第175話 弓月の刻、街を見回る

 「長閑ですねー」

 「うん。みんな農作に励んでいる」


 見た目は村ですが、街の中を歩くと意外と広い事に驚きました。

 真っ直ぐ領主の館に向かうのではなく、アラン様に街を案内して頂きながら向かっている状態です。


 「基本的に自給自足の生活だからな。自分たちの生活を守るためにみんな必死なのさ」


 他の村や街と交流はない訳ではないみたいですが、自分たちからは積極的に交流しないスタンスみたいですね。

 去る者は追わず来る者は拒まずといった感じみたいです。


 「街の中に川があるのですね」

 「森の中に泉が湧いていてな、そこから引いてきているんだよ」


 山が近いお陰で、この辺りは水源が豊富にあるみたいです。

 農業にも使え、飲み水にも利用される事もあるみたいです。

 

 「あれは何ですか?」

 「あれは水田だ。稲を育てている」

 「稲ですか?」

 「お米の事さ、食べた事あるだろう?」

 「はい! ホクホクして美味しいですよね!」


 僕の腰ほどまで伸びた草が沢山生えていて、その先に小さな実が沢山なっていますね。

 あの小さな実の一粒一粒がお米になるとは驚きました。


 「あのクルクル回っているのは何ですか?」

 「あれは、水車と風車だな。あれを使って稲をお米に変えるのさ、簡単に説明するとな」


 稲の状態からお米になるまで工程が色々とあるらしく、それを全て説明するとなると時間がかかるみたいで省略されましたが、川の流れに合わせ回っているのが水車、風の力を利用して回っているのが風車という事はわかりました。

 魔法道具を使わず、自然の力を利用するのがアルティカ共和国らしいですね。

 

 「まぁ、特に目立った特産品はないし、街がどんな風に広がっているのかを自分の目で確かめていってくれ」

 

 言葉通り、農業こそ盛んに見えますが、目立ったものはなさそうにみえます。

 海が近ければ海産物が、魔物が多く出没する場所は魔物の素材などが特産品になったりします。

 まぁ、トレンティアは大きな湖が観光地になっていたりしますし、その地域で獲れるものが全てではないと思いますし、僕が育った村みたく平穏な時間が過ごせそうなので僕としては人でごちゃごちゃしているような場所よりは好きですけどね。


 「で、この先が新しい区画になる訳だ」

 「あの少し大きな建物は?」


 街の中を見ながら歩いていると、地面が土から石畳へと変わり始めました。

 そして、その境目くらいに木造ではなく、石造りの建物が見えてきたのです。


 「この辺りがちょうどこの街の真ん中になる。今見えている建物が領主の館になる」


 新しい区画と言った意味が良くわかります。

 領主の館から先は石畳が続き、家の造りが木造の家から石造りの家へと変わっているのです。

 村から街へと切り替わった感じで、この先ならば街と言われてもしっくりきますね。

 

 「けど、人の姿が見えませんね」

 「開拓中だからな。昔から住んでいる者は既に家を持っているし、石造りの家では落ち着かないんだとさ」

 「これから、増えていくじゃろうがな」

 

 ちょっと、気持ちはわかります。

 自分で手に入れた家ならば愛着は沸くと思いますし、石だとちょっと冷たい感じがするのですよね。

 あ、でも。どっちも良さはありますよ。

 僕が家を建てるとしたらどっちがいいのか悩むくらいにはどっちも好きです。


 「これから、ここで生活するのかー……私の実家よりも大きいや」

 

 スノーさんが遠い目をしています。

 いま一つ実感が湧かないと言った感じですかね?


 「別にここで暮らす必要もないぞ? あくまでお主が仕事をする場として利用してくれればよい」

 「ですが、折角用意して頂いたのに……」

 「構わぬ構わぬ。お主には領主の役割を担った貰うが、形だけじゃからな」

 「そ、そうですか」


 ちょっと、複雑ですよね。

 重大な役割である領主であるのに、実際はお飾りな訳です。

 

 「ま、最終的な判断はお主が決めるから責任は重大ではあるがな。お主が街の者からの税収を引き上げるといえば、それが通ってしまうからな」

 「善政となるか、悪政となるかはスノー殿の判断一つとなる訳だ」

 「えっと、形だけ……なのですよね?」

 「そうじゃよ?」


 とアリア様はとぼけたように言いますが、僕も形だけとはとても思えません。

 だって、何かを決めるとなると必ず、書類が必要となり、スノーさんが目を通して、判を推さなければ受理されないのですから。

 そして、なにか事件が起きて街の修復などが起きたり、街の人が増えたりしたらその度に人口の管理もしなければいけません。

 シアさんと出会った街のギルドで紙束に埋もれかけていたギルドマスターが思い出されます。

 ひたすら書類に目を通し、死んだ目で判子を押していたナノウさんの事です。


 「あー……ユアン、今からでも……」

 「無理ですよ?」

 「しあ~」

 「スノー、頑張る」

 「うぅ……きあらぁ」

 「えっと、出来る事は協力しますからね?」


 早くもスノーさんの心が折れかけていますね。


 「早速、中を見て回ってもよろしいでしょうか?」

 「うむ。お主が頼りじゃ、スノーの事を頼んだぞ?」

 「はい……では、スノー様いきますよ?」


 スノーさんに対し、張り切っている訳ではありませんが、アカネさんは中を確認しにいくみたいですね。

 ついたばかりなのでゆっくりすればいいのにと思いますが、ルード帝国で宰相をやってきた経験が許さないのかもしれませんね。


 「えっと、後じゃだめですか? まだ、街の中を見て回っていませんし……それと、出来ればスノーと呼んで頂けますか? アカネさんに様をつけられると落ち着かないので」


 スノーさんからみたアカネさんは遥かに立場の高い場所に居た人ですからね。

 エメリア様の傍で仕えていたとはいえ、宰相となると、場合によってはエメリア様よりも立場が上になるみたいです。

 そんな相手にスノー様と呼ばれると落ち着きませんよね。


 「わかりました、スノーさんと呼ばせて頂きます……が、一刻も早く執務に移れる準備を整えた方がいいと思いますよ? 財政、街の広さ、人口、食料の備蓄など、把握しておかなければならない事は山ほどありますから」

 「わ、私がですか!?」

 「はい、ある程度は知っていて頂かないと困ります。仮に私が虚偽の申告をし、街の資金を横領しないとは限りませんからね。知らなかったではすみませんよ?」


 そうですよね。

 判子を押すだけなら僕でも出来ます。

 ですが、そうもいきません。

 知っているからこそ、おかしな点に気付き、修正したりして、問題ないと判断できて初めて判子を押す事が出来ますよね。

 そういう流れなのかは僕にはわかりませんけど、きっとそんな感じだと思います。

 

 「アカネ、それは明日からにしよう。移動の疲れもあるし、スノーも準備が出来ていないだろうからね」

 「シノ様がそう仰るのなら……」

 

 ですが、アカネさんが領主の館をみて、そわそわしています。


 「アカネ、僕たちはゆっくりのんびり暮らすためにルード帝国を離れたんだよ。気持ちはわかるけど、それではルード帝国に居た頃と変わらない」

 「はっ……! そうでした、申し訳ございません」


 性分って奴なのですかね?

 なんか、仕事に生きてきた人の末路って感じがします。

 アカネさんには悪いですけど、僕はああなりたくはないですね。


 「で、僕たちの家はもう出来ているのかな?」

 「え? シノさん、どういうことですか?」


 僕たちの家? シノさんは住む場所を探していたのではないのですか?

 それなのに、出来ているといいましたか?


 「いつくらいかな? アリアにお願いしてあったからね」

 「うむ、ちゃんとお主の要望通り作ってあるぞ」


 そして、しっかりと家は完成しているみたいです。


 「いつの間にですか?」

 「結構前だよ? そうだね……君たちがまだトレンティアに着く前あたりかな?」


 そんな前に?

 転移魔法で移動をして、アリア様に会っていたという事ですかね?


 「ですが、僕たちがシノさん達が一緒に来るのを断っていたらどうしたのですか?」

 「いや、断れないと思うよ? 実際に断る余地はほとんどなかっただろうし」

 「むー……」


 そんな前からこうなる事を予想していた、という事ですね。

 シノさんは何も知らないふりをして全部知っていたという事ですか。

 なんか、こういうことをされると悔しい気分でいっぱいになります!


 「まぁ、ユアンよ怒るでない」

 「別に、怒っていませんよ?」


 はい、怒っていません。

 ちょっと悔しいだけですからね!


 「ちなみに、君たちの家も用意してあるよ?」

 「ふぇ!?」


 なんか、とんでもない言葉が聞こえた気がしました。


 「だから、君たちの家も用意してあるって。4人一緒に暮らすでいいんだよね?」

 「じょ、冗談ですよね?」

 「いや、本当だからね?」


 本当か冗談かわからない顔でシノさんが笑っています。

 シノさんが僕たちの家を?

 

 「どうして、ですか?」

 「そりゃ、妹だからさ。何もしてあげられなかったからこれくらいはね?」

 「うー……でも、僕の目的は家を……」

 「買う事ではなくて、手に入れる事だよね?」

 「そうですけど……」

 「なら、問題ないじゃないか。それに、アリアも半分協力してくれたよ?」

 「そうなのですか?」

 「うむ! アンジュ姉様の娘じゃ、これくらいはしてやりたかったからな」


 二人で半分ずつ出し合って、家を建ててくれたみたいです。

 すごく嬉しいですが、申し訳なくなりますね。


 「なに、お主たちがこの地を拠点にしてくれればそれだけで私も助かるからな」

 「僕も妹と近くで暮らせるのは嬉しいからね」

 「その……ありがとうございます」


 大きな大きな借りが出来てしまいましたね。

 シノさんにも助けて貰いましたし、アリア様にも色々して貰いましたし、正直貰いっぱなしです。


 「お礼ならいらないよ」

 「うむ、いらぬな」

 「だから、今後は僕の事を兄としてー……」

 「アリアおばちゃんとー……」

 「それとこれは別です!」


 で、ちゃんと裏があったみたいですね!

 そんな目的の為に家まで用意してくれた事にびっくりです!


 「酷いなぁ……」

 「酷いのぉ……」

 「そんな事を言われましても、困りますよ。家は嬉しいですけどね」


 なので、しっかりと頭を下げてお礼を言います。

 弓月の刻、全員でしっかりとです。

 

 「ま、大した出費でもないしね」

 「じゃな。ユアンの驚く顔と嬉しい顔が見れたなら十分じゃな」

 「って事で、場所は何処だい? 流石に場所までは知らないからね」

 「あっちじゃな。といっても、領主の館のすぐ裏じゃよ」

 

 有難いですね。

 中央付近に家があるのなら、農業区域とでもいのでしょうか……そっちにもすぐいけますからね。

 僕はそこで仕事をするつもりでいますからね!

 スノーさんに変な仕事を振られなければ、ですけど。

 という訳で、家を手に入れてしまった訳ですが僕たちは早速そこへと向かう事になりました。

 ですが、一つ重要な事があります。

 折角建ててくれた家ですが、内装や間取りはかなり重要ですよ!

 内装は後で変えるとしても、間取りを変更するのは結構に大変だと思います。

 ワクワクする気持ちと、緊張する気持ちが混ざりあっています。

 まぁ……ワクワクする気持ちの方が大きいですけどね。

 そして、領主の館を囲む壁に沿って回ると、二軒の家が見えてきました。

 あれが、僕たちの家とシノさん達の家なのですね。

 並んでいるといいましても、しっかりと壁で区切られていますけどね。

 ですが、区切られているという事は壁に囲まれているという事でもあります。

 それを意味するのは……。


 「庭……まであるのですか」


 壁に囲まれているので、当然ながら出入りする場所があります。

 なので、門もあります。

 馬車も通れそうな程大きな鉄格子の門と、その横を人が通り抜けられるほどの小さな門が二つ。

 そこを抜けると、緑色の芝生が敷き詰められた庭がありました。

 そして、門から家まで伸びるようにして敷かれた石畳の通路。

 その先に、僕たちの家がありました。

 外壁の時点で何となく察していましたが、僕たちの目に飛び込んできたのは想像以上の建物でした。

 その建物に僕はただただ言葉を失うばかりだったのです。

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