第176話 弓月の刻、家の前で佇む

 「えっと、冗談ですよね?」

 

 僕たちの目の前にある建物を見て僕はそう思わずにはいられません。


 「いや、それが君たちの家だよ?」

 「いえ、おかしいですよ。僕たちの家がこんな立派なはずがありません」

 「普通だと思うけど?」

 「普通な訳ないですよ! だって、こんな家、貴族が住むような家じゃないですか!」


 庭がある時点で……違いますね、外壁がある時点で薄々と感じていましたが、些か立派過ぎます。


 「だから、スノーは貴族だよ?」

 「じゃな、それに領主でもある。貧相な家に住まわす訳にはいかぬじゃろ?」

 「そうかもしれませんが……」


 もう一度、僕たちに授けられた家を見ます。

 うー……やっぱり大きいです。

 それに、新築なので当たり前なのですが、白が基調になっていてとても綺麗です。


 「それじゃ、僕たちは僕たちで自分たちの家を確認しなくちゃいけないから行くよ」

 「スノーさん、明日から執務を覚えて頂きますのでよろしくお願いしますね」

 「あ、ちょっと待ってください!」


 とシノさん達を止めようとしますが……。


 「行ってしまいました」

 「どうするの……この家」

 「私達が此処に……」

 「綺麗でいい」


 スノーさん達も呆然としています。勿論、シアさんを除いてです。

 正直、シアさんの何でも受け入れてしまう器というか図々しさというか……それが羨ましく思います。


 「では、俺達も帰るな。今日は旅の疲れを癒してくれ、細かい話は明日以降にしよう」

 「じゃな! ねぇ、アラン今日は二人っきりでね?」

 「あぁ、たまにはな」

 「ふふっ、じゃ、そうことじゃ! またの!」


 そして、僕たちが呆然としている間に、アリア様達も行ってしまいました。

 仲良さそうに腕を組んでです。

 で、僕たちは取り残されてしまった訳ですが……。


 「ねぇ、お姉ちゃん達、ルリとデインさんはどうしたらいいのかな?」


 取り残された僕たちは6人。

 僕たち弓月の刻とシノさんの従者であるルリちゃんに護衛としてついてきたデインさんです。


 「どうしたらいいのでしょうか?」


 ルリちゃんは兎も角、デインさんとはほとんど話した事すらありません。

 

 「私の事は気にしないでくれ。適当にどこかで体を休めるから平気だ」

 「それはマズいと思いますよ?」


 だって、デインさんの体は凄く大きくて、人族です。

 そんな人がその辺で寝てたりしたらみんな驚くと思いますからね。


 「それにしても、シノさん酷いですね」

 「昔から変わらないな」

 「昔からですか?」

 「あぁ、私とシノ様は思い返せば長い付き合いになるからな……」


 シノさんとデインさんの出会いは学舎に通っていた頃にまで遡るようです。


 「当時の私は此処まで体は大きくなく、どちらかというとモヤシと比較されるような線の細い子供でな」


 デインさんは俗に言うイジメられっ子だったみたいです。

 貴族が多く通う学舎は同じ子供でありながら爵位によって派閥みたいなものがあったみたいです。


 「私の家は貴族ではあるが、ルードでは一番爵位の低い男爵だった」


 それに加え、貧弱そうな見た目だったので、デインさんよりも爵位の高い子供達からすれば恰好の獲物として映っていたいみたいですね。


 「そんな中、シノ様と出会った」


 いつものように学舎に通えば、靴は隠され、教本はいたずら書きされたり破かれ、机には花が置かれていたりと、散々な日が続いていたみたいです。


 「シノ様はそんな私に声をかけ、勉強や昼と共にしてくださったのだ」

 「虐められていたデインさんを見ていられなかったのですね」

 「ある意味そうかもな」


 虐めらていたデインさんを皇子であるシノさんが一緒にいる事で、目に見える虐めは日に日に減っていたみたいです。


 「良い話ですね」

 「ここだけ聞けばいい話に聞こえるな……」

 「え?」


 デインさんが初めて笑いました。

 フォクシアの都から、ずっと険しい顔つきでついてきていたのでそういう顔の人かと思っていましたが違ったみたいです。

 

 「シノ様と出会って、私は変わった。今の体系を見ればわかるだろうが、今の私を見て、昔虐められていたなんて想像できないだろう?」

 「そうですね。どうみても大きくて強そうですからね」


 初めて見た時は巨木を連想させたくらいですからね。


 「どうしてだと思う?」

 「それは、鍛えたから……ですか?」

 「正確には鍛えさせられた、が正しいけどな」


 デインさんの話では「虐められるのには虐められる理由がある。それを僕が治してあげよう」と笑顔で言われたみたいです。


 「その日から騎士団の訓練に参加させられるし、学舎の講習の時間にこっそりと抜けだし買い出しに行かされたり、終いには真っすぐ城へ帰るのが嫌だからと替え玉にさせられたこともあったな……」

 「うわぁ……」


 エメリア様の事を遊んでいたと言っていたのに、ちゃっかり自分も遊んでいるではないですか。

 しかも、講習の合間に買い出しに行かせるとか、使いパシリじゃないですか!


 「そのせいで何度怒られた事か」


 替え玉にさせられた時は城にまで連行された事もあったみたいです。


 「あの時は流石に生きた心地がしなかったな」

 「誰でもそう思いますよ」


 僕だって、いきなりお城に連れていかれたら心臓が止まるかもしれません。

 ローゼさんに呼び出されたときですら心臓がバクバクしたくらいですからね。

 そんな酷い事をされてきたデインさんですが、シノさんの事を話す表情はとても楽しそうに見えますね。

 

 「まぁ、そういった経緯もあり私の顔は城の者達に覚えて貰い、鍛錬を続けた結果、シノ様の第一騎士団隊長となった訳だがな」

 「恨んでないのですか?」


 他にも自分の人生を選ぶことは出来た筈です。

 男爵とはいえ貴族ですからね。

 家を継いだり、政治に携わったりと、色々と道はあったと思います。


 「恨んだことは一度もないな」


 むしろ感謝していると、デインさんははっきりと答えました。


 「きっと、今日の日の事をあの日から思い描いていたんだろう。あの人はそういうお方だ。自らが悪人を演じ、その陰で人を救う、そんなお方だ」

 「シノさんがですか?」


 とても信じられませんね。

 だって、僕からすればシノさんは意地悪ばっかりしてきますからね。


 「思い出してほしい、狐王がシノ様とユアン様を街の者に紹介した時の事を」


 あの時ですか?

 確か、先にシノさんが姿を明かし、小さい事を馬鹿にされ、怒って闇魔法を使いましたね。

 それで、僕の姿が露わになってしまいました。


 「普通に考えて、これから一緒に住むであろう者にそんな事できるかな?」

 「普通は無理ですね。出来る事なら第一印象は良くしたいと思います」

 

 最初の印象が悪いと、中々その印象は拭えませんよね。

 暫くの間、街の人からみたシノさんはいきなり闇魔法で攻撃してくるやばい奴だって感じになっているかもしれません。


 「それで、ユアン様は?」

 「僕ですか?」

 

 僕はどうでしょう?

 みんなから見て、凛々しくないだの阿呆面みたいなことを言われましたね。


 「だけど、街の人をシノの攻撃から護った」

 「あ……」

 

 シアさんに言われて気付きました。

 咄嗟で危ないと思ったから反射的に動いただけですけど、僕は街の人を護っています。

 もしかして、シノさんの狙いはそれ……?


 「かもしれないな。ユアン様の第一印象が少しでも良くなるようにと考えた上での行動、かもしれないな」

 「まさか……シノさんに限って……」


 うー……でも、その可能性もありえるのですよね。

 僕には意地悪な事を言ったりしますが、こっそりと家を用意してくれたりもしました。


 「シノ様の本意は未だに私にもわからない。だからこそ、知りたいと思い私はついてきた。あの人が見ている先が何なのかを知るためにな」


 それだけの為にデインさんは騎士団隊長という立場を捨ててきたのですね。


 「全く……着いてこないと思ったら、妹に変な話を吹き込まないでくれるかい?」

 「おや、聞かれておりましたか」

 「途中からだけどね」

 「これは失態ですね」

 「ホントにね」


 シノさんが戻ってきて、デインさんの表情が更に柔らかくなりましたが、直ぐに眉間に皺を寄せそうな険しい顔つきへと変わりました。

 それを見た、シノさんは肩を竦め、やれやれと言った感じにデインさんの肩を胸を拳で叩きます。


 「デイン、僕はもう君の主ではない。だから、もういいんだよ」

 「何を仰いますか。私はシノ様に剣を捧げた身……生涯、貴方の槍です」

 「馬鹿だね。僕はそんなものは求めていない」

 「…………」


 デインさんの肩が小さく震えています。

 そして、僕の肩を誰かが掴みました。

 

 「シアさん?」

 「気持ち、わかる。私もユアンにあんなこと言われたら辛い」


 シノさんの言葉は聞く人によっては、君はいらない、と言われているように聞こえるみたいです。

 スノーさんの方を見るとスノーさんもキアラちゃんの肩を掴み、微かに震えています。

 

 「大丈夫ですよ。僕にはシアさんが必要ですからね」

 「ホント?」

 「はい、シアさんは僕にとって大事な人ですからね」

 「うん!」

 「だから、大丈夫ですよ。デインさんも」


 逆に僕はシノさんの気持ちがわかります。


 「僕はね、君の主ではない。だから、今後は昔みたく、友人でいて欲しいんだ。主と騎士ではなく、共に並んで肩を並べて歩ける存在としてね」

 「シノ様……」

 「でも、それが嫌なら……そうだね、街の人から食べ物でも貰ってきてくれるかい? 少し小腹が空いたからね?」

 「ははっ、それじゃ、昔と変わらないじゃないですか」

 「そうだよ? 君は友人であり、僕のパシリだからね?」

 「確かに、それが俺とシノ様の関係でしたね」


 僕とシアさんの関係は主と従者。

 ですが、僕はそれが嫌です。

 シアさんには隣に居て貰って、笑ったり泣いたり、時々喧嘩してまた笑いたいです。

 二人の間に身分や格差による壁はいりません。

 僕たちもそうやって一緒に居たいのです。


 「って事で、明日からは僕を守らなくていいからね?」

 「ですが、それですと俺の仕事が……」

 「あるよ。僕は守らなくていい。だけど、僕が住むこの街を守るという仕事がね?」

 「わかりました……護ってみましょう。この土地を、シノ様が大事にする者達を、この槍に誓って」

 「うん、よろしく頼むよ。それじゃ、帰るよ。今日は泊まっていくといいさ、まだ君の家は準備出来ていないからね?」

 「わかりました、今日はお邪魔させて頂きます」


 どうやら、デインさんの寝る場所が作れたみたいで良かったです。

 あ……でも、もう一人哀しそうにしている子が居ます。

 耳をペタンとさせて、いつも元気なルリちゃんが……尻尾まで垂らして。

 ですが、心配はいらなかったみたいです。


 「ほら、ルリ帰るよ」

 「え?」


 ルリちゃんの耳と尻尾がピーンと伸びました。


 「君の家でもあるんだから、自分で部屋を決めたいでしょ?」

 「え、いいん……ですか? アカネさんと一緒に暮らすのに、ルリがお邪魔して」

 「いいんだよ。君は僕の義理の妹みたいなものだからさ」


 といって、僕とシアさんを交互にみました。


 「なんですか?」

 「いや、今は義理の妹みたい……って事さ」

 「どういう意味ですか?」

 「さぁ、何となく言ってみたかっただけだよ」


 何ですか、その含みのある笑いは!

 折角いい感じにまとまっていたのに台無しです! やっぱりシノさんは僕には意地悪ばっかりします!


 「ほら、お姉ちゃん達が怒る前に帰るよ」

 「はい! えっと、シノ様よろしくお願いします!」


 けど、ルリちゃんは元気な方がいいですよね。

 そっちの方がルリちゃんらしくて安心します。

 シノさんがルリちゃんとデインさんを連れ、僕達の庭から出ていくのを見送ります。


 「で、問題は僕たちですよね」


 結局残されたのは僕たち四人。


 「まぁ……こうしていても仕方ないし。まずは、中でも覗いてみる?」

 「そ、そうだね。見てみない事には何もわかりませんよね?」

 「はい、もしかしたら外見だけ立派で中は普通かもしれませんし」

 「それじゃ、行く」


 といって、シアさんが僕の手を握り、家に向かって歩き出しました!


 「あ、ちょっと、シアさん! まだ、心の準備が」

 「平気。すぐに慣れる。それよりも、部屋は早いもの勝ちって決まってる」

 「え、ちょっと、それはずるいんじゃない!?」

 「私も選びたいです!」


 何だかんだ、みんな中が気になるみたいですね。

 実は僕もです。

 だって、経緯はどうあれ、念願だった僕の……僕たちの家ですからね!

 これから此処で暮らすと思うと少し不安もありますが、みんなと一緒ならばきっと楽しい生活になると思います。

 そんな思いを募らせ僕たちは玄関へと向かいました。

 ただ一つ気になる事があります。

 



 この大きな家、誰が掃除をするんでしょうか?

 そんな事を考えながらも、みんな一緒に家の中に入って行くのでした。

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