬉しいけど、こういうのってみんなで食べた方が美味しいんじゃないかな」

 「そうだね。それに、これだけの量だと、私達だけじゃ食べきれないです」

 「そうなると、お楽しみのご飯にたどり着けませんね」


 まぁ、シアさんとスノーさんなら食べれると思いますけどね。

 けど、折角みんなが一緒に食べようと誘ってくれているのです、ここで余計な事を言うのは野暮だと思います。


 「いいのかい?」

 「私達、助けて貰ってばかりなのに……」

 「はい、折角ですからね。無事に子供達を助け出せたお祝いですからね!」


 それに、リコさん達とは今後の事も話し合わなければなりませんからね。

 ご飯を食べて、お腹いっぱいになると眠くなってしまいます。

 それならば、ご飯を食べながらの方が話も進むと思います。

 という事で、二人も食事の席に座って貰いました。

 途中、シアさんがお肉ばかり食べて、お肉を追加するという事もありましたが、追加で食材を入れても問題ないようで、締めのご飯迄美味しく頂きました!

 勿論、ご飯の合間に今後の事についてもお話しました。

 ですが、それよりも大きな問題が一つあったのです。


 「そういえばスノーさん」

 「んー? 何?」

 「戻った事をアカネさんに報告しましたか?」

 「あ…………」


 その様子だとしていませんね。

 まぁ、街に戻ってからずっと一緒にいましたので、察してはいましたけどね。


 「スノー、ご愁傷様」

 「一緒に謝りましょうね」

 「やっちゃったー……絶対に、明日怒られる……」


 スノーさんの予想通り、次の日こっぴどく叱られたそうです。

 そして、監督責任と連帯責任として僕たちもです。

 今回の一件、リコさん達と子供たちは無事で良かったですが、僕たちは散々な結果となりました。

 まぁ、それと引き換えに色々と良い事もありましたけどね。

 ともあれ、今後は弓月の刻としての活動を増やしつつ、今一度気を引き締めようと思います。

 次に事件が起きる時に失態を繰り返さないためにも……。

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