第179話 補助魔法使い、夜に怯える
「スノーさん大丈夫ですか?」
「うん……これくらいならね?」
「スノーさん、ちゃんと歩いて? 重いよ……」
「重くないよ~」
大丈夫と言いながらも、キアラちゃんに支えられて帰宅しました。
「スノーさん、あとちょっとだよ!」
「うん、平気平気……」
「帰宅してすぐに休めないのは大変ですね」
家に着いても、別館から本館に向かわなければならないですし、その間に階段もあります。
フラフラしながらも直ぐに休めないですからね。
普通の家とかならば、リビングにソファーがあるので一時的にそこで休んだりできますが、この家のリビングも本館にあります。
流石に、玄関ホールにあるソファーで寝かす訳にもいかないですよね。
「この調子ですと、お風呂は危ないですね」
「そうだね。今日はこのまま休ませることにします。ユアンさん、
「わかりました」
本館にもちゃんとお風呂がありました。
本館に入り、左側の通路奥は地下へと繋がる隠し扉がありましたよね?
お風呂はその逆、右側の通路奥の場所にありました。
十人くらい入っても余裕がありそうな大きなお風呂です。
浴槽も二つに分かれているので、普段は片方の浴槽にお湯を張れば少しでも節約になりそうです。
ですが、今日はスノーさんがこんな状態ですし、お風呂に入るのは明日以降になりそうです。
僕とシアさんの為にお湯を張るのは勿体ないですからね。少しでも節約です。
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ~……」
スノーさんとキアラちゃんが部屋に入っていきます。
ちなみに、部屋割りは決めました。
左側通路にある部屋を僕たちは選びました。
そして、奥からシアさん、僕、キアラちゃん、スノーさんといった順番です。
シアさんとスノーさんが角部屋がいいみたいで、僕とキアラちゃんは隣の部屋に人がいた方が安心するという事で真ん中の部屋になりました。
被らなくて良かったですね。
まぁ、反対通路にも同じ造りの部屋があるので、みんな角部屋を希望したら分かれればいいだけですけど。
部屋にはまたまだ余裕がありますので。
「僕たちも今日は寝ますか」
「うん。お風呂は明日にする」
「そうですね。では……
これで、僕たちも綺麗です。
「どうする?」
「何がですか?」
「一緒に寝る?」
「そうですねー……」
悩みますね。
シアさんと一緒に寝るのは嫌じゃないです。むしろ、安心できます。
ですが、あの大きなベッドを独り占めできるのはちょっと魅力的ですよね!
冷たい所を求めてゴロゴロできますし!
「今日は別々にしましょう」
「わかった……」
うー……シアさんが残念そうにしています。
「明日は一緒に寝ましょうね! お風呂も一緒に入って、ここでの暮らしを楽しみましょう?」
「うん!」
良かったです。淋しそうな姿のまま見送るのは嫌ですからね。
やっぱり嬉しそうなシアさんを見ているのが一番好きです。
「では、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
僕の部屋の前でシアさんと別れ、シアさんが自分の部屋に入っていくのを見届けます。
「えへへっ、僕の部屋ですよ!」
だーいぶ!
「お布団もフカフカです!」
シアさんの前でこんなことしたら怒られるかもしれませんが、自分の、自分だけの部屋ですからね!
怒る人もいません!
「ですが、この布団とかも自分で洗濯や干したりしなければいけないのですよね」
何よりもお日様で干した時ってフカフカして気分的に違いますからね。
「まぁ、持ち運びは収納魔法で出来るのでまだいいですけど」
大きさが大きさです。
これを抱えて外に行ってとなると、それだけで重労働になります。
改めて収納魔法って便利ですよね。
こんな使い方をしていたら、使えない人からしたら贅沢かと思われそうですけど。
「ふわぁ~……眠くなってきちゃいました」
フォクシアの都から野営をしながら移動していたので、お布団で眠るのは久しぶりに感じます。
そんな中で、柔らかい布団に包まれているのですから、眠くなるのは当然ですよね?
「えっと、時間は……」
短い針が10の数字を指しています。
結構遅い時間までシノさんの所にお邪魔してしまったみたいですね。
それにしても、時計まで用意してくれるとは、ホントにお金が掛かっていますよね。
このお礼は何処かで返さないといけませんね。
その為にも、明日から仕事を探して働き口を探さないといけませんね!
この街にはギルドがありませんので、冒険者活動をする事は出来ませんし。
「その為にも、明日に備え寝ておかないとですね」
ベッドに横たわり、お布団を被ります。
これならすぐに、眠れそうですねー……。
おやすみなさい……。
チクタクチクタクチクタク。
…………。
チクタクチクタクチクタク。
………………。
チクタクチクタ……。
「もぉ! うるさいです!」
普段なら全く気にならないような音がすごく気になります!
そういえば、一人で寝るのはここ最近ありませんでした。
みんな一緒だったり、シアさんと一緒だったり。
シアさんの寝息や寝言。
大体が僕の名前を呼んでいる事が多いですけど。
そんな中で、寝ていたのでこの静けさが妙に不安になります。
それに、シノさんが食事の時に変な事を言うのが悪いのですよ。
多分、僕を怖がらせるための嘘だと思うのですが、シノさんが昔にあった怖い話をしてきたのを思い出しました。
「うぅ……ゴーストって魔物ですよね……。だから平気です……」
そうです。
シノさんはルード帝国のお城でたまに、真っ白い服を着た長い黒髪の人を見たと言っていました。
その人は、日付が変わる零時になると現れ、その人を見ると体が動かなくなり、無言でシノさんを見降ろしていたと。
何をする訳でもなく、ただジッと金縛り状態のシノさんの事を見つめている。
シノさんは、それは魔物ではなく幽霊だといいますが、僕は信じませんよ?
だって、よくわかりませんからね。
ゴーストと幽霊なんてきっと同じです。
きっと、シノさんはゴーストに襲われただけです、ゴーストは精神的に人を追い詰め、生気を奪うと言われています。
きっと、そんな感じです……。
だから、怖く何て……。
ゴーンッゴーンッゴーンッ……。
時計から変な音が鳴りました!
それに驚き、時計を見ると、時計は零時をさしています。
「うぅ……怖いです」
時間を見てしまいました。
よりによって、こんな時間に鳴ることないじゃないですか!
シノさんは絶対に知ってて、あんな話をして、時計が鳴るようにしてあったに違いありません!
「こんなんじゃ、とても一人じゃ眠れませんよ……」
ここは、やっぱり……。
枕を盾代わりに構え、僕は自室のドアをゆっくりと開けます。
右、よし……左も……何も居ませんよね?
廊下の灯りは消え、天窓から射しこむ月明りが廊下を照らしています。
天窓は閉じる事も可能なので、昼間は遮光することも出来ます。
って、そんな話はどうでもいいです!
僕は、辺りを警戒しながらすぐ隣の部屋を目指します。
「起きていてくださいね……」
勝手に忍び込むのは、出来れば避けたいです。
なので、僕はシアさんの部屋を小さくノックします。
「うー……はやく、はやく」
ですが、シアさんは気づかないようで、扉に近づいてくる気配はありません。
少しでも気付いて欲しくて、ノックを繰り返します。
そうなってくると、後ろが怖いです。
何もいないとわかっていますが、後ろに何か居るような気がして怖いです!
後ろを振り向けば、何も居ないとわかるのですが、どうしてもその勇気は生まれません!
大丈夫、後ろには何も……。
「何してる?」
「ひゃわっ!?」
背後から声がしました!
「ユアン?」
「し、しあしゃん……」
驚いて振り向くと、シアさんが立っていました。
僕は安心のあまり、その場にへたり込んでしまいました。
「平気?」
「平気じゃないです、立てないです」
何でしょう、足に力が入らないのです。
もしかして、これがシノさんの言う金縛りなのでしょうか?
って事は、目の前にいるシアさんは実はシアさんじゃなく……。
「わっ!」
「部屋まで連れてく」
あ、シアさんです。
立てなくなった僕を抱えてくれるシアさんから伝わる暖かさ、匂い。間違いなくシアさんです。
ぎゅぅぅぅぅぅぅ。
「ユアン、苦しい」
「うー……シアさん、驚かさないでください」
「ごめん」
「何処に行ってたのですか?」
「……トイレ」
……なら、仕方ないですね。
トイレはちょうど僕たちの部屋の正面とキアラちゃん達の部屋の正面にあります。
シアさんはちょうどそこから出てきたみたいです。
「シアさん」
「何?」
「やっぱり、一緒に寝ましょ?」
「いいの?」
「はい、やっぱり一人は嫌です」
「わかった。嬉しい」
シアさんが喜んでくれていますし、お邪魔にはならなそうで良かったです。
「ユアンの部屋にする?」
「どっちでもいいですよ! シアさんと一緒なら……」
「わかった。ユアンの部屋にする」
という訳で戻ってきました!
ですが、さっきと違って全く怖くないですよ?
シアさんが僕の隣で横になっていますからね!
「ユアン、何かあったら呼ぶといい」
「はい。なので、シアさんの部屋に行きました」
「違う。もっと念話使う。私はいつでも平気」
「あ……忘れていました」
もっといえば、シアさんの位置を常に把握しておけばトイレから出てきたシアさんに驚かずに済みましたね。
家の中、近くに居るって事で忘れていました。
「今度から気をつけます」
「うん。近くても遠くても、ユアンを感じたい」
「はい。僕もです」
「けど、良かった」
「何がですか?」
シアさんが僕の顔と数センチの場所で笑っています。
「ユアンと出会った日、約束した。ユアンとその家を護るって」
「そうでしたね」
あの日の事は僕も忘れません。
それだけ、印象に残っていますからね。
「だから、この家に住んで最初の夜。ユアンと一緒に過ごしたかった」
「そんな風に考えてくれていたのですね」
「うん。私にとってユアンは特別」
「僕にとってもですよ」
キアラちゃんもスノーさんも大事な仲間で特別です。
ですが、僕の中でシアさんはもっと繋がりが深くそれ以上に特別な存在です。
「だけど、シアさんはあまり我儘言ってくれません。一緒に過ごしたかったのなら、言ってくれればいいじゃないですか」
「ごめん」
「怒っていませんよ? だけど、もっと我儘言ってくれていいですからね?」
シアさんは我儘というよりも自由な性格って感じがします。
勿論、こっそりと僕の布団に潜り込んだりしますが、明確にこうしたいとあまり言ってくれませんからね。
言葉にして貰った方がわかりやすい事もあります。
影狼族の血の事で悩んでいた日も、きっと僕に近くにいて欲しかった……と思うのは自意識過剰かもしれませんが、遠慮していましたしね。
「わかった。気をつける」
「はい、お願いしますね」
「うん。それじゃ、早速」
シアさんの顔が更に近づいてきます。
そして、おでこにシアさんの唇が触れました。
「ふぇ?」
「おやすみ」
「え、シアさん? 何ですか今の?」
「良く寝れるおまじない」
「嘘です! ねーシアさん!」
「ユアン、夜遅い。近所迷惑」
「ご近所さんはいませんよ! もぉー、教えてくださいよ!」
うー……なんか、あの日の夜に手の甲にキスされたよりも恥ずかしいです。
シアさんの顔も真っ赤で反対を向いてしまいましたし……。
結局、シアさんは答えてくれませんでした。
今度、スノーさんかキアラちゃんに聞いてみればわかりますかね?
けど、もしかしたら影狼族に伝わる、おまじないかもしれませんし、勝手に聞くのもマズいですかね。
「いつか、教えてくださいね?」
「うん。その時が来たら」
「わかりました。その時を待ってます」
「私も待ってる」
シアさんも待つ?
二人して待っていたらいつまでもその時は訪れませんよね?
けど、そんな疑問はどうでもいいほどに、シアさんと過ごすときは心地良い時間でした。
これならゆっくりと眠れそうです。
シアさん、これからもよろしくお願いします。
僕は横で寝息をたてはじめたシアさんに心の中でそう伝え、眠りに落ちていくのでした。
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