第174話 弓月の刻、領地につく
馬車から降りた僕たちの目に飛び込んできたのは言葉を失う状況でした。
「久しぶり……久しぶりだね!」
「あ……わかったわかった。後で相手してやるから離れてくれ」
アリア様が子供のようにはしゃぎ、先頭に立っていた男性に抱き着いていたのです。
「えっと、どういう状況ですか?」
「私がわかると思う?」
「そうですよね」
僕たちの中でこの状況を説明できる人がいるはずがありません。
なので、僕たちはこの状況を見守るしかない訳なのですが……。
「いい匂い、ちょっと汗臭いけど、それがたまらない!」
「だから、離れろって! お客さんが見えてるんだろ」
アリア様が抱き着いた男性がアリア様を無理やり引き剥がしています。
「なんでよ! 私がどんな気持ちでこの日を待ち望んだのかわからないの!?」
「わかってるわかってる。だから、そう騒がないでくれ」
子供のように駄々をこねるアリア様に、それを窘める男性。
アリア様よりも頭二つ分ほど大きいだけに、余計に子供と大人に見えてきますね。
普段のアリア様だったらそうは見えないのでしょうが、今だけはそう見えてしまいます。
「あのー……」
そんな中、このままじゃ埒が明かないと悟ったスノーさんが恐る恐る、申し訳なく、と言った感じで、アリア様達に声をかけました。
「あー……すみません。お見苦しい所をお見せしました」
「いえ、構わないのですが……アリア様、よろしいですか?」
僕たちと街の人の仲介役となってくれる筈だったアリア様にスノーさんが助けを求めます。
「うむ! 待たせたな!」
そこで、ようやくアリア様が男性から距離をとりました。
「それで、紹介をして頂けますか?」
「うむ、任せるが良い」
アリア様が僕たちの方へと歩き始め、そして途中で止まりました。
ちょうど僕たちと街の人達の真ん中辺りです。
「先にこの者達から紹介しよう。先に伝達してあったとおり、この者達が弓月の刻……今後、この地を治める者達じゃ」
「初めまして、スノー・クオーネだ。まだまだ未熟で至らない所ばかりだが、よろしく頼む」
領主ともなると、高圧的な態度を示す人が多いですけど、スノーさんは口調こそ騎士口調ですが、しっかりと頭を下げました。
スノーさんは貴族ではありますが、それ以上に騎士として、今は冒険者としての方が思い入れが強いみたいで、自分の立場が上だとしても、変なプライドを表に出さないのは偉いですね。
「これはご丁寧にどうも。俺がこの街の代表者をやっているアランだ。よろしく頼む」
もみあげから口元まで繋がった無精髭を生やした、さっきまでアリア様が抱き着いていたこの人が代表の方だったのですね。
手入れされていない髭なのにも関わらず、不潔な感じがせず、凄くダンディーなおじさんと言った感じの人です。
「ちなみに、アランは私の旦那だ! かっこいいじゃろ?」
「「「え?」」」」
そして、さらっとアリア様がとんでもない事をいいました!
「まぁ、一応な」
「一応とは何じゃ! そりゃ、久しく会ってはなかったが……夫婦の関係を解消した覚えは私はないぞ?」
「俺もだよ。まぁ、なんだ。改めてこう紹介されるとこっぱずかしくてな」
アリア様の先ほどの態度にようやく納得がいきました。
それと、アリア様が一緒に来た理由もです。
アリア様は僕たちの為と言いながら、アラン様に会いに来ていたのですね。
「おいおい、アリア、俺達の事は紹介してくれないのかよ」
「この街に領主様が来るって言うから、準備してきたんだけど」
「わかってるから、後で紹介するから待ってて!」
街の人がアリア様の事を呼び捨てにしていましたが、アリア様はそれを気にした素振りも見せず、普通に受け答えをしています。
何よりも、普段とアリア様の雰囲気が違うのです。
「すまぬのぉ。騒がしいやつらで」
「いえ、構いませんが……アリア様と随分と親しい様子でしたが?」
「うむ! ここは私の第二の故郷とも呼べる場所じゃからな。みんな、私の知り合いじゃよ」
それで、親しく話していたのですね。
「ですが、あまりにも失礼というか……」
アリア様はフォクシアの女王です。
そのアリア様に敬語を使わず、呼び捨てです。
あまりにも度が過ぎていると思われても仕方ありませんよね。
ルード帝国で同じことをしたらどうなるのか……間違いなく罪に問われる事になりますよね。
「そこは気にするな。この者たちとはフォクシアの都で共に育ち、共にアンジュ姉様を支えてきたからな。友人の枠を越えた存在じゃよ」
「アリア様が良いのならば、それで構いませんが」
「うむ。問題ないぞ」
アリア様がそれでいいと言っていますので、僕たちが口出しする事ではなさそうですね。
「それで……」
「おぉ、そうじゃったな」
アリア様と街の人の関係性はなんとなくわかりました。
ですが、問題は今後この場所を治める僕たちが受け入れられるかどうかです。
「アラン、先に伝えていた通りじゃが、街の代表者として意見はあるか?」
アラン様に視線が集まります。
流石、アリア様の旦那さんです。
みんなから注目を浴びていますが、表情に変化はありません。僕だったら緊張して顔が引き攣ってしまう自信があります。
「問題ない。街の意見として、新しい領主様を歓迎することで一致した」
「そうかそうか!」
人族であるスノーさんが街を治める。
もしかしたら反発が起きるかと思いましたが、どうやらすんなりと受け入れられたみたいですね。
「えっと、私は皆さんと違い、人族ですが、よろしいのですか?」
「アリアが認めたのなら問題はないだろう。そもそも人族が上に立つのは初めてではないからな……もっと大きな前例があるからな」
「あ、オルフェさんですね!」
そういえば、院長先生は昔になりますが、フォクシアの宰相をやっていたという経歴がありました。
最初は半信半疑でしたが、シノさんも間違いないと言っていたので、本当の事みたいです。
「だから、街を良くする領主様なら歓迎する」
アラン様がスノーさんに手を差し出しました。
「皆の期待に応えられるよう、最善を尽くそう。居たらない点があったら直ぐに指摘をしてくれると助かる」
スノーさんがアラン様の手を握り返しました。
どうやら、無事に受け入れられたみたいですね。
「良き良き。スノーよ、そして弓月の刻よ、この地の事を頼んだぞ?」
アラン様の後ろに控えていた人達から拍手が巻き起こりました。
正直な所、不安がいっぱいではありましたが、杞憂だったみたいで何よりです。
「それで、ここからが本題じゃ……ユアン、シノ、前に」
「ふぇ!?」
ですが、まだ終わりではなかったみたいです。
当然、僕とシノさんの名前を呼ばれ、僕は慌ててしまいました。
それに対し、シノさんはやれやれといった感じでアリア様の言葉に従いスノーさんの横に並びます。
あの余裕が羨ましいです!
ですが、シノさんが前に出た以上、僕も前に出なければいけませんよね……。
「ユアン、もっと前に出なよ」
「僕はいいです、こういうのはシノさんの役目ですよ」
僕はシノさんの後ろにたち、出来るだけ視線を集めない場所で止まりました。
ですが、それでも注目は浴びています。
「お主らに一つ伝えて居なかったことがある。ユアン、シノ、フードを外してくれるか?」
やっぱりこうなりましたか。
僕としては、回復魔法が得意な狐の獣人としてひっそりと暮らしたかったのですが、それを許してはくれないみたいです。
いずれはバレるとは思いますけど、ここまで表立って姿を見せるつもりはなかったのです。
そんな思いを知らずか、シノさんはあっさりとフードを外しました。
「白天狐! ユーリ、か?」
「いや、ユーリにしては小っちゃいな……それに、顔立ちはアンジュ様に似てるぞ」
「確かに、ユーリはもっと大きかったしな」
「小さくて悪かったね?」
シノさんが含み笑いをしています。
そして、魔力が流れたかと思うと、街の人に向け、闇魔法を使うのだとわかりました。
「危ないですよ!」
ゆっくりとした詠唱だったので助かりました。
僕は街の人とシノさんの間に割って入り、防御魔法でシノさんの魔法を防ぎます。
「「「アンジュ様!」」」
「あ……」
その際に、フードが捲れ、僕の髪が露わになり、街の人が僕に対し跪いてしまいました。
「くくっ、派手な登場だね?」
この状況をみて、シノさんが嗤っています。
絶対わざとやりましたね! シノさんはこれを狙って怒ったふりをして魔法を使ったのだと思います!
ですが、シノさんを怒ってる暇はありません……まずは街の人どうにかしないと……。
「あ、あの! 僕はアンジュ様ではありませんよ!」
僕の言葉に街の人が顔をあげ、まじまじと僕の顔をみています。
「確かに……アンジュ様はもっと凛々しいお顔をしていたな」
「あのちょっと抜けた顔、どちらかというユーリに近いか?」
うー……どうせ僕は凛々しくもないですし、今の僕は間抜けな顔をしているとは思います。
「って訳じゃ」
それじゃ、説明になっていませんよ!
「なるほど……ついにあの魔術が完成したってことか」
「二人の願いが叶って良かったわね」
と思いましたが、街の人は納得しています。
「えっと……」
「さっきも言ったが、この者たちとはフォクシアの都で同じ時間を過ごしてきた。アンジュ姉様とユーリの事は良く知っている者達ばかりじゃ。当然、アンジュ姉様達が何をしようとしていたかもある程度知っている。子を残す方法を模索していた事もな」
僕たちは魔力だまりから生まれた説が濃厚です。
天狐様達がまだフォクシアに居た頃からその計画はあった、という事なのでしょうか?
「という訳で、この者達も此処に住むから面倒を見てやってくれな?」
という感じで街の人達、一部の人ですけど顔合わせは終わりました。
スノーさんは勿論、僕とシノさんやシアさん達やアカネさん達も歓迎してくれているみたいで何よりです。
ですが、歓迎されるのと信頼されるのは別です。
僕たちの今後の行動によって、仲良くなれるのも、反発されるのも決まると思います。
けど、ついに僕の……僕たちの拠点というか家が手にはいる時が近づきました!
念願の夢が叶う時が来たのです!
そして、いつまでも街の外にいる訳にもいかないので、アラン様に先導して頂き、街の中へと入りました。
その時に、ちょっとスキップしそうになったのは秘密です。きっと誰にもバレていないですよね?
シアさんと目が合って、シアさんが優しい目をしていたのはきっと気のせいだと思います。
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