第178話 弓月の刻、二階を探索する
「一階がお客さん用とするならば、二階は僕たちが住む場所になるのですかね?」
「そういっても、玄関ホールの上だから寝る場所とかではないだろうね」
玄関ホールはお客さんが出入りする場所なので、二階だとはいえ、直ぐに上がって来られるような場所には寝室などプライベートな部屋は設けないみたいです。
宿屋なんかも、まず受付があり、そこを通って部屋がありますよね。
それには防犯の意味もあるらしいです。
「って事は、玄関ホールの上にある部屋は意味のない部屋って事ですか?」
「意味はない訳ではないけど……まぁ、私達はあまり使わない部屋になるかもね」
と言いつつも、どんな部屋か興味ありますし、知っておいて損はありませんからね。
左回りで順番に回ってみる事になりました。
「ここは……書斎みたいなものですかね?」
「本棚があるし、そうだろうね」
左右に大型の本棚があり、詰めれば数百冊を補完できそうなスペースがあります。
「この中で、本を読むのが好きな人はいますか?」
「「「…………」」」
いないみたいですね。
僕もです。
そもそも本というのは中々に高価ですし、劣化しやすいので気を遣います。
劣化が気になる本棚にしまうくらいならば、劣化しない収納魔法にしまっておく方が長持ちしますので、あまり使わない部屋になりそうです。
「ここは何ですか?」
次に入った部屋はテーブルを挟むようにして向い合せにソファーが置かれた部屋でした。
「ここは応接室かな? お客さんと大事な話を密かに行ったりする場所だと思うよ」
シアさんと出会った街でギルドマスターであるナノウさんとお話した時を思い出しました。
確かに、こういった場所ならば人目を気にせずにお話ができますね。
「で、階段を登った先は通路になっているから、先に反対側だね」
通路の先は大広間の上になっています。
そっちの方は寝室などになっていると予想し、先に右側から回る事にしました。
「こっちは普通の部屋になってますね」
寝室でしょうか?
ベッドも置かれていますし、クローゼットもあります。
そんな部屋が四つほど並んでいました。
「ここは住み込みの使用人を住まわせる部屋じゃないかな?」
「そんな部屋もあるのですね。ですけど、雇う余裕はありますか?」
「……ないね」
ですよね。
パーティー資金はある程度集まりましたけど、この先の稼ぎがどうなるのかはわかりません。
雇ったはいいけど、お給料を払えないとなると大変な事になります。
「居・食・住を提供する事を引き換えに安い賃金で雇えばいい」
「そんな方向でですか?」
「宿屋や家を借りて、自炊して生活するよりも安上がり」
自分で家を買えるようになるまで、住み込みで働いて貰い、その給料が貯まったら自分で家を買うという方法があるみたいですね。
衣食住を提供する訳ですし、贅沢をしなければ支払った給料は全て貯蓄に回せることになるので、貴族の家などでは割と普通な事みたいです。
「まぁ、それをするとなると、本当に信頼できると確信できた人しか雇えないけどね」
「そうですね。家の中を自由に歩き回れるのですから、大事な物を盗まれたら大変ですからね」
僕たちの場合は大事な物は僕の収納にしまったままなので問題なさそうですけどね。
それでも、離れている場所に居るとはいえ、一緒の敷地内で生活する訳ですから、信頼できる人でないと雇えませんね。
「で、あとは使用人が利用するトイレとシャワールームがある感じね」
玄関ホールの上の部屋は全て見終わりました。
残す所は、僕たちが寝泊まりする場所……だと思います。
他に何もなければ……ですけどね。
「まずは、通路ですね」
「ここで、本館と別館みたく分けているみたいね」
お客さんようと僕たち用と区切られているのはいいですよね。
いえ、本当ならばもっとひっそりとした家を持つ予定でしたので、全く気にならない筈でしたが、こうも大きい家ですと何故か気になってしまいます。
そんな事を考えながら、本館となる場所に来たのですが。
「こっちも部屋が沢山ですね」
「けど、ドアの感覚的にそこまで大きくはないんじゃないかな?」
「そうだといいですけど。あまり広い部屋でも困りますからね」
正面のドアは食堂みたいくなっていました。
感覚的には普通の家にあるリビングルームといった場所でしょうか?
キッチンもありますし、食事するテーブルがあり、高価そうなカーペットの上にはテーブルとソファー……暖炉までありますね。
「みんなが集まれる場所があるのは嬉しいね」
「そうですね。なかったら部屋に引き籠ってしまいそうです」
という訳で、通路を抜けた先にあった部屋はリビングルームでした。
「次はどっちから回りますか?」
「どっちも同じだと思うけど、左からでいいかな」
どっちから……と言ったのには訳があります。
リビングルームを出ると左右に通路が続いていて、その通路はコの字になっていました。
そして、それぞれの通路に四つずつ部屋があるのです。
「ようやくですね」
「うん。私達の部屋」
残りの部屋数を考えれば当然かもしれませんが、四つの部屋は個人的な部屋になっていました。
「ここにもベッドが用意されてるね」
「僕が四人並んでも眠れそうですね」
それだけ大きなベッドが置かれているのにも関わらず、一つ一つの部屋に狭さは感じられませんでした。
狭くもなく、広くもなくといったちょうどいい広さですね。
僕としてはこの半分もあれば十分ですけどね。
「ですが、ベッドがある以外は殺風景ですね」
「個人の部屋だしね。自分たちで飾れって事じゃないかな?」
「確かに。シノさんに変な趣味があって、変な置物とか置かれていたら嫌ですからね」
そんな趣味があるのかはわからないので、例え話ですけどね。
「もしかしたら、監視されてる可能性もある」
「まさか…………ありえるかもですね」
シノさんの事を疑っている訳ではありませんよ? ただ、もしかしたらその可能性があったら嫌だなと思っただけです。
「一応、探知魔法で調べておきますか」
探知魔法であれば、そういった魔法道具があった場合に調べる事も出来ますからね。
「……大丈夫そうですね」
「もう、ユアンさん心配し過ぎだよ」
「そうですね。ちょっと、疑いすぎましー……え?」
他の部屋も同じ造りになっているとは思いますが、一応覗いてみようという話になり、通路に出ると、探知魔法が何かを捉えました。
「ユアン?」
「いえ、こっちに何かあります」
通路の一番奥。そこは行き止まりになっています。
ですが、探知魔法が何かを捉えているのです。
「隠し扉……みたいですね」
「どうして、そんなものが……?」
「わかりません。まぁ、やっぱりシノさんですから、何かやっていたという事かもしれませんね」
やっぱり、無暗に信用してはならないって事ですね!
僕の心配は当たっていた訳です。
「スイッチは……これですね」
大理石で造られた壁の一部がスイッチになっていました。
そのスイッチを押すと、ドアが横にスライドし、新たな通路……いえ、階段が現れました。
「螺旋階段」
「何か、吸い込まれそうで不気味ですね」
「どうする?」
「このままって訳にも……」
行きませんよね。
自分たちの家となる訳ですから、ここが何処に繋がっているのかを知っておく必要があります。
「では、いつも通りスノーさんが先頭で、警戒しながら進みましょう」
「自分の家で隊列を組む事になるとは思わなかったよ」
僕もそう思います。
これじゃ、冒険しているのと変わりありませんからね。
スノーさんを先頭に、僕、キアラちゃん、シアさんといつも通りの順番で螺旋階段を下っていきます。
「意外と深いね」
「そうですね、この感じですと、一階部分は過ぎてますよね」
「地下室かもしれない」
「ちょっと、ワクワクします」
その気持ちもわかりますね。
流石に魔物が出るとは思いませんし、安全な場所に繋がっているとは思います。
「意外と短かったかな」
長く感じたのは、僕たちが慎重にゆっくりと下ったからでしょうか?
一分も掛からずに僕たちは螺旋階段を下り、通路へとたどり着きました。
「そして、ドアがあると」
「何か、タンザの領主の家を思い出しますね」
「私はあまり思い出したくないです……」
そうでした。
キアラちゃんはそこに捕えらていた時があったのですよね。
ですが、雰囲気はそんな感じです。
もしかして、この先に人を閉じ込めるような場所が……。
「やぁ、遅かったね」
そんな思いでスノーさんがドアを開け、中に入るとシノさんが笑顔で立っていました。
「……何やっているのですか? 人の家の敷地で」
何か、拍子抜けしました。
「まぁ、地下だからね。ここは僕の敷地でもあるから、僕がここに居る事は何もおかしくないと思うよ?」
「そうですか。それで、何の用ですか?」
別にシノさんとアリア様から頂いたので、細かい話はどうでもいいですからね。
僕が気になるのはシノさんが居る事ではなく、地下室があった事です。
「そうだね。何かあった場合に、脱出できる経路の確保と、君たちが転移魔法陣を設置する場所があったほうがいいかと思ってね」
「それは、助かりますね」
家を見て回りましたが、転移魔法陣を設置する場所は正直困っていました。
お客さんがくる別館は絶対にダメですし、僕たちが住む本館もこれといって設置する場所がなかったので、最悪僕の部屋で毎回展開する事を考えていたくらいです。
「という事で、ここを自由に使うといいよ。ま、僕も何かしら使わせて貰うと思うけどね」
「変な事はしないでくださいよ? 動物の解体とか」
「……人を何だと思っているんだい?」
「冗談ですよ。有難く使わせて貰います」
冗談です。冗談で済まない事をしそうなシノさんですが、流石にそんな事はしないと思います。
「それじゃ、僕は帰るけど……気に入ってくれたかな?」
「はい、ちょっと僕たちには大きすぎるかと思いますが、嬉しいです」
「そうかそうか。奮発した甲斐があったよ。いつか必要になる日が来るかもしれないからね」
そんな日が来るとは思いませんけどね。
だって、明日から僕はのんびりと生活をしていくつもりですからね!
まぁ、スノーさん関係の貴族の方とかが来られたりするかもしれませんが、その時は本館の自室で引き籠っていればいいですしね。
僕たちはシノさんに改めてお礼を伝え、シノさんが返っていくのを見送り、僕たちも地下室から本館へと戻る事にしました。
転移魔法陣は後々繋げていけばいいと思うので、急ぐ必要もありませんからね。
「気づけば、もう夕方ですね」
「お昼ごろに着いたからね」
「お腹空いた」
「私もです」
「それじゃ、ご飯にしましょう。といっても、調理場はまだ使いにくいですので、今日は収納魔法にある調理済みの料理で終わらせるつもりですけど」
僕の提案にみんなが頷きました。
最初なので、盛大にお祝いしたい所でしたが、準備も出来ていないので仕方ありませんね。
「では、本館のリビングルームでー……」
ジリリリリリリリッ!
食事をしちゃいましょうと、移動を始めようとした時、まるで
「わっ! 何ですか!?」
「これは、訪問しらせる
「誰か来た……って事ですかね?」
僕たちに訪問者ですか?
心当たりはありませんが、僕たちが居るとわかって来ているのならば、出ない訳にはいきませんね。
四人揃って玄関へと向かいます。
うー……広いせいでちょっと、外に出るのが面倒になりますね。
ですが、それは贅沢な悩みですし、仕方ありませんね。
そして、玄関に辿り着き、僕たちはドアを開きました。
「あれ、誰も居ませんよ?」
見渡しても辺りに人は居ませんでした。
「そりゃね。庭があるんだから、訪問者が居るとしたら門の外だよ」
「あぁ、そうでした」
庭は既に僕たちの敷地ですからね。
勝手に庭に侵入してしまうと、不法侵入となり、処罰の対象になるみたいです。
という訳で、庭を横切り門まで行くと。
「お姉ちゃん達、遅いよー!」
鉄格子越しでルリちゃんがぴょんぴょんと跳ねていました。
「すみません。それで、どうしたのですか? それに、その格好……」
「えへへっ! 可愛いでしょ? ルリ、メイドさんになったんだよっ! それで、ユアンお姉ちゃん達を夕飯にご招待なんだよ!」
どうやら、メイド服を着たルリちゃんは僕達を夕飯に招待する為に来たみたいですね。
「どうしますか?」
「お腹空いた」
「折角だし、同伴に預かっていいんじゃないかな?」
「ご近所付き合いは大事だね」
「そうですね……わかりました。直ぐに向かうと伝えて頂けますか?」
「わかったんだよ! 待ってるから遅くなっちゃダメなんだよっ!」
そう言って、ルリちゃんは門から姿を消して、シノさんの屋敷の方に戻っていきました。
メイドさんらしくないメイドさんですが、ルリちゃんらしいですね。
ともあれ、今日の夕飯はどうにかなりそうですね。
「それじゃ、支度は……する事もありませんし、このまま向かいますか?」
「着替えとかは大丈夫なのかな?」
「気にする必要はない。スノーが正装していけば」
「私!? 生憎、そういった服は持ってないんだけど……」
この家の家主は僕になるみたいですが、スノーさんへの来客が一番多くなりそうですからね。
こういった誘いが今後増えていくかもしれません。
その為にも、スノーさんの来客用の服も新調しないとダメそうですね。
「けど、ルリちゃんのメイド服可愛かったですね」
「むー……」
「シアさんも今度着てみますか?」
「……ユアンと一緒なら」
「なら、みんなで着るのも面白そうだね」
「そうですね。スノーさんにお客さんが来たときに、みんなでやってみたいですね!」
「いや、何か恥ずかしいんだけど」
僕だってメイド服を着るなんて恥ずかしいですよ?
ですが、折角ですしそういった楽しみ方もたまにならいいと思います。
シアさんのメイド服を見てみたいですしね。
僕がプレゼントした黒を基調にした服ばっかり着ていますので、たまには明るい色も見てみたいですし。
「っと、遅くなるとまたシノさんに小言を言われてしまいますね」
今日の所はスノーさんの服装は大丈夫ですよね? シノさんはもう王族ではありませんし……貴族のパーティーって訳でもなさそうですからね。
そんな訳で、シノさん達との食事に参加させて頂きました。
お酒もあって、シノさんとデインさん。アカネさんとスノーさんが呑んでいましたが、やっぱりスノーさんが呑み過ぎてシノさんとアカネさんに呆れられるという一面がありましたが、楽しい食事会となりました。
ただ、シノさんが僕の昔話をしたりして恥ずかしかったですけどね。
何でその話を知っていたのかは不思議でしたが、きっとどこかで見守っていてくれたのかもしれません。
良く言えばですけどね!
そんな感じで、街に着いて一日目が終わりを迎えようとしていったのです。
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