第187話 弓月の刻、助けを求められる

 「えっと……僕たちにも原因がありますよね?」

 「うーん、そうだね。直接的な原因ではないけど、一応関係者ではあるかな……ごめん」


 リコさんの話を僕たちも聞かせて頂きましたが……どうやら僕たちと無関係という訳ではありませんね。

 

 「いえ、この件に関しては領主様達が悪い訳ではございません。ですが、手助けをして頂けるのであればして頂きたく思い……」


 畏まった様子でリコさんがスノーさんに深く頭を下げました。


 「あー、その話し方は調子が狂うからやめて貰えるかな? 今この場に居る私は領主スノークオーネじゃなくて弓月の刻のスノーって事でさ」

 「本当? いやー、助かるよ」


 それが、一転。素早く顔をあげると、手をパタパタと振りさっきまでのリコさんに戻りました。


 「変わり身はやっ! まぁいいけどね」


 僕としてもそっちの方が話しやすくて助かります。いちいち敬われたりすると僕の方までしっかりとした言葉遣いを使わなければいけない気がしてしまいます。

 まぁ、意識しても使えないですけどね。


 「ですが、深刻な問題になっていますね」

 「そうだね。まさか、ルード兵がそんな所に居るとは思わなかったよ」


 そうなんです。

 リコさん達がスノーさんの元を訪ねに来たのはルード兵が原因でした。

 正確には、元強硬派で、タンザの領主に従い悪事を働いていた人達の残党なので元ルード兵になりますけどね。

 実際は本当に元強硬派に属していた兵士かはわからないので、これはスノーさんの予想になりますけど。

 

 「でも、どうして盗賊みたいな行為をしているのかな?」

「それは、居場所がなかったからじゃないかな。あのままだったら強硬派として皇子であったシノさんに従えば良かったけど、皇子は消え、上に立ったのはエメリア様達の和平派……散々悪事を働いた事がバレたら処罰されるとでも思ったんじゃないかな」


 現在元ルード兵はアルティカ共和国に身を潜め、盗賊と同じような行為をしているみたいです。

 そして先日、リコさんの住む村に元ルード兵が訪れ、食料を奪って去ったようです。

 幸いにも食料を渡したら乱暴な事はせずに去っていったみたいなので怪我人や死者はいないみたいです。

 けど、スノーさんの予想が正しければ、元ルード兵が身を隠し、盗賊みたいな行為をしている理由に納得できます。

 シノさんの話では強奪に暴行、しまいには女性の尊厳を奪うような行為をしていたみたいですからね。

 そんな人達をエメリア様達が許すとは思えません。

 

 「それで、村は冬を越す為の食料がない訳か……」

 「そうだねぇ……隠しておいた食料があるとはいえ、全員が冬を飢えずに越すのはちょっと厳しいかなぁ」


 冬になると作物も育ちませんし、動物も姿を消します。

 その中で食料を安定して手に入れるのは難しい事です。

 なので、冬が訪れる前に食料を蓄える訳です。


 「ですが、リコさんの村は山奥ですよね? どうしてスノーさんが、領主が街に来たことがわかったのですか?」


 食料に困っている事はわかりましたが、助けを求める為に領主様に会いに来たとリコさんは言いました。

 あの言い方ですと、明らかに知っていたとしか思えません。

 場合によってはリコさんの話がでっち上げという可能性も出てきます。


 「それは、私の特殊な能力……とでもいえば言いかな」

 「特殊な能力ですか?」

 「うん。魔法とは違う力が私には……私達の村の人々に眠っているのさ」


 リコさんの特殊な能力を僕たちは教えて貰いました。


 「予知夢……ですか?」

 「私の場合だけどね。毎日ではないけど、自分や自分の周りに災いが降り注ぐときに稀に見る事があるのさ」

 「けど、元ルード兵の事はわからなかったのですね」

 「うっ……そうだけど」


 根本的にそっちの夢を見ていれば……と思いましたが、元とはいえ相手は兵士です。

 普通の村人がどうこうできる相手ではありませんね。

 下手に逆らえば虐殺されてもおかしくないほど実力差はあると思います。


 「それはさておき、リコさんは私達の夢を見たからここを目指したって事でいいのかな?」

 「そうだね。ここを訪れればきっと助けになってくれる。実際に夢の中では助けてくれたからね」

 「けど、夢なんですよね……」


 信じがたい話です。

 僕たちの事を夢で見て、それを信じてこの街を目指したなんて簡単に納得できません。


 「ちなみにですが、僕たちはリコさんの村をどうやって助けたのですか?」

 「それなんだけど、夢だから漠然としていてね……あやふやなんだ」


 夢は夢であるため、具体的に何をしてくれたのかはわからないみたいです。

 覚えているのは、僕達の元を訪れ、僕達に助けて貰った、という事くらいのようです。


 「どうしましょうか……」

 「そうだね……」


 正直、リコさんの話を信じていいのかどうか悩みます。

 仮に本当だとしたら助けるべきだと思いますし、もし嘘だとしたら僕たちを嵌める罠の可能性もあります。

 そんな風に僕たちは顔合わせて悩んでいると……。


 「お願いします……私達の家族を、仲間を助けてください!」


 ずっと黙っていたジーアさんが立ちあがり、深く頭を下げ大きな声で僕たちに助けを求めました。

 そして、机に小さな雫が落ちるのを僕は見てしまったのです。


 「そうですね……悩むのは僕達らしくないですね」

 「まぁね。ユアンらしくないね」

 「そうだね。ユアンさんは困っている人がいたら行動に移しちゃうもんね」

 「ユアンの良い所」


 あれ、僕達と言ったのに僕だけですか?

 僕はみんなより考えて行動しているつもりなのですけど……ってそんな話ではありません!

 それは後で確かめるとして、まずは泣いているジーアさんを落ち着かせないとです。


 「安心してください。ジーアさん達の村は知らなかったとはいえスノーさんの領地でもあります。なので、スノーさんは見捨てたりなんかしませんよ」


 なんか僕一人が助けたい、みたいな雰囲気になっていますからね。ちゃんとスノーさんにも責任もってもらわないとですね!


 「本当ですか?」

 「はい! ですよね、スノーさん」

 「あー……うん。私の管理不足が原因でもあるか」

 「後でアカネさんに報告だね」

 「う……まぁ、私だけの責任じゃないし……食料を援助するにも、元ルード兵を討伐するにも報告は必要か」

 

 この件でスノーさんが怒られる事はないと思います。


 「そもそも、シノさんがしっかりしていないのが悪いと思います」

 「確かに」


 元ルード兵を見逃したのはシノさんの作戦が始まりですからね。

 あの場でしっかりと対応しておけばこんな問題に発展していないと思います。


 「えっとー……助けてくれるって事でいいんだよね?」

 

 あ、身内の話で二人が置いてけぼりになっていました。

 僕としては助ける方向で話を進めていましたが、二人にはちゃんと伝わっていなかったみたいですね。

 ですが、この場合はどうなのでしょう?

 弓月の刻リーダーとして僕が伝えるのか、領主としてスノーさんが伝えるべきなのかわかりません。


 「両方で手伝えばいい」

 「そうだね。こうなったらシノさん達にも協力して貰って、私達弓月の刻と」

 「この街の人間として手伝うって事にしようか」


 という事になりました。


 「では、僕達弓月の刻と」

 「領主である私が」

 「「二人の村を助ける事を誓います(おう)」」

 「「よろしく~(お願いします!)」」


 という訳で、久しぶりの事件が舞い込んできました。

 相手は盗賊……しかも、元ルード兵と普通の盗賊よりも遥かに厄介です。

 強さだけではなく、もし指揮官がいるならば統率のとれた行動をしてくるはずです。

 その為には詳しい事をもっと聞かないといけませんね!


 「では、作戦を練るためにも二人の村の事や盗賊の事を詳しく教えて貰ってもいいですか?」

 「うん。だけどその前に……ご飯食べてもいいかな?」

 「「「あ」」」

 「……ごちそうさま」


 話に夢中ですっかり忘れていました!

 まだ、ご飯の途中でしたね。

 そして、シアさんはいつも通りあまりしゃべらないと思ったら一人で食べ終わっています!


 「では、冷めてしまう前に食べてしまいましょうか。足りなかったら収納魔法の中にパンなどもありますから遠慮なく言ってくださいね」


 誤魔化しではありませんよ?

 別に他の餌で誤魔化している訳では決してありません。

 ただ、アルティカ共和国では手に入らないお菓子とかもありますし、親睦を深める為に……ですからね?

 そして、ご飯を食べ終わりましたが、どちらにしても直ぐの直ぐに行動に移せる訳でもないので、二人に詳しい話を聞くのはシノさん達を含めた明日にする事になりました。

 場合によってはアリア様やアラン様にも相談するつもりでもあります。

 その後、二人にもお風呂に入って貰い、今日はゆっくり休んで貰う事になり、今日は解散となりました。

 リコさん達は別館で休んで貰い、僕たちは本館で休む感じでです。

 不用心かもしれませんが、盗まれて困るものは僕の収納に入っていますので問題ありませんしね。

 

 「一応、別館と本館の鍵は閉めておいた方がいいかな?」

 「そこまでする必要はないと思いますよ。もし、夜中に僕達に用が出来ないとは限りませんし」

 「心配ならラディの配下に見張らせておきます」

 「スノーは心配症」

 「まぁ、みんなに何かあったら嫌だからね」


 スノーさんの心配はわかります。二人を完全に信用した訳ではありません。

 かといって、壁を作るような事もしたくありません。

 なので、二人の部屋の前をラディくん配下に見張って貰い、怪しい動きをするようならば報告をして貰うことになりました。


 「ねぇ、たまにはさ。みんな一緒に寝ない?」

 「そうですね。久しぶりにみんなこの時間に揃ってますしね」

 「ふふっ。楽しみだね!」

 「ユアンが隣なら、一緒でもいい」


 シアさんのその言い方は嫌じゃないって事です。そういう所はまだ素直じゃないですね。

 ですが、みんなもそれがわかっているみたいなので特に触れたりもしません。

 久しぶりにゆっくりみんなで過ごしてもお互いわかりあえるっていいですよね。

 そんな訳で、何故か僕の部屋にみんな集まり、いつも通り僕とキアラちゃんがスノーさんとシアさんに挟まれ寝る事になりました。

 勿論、僕の隣はシアさんです。

 けど、僕たちは結局夜遅くまで起きている事になりました。

 話が終わらないのです。

 でも、僕達の眠るお布団はいつもよりも温かく感じました。

 きっと、身体だけではなく、心も温かくなれたからですよね。

 こんな日が、ずっと続くといいのにな……僕はそんな事を思いながら眠りの海に落ちていくのでした。

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