第181話 補助魔法使い、街でシノに出会う

 街を歩くだけですごく懐かしい気持ちになります。

 街と言っても、僕たちの家がある方の街ではなく、農業が盛んな方の区域の方です。

 のんびりとした時間が過ぎていくのが、僕の育った村に似ている気がするのですよね。

 まぁ、僕はそこでは肩身が狭い思いをしながら生活を送っていましたけどね。

 それが今ではこんな堂々と歩けるわけですから、人生何があるかわかりませんよね。


 「あれ?」


 街の風景を眺めながら、アリア様が教えてくれたチョリお婆さんの所に向かっていると、シノさんが一人で歩いているのを見かけました。

 僕と同じように街を、というよりも農業をしている人を眺めながら歩いています。

 

 「何をしているのですか?」

 「あぁ、ユアンか。うん、ちょっとね?」

 

 僕の存在を認識しながらも、視線は僕に止まる事はなく、キョロキョロと辺りを見渡しています。

 もしかして、誰かを探しているのでしょうか?


 「アカネさんなら領主の館に居ると思いますよ」

 「うん。知っているよ」


 まぁ、当然ですよね。

 という事は他の人を探しているのでしょうか?


 「まぁ、そんな感じだよ……うん、やっぱりあの人達かな」


 シノさんの視点が一点で止まり、真っすぐその場所に向かって一人で歩いていきます。

 むむむ……シノさんを一人にすると何をするかわかりませんし、僕もついて行った方がいいですよね?

 これは、興味があるとかではなく、街の人を守る為に必要な処置だと思います。


 「やぁ、おはよう」

 「おぉ、これは白天狐様に黒天狐様。おはようございます」

 「はい、おはようございます」


 シノさんが声を掛けたのは、くわを手に畑を耕すお爺さんとお婆さんでした。

 お爺さんとお婆さんは僕たちの姿を確認すると深く頭を下げてしまいました。


 「頭ををあげてくれるかい?」

 

 シノさんが二人に優しい声色でお願いをしています。

 シノさんの言葉に二人はゆっくりと顔をあげました。

 緊張しているのかと思いましたが、見た所その様子はなさそうで安心しました。

 シアさんと出会った街で天狐様の話をしてくれたお婆さんは僕が黒髪の獣人とわかるとすごく緊張していましたからね。

 僕はそんな立派な人間ではないので、緊張されると申し訳ない気持ちになってしまいますので、普通にして貰えるとすごく助かります。

 まぁ、シノさんは元王族で偉かったので、頭を下げられるのは慣れていると思いますけどね。

 

 「白天狐様と黒天狐様がこんな所に何用ですかな?」

 「ちょっと、質問があるんだけど、聞いてもいいかな?」

 「はい、私どもで良ければ何なりと」

 

 二人が真っすぐにシノさんを見つめています。

 シノさんと目線を合わせるのは僕は苦手です。全て見透かされているような気がしますからね。

 ですが、お爺さんとお婆さんは逆にシノさんを確かめるかのように真っすぐに見つめていますね。

 強い。

 もちろん戦闘力ではありません。

 なのに二人を見ると僕はそう思ってしまいました。

 大事な物を守る為にひかない。そんな意志が感じられるのです。

 僕だったらそんな目で見られるとたじろいでしまいそうですが、シノさんにそんな様子はみられず自然体で会話を進めていきます。


 「今、畑を耕していたよね?」

 「そうですな。これから少しずつ寒くなっていきますので、寒くなった時期に収穫できる野菜を育てたいですからな」


 へぇ……時期によって収穫できる野菜は違うのですね。

 旬の時期って言葉を聞いたことがあるので、旬の時期っていうくらいなので年中採れる野菜で一番美味しい時期があるのだと僕は思っていました。

 ですが、実際は長期保存できる方法で夏の野菜などを冬でも食べられるようにしていて、実際は野菜によって収穫できる時期は決まっているみたいです。


 「なるほどね。まだ始めたばかりだよね?」

 「そうですな。といっても、土に栄養はあげてしまいましたがな」


 土に栄養?

 栄養があるのは野菜とかじゃないのですか?


 「土に栄養がないと作物が育たないんだよ」

 「どうしてですか?」

 「魔力の元となる魔素がなければ上手く魔法が使えないよね。それと似たようなものさ……まぁ、全然違うけど」


 どっちですか!

 でも、何となくわかるといえばわかりますね。

 体内にある魔力だけを使うよりも、周囲に漂う魔素を活用した方が魔法の効果があがります。

 それと同じような感じって事ですかね?


 「それで、今から畑を耕し、種を植える準備を整えている段階でいいのかな?」

 「そんな感じですな」


 ただ種を植えればいいって訳でもないみたいです。

 僕はその辺り全然知識がないので、驚くことばかりですね!


 「うん、良かった。ねぇ、良ければ僕にも手伝わせて貰えないかな?」

 「「「え?」」」


 お爺さんとお婆さんが驚きの声をあげました。ついでに僕もです。


 「えっと、シノさんが畑を耕すって事ですか?」

 「うん、そうだよ?」

 「そんな事できるのですか?」

 「いや、出来ないね。まだ」


 そうですよね。

 シノさんが汗を垂らしながら鍬を振っている姿は想像できません。


 「だけど、知識はあるんだ。どうすれば作物が育ちやすく、美味しく育てられる事が出来るのかをね」

 「意外ですね」

 「そうかい? 食べ物がなければ人は生きられない。そうならない為にも、僕たちも常に危機感は持って行かなければならないと思う。特に、数多くの命を預かっていた身としてはね」


 王族だからその辺りの知識は要らないって訳ではないのですね。

 むしろ、王族だからこそ、民が飢えないようにするためにも、作物が育つように研究をしていたのだとシノさんはいいます。


 「それに、僕はのんびりと暮らすと決めた時、絶対に農業をしたいと思っていたからね」

 「何でですか?」

 「自分が育てた作物が人の口に入り、美味しいと言ってくれるんだよ? 嬉しいと思わないかい?」


 僕にはよくわかりません。

 美味しくなるのは料理するからではないのでしょうか?


 「確かにそれもあるだろうね。だけど、素材の味は育て方で変わる。僕はその素材の究極を目指したいんだよ。それをアカネが調理し食卓に上る……最高だと思わないかい?」

 「結局イチャイチャしたいだけじゃないですか」

 「まぁね。だけど、それだけじゃないよ。自分が育てた我が子のような存在を送り出し、僕の目の届かない場所でその子が誰かを幸せにする。今後僕の生き方はそうありたいよ。今まで自分の為に生きてきた分ね」


 この生活を手に入れるまで、シノさんはあらゆる人を踏み台にしてきたと言います。

 その過程で不幸になった人もいます。

 償いではないといいますが、それ以上に自分の力で幸せな気分になって欲しいとシノさんは思っているみたいです。


 「うんうん。その気持ちがあるのならば、好きにしておくれ。だけど、朝は早く、一日たりとも休む日は訪れぬよ?」

 「今までの生活に比べれば、問題ないかな?」


 僕には到底真似が出来ない生活をシノさんは送ってきたみたいですからね。

 この程度、とはいいませんがやれる自信はあるみたいです。


 「わかりました。ですが、その格好では折角のお召し物は汚れてしまいます。まずは、作業の出来る格好に着替えてきてくだされ」


 シノさんの格好は白を基調にした服を着ています。

 土や埃がついたらすごく目立ってしまいそうな格好です。


 「確かにね。それじゃ、着替えたらまた来るよ……最初はご迷惑をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」


 元王族とは思えない態度でシノさんが深々と頭を下げました。

 もう王族ではないとシノさんは何度も言っていましたが、それをしっかりと態度で示したのです。


 「それじゃ、僕は着替えてくるけど、ユアンはどうするんだい? やる事がないのなら一緒にやるのも楽しいと思うよ」


 シノさんと農業ですか……どうなんでしょう?

 僕も誰かの役に立てるのであれば悪くないと思います。

 ですが、僕にはもっと他に人の役にたてる、僕にしか出来ない事があります。


 「いえ、僕は僕で目的がありますので」

 「そうか。まだ先になるけど、出来の良い作物が採れたら届けるから楽しみにしていてね」

 「はい、その時はよろしくお願いします」


 シノさんは着替えに戻っていきました。

 歩いて行くのではなく、小走りでです。

 シノさんはシノさんでちゃんと目的を見つけたみたいですね。

 どうしてか、僕よりも少し大きな背丈しかない筈なのに、少し大きく見える気がします。

 むむむ……僕も負けていられませんね!

 シノさんが自分のやりたい事を見つけたように、僕も自分のやりたい事、出来る事を見つけなければいけませんね!

 なので、僕もアリア様に紹介して頂いたチョリおばあさんの所に向かおうと思います。

 確か、農業区域の真ん中辺りに居ると言っていましたね。

 僕はその方向に向かって歩いて行きました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る