第180話 弓月の刻、仕事を探しに出かける

 「んー……暑いです」


 柔らかい布団に包まれて僕は目覚めました。

 暑くて目が覚めたのですが、暑い理由は直ぐにわかりました。

 シアさんがすぐ隣で寝ていたからです。

 獣人の体温は高いです。

 これは僕の予想ですけどね。スノーさんとキアラちゃんと寝た事もありますが、シアさんと寝るといつも暑く感じますので、多分間違いないと思います。

 けど、それが嫌かと言われると……嫌じゃないのですよね。

 最初こそ、暑くてちょっと苦手だと思いましたが、今となってはその暑さが心地よく感じます。


 「しあさん……」


 いつもシアさんは僕を抱えるようにして寝ています。

 ですが、今日は僕に背を向けるようにして寝ているのです。 

 これじゃ、中途半端な暑さです。


 「しあさーん」

 「んー」


 シアさんの耳がぴくりと反応し、寝言混じりの返事が返ってきました。


 「しあさーん」

 「んー?」


 どうやら、ちょっとだけ、目を覚ましたみたいです。


 「……ゆあんがいない」

 「こっちですよー」


 シアさんが寝返りをうち、寝ぼけたまなこで僕と目が合います。


 「いた」


 あー、これですこれです。

 シアさんが僕を見つけると、ぎゅーってしてくれます。

 この暑さがないとなんか調子が出ないのですよね。

 といっても、まだ寝るのですけどね。

 これでは、折角の広いベッドが無意味です。

 だけど、朝はこうじゃないとダメですよね。

 という訳で、おやすみなさい……。





 「ユアンさん」


 意識の遥か遠くから、僕を呼ぶ声が聞こえます。


 「起きてください、ユアンさん」

 

 この声はキアラちゃんですね。


「起きてますよ。ですが、もう少し寝ます」

 「ダメだよ。それだけしっかりと返事できるなら起きてください。シアさんもです」

 「やー」

 「僕もやーです」


 シアさんにならえですね。

 

 「お願いだよ……スノーさんの調子が悪そうなの」

 「ふぇ?」

 

 いつまでもゴロゴロしていたいですが、流石に仲間の調子が悪いと言われればそうも言っていられません。


 「あ、起きてくれましたね」

 「はい……んー!」


 伸びー! 勿論、耳と尻尾もです。

 ふにゃ……朝はこれをしないと起きた気がしませんね。

 それに合わせてシアさんも上半身を起こしました。

 何だかんだでシアさんは仲間思いですので、スノーさんの事が心配のようですね。


 「それで、スノーさんがどうしたのですか?」

 「うん。いつもの事だけど、気持ち悪いから動けないって……」

 「あー……二日酔いですね」

 

 昨日は結構呑んでいましたからね。

 

 「放っておけばいい」

 

 二日酔いが原因とわかるとシアさんは興味を失ったように、再びベッドに横になります。

 そして、僕においでと両腕を広げてきます。

 そんな事されたら我慢できませんよね。

 

 「そう言う事なら僕もー……」


 シアさんに抱かれてまた寝ます。

 と言いたい所ですが、キアラちゃんに掴まれました。


 「スノーさんは今日から領主の仕事があるから、あのままじゃアカネさんに怒られちゃうよ」

 「そういえば、そうでしたね」


 今日から色々と教えると宣言されてましたね。

 本当は昨日から開始する予定でしたが、今日に延ばして頂いたのにも関わらず、初日から二日酔いの状態ではマズいですね。


 「わかりました」


 スノーさんが怒られるのも可哀想ですからね。トリートメントで酔いを抜いてあげるくらいならすぐ終わりますし、ちょっと行ってあげましょうか。


 「行っちゃうの?」


 僕がベッドから立ち上がろうとすると、シアさんがシュンとしてしまいました。

 そんな哀しそうな目で見られたら、行くに行けませんよ……。


 「もぉ! 二人が仲良いのは知っています! でも、私一人置いてけぼりは嫌です!」

 「だったら、三人で寝ればいい」

 「そうですね。キアラちゃんも一緒に寝ましょうか」

 

 それならキアラちゃんが置いてけぼりにならずに済みますね。


 「それは今度にしてください! ユアンさんも今日は仕事探しに行くんだよね?」

 「そういえばそうでした」

 「シアさんも仕事探さないとダメですよ! この家を維持するにはお金稼がないといけませんからね!」

 「私の仕事はユアンとこの家を護る事。任せる」

 「それだけじゃ、護れません! ちゃんとみんなでお金を稼いでこの暮らしを保ってこそ、家を護ったと言えます! さっ、起きてください!」


 「わっ!」

 「ん……」


 キアラちゃんが勢いよく布団を捲り上げました!

 その勢いで僕たちはベッドから転がり落ちそうになり、シアさんが僕を抱えてシュタッと着地を決めます。


 「キアラ、強くなった」

 「そうですね。力もつきましたね」

 「それなりに鍛えてきましたからね。それじゃ、スノーさんを治したら朝食にしましょう」


 何だかんだ、キアラちゃんが一番しっかりしていますね。

 みんなの妹で居たいと言っているのに、何だかお母さんみたいです。


 「しっかりした妹って思ってくださいね!」


 そう釘を刺されてしまいましたけどね。

 という訳で、初日の朝からバタバタするのでした。

 僕たちらしいですね。





 「行きたくない……」

 「ほら、私も一緒に行くから頑張ろ?」

 

 スノーさんの酔いを抜いてあげると、スノーさんは普通に動けるほど回復をしました。

 ですが、どうしても領主の館に行きたくないみたいで、キアラちゃんに引きずられるように手を引かれています。

 まぁ、力でいえばスノーさんの方が強いのにも関わらず、一応前に進んでいるのは本気で抵抗していない証拠だと思いますけどね。

 そんな感じで僕たちは庭まで出てきました。


 「なんじゃ、スノーまだ居ったのか」

 「アリア様おはようございます」

 「うむ、おはよう!」


 僕が挨拶すると上機嫌な様子で挨拶が返ってきました。


 「なんか、凄く調子良さそうですね」

 「うむ! わかるか? わかるか?」


 そしてテンションも高いです。


 「何かあったのですか?」

 「うむうむ! 昨日は久々にアランと一夜を共にしたからのぉ!」

 

 あぁ、それでですね。

 アラン様はアリア様の旦那さんです。

 アリア様の旦那さんという事は王族である筈なので、どうしてこんな場所にいるのか不思議ですが、ともあれ久しぶりに夫婦の時を過ごせたみたいですね。


 「それで、朝からどうしたのですか?」

 「ユアンにちょっとお願いがあってな」

 「僕にですか?」

 「うむ。都にまだ転移魔法陣があるな? それとこの街を繋いでほしいのじゃよ。今はアンリ一人に任せておるし、そろそろ帰らないとあやつも淋しがるじゃろうからな」


 淋しいというよりも仕事を全て押し付けられて手助けが欲しい頃だと思いますけどね。


 「わかりました」

 

 ちょうど、いい場所がありますからね。

 

 「助かる! それで、私の城に改めて設置場所を用意するからいつでも私が通れるようにして貰っても良いか?」

 「はい、場所があるなら問題ありませんよ」

 「助かるぞ! ふふふっ、これでいつでも私もこっちに来れる……」


 それが目的みたいですね。

 ですが、好きな人に何時でも会えるのはいいですよね。

 僕だってシアさんと離れ離れになってたまにしか会えないと考えたら淋しくなります。

 勿論、スノーさんやキアラちゃんもですよ?


 「では、僕は一度戻りますね」

 「私もついてく……」

 「ダメですよ、多分アカネさんはもう待っていますからね?」

 「うぅ……シア~」

 「スノー、頑張る」

 「薄情者ー!」


 その言葉を残しながらスノーさんはキアラちゃんに連れていかれてしまいました。


 「シアさんはどうしますか?」

 「私も仕事探す。ユアンと家を護る」

 「じゃったら、アランの元を尋ねるといいぞ。何かしら仕事を紹介してくれるじゃろうからな」

 「わかった。ユアン、また後で」

 「はい、落ち着いたら連絡しますね」


 シアさんも僕に何度も手を振りながら門から出ていきます。


 「お主ら、本当仲がいいな」

 「はい、仲良いですよ」

 「うむ……。まぁ、その関係を大事にしておけ。何があってもな?」

 「はい? そのつもりですよ?」

 

 アリア様の声色が一瞬険しくなった気がしますが、気のせいですかね?


 「シノと私で設計したが、実際に見ると大きな家じゃな」

 「そうですね。僕たちじゃ持て余しちゃうくらい大きいです」


 転移魔法陣がある地下室を目指しながら、アリア様と家の中を歩いています。

 ついでに、どんな部屋があるかも簡単に説明しながらです。


 「まぁ、そのうち必要になる時が来るかもしれぬしな」

 「そんな日が来ますかね?」

 「来るじゃろうな」


 アリア様はそう断言しますが、僕には想像がつきませんね。


 「ここです」

 「うむ。お洒落で夢があるじゃろ?」


 地下でシノさんの家と繋がっていますからお洒落ではなく悪趣味だと思いますけどね。

 まぁ、地下室は夢があるのはわかりますけど……。


 「まぁ、気にするな。ここを弄るんじゃったな」


 そういって、アリア様は隠しスイッチを操作して勝手に扉を開けてしまいます。 

 アリア様も設計に携わっていたのですから、知っているのは当然でしたね。

 というか、最初からこれが目的でわざわざ転移魔法陣を設置できる地下を造ったんじゃ……。

そんな疑いをもちつつも、アリア様と螺旋階段を下り、地下室へと辿り着きました。

 そして、転移魔方陣をちゃちゃっと展開します。


 「これで、僕たちが借りていた部屋に繋がりましたよ」

 「うむ! ありがとうな。また、設置場所が準備出来たら遊びにくるからその時は頼むぞ」

 「はい、お待ちしてますね」

 「うむ! そういえば、ユアンはどうするのじゃ?」

 「何がですか?」

 「仕事じゃよ、仕事。まぁ、私の姪じゃから、維持費やお小遣いをくれてやってもいいが、ユアンはそれを望まないじゃろ?」

 

 家まで貰い、更に維持費やお小遣いまで貰うのは忍びないですし、それだと自堕落になってしまいそうですね。

 僕の夢はのんびりと暮らす事で、自堕落な生活を送る事ではないです。


 「はい。僕は自分の稼ぎで暮らしたいと思います」

 「じゃろうな。で、宛はあるのか?」

 「……ないです」


 せめて冒険者ギルドがあれば採取依頼などで少しは稼げましたが、冒険者ギルドがないのでそれは出来ません。


 「じゃったら、チョリ婆の所を尋ねてみるといい。きっと力になってくれるぞ?」

 「チョリおばあさん……ですね?」

 「うむ。街の者に聞けばすぐにわかるじゃろう」

 「わかりました」

 「まぁ、他にも困ったことがあったら相談するとよい」

 「はい、その時はお願いします」


 全てを頼る訳にはいきませんが、本当に困ったら相談しようと思います。

 お金だけではなく、他の事でも問題が起きる可能性がありますからね。


 「それじゃ、またの!」


 アリア様が転移魔法陣に乗り、消えていきます。

 あの様子だと近いうちにまた来そうですけどね。


 「では、僕もお仕事を探しにお出かけですね!」


 確か、チョリおばあさんでしたね……。

 アリア様の紹介ですし、きっとまともな人ですよね。

 そう信じて僕も家を出発するのでした。

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