第177話 弓月の刻、家の中を探索する

 「スノーさん、お先どうぞ」

 「いや、先にユアンが入って良いよ? それともキアラが先に入る?」

 「わ、私は後でいいよ!」


 家の……というよりも大きさ的に屋敷ですね。

 屋敷に入る為のドアの前に立った僕たちは、意味のない譲り合いを始めてしまいました。

 なんというか、一番最初に入るのって気が引けるのですよね。

 

 「みんなで一緒に入ればいい」

 「そうですよね……それだけの大きさがありますからね」


 ドアは一枚ではなく、二枚扉で両方開く事ができるようになっています。


 「それじゃ、私とシアが開けるから、一緒に入ろうか」

 「わかりました、せーので入りましょうね?」


 僕たち四人が並んでドアの前に立ちます。

 シアさんとスノーさんの間に僕とキアラちゃんが挟まれ、開けると同時に中に入る事になりました。


 「じゃ、シア行くよ?」

 「うん」


 何でしょうか、この緊張感は……。

 まるで中に敵がいて、先制攻撃を仕掛けるような感じになっちゃってます。


 「それじゃ……せーの!」


 シアさんとスノーさんがドアノブを捻り、僕たちは中に飛び込むようにして……。


 「わぷっ!」

 「きゃっ!」


 入れませんでした。

 てっきりドアが開くと思って、僕とキアラちゃんが進みましたが、ドアは開いていませんでした。


 「ごめん、外開きだったみたい。

 「気づかなかった」


 誰一人、その事に気付かないなんてどんだけ緊張しているんでしょうね。

 そのせいで、僕とキアラちゃんは見事にドアに突っ込みました。


 「壊れなくて良かった……」

 「本当ですね。初日からドアがないとか嫌ですからね」


 僕とキアラちゃんが顔を合わせました。


 「ぷっ」

 「ふふっ」


 その状況が面白くて、二人で吹きだしてしまいました。

 

 「全く……普通に入ればいいのにね」

 「うん。別にこれから毎日住む場所。緊張する必要はない」

 「そうですね。誰が最初に入っても一緒ですからね……みんなの家ですからね!」

 「そうだね。ここでこれから暮らすんだもんね」


 今のやり取りのお陰か、緊張していたのが馬鹿らしくなってしまいました。


 「って事で、普通に入りましょうか」

 「そうする。スノー先に入る」

 「けど、結局そういう話になるんだね」

 「大きな家はスノーさんが一番慣れているだろうし……」

 「私の実家はこんなに大きな家ではないけどね……まぁ、いいや」

 

 とう訳で、ついに家の中に入ります!

 さっき緊張していたのが馬鹿らしくと言いましたが、いざ入るとなるとやっぱり緊張しますね。


 「それじゃ、お邪魔しまーす」

 「自分たちの家にお邪魔って変だけどね」

 「それも、そうだね……と、凄いね」


 スノーさんが扉を開き、体はまだ外に残したまま、扉の外から覗き込むように中を見渡しています。


 「ユアン、そわそわしてる」

 「だって、中が気になりますからね」


 緊張しますが、それ以上に好奇心が勝っているみたいで、耳がピクピクしちゃいます。


 「スノーさん、私達も見たいよ」

 「そうだね……ほら」


 扉を全て開け、スノーさんが中に入っていきます。

 それに僕たちが続き、ついに僕たちの家に入る事ができました。


 「うわー……すごいですね、凄いですよシアさん!」

 「うん。此処が私とユアンの家」

 「私達も居るからね? 貰ったのはユアンだけど……今更、追い出したりしないよね?」

 「しませんよ! こんなに大きい家ですし、スノーさんとキアラちゃんに居て貰った方がきっと楽しいです!」

 

 それに、シノさんに僕が貰ったみたくなっていますが、元々はパーティー資金を溜め、みんなで一緒に暮らすという事になっていましたからね。

 たまたま?ただで手に入れただけですので、そこを変更するつもりはありません。


 「それにしても、広いですね」

 「見た目通りだけど、ちゃんと二階もあるんだ」

 

 玄関を抜けた先は、天井の高い吹き抜けとなっている大広間でした。

 正面には扉があり、そこを挟むようにして左右に階段があり、そこから二階へと行けるみたいですね。

 


 「なんで、こんなに広いのですか?」

 「見栄を張る為にかな。訪れた人が必ず通る場所だからね、豪華にしてあるんだと思うよ」

 

 玄関ホールと呼ぶらしく、訪れた人をお出迎えする場所みたいです。

 入ってすぐ右側には、まるで受付みたいなカウンターがあり、左側にはソファーやテーブルが置かれ、暖炉までありますね。

 シノさんとアリア様は家具まで用意してくれてあるみたいで驚きです。


 「一階だけでも、部屋が沢山あるみたいですね」

 「一つ一つ見て回ってみようか」

 

 という訳で探索開始です!


 「では、僕とシアさんが左回りで」

 「私とキアラが右回りだね」


 

 部屋の数も無駄かはわかりませんが、僕たちだけで住むにしては多すぎるので二手に分かれる事にしました。


 「えっと、いきなり廊下ですか?」


 順番に左から扉を開けていくと、いきなり廊下がありました。

 10メートルほどの、一本道の廊下です。

 そして、その廊下を抜けると、少し広めの空間がありました。

 宿屋の待合場所みたいな空間ですね。

 ここにもソファーやテーブルなどが置かれ、寛げる場所になっています。

 そして、その空間の先には扉が5つ。

 そこを一つ一つ覗いていきます。


 「この部屋は何に使うのですか?」

 「ここはゲストルーム。多分、パーティーの控室にもなる場所」

 

 広さは一般的な宿屋の部屋くらいの大きさですね。

 ベッドが二つ置かれ、クローゼットや小物などが置かれています。

そして、それが並ぶようにして三部屋ありました。勿論、一部屋ずつ分かれてです。


 「この扉はトイレみたいですね」

 「男女別れてるのはいい」


 扉の先にまた扉となっていますが、その先がトイレで内側から鍵がかけれれるようにもなっています。

 

 「手を洗う場所が二つもありますし」

 「鏡もあるから化粧直しが出来る」

 

 手洗い場の先が個室に分かれたトイレになっていました。しかも二つです。

 こっちは女子用みたいで、男子用も同じような造りになっている為、沢山人が泊っても大丈夫そうですね。


 「扉ばっかりで大変ですね」

 「仕方ない。プライベート守るの大事」


 貴族ともなると仕方ないのですかね?

 まぁ、きっとこの部屋は滅多に使う事がなさそうですけどね。

 パーティーを開く事もないでしょうし、知り合いが泊まりに来ることもきっとないでしょうからね。

 そして、5つ目の扉はシャワールームに繋がっていました。

 これも、男女に分かれてです。

 

 「ここだけでも十分に暮らせますよね」

 「うん。外観どおりの大きさ」


 どうやら、この家はブロックに分かれているような造りみたいで、僕たちが今見た部屋はお客さん用に宛てられた場所になるみたいです。

 一つ目のブロックを見終えて、僕たちは一度玄関ホールへと戻りました。

 そうしないと、他のブロックに向かえませんからね。


 「次は階段横の扉ですね」


 その扉を開くと、その場所がなんなのか何となく想像がつきました。


 「ここはご飯食べる場所ですね」

 「ローゼと会食した場所と同じような造り」


 長い机を囲むようにして、椅子が並んでいます。

 ここでお客さんが来たときに食事して貰えますね。


 「で、奥の扉は調理場ですか」

 

 一体、どんな規模を想定しているのでしょうか?

 コンロだけでも五機ありますし、調理台も人が一列に三人寝ても大丈夫なくらい長くて広いです。

 

 「食器もまとめて洗えますね」

 「小さな浴槽くらいある」


 調理場は同時に二十人くらい働いても問題なさそうな広さをしています。

 しかも、ご丁寧に大きな冷蔵庫もあります。


 「ここは外に繋がってますね」

 「食材とかの搬入口にもなってる」


 玄関ホールはお客さんがも通りますので、裏手から食材などを搬入して、一目につきにくくしているのですね。


 「それで、この扉は……寒っ」

 「冷凍庫。氷の魔石がいっぱいある」

 「そんな使い方も出来たのですね」


 壁一面、とまではいきませんが氷の魔石が沢山埋め込まれています。

 

 「ですが、氷魔法は複合魔法ですので、これだけでかなり高額になりますよね?」

 「採れる場所があると聞いた事はある」


 それでもかなり貴重な物なので、高い事には間違いないですよね。

 シノさんもアリア様が幾らかけてこの家を建てたのか気になりますね。

 とても怖くて気軽には聞けないですけど。


 「そっちはどうだった?」

 「ここはご飯を食べる場所でした。奥に調理場がありましたので、それであっちの扉の先はゲストルームみたいな場所でしたよ」


 再び玄関ホールに戻ると、スノーさん達は既に右側の探索を終えたようで、僕たちの事を待っていました。


 「右側も同じような感じかな」

 「階段横の扉はお風呂場に繋がっていましたけどね」

 「お風呂まであるのですね」

 

 シャワールームがあったので、流石にお風呂は無いと思いましたが、しっかりと用意されていたみたいですね。

 

 「維持費……大丈夫ですかね?」

 「う~ん。自分たちだけで暮らすのなら平気じゃないかな? 領主だし、収入は少しはあるかもしれないしね」

 「この家を守る為に働かないといけないのですね」


 折角手に入れた家なのに、お金が足りなくて修繕もできず、魔石を買い替えたりも出来ないとなったら元も子もありませんからね。

 ですが、直ぐの直ぐという訳でもありませんので、暫くは蓄えでどうにかなると思います。

 それよりも先に訪れる問題がありますよね。


 「掃除はどうしますか?」

 「「「…………」」」


 みんなやりたくないって顔をしていますね。

 それに、お客さんが泊まりに来たときなどはおもてなししなければいけませんし……。


 「あ、そうだ! ラディ!」

 

 思いついたようにキアラちゃんがポンと手を叩き、ラディくんを召喚しました。


 「どうしたの?」

 「えっと、頼みたい事があるんだけど……」


 キアラちゃんがラディくんに色々と説明しています。


 「まぁ、ルリの所で同じような事をしていたから問題はないけど」

 「本当!?」

 「うん。だけど、僕たちが動き回っていいの?」

 「うん、問題ないよ。ただ、お客さんが来たときだけは気をつけてね?」

 「わかった…………お前たち、頼んだよ」


 ラディくんが魔鼠を召喚したかと思うと、魔鼠が声を揃えて鳴き、バラバラに散っていきました。


 「これで、ある程度の掃除は必要なくなると思います」

 「ラディくんの配下が掃除をしてくれるのですね」

 「魔鼠は何でも食べるからね。僕はもう嫌だけど」


 それだけ知能が高くなったという事ですね。

 以前は気にならなかったみたいですが、今は虫や埃などを食べる事に抵抗があるみたいです。

 掃除の問題はある程度は解決しました。

 って事で、探索再開です!


 「じゃ、一階はあとここだけだね」

 

 一階で残された扉は階段に挟まれた扉だけです。

 見落としが無ければ、ですけどね。

 なので、僕たちは四人揃って最後の扉を潜ります。


 「また、広い部屋ですね」

 「ここがパーティールームだね」

 「何人入れるのでしょうか……」

 「沢山」

 

 沢山ですね。

 ホントに沢山人が集まれる広さがあります。

 

 「扉ばっかりですね……」

 「まぁ、こういう家の造りだから仕方ないよ」

 「お城もそんな感じでしたよね」

 「人が集まるからそうなる」


 扉の数だけそれだけ部屋があるという事になりますね。


 「こっちは調理場に繋がってるね」

 「だから、あんなに調理場が広かったのですね」


 調理場が異様に広かったことに納得しました。

 パーティールームでパーティーを開いた時に対応できるためだったのですね。


 「こっちはトイレ」

 「トイレの数も多いですよね」


 きっとまだ見ていない二階にもありますよね。


 「まぁ、私の実家もお客さん用と家族用で分かれていたし、貴族だと普通かもね」

 

 貴族では普通と言われても、僕なんか元々孤児院育ちなのでしっくりきませんけどね。

 トイレ何て共同でしたし。


 「で、後は控室になる訳だ」

 「一階はお客さんの為って感じですね」

 「私達には今の所無縁ですね」

 「無駄になりそう」


 ですね。

 なので、出来るだけ使わないようにして、節約したい所です。


 「次は二階」

 「そうですね! 僕たちの住む場所ですから楽しみです!」

 「一階でこれですから、二階も凄そうです」

 「多分、普通に暮らす場所だから移住性を重視していると思うから、きっと普通だよ」


 スノーさんはそう言いますが、王族として育った普通じゃない人達が建てた家ですからね。

 僕たちと感覚の基準が違うと思いますので、どうなっているのか楽しみで、不安です。


 「って事で、二階の探索開始です!」

 「好みの部屋があったら、話し合いだね」

 「そうだね。そんな事で揉めても仕方ないですし」

 「私はユアンと一緒なら何処でもいい」

 「自分の部屋を持つのもいいと思いますよ?」


 見てみない事にはわかりませんけどね。

 ともあれ、二階の探索です!

 一体どうなっているのでしょうか?

 僕たちは階段を登り、二階に向かっていくのでした。

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