第6章 領地開拓編

第173話 弓月の刻、領地に向かう

 国境で騒ぎがあってから、早いもので一ヶ月が経ちました。

 未だに一部の兵士や冒険者が国境から離れられない緊迫した状況ではありますが、僕たちはついに頂いた領地へと向かっています。


 「お主たちの領地はフォクシアの都から5日程じゃから、今日の昼には着くじゃろう」

 「近いようで遠いですね」

 「なに、転移魔法陣を使えば一瞬じゃよ」


 そして、フォクシアの都を出てから今日で五日目、ようやくその場所へとたどり着くことが出来るようです。

 火車狐を使えばすぐにでも着けるみたいですが、僕たちは火車狐を乗りこなす事が出来ないので、馬車での移動なので仕方ありませんね。


 「あー……緊張してきた」

 「スノーさん、頑張ってね!」

 「うん。まぁ、みんなが支えてくれるならね?」

 「もちろん出来る限りはしますよ」


 スノーさんが領主となった原因は僕にありますからね。

 僕が言い出さなければ、スノーさんが領主をやる羽目にはならなかったと思います。

 

 「肩の力を抜いておけ。そんな緊張する事もないからな」

 「そう言われましても……」

 

 緊張しない訳がありませんよね。

 

 「大丈夫じゃよ、お主たちの領地に居る者は私の知り合いばかりじゃからな」

 「そうなんですか?」

 「うむ! 楽しみにしておくがよい」


 楽しみにしとけと言われますが、何だかんだ一番張り切っているのはアリア様なんですよね。

 正直、アリア様は都に残って僕たちだけで行く事になると思ったのですが、何故かついてきていますしね。

 そんな感じで適度に休憩を挟みつつ進み、太陽が真上に差し掛かった頃でした。


 「見えてきたな」

 「あれですか?」


 遠くから見えていた山が近くなってきたと思った頃、アリア様が指をさしました。


 「なんか、凄い場所だね」

 「ホントに、自然豊かです」

 「自然というか、森」

 「また、森ですか……」


 どうやら、僕たち、というより僕と森は切っては切れない関係にあるようです。

 シアさんと契約を結んだのも森、初めて人を殺めたのも森、トレンティアだって、ガロさんと会ったのも……。

 

 「安心せい、あの森には大した魔物は出ぬからな。現れたとしても、あそこで暮らす者で軽々と対処できるくらいの魔物しか住んでおらぬよ」

 「問題は、森蜘蛛フォレストスパイダーなど、蜘蛛型の魔物が出るか出ないかですよ」


 それさえ出なければ、僕は森は嫌いではありません。

 むしろ、お昼寝しちゃうくらい好きだったりします。


 「その手の魔物は聞いた事はないな」

 「なら、安心ですね!」


 話が本当ならですけどね。

 あそこについたらまず確認すべきことの一つになりそうです。


 「けど、何処までが領地になるんだろう」

 「あの村? 街? ……だけじゃないかな?」


 遠くからでも建物は見えますが、全貌はまだ見えていません。

 なので、どれほどの規模かはまだ測り切れていない状況です。

 何故かアリア様は詳しくは教えてくれませんからね。

 僕たちがあの場所を治めるのにも関わらず、わからないことだらけです。

 アリア様は着いてからのお楽しみといいますが、出来る事なら色々と準備をしておきたかったです。

 といっても、何を準備していいのかわかりませんけどね!

 

 「ん? お主たちの領地か?」

 「はい。何処まで手を出していいのかは把握しておいた方がいいですよね?」


 領地の境目は曖昧だったりしますが、下手に山に登り、その場所が隣接する虎族の領地だったりする可能性もあります。

 何せ、この場所から真北へと進んでいくと虎族の都に辿り着くとは聞いていますからね。

 もしかしたら、山が虎族との領地の境目になっている可能性は十分にあります。


 「大丈夫じゃよ。知っていれば間違っても虎族の領地に踏む込む事はないぞ」

 「そうなんですか? けど、知っていないとダメなんですね」

 「じゃな。だが、簡単じゃ……山を越え、下山した先に川がある。そこが虎族との領地の境目になっておるからな」


 僕たちの領地という訳ではなく、フォクシア全体の領地の境目って事ですね。

 川を越えなければ大丈夫なのはわかりやすくていいですね。


 「それで、僕たちの領地はどうなるのですか? あの村周辺ですか?」

 

 わかったのは、フォクシアの領地ですからね。僕たちが頂いたのはあの場所だけです。他の場所はアリア様の管轄になる筈です。


 「ん? 何を言っておるのじゃ、あの山を含めて周囲一帯がお主たちの領地じゃぞ?」

 「へ?」


 山を含めて?

 近づけば近づくほど、山の大きさがわかります。

 登山するだけで半日以上かかりそうな大きさの山がもう目の前にあります。


 「森も、ですか?」

 「山の周囲一帯じゃから当然じゃろう」

 「広く、ないですか?」

 「広いな。フォクシアの都3つ分はあるかもしれぬな」


 えっと、どれくらい大きいのでしょうか?

 僕の感覚ではもうわかりません!


 「トレンティアと同じくらい広いかも……」

 

 スノーさんが唖然としています。

 スノーさんも頂いた領地の大きさに驚いているみたいですね。


 「ですが、トレンティアと同じくらいと考えると、意外と小さく感じますね」

 「いや、湖とトレントの森を含めての大きさだからね?」

 「ふぇ?」


 確か、半日歩いて全てを回り切れないほどトレントの森は深かったですよね?

 

 「かなり大きい」

 「森はそうでもなさそうですが、山を含めるとなると相当広そうです……」

 「そ、そんな場所を僕たちが管理をすると……」

 「今から頭が痛くなりそうだよ……」


 無理です! とてもじゃありませんが、管理なんて出来そうにありません!


 「お主らは阿呆か! 山を含めて管理するなんぞ私でも無理じゃ。自然は自然として、そのままで良い。街さえ管理してくれればな」


 そ、そうですよね。

 森も山も季節によって顔を変えます。

 それを全て把握しろなんて人ができる訳がありません。

 けど、お陰でアリア様からある言葉を引き出せましたね。

 

 「少なくとも街の規模はあるって事ですね」

 「なんの事じゃ?」

 「アリア様、街って言いましたよ?」

 「……ユアンは意外と抜け目ないのぉ」


 アリア様とシノさんにこの一か月で色々とやられましたからね。

 僕だって成長をしています!

 酷いんですよ? 二人そろって僕の事をからかって遊んで……。まぁ、何をからかわれたかまでは多すぎて語れませんけどね。


 「その調子で私の事をいい加減おばちゃんと呼んでくれてもいいんじゃがな」

 「それはまた別の話ですよ」


 やっぱり、アリア様はアリア様です。

 おばちゃんというのはしっくりきません。


 「ま、おいおいな?」

 「考えておきます……近づいてきましたね」


 話ながら進むと、時の経過は早いものでいよいよ街に近づいてきました……けど。


 「街ですか?」

 「田舎」

 「どっちかというと……」

 「村ですね」


 何処にでもあるような長閑のどかな風景が広がっています。

 まぁ、フォクシアの都も木造家屋が中心でしたし、当たり前といえば当たり前ですけどね。

 

 「そうじゃな。じゃが、今見える区画はそうかもしれぬが、森側の方は結構進んでいると思うぞ?」

 「区画があるのですね」

 「うむ。といっても人口はそれほど多くないから、発展している訳ではないがな、今は」


 今は、という事はこれから発展していくという事ですかね?

 

 「ユアン達次第じゃな」

 「責任重大ですね」

 「少しな。まぁ、私はお主たちがゆっくりと暮らし、この街の者達が変わらぬ生活が出来れば十分じゃよ。住民たちも多くを望まない性格の者達ばかりじゃしな」


 そうですね。

 無理に生活を変える必要もありませんし、変えた結果、逆に住みにくくなる可能性もあります。


 「この街をどうしていきたいか、お互いの意見を交換していくのが大事になるかな」

 「うむ。それさえわかっていれば当面は大丈夫じゃろう。困ったら私も手を貸すから、まずはやりたいようにやってみろ」

 「わかりました」


 スノーさんが真剣な顔で頷きました。

 いよいよ領主としての自覚が出始めたのかもしれませんね。

 そして、街に近づきました。

 ですが、本当に街といっていいのでしょうか?

 街と聞くと、どこも大きな壁に囲まれ、魔物や盗賊などの襲撃に備えているイメージがありますが、この場所は壁どころか、簡易な柵が大きく刺さっているだけです。

 大型の魔物の侵入は一瞬だけ拒めそうではありますが、ゴブリンやウルフなどの魔物はそのまま侵入できそうです。


 「まずは、外周をどうにかしないといけないかな」

 「あまりにも無防備すぎです」

 

 ですね。

 もし、集団で魔物や盗賊が襲ってきたらひとたまりもありませんね。


 「ま、それだけ平和って事じゃよ」

 「そう捉える事もできますけどね」


 街の周囲には危険な魔物は存在しないと言っていましたからね。

 ですが、何処からか魔物が流れて来たり、魔族が召喚魔法を使って魔物を送り込んでくる可能性もありますので、油断は出来ません。


 「気になるのなら後で対策を練るが良い。それよりも、まずは顔合わせじゃ」

 

 街の外周にばかり気をとられていると、街の入り口……小さな門がある場所に人が集まっているのが見えました。

 あの人達が街の人達で、どうやら僕たちを出迎えてくれたみたいです。

 という事で、ついに街の人達とご対面となります。

 スノーさんじゃなくても、やっぱり緊張しますね。

 

 「ユアン、とりあえずフードは被っておけ」

 「どうしてですか?」

 「騒ぎになるやもしれんからな。黒天狐がいきなり現れたとな」

 「わかりました……って事はシノさんもですね」

 「うむ。まぁ、あやつならその辺は考えているじゃろう」


 別の馬車で移動するシノさん達の事が少し気になりますが、アリア様は問題ないと言います。

 まぁ、あの人なら確かに大丈夫だと思います。

 信頼ではありませんよ?

 あの人は思慮深いというか狡猾というか、アリア様に少し似ていますからね。アリア様が考えつく事はあの人も考えていると思います。


 「ユアン、一緒にするでないぞ?」

 「はい、アリア様はアリア様ですからね」

 「うむ。ちょっと含みがあるのが気になるがな」

 「気のせいですよ」


 似ていますが、二人とも違いますからね。

 アリア様は悪戯好き、シノさんは相手を陥れるといった感じなので。

 

 「まぁ、良い。どれ、まずは私が顔を見せておこう。そっちの方が話が進むじゃろうからな」


 そう言って、アリア様は先に馬車を降りていきます。

 一応、アリア様とは面識があるみたいなので、間に入って貰えるのは助かりますね。

 

 「うー……緊張で吐きそう」

 「流石にトリートメントでは治せないので、頑張ってくださいね?」

 「わかってるけど……」

 「二日酔いみたいなもの」

 「それは違うからね!?」

 「けど、二日酔いの時よりは楽そうだよ?」

 「確かに……こっちの方が楽かも。二日酔いで慣れていたって考えれば……」


 いえ、それこそ違うと思いますからね?

 肉体的な事と精神的な事ですから。


 「だけど、いつまで待っていればいいのでしょうか?」

 「うーん……頃合いを見て呼ばれると思うけど……」


 話し声は聞こえます。そして、時々笑い声もです。

 ですが、待っても待っても一向に呼ばれる気配はありません。


 「仕方ない……私達も馬車を降りよう」

 

 焦らしに焦らされ、ついにスノーさんが意を決したみたいです。

 焦らされたせいか、スノーさんの顔から緊張が抜け、自然体に近い状態に見えますね。


 「スノーの自然体はだらしないけど」

 「やる時はやるし!」

 「うん。だけど、普段はもっとしっかりした方がいいよ?」

 「いやいや、しっかりしてるからね?」

 「スノーさんがだらしないのはお菓子を食べる時だけですからね」

 「そういう事。ま、ありがとね。お陰で気が楽になったよ、それじゃ行こうか」


 冗談を冗談として話せる。

 それが僕たちの良い所だと思います。

 シアさんは本気で言ってそうですけど、何だかんだスノーさん達にも優しいですからね。

 きっと、和ませるためにわざと言ったのだと思います。

 ともあれ、ついに僕たちも街の人達と顔合わせです。

 僕たちはスノーさんを先頭に順番に馬車から降りました。

 すると、そこには予想外の光景が広がっていたのでした

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